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15 マ・ラドスティの魔道具店

「着きました。ここがメイ殿の冥府石(めいふせき)を買い取ってくれる場所。マ・ラドスティの魔道具店です」

「ふぉぉ」


 シエラさんに抱っこされながら私は目の前のお店を見上げる。

 大通りから少し離れ、込み入った道を抜けた先にあったのは雰囲気満点のお店だった。


 ちなみに抱っこされている理由としては、(ひとえ)に私の歩幅が小さすぎてここへ辿り着くのがいつになるかわからないから、ですね。


 最初は手を繋ぎながら自分の足で歩いていたんです。

 でもその途中、シエラさんがものすごく申し訳なさそうな顔をしながら抱っこの提案をしてきたというわけです。


 もちろんシエラさんに迷惑をかけてしまうので他の案も考えた。

 だけど町中でステラに大きくなってもらうわけにはいかないし、かといって私の歩くペースでは日が暮れる。


 そうなれば私はこの町へ来た理由を失ってしまうのです。

 もっと観光だってしたいし、ご飯の時間だって確保しなければならない。


 他に良い案も思い浮かばず無駄に時間を使うのも申し訳ないということで、私はシエラさんのお言葉に甘えて抱っこ受け入れました。


 そこから私はシエラさんの抱っこで町を進み、ステラはそのまま徒歩続行。

 だけどモリアさんは私の頭の上からシエラさんの頭の上へ移動。しかも、そこで落ち着いてしまわれたのです。


 初対面の人の頭の上に乗るなんて! と慌てた私はすぐさまモリアさんへ注意したけど聞いてもらえず、モリアさんは素知らぬふりで居座り続けてしまった。


 シエラさんが優しい人だったから笑って許してもらえたけど、普通だったら怒られるんですからね。


 そんな一幕を経て辿り着いたこの魔道具店。シエラさんによると『ラドスティ』というお婆ちゃんが店主のお店のようだ。

 しかもさっき会った男前な門番さんであるノランさんのお婆様らしい。世界は狭いですね。


 ここはその『ラドスティさんが営むお店』だから『ラドスティの魔道具店』だということは理解した。でも残った『マ』はどういう意味なのかな。ちょっとだけ気になる。


 外観としては煉瓦造りの二階建て。壁には(つた)が絡みつき、正面入り口横の大きな窓から見える店内はちょっとだけ薄暗い。

 でも分厚い本や、何かに使う道具らしきもの。あとは何かの液体が入ったビンとか。

 とにかく雑多に物が置かれているのがここからでも見えた。


 まさに、ざ・ふぁんたじー!

 少しこじんまりとした店構えも最高に私好みです!


「か、かっこいぃ……」

「そうですか?」

「あい! ちゅてきなお店でしゅね!」

「ふふっ。気に入っていただけたようで私も嬉しいです。では早速中へ入りましょうか」

「あい!」


 ついに入店の時。

 私はわくわくしながらシエラさんが扉へ手をかけるのを見守った。

 ガチャリと少しだけ重そうな音とともに扉が開く。そのすぐ後に取り付けられたドアベルの涼やかな音色が私達の入店を店内へと知らせた。


 そのまま大きく扉を開けたシエラさんは体を少しずらし、足元のステラを先に中へと入れた。その後、私もシエラさんと一緒に扉をくぐる。


 おじゃましまーす!


 心の中で挨拶をすませた私は、さっそくとばかりに視線をきょろきょろと動かす。

 ファンタジーなお店の店内風景が気になって仕方ありません。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 田舎者丸出しにならない程度に店内を眺める私へかけられた歓迎の言葉。

 その言葉に私は視線を店内からカウンターの向こうに座る女性へと移す。

 波打つ錆色の長い髪に同色の瞳がとてもお美しい。凛とした雰囲気がとても素敵なお婆ちゃんが私を真っ直ぐに見つめていた。


 この人がラドスティさんかな。確かにどこかノランさんに似ている気がする。


「すみません。お待たせしました」

「構わないよ。それで、その子が例の?」

「はい」

「う?」


 シエラさんとお婆ちゃんのやりとりに首を傾げる。

 待っていたということは、もしかして私のことを事前にお店へ連絡してくれていたのでしょうか? チビスケが石を売りに行くらしいからよろしく、的な?


 二人の間では言葉は少なくても話が通じている様子。

 やはり裏で話が通っていたと考えて間違いないでしょう。


 いや、どれだけ親切なんですかここの人達は!


 そんなこととは露知らず、私ったらまったりお肉を食べたり、町を眺めたり、観光気分で移動をしてました。本当に申し訳ないです。

 もちろん知っていたら急いでましたよ。ホントです。


「あぅ……。お婆ちゃん、お待たしぇしちぇごめんちゃい……」


 しょんぼりしながら私はお婆ちゃんへと謝罪の言葉を口にした。


 お婆ちゃんの視線がシエラさんから私に動く。

 黙ったまま髪の毛を耳に掛け直したお婆ちゃんが鋭い瞳で私を射抜くように見つめてきた。


 その視線がちょっと怖いです。

 もしかして待たせすぎて怒らせてしまったのでしょうか。


「あぅ」


 怖くなった私は思わずシエラさんにくっつく。するとすぐさまシエラさんがそっと背中を撫でてくれた。感謝。


「ふっ……あはははは! なんだいなんだい。どんなお人が来るのかと身構えてたけど、随分と可愛らしい子が来たもんだね!」

「ふぇ?」


 張り詰めた空気が一気に霧散して穏やかな空気に変わった。


「ほら、子供がそんなしけた面するんじゃないよ。クッキー食べるかい?」

「はわっ。くっきー! いたらきましゅ!」


 差し出されたクッキーにさっきまでの恐怖を忘れた私はテンション高くお返事をする。


 ちょっと怖そうなお婆ちゃんだと思ってしまってごめんなさい。実は優しい人だったんですね。

 遅れてきたのにも関わらず笑って許してくれて、クッキーまでくれる人が悪い人のはずがない。うんうん。


「ここに座って食べな」

「あい!」


 カウンター前に並べられた椅子の一つに座らせてもらった私は、目の前に置かれたクッキーへ視線が釘付けとなる。とても美味しそうだ。

 さらに飲み物として牛乳まで出してもらっちゃった私は笑顔が止まらない。


「あいがとごじゃいましゅ!」

「たくさん食べな」

「あい!」


 少し子供すぎる反応だったが致し方ない。私の本能はもう止められないのだ。


 ちなみにモリアさんとステラはカウンターの上にいます。

 お行儀が悪いと思ったけどお婆ちゃんが許可してくれたのでお言葉に甘え、そのまま三人でクッキーを食べることにした。


 だけど私が手をつける前に、ラドスティさんとシエラさんの二人が揃ってクッキーを一枚。牛乳を少々摘んでいった。きっと小腹がすいたのだろう。一緒に食べる? と聞いてみたが苦笑いとともに断られちゃった。気にしなくていいのに。


 その後うまいうまいともりもりクッキーを食べる私達の隣では、シエラさんとお婆ちゃんが大人の話を始めたようだ。

 なんだか神殿うんたらだとか、奉納がどうたらだとか、そんなことが漏れ聞こえてきます。


 私は子供だから難しい話はよくわかんないなー。あー、クッキー美味しーなー。


 隣から聞こえる会話を華麗にスルーした私は、再度クッキーへ意識を戻す。


 このクッキー。お店とかで売っている味というより、素朴な味の手作りクッキーって感じがする。

 形も不揃いだし、もしかしたらこれはお婆ちゃんの手作りなのかもしれない。とても美味しいです。

 なんだか自分のお婆ちゃんを思い出す味ですね。そういえば子供の頃によく作ってもらってたっけ。


 食べながら昔を思い出し、自然と口角が上がる。

 なんだか幸せな気持ちになってきたなぁ。


「美味しいかい?」

「う?」


 にんまりしながらもちゃもちゃとクッキーを食べていたら、いつの間にか会話を終わらせた二人が笑いながら私を見ていた。


「あい! とっても美味ちいでしゅ! これお婆ちゃんの手作りでしゅか?」


 口の中のものをごくんと飲み込んでからお婆ちゃんの問いに答える。


「あぁそうだよ。口に合ったようでなによりさね」

「ふへへ。お料理上手なんでしゅね!」

「ふふ。褒めてもおかわりくらいしか出ないよ。食べるかい?」

「あい!」


 催促したつもりはなかったのですが、くれると言うのなら遠慮なくいただきますとも。ぐふふ。

 笑顔で肯定の返事をすると、お婆ちゃんはおかしそうに笑いながら奥へクッキーを取りに行った。やったぜ。


 お婆ちゃんの背中を見送った私はそのままマグカップに手を伸ばす。少し口の中の水分を持っていかれてしまったので水分補給だ。

 中に入った牛乳を溢さないよう気を付けながら、そっと口へと運ぶ。


「――プハッ、うまー」


 詰所でいただいた牛乳もそうでしたが、この牛乳も味が濃くてとっても美味しいです。同じものかな。クッキーのオトモに最高ですね!


『プッ! 随分と立派なヒゲが生えたじゃないか。似合ってるぞ』

「ふぇ?」


 マグカップをカウンターに置くと、私の顔を見たモリアさんから牛乳ヒゲを指摘され笑われてしまった。


「あぅ」


 恥ずかしくなった私は急いで拭おうと手を口元へと持っていくが、その手はシエラさんにそっと静止させられた。見上げればニッコリ笑うシエラさんと目が合う。


「ふふっ。失礼します」


 微笑むシエラさんはポケットから取り出したハンカチで口元を優しく拭ってくれた。


「むぇ……あいがちょ、ごじゃましゅ」

「いいえ」


 笑顔で対応してくれたシエラさんに申し訳ない気持ち半分。恥ずかしい気持ち半分。

 フェルトス様に続きシエラさんにまで口元を拭われてしまった。元大人として不甲斐なし! お金が手に入ったら絶対ハンカチを買おうと心に決めました。


 心の中で決意を固めているとお婆ちゃんがクッキーと牛乳のおかわりを持って帰ってくる。

 それらを私の前に置いたあと、座り直したお婆ちゃんが口を開いた。


「それじゃあ石の鑑定を――と言いたいとこだが、自己紹介がまだだったね。あたしはラドスティ。長いし言い難かったらばあちゃんでもなんでも好きに呼んで構わないよ」

「んと、ラティばーちゃ?」

「ラティばあちゃんか。いいね。ここに来るのは可愛げのない連中ばかりだから、久しぶりに可愛い孫ができたみたいで嬉しいよ」


 ニコリというよりニヤリと笑ったかっこいいお婆ちゃん――ラドスティさんは快く愛称での呼び方を許可してくれた。

 さらには私の頭まで撫でてくれるというオマケ付き。その手がとっても優しくて気持ちよくて私の頬もニヤけるというものです。えへへ。


 さて、次はこっちの番だな。


 私はラドスティさんに向き直り自己紹介を始める。


「わたしはメイでしゅ! こっちの猫しゃんがステラで、蝙蝠しゃんがモリアしゃんでしゅ!」


 ステラの名前を甘噛みしないよう発音を意識した甲斐もあり、一度でちゃんと自己紹介できました。大満足です。

 少しだけドヤ顔を披露していると、ラドスティさんが顎に手を当てて何かを考え込み始めた。


「メイ……――――の――だから?」

「う?」

「なんでもないさね。ところで、あたしはお嬢ちゃんのことをどう呼んだらいい?」


 よく聞こえなくて聞き返してみるも笑顔で気にするなと言われたら追求もできません。

 なので気にしないことにした私は会話を進める。


「ふちゅうに『メイ』でいいでしゅよ?」

「そうかい? なら遠慮なくそう呼ばせてもらうよ」

「あい!」

「――ラドスティ殿」


 ラドスティさんと二人ニコニコ笑い合っていると、隣から咎めるような声がラドスティさんへ飛ぶ。でも咎められた本人であるラドスティさんはケロッとした顔で笑っていた。


 あ、なんかちょっと悪いお顔。おばあちゃまそのお顔素敵です!


「本人が良いって言ってんだ。かまやしないだろう」

「しかし……」

「シエラしゃんもメイって呼んでくれていいんでしゅよ?」


 殿(どの)なんて呼ばれ慣れてないし、正直むず痒い。

 私としてももっと気軽に呼んでくれて構わないんですよ。という気持ちを込めてシエラさんを見つめた。


「うっ……。申し訳ありません、私には無理です」


 しかし残念無念。断られてしまった。がっくし。

 もしかしてシエラさんは敬語キャラなのかもしれない。だとしたら無理強いするのも悪いかと考えた私はそこで大人しく引き下がり、またクッキーへと手を伸ばした。


 そして私達がクッキーを食べ終わる頃を見計らったラドスティさんが口を開く。


「さて、それじゃあそろそろ仕事を始めようか。メイ、持ってきた石を見せてくれるかい?」

「あーい」


 私はカウンターに置いておいた石を手に取りラドスティさんの手の上へそっと乗せる。


「……ごくり」


 ラドスティさんの鑑定が始まり息を呑む。ちょっとドキドキしてきちゃいました。


 いったいいくらくらいになるのでしょう。欲を言うと一万円相当くらいあったら嬉しいですね。

 とはいえ。さすがにそれは夢を見過ぎだと自覚しているので、現実的なところで数千円程度かな。もしかしたらこれでも夢を見すぎかもしれないけれど。


 でもこの石はフェルトス様が持たせてくれた石だし、少なくともご飯が食べられるくらいにはなるはず。

 それに外出機会が今回だけということもないだろうし。手持ちが少ないようなら買い物などは次回以降に回せばいいよね。


 とりあえず今回はご飯が食べられる程度あれば良しとしましょう。


 そこまで考えてふと思う。

 そういえば私はこの世界のお金のことや物の相場とか何も知らないな、と。うん、あとでシエラさんに聞いておこう。今の私は子供だし、無知を不信がられることもないでしょう。……ないよね?


 一人不安に頭を悩ませている間にもラドスティさんの鑑定は続く。

 眼鏡をかけたラドスティさんが石を色々な角度から見ています。一応丁寧に運んできたからあまり傷とかはないと思うけど、そんなに見られるとさらに不安になってくる。鑑定額が下がりませんように。


 祈るように見つめていればラドスティさんが何かの本を手に取った。

 その本を読みながら、また石を見て――と、鑑定の時間は続く。

 とてもじっくり、時間をかけて、丁寧に鑑定してくれるラドスティさん。それを見守るシエラさん。

 そして私はというと――正直眠たくなってきてしまいました。緊急事態に焦る。お腹がいっぱいになったせいでしょうか。瞼がどんどん落ちてきます。


「メイ殿、大丈夫ですか?」

「あい。だい、じょぶでしゅ……」


 眠気に負けないよう、目をぐしぐしと擦っていたらシエラさんに心配されてしまった。

 大丈夫です私はまだ寝ていません。大丈夫だいじょうぶ……多分。


「腹が膨れたから眠いんだろう。まだ鑑定には少し時間がかかるから寝ていても構わないよ」

「でも……」

「大丈夫。誰もあんたに手を出せやしないし、金も誤魔化せやしない。だから安心して寝な」

「う?」


 よくわからない言葉に首を傾げる。どういう意味だろうか。

 別にラドスティさんやシエラさんが私に何かしたりするという心配なんてしていない。

 ただ、人様のお店の中でお昼寝なんかできない、とそう思っただけで。


「むぃ……」

「ははっ。無理しなくていい。シエラ。あたしはこの子を奥の部屋へ寝かせてくるから、悪いけどその間この冥府石を見ていてくれるかい?」

「お任せください。命に変えてもお守りします」

「任せたよ」

「はい。それでは、メイ様失礼します」


 そんな会話を夢現で聞き流していたらシエラさんに抱っこをされた。そしてそのままラドスティさんへと受け渡される。

 温かい体温に包まれて背中をポンポンされながらお店の奥へと連れられていく。


「そら、我慢しないで寝な」

「あぃばーちゃ……おやしゅ、なしゃ」

「あぁ、おやすみ。良い夢を」

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