16 お小遣いとは?
「……んむ」
『起きたか?』
「あぃ。おはよぉ、もりあしゃ」
『おはようさん』
「しゅてらもおはよー」
眠い目を擦りステラの頭突き挨拶を受けながら私はゆっくりと起き上がる。
私がお昼寝をしている間、二人はずっとそばにいてくれたのだろう。肩とお腹の二箇所がじんわりと温かく、二人の存在を静かに主張していた。その事実がなんだかとても嬉しくてくすぐったく感じる。
「ふぁー……んー!」
大きなあくびを一つ。そして凝っていた体を伸ばす。その後自分の状況を確認した。
私が寝かされていたのは二人掛けのソファの上。枕の代わりにふかふかのクッション。寒くないようにとタオルケットまでかけられていて、私が寝やすいようにと至れり尽くせりな状況だった。
突然やってきた子供にここまでしてくれて、ラドスティさんには感謝しかない。
心の中でラドスティさんへ感謝を送ると同時に今朝のことを思い出す。
地面に直で寝ているかのような固いベッド。あれでは安眠なんて夢のまた夢なのですよ。
やっぱり寝るならせめてこういうところじゃないといけません。聞いてますかフェルトス様。
腕を組みうんうんと頷きながら心の中でフェルトス様への文句を言う。
文句を言い終わってスッキリした後、タオルケットを畳んでクッションとともにソファの隅へ寄せておいた。
「んしょ、っと」
『気を付けろよ』
「あい」
いつまでも寝ているわけにはいかないのでそろそろ行動を開始する。
モリアさんとステラに見守られながら私は滑り落ちるようにソファから降りた。
「えっちょ。勝手に部屋から出ても良いのかにゃぁ?」
『良いだろう別に。気にするな』
「そっかぁ」
少しは気にした方が良いとは思うけどさすがにいつまでもお邪魔しておくわけにもいきませんからね。そう言い訳しながら私は扉へと近付く。
「むー。届かにゃい……」
予想できた範囲ではあるが取っ手に手が届かない。ぴょんぴょんと飛んでみるも無駄な足掻きに終わった。チビな自分が憎らしい。
そんな私を見かねたのかステラが背中に乗せてくれたので遠慮なく乗せてもらい無事扉を開けることに成功。部屋を出て廊下に進むと先の方から話し声が聞こえてきた。
「むっ。あっちだ! 行こ!」
『はいはい』
モリアさんが私の頭に乗り込んだのを確認しステラを連れて声の聞こえる方へ足を進める。
到着した先はお店だったようで、カウンターを挟んでラドスティさんとシエラさんの二人がお話ししていました。
「……みぃ」
「ん? おや、メイ。起きたのかい。おはよう」
「メイ殿。おはようございます」
そっと顔を出して覗いていた私にすぐに気付いた二人が笑顔でおはようと声をかけてくれる。
「えへへ、ラティばーちゃ。シエラしゃん。おはようでしゅ」
人様のお店で寝てしまい気恥ずかしさで声をかけられなかった私なのに、二人は笑顔で接してくれた。なんて優しい方々なのだ。
「そら、おいで」
「あい」
照れてもじもじしている私をラドスティさんが抱き上げてくれる。
そのままシエラさんへと受け渡された私は寝落ちる前に座っていた椅子へと下ろされた。
いやぁ、何から何までお世話になっちゃって本当に申し訳ありません。
ちなみにモリアさんは私が抱き上げられる前に飛び立ち、カウンターの上へ。ステラは私の椅子の下に来て丸くなりました。
「ちょっと待ってな」
「う?」
そう言ってラドスティさんは奥へ引っ込んでいき、手にタオルを持って戻ってきた。そして私の顔を優しく拭いてくれる。
タオルはホットタオルだったようでとってもあったかい。寝起きの顔だったけどラドスティさんに拭いてもらえたおかげでさっぱりしましたね。おめめぱっちりです。
「ばーちゃ。いろいろありがとでしゅ!」
「どういたしまして」
「ふへへー」
わしゃわしゃと頭を撫でてくれるラドスティさんの手が気持ちいい。
思わずもっと撫でてとラドスティさんの手にスリスリしてしまいます。
ところでさっきから視界に気になるものがあるんですよね。寝落ちる前にはなかった大きなカバンがカウンターの上に出現しているんです。アタッシュケースのような、そのくらいの大きさのカバンが。お金が入っていそうなカバンが。これってもしかして私のだったりするのだろうか。
いや、さすがに違うよね。うんうん。さすがにね。だとしたら多すぎるもんね。うんうん。
「さてと、メイ。お昼寝は十分かい?」
「あい。ラティばーちゃ。お部屋貸してくれてありがとごじゃましゅ」
いったんカバンのことは忘れて、ラドスティさんにお礼を言う。
ペコリと頭を下げればラドスティさんは気にするなと笑って言ってくれました。
「それじゃ、話の続きといこうかね」
ラドスティさんの視線がカウンター上にあるカバンへと移る。そのままラドスティさんの行動を見守っていると、カバンを私の前へと持ってきた。
ゴトリと重そうな音が私の耳へ届くのと同時に「あぁ、やっぱりコレは私のなんですね」なんて感想が浮かんで消えた。
「あんたが寝てる間に持ち込んだ石の鑑定は終わらせておいたよ。それで、これが買取金額さね」
「う、うわぁ……」
ガチャっと開いたカバンの中にはお金らしき紙の束がぎっちりと詰まっていた。
予想外の展開にちょっと引いちゃいました。
嘘だろ……手が震えてきたぜ、へへっ。
なんて心の中でおふざけでも挟まないと精神が安定しそうにないくらいには動揺している。だって日本でもこんな大金を前にしたことなんてないんだから。
「こ、こんにゃに……たくしゃん?」
冗談でしょう? もしくはドッキリか何かですか? なんて気持ちを乗せてラドスティさんを窺う。
「あぁ。冥府石は人間にはかなり貴重なモンだからね。頑張って高値で買い取らせてもらったよ」
ニコニコ笑うラドスティさんに私はなんて言えばいいのかわからず、曖昧に笑って返すことしかできなかった。
というか、もしかしてこのお金は全部ラドスティさんが用意した感じですかね?
だとしたらお金持ちなんですね……すごーい。ははっ。……いやいや笑ってる場合じゃない! 本当にこれ全部私が貰っていいお金なんですか? 間違ってない? 貰いすぎじゃないですか?
確認するように今度は隣へ座るシエラさんに顔を向ける。私の視線に気が付いたシエラさんがこちらを向いた。
「ご安心をメイ殿。私がメイ殿に代わり一部始終を見ておりました。そこに不審なやりとりはありません。フェルトス神に誓い『不正はなかった』と断言させていただきます」
胸に手を当てて軽く頭を下げたシエラさんがはっきりとそう告げた。
ありがとうございますシエラさん。でもね違うんです。私が聞きたいのはそうじゃないんです。気にしてるのはそこじゃないんですよシエラさん。
私はカバンの中に鎮座するものへ視線を戻す。この短時間で何か変わるはずもなく、相変わらず大量の紙幣が私へ自分の存在を主張していた。
いやいや。さすがにこれはもう子供のお小遣いなんてレベルじゃないよね? 子供に持たせていい金額じゃないよね?
フェルトス様。あなたはなんてもの持たせてくれたんですか! さすがに怖くなってきましたよ!
「ところで、メイ。あんた金の使い方とかは知っているのかい?」
「う?」
私があまりの大金に恐れ慄いているとラドスティさんから質問が投げかけられたので素直に首を横に振る。
よし、いったん大金のことは忘れましょう。
「知らないでしゅ」
「じゃあついでだ。簡単に教えといてやるよ」
「わーい。ありがとごじゃましゅ!」
現実逃避をするように私はラドスティさんからお金の使い方をレクチャーしてもらうことにした。
「まずは――」
そうして本物のお金を見せてもらいながら説明を聞く。その話をまとめるとこうだ。
この世界のお金の単位はガルグ。全て紙幣で硬貨は存在しない。
一ガルグ。十ガルグ。百ガルグ。千ガルグ。一万ガルグという種類で分けられている。
日本円でいうところの五円、五十円、五百円、五千円。に該当する紙幣はないもよう。
そして一ガルグは一円相当と考えていいみたい。とてもわかりやすくていいですね。
お金の使い方に関しては迷うことはなさそうで安心しました。
それらを踏まえた上で私はラドスティさんに換金額を聞いてみた。そしてすぐに後悔する。だって一億ガルグなんて大金だったんですもの。
お昼寝から起きたら億万長者になってたんですけど! 怖すぎる!
多すぎるし何かの間違いじゃないかと慌てて聞いてみても、ラドスティさんからは合っているの一点張り。
なんでもあの石は冥府石といって、大昔はこのあたりではありふれた鉱石だったらしい。だけど現代ではもう本の中でしか存在してないと言われてるような代物のようだ。
冥府石には魔力が豊富に含まれていて使い道も様々。
希少価値と、状態と、大きさ。これらを鑑みてこの値段がついたとのこと。
本当ならもっと高値で買い取っても間違いじゃないレベルの代物らしいが、さすがにこれ以上となるとすぐには用意できないから一億で手を打ってほしいと、そう言われた。
しばらく時間をくれるならあと一億は用意できる。なんて話にもなってしまい焦って遮ってしまったくらいだ。
これ以上値段が上がるとか、小市民の私はビビり散らかしてしまいます。
なのでこれ以上はいらないですと叫んじゃいました。
一億でも多すぎると思うのに二億なんて怖すぎる。持ち歩くのも恐ろしい。
怖すぎるので換金額の一部を返そうとしてもラドスティさんは受け取ってくれなかった。困った。どうしよう。私はこの一億をどうすればいいんだ。軽い気持ちで来たのにとんでもないことになってしまった。
『さっきからオマエは何を悩んでるんだ?』
「モリアしゃ」
『くれるってんだから貰っとけばいいだろうに。ワシにはよくわからんが、金なんてあって困るもんじゃないんだろう?』
「しょれはしょうかもでしゅが……」
『それに、ソレは正当な対価なのだろう。オマエがビビって『受け取りたくない。もっと少なくていい』なんて言うのはオマエの勝手だ。だがな――』
モリアさんのつぶらな瞳が私を射抜く。
『その言動によってフェルトス様の持ち物の価値を下げてしまう――ということは理解しておけよ』
「うっ。たちかに……」
『今は急ぎで金がいるんだろう。なら金額をこれ以上吊り上げる必要はない。今用意できる最大のものを人間達は用意した。ならばそれを受け取ることになんの否やがあるんだ?』
「うー」
モリアさんの言い分も理解できるが、私の庶民感情が邪魔をする。
『……まだ納得できないか? ならばもう少し。――メイ』
「あ、あい!」
『オマエもチビで新参とはいえ、フェルトス様の眷属だということを忘れるな。オマエの言動でオマエだけが人間どもに舐められるというのならばワシもこれ以上口を出さん。だがな、オマエが舐められればフェルトス様までもが人間どもに舐められる可能性がある。仮にフェルトス様がそれを許しても、ワシが許さん。それだけは肝に銘じておけ』
モリアさんの声音に重みが増した。
「……」
そうだ、忘れていた。
私はもうただの一般人の斎藤冥じゃない。冥界神フェルトス様の眷属メイなんだ。
一般人としての感覚をすぐに直すことはできないけれど、私の言動がフェルトス様の評判に繋がる。それを忘れてはいけないのだ。
今はまだ私の正体がバレてないから構わない。だけどこれから先もこんな体たらくでは、いざというときに行動できないですからね。普段の心持ちから変えていかないと。
「ごめんモリアしゃん。わたしが間違ってた!」
『ふっ……わかればいい』
むん! 両手を握り気持ちを新たに気合を入れ直す。
「ラティばーちゃ!」
「……なんだい?」
「この金額で石を買い取ってもらえましゅか?」
「いいんだね?」
「あい!」
力強く頷く。これで交渉成立だ!
「あっ」
大金を受け入れる覚悟をした私だけど、ふとある可能性が脳裏をよぎってしまい顔を青褪めさせた。
今のモリアさんと私の会話のことだ。完全にこの二人に聞かれていましたよね。どうしよう。私がフェルトス様の眷属だとバレてしまったかもしれない。
人間じゃないなんてバレて怖がられたらどうしよう。
そんな感情とともに恐る恐る二人を盗み見る。
「ん? どうかしたのかい?」
「どうしました?」
だけど二人の態度は先程と何も変わらない。
もしかしてバレてない可能性ってあります? いやでもこの距離で聞こえなかったなんて可能性はないよね。どうなってるの?
『ちなみにワシの声はオマエとステラぐらいにしか聞こえてないからな?』
「ふぁ!」
モリアさんから衝撃の事実を突きつけられた。
じゃあなんですか。私は二人から見たらずっと独り言を言っていた状態ということですか?
それって別の意味で怖くないですか? 人間じゃないって怖がられるのも嫌だけど、不審者として見られるのもそれはそれで嫌なんですけど!
『というかなチビスケ。オマエまだ気付いてないみたいだから教えてやるが……』
「……ふぇ。なぁに?」
『町のヤツらはオマエがフェルトス様の眷属だということ、知ってるからな?』
「ふぁ!」
嘘だ! 言ってないのになんでわかるんですか! もしかしてここはエスパーの町だったとかですか!
信じられない現実にモリアさんを窺う。
「……ちなみに、いちゅかや?」
『そりゃ最初からだろ。……いや、やはり訂正する。オマエの正体を正確に把握してるのかはわからん。ただ、フェルトス様に関係してる人物だとは確信してるだろうな』
「……はぇ」
茫然としていればモリアさんが『嘘だと思うならソイツらに聞いてみろ』なんて言うので恐る恐る二人へ聞いてみた。
そうしたらあっさりと「知ってる」と言われちゃいましたよ。しかも苦笑い付きで。とほほです。むしろ「バレてないと思ってたのかい」なんてラドスティさんに笑われちゃいました。
はいもちろんバレてないと思っていました。むしろなんでバレたのか理解できません。本当になんでなんですか? やはりエスパーの町説が濃厚……。
『ははは。やっぱガキだなオマエ』
「むっ」
『よく考えてみろ。オマエが連れてるのは誰だ? オマエが持ってきたものは誰に貰って、どこにあったものだ? オマエの髪と目の色が誰を連想させる? そもそも、だ。ただのガキ一人にここまで世話を焼くか?』
「あー……」
むっとしたのも束の間。モリアさんからの怒涛の攻めに納得するしかない。言われてみればそうですね。別世界かつ初めての町ということにテンションが上がりすぎて単純な事を忘れていました。
『ブハハハ! やっぱ単純馬鹿のガキだったか!』
「むー! 笑わにゃいでくだしゃいー!」
怒っていたらモリアさんが笑いながら『おめでたい頭だな』なんて言ってきた。
追撃が酷い! モリアさんなんかおもしろギャップ蝙蝠のくせに!
「むぃー! しゅてらもモリアしゃんになんか言ってよ!」
応援を求めステラにそんなことを言ったらカウンターに登ってきたステラに頭突をされた。
まさかの裏切りに困惑しています。ステラも敵側だったなんて!
わぁ、冗談ですごめんなさい! 私が悪かったので頭突きはもうやめてください! モリアさんも笑わないでください!
お金に関しては完全に作者の分かりやすいようにやってる作者都合です。
それと換金額に関しては最後までどうするか悩んだのですが、色々考えて最終的にあれでいきました。
あまり細かく突っ込まないでいただけるとありがたいです。すみません。




