追憶と花束編20 また会いましょう
「おーいお嬢。そろそろ起きねぇと団長殿らが行っちまうぞー」
「むぇ? ――ハッ! もうしょんなじかん!?」
カイルの言葉に眠っていた脳みそが一気に覚醒し、ガバリと布団から起き上がる。
「ふ、ははっ。おはようさん、お嬢。すっげぇ寝癖ついてんな」
「むぇ?」
「ほら。身だしなみ整えてやるから、とりあえず顔洗ってこい」
「ふぇ……あーい」
カイルの言葉に欠伸をしながら洗面所へ向かい顔を洗う。
そして手早くカイルのもとへと戻って身だしなみを整えてもらった。
「――うし、できた。今日も完璧にかわいいぞお嬢」
「ふへへー。しょう? 照れるにゃー」
ネイビーカラーのふんわりワンピースとブーツを着こなし準備は万端。
髪の毛も綺麗に編み込んでもらって、バレッタも付けました。
準備していた贈り物もちゃんと持ったことを確認。うん、大丈夫。
お昼寝もして頭もスッキリしたところで、いざ出発!
「よーし。それじゃ行こっか!」
「おぅ」
カイルの家を出て二人で絨毯に乗り込む。
シドーはまだお昼寝をしているようなので起こさずにそっとしておきました。
今日はグレンカムア団が――団長さんがセラフィトの町を去る日。
数日の興行も大成功に終わったし、冥界祭も楽しんでもらえた。
私も生サーカスに大興奮。初日と最終日の二回楽しませてもらったけれど、そのどっちもが最高だった。
この世界には魔法があるから、魔法を駆使した演出がたくさんあって、サーカスショーは終始キラキラワクワクしていて目を奪われた。
猛獣ショーはライオンとかの純粋な動物というよりは、魔物っぽかった。完全に制御された大型の魔物。それが訓練された動きを見せてくれて迫力が凄かった。
他にも空中ブランコやトランポリン。曲芸やイリュージョン。
クラウンさんのパントマイムとかの定番……かはよくわからないけれど。そういうのも全部見ごたえがあって、私は終始見入っちゃってましたね。
とにもかくにも。最高のパフォーマンスを見せてくれたグレンカムア団の皆様。
私の初めてのサーカスショーがこの人達のショーで本当に良かったです。大満足。
もちろんサーカスだけじゃなく、キャラバンの方もいろいろな品物があって見ているだけも楽しかった。
実際は見てるだけじゃ物足りなくて、いろいろ買っちゃったんだけどね。
この辺りでは見かけない品物とか他の国の品物とか。とにかく夢のように楽しい四日間でした。
もうこの際、冥界祭がオマケっていっても過言ではなかったんじゃないでしょうか?
それくらい盛り上がりました。
「あ、間に合ったみたいだね」
神域を出て町へと到着した私達。
町の前にあったたくさんのテントはすでに片付けられ、もうほとんど出発支度が整いつつあった。
それでもまだ作業は終わってなさそうだったので、とりあえず邪魔にならないように空から団長さんを探す。
「いた。おーい、団長さーん!」
「ん?」
「上でーす!」
「――メイ様! 来てくださったのですね!」
満面の笑みと言っても過言ではない団長さんへ手を振りながら、私は絨毯を地面に降ろした。
「へへへー。間に合って良かったです」
「メイ様直々にお越しくださるとは。光栄の極みです」
「ふへへ」
そういって団長さんは優雅にお辞儀をしてくれた。
そして顔を上げた団長さんの視線が私の顔から少し上へと動く。
その視線はある一点で止まり、そのあと柔らかく目を細めた。
「ふふっ。……今日も身に着けてくださっているのですね」
「かわいくて気に入っちゃったので!」
「それはなんとも。嬉しい限りでございます」
「えへへ。大事にしますね」
団長さんが言っているのは、ここ数日つけている髪飾り――バレッタのこと。
これはこの間花畑で団長さんに会った時に頂いたプレゼントです。
黄色と透き通った緑色の宝石が付いたお花模様のバレッタ。すごくかわいくてお気に入りになっちゃいました。
むふふ。私の宝物がどんどん増えていきます。良い事です。
というか、団長さんは商人なだけあってプレゼントの才能がすごい。見習いたいくらい。私はいつもワンパターンなものしかあげられないからなぁ。
そんなことを考えながら背後を振り返った私はカイルへと視線を向けた。
「カイル。団長さんに用意してたやつ渡してくれる?」
まだ作業が残ってるだろうし、あんまりお喋りで時間を取るのも申し訳ない。
そう考えた私は、渡し忘れる前にとカイルに預けておいたはなむけの品物を渡してもらうことにした。
「はい、お嬢様。団長殿、これをどうぞ」
「これは……?」
「わたしからのはなむけの品です。私が作ったお酒と野菜が入ってますので、良かったらみなさんで召し上がってください。簡単な物で申し訳ないんですけど……」
お酒と野菜の他には花束も渡しています。
ほぼ自家製のものばかりだけど、これくらいなら団長さんも受け取ってくれるかなと思いまして。
「なんと。そのような貴重なものを頂けるとは……感謝いたします。しかし、抽選にハズレたのに申し訳ない気持ちも……」
「あはは。まぁまぁ、お気になさらず」
グレンカムア団のみんなも冥界祭の抽選二種類には参加していたようだ。
ただ、ことごとくハズしていたみたいで、彼らの嘆きの声が抽選会場の舞台の上にまで聞こえてきて苦笑いしてしまったのは記憶に新しい。
「ところで、団長さん」
「はい。なんでしょうか、メイ様」
「手を出してもらっても?」
「手、ですか? もちろん構いませんが、少しお待ちを」
受け取った荷物を一旦荷台へ片付けてから、団長さんが笑顔で膝をつき手を差し出してくれる。
私も負けじと笑顔を作り、彼の手を両手で握った。
「団長さんの……いえ。あなた達の旅路に幸多からんことを」
「――はい。ありがとうございます」
私の言葉を嚙みしめるように飲み込んだ団長さんが笑う。
もう彼の顔や態度に引っ掛かるものはない。
清々しく、晴れやかな、雲一つない輝く笑顔だった。
そうして出発の準備が整った団長さん達が、セラフィトの町から去っていく。
姿が見えなくなるまで見送った私は、そのままカイルを連れて家へと帰った。
なんだかんだで大変だったけど、ちゃんと最後に笑顔でお別れができて私も一安心です!
「……帰ったか」
「おっかえりー」
「あれ? フェル様とガーラさん? どしたのー?」
神域へ帰ってきたところ、何故かフェルトス様とガルラさんがベンチに座って待っていた。
「いやなに。貴様の仕事の集大成を聞かせてもらおうと思ってな」
「う? 報告はもうしましたよ?」
カレンさんを冥界へ送った日にちゃんと事の報告は済ませてある。
ちゃんとよくやったって褒めてももらえました。なのに今また集大成の報告ですか? 何故?
よくわからなくて首を傾げていると、ガルラさんが笑いながら口を開いた。
「難しいことじゃねーよ。オマエあの人間とお別れしてきたんだろ? そんときちゃんと笑ってたかどうか聞かせてくれたらいいんだ」
「はぁ。それならバッチリ笑顔でしたよ? ね、カイル」
「はい。それはもう心からの笑顔でしたね」
カイルに同意を求めるように仰ぎ見れば、カイルもよく分かっていないながらも頷いてくれた。
「そーかそーか。さすがはメイだ。偉いぞー」
「わー! なになに?」
私達の返事を聞いたガルラさんが、本当に嬉しそうに私の頭をわしゃわしゃしだした。
嬉しいけどなんでー?
「ほい。フェル。オマエの番」
ガルラさんのわしゃわしゃ攻撃が終わると、今度はフェルトス様の前に差し出される。
「うむ。メイ、よくやったぞ」
「う? むへへ、よくわかんないけどフェルしゃまに褒められちゃったー!」
ガルラさんと違って優しく撫でてくれたフェルトス様。大きな手でぐちゃぐちゃになった髪を梳かすように撫でてくれている。
「――これだけできるのなら、文句もでまい」
「う? なにがでしゅか?」
「気にするな。こちらの話だ」
「んー?」
ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げるが、詳しいことは教えてくれない模様。
気になったけど、フェルトス様とガルラさんがここぞとばかりに褒め倒してくれたので、どうでもよくなっちゃいました。
そんなことをしていればシドーも目を覚ましたのか、外に出てくる。
そして私が褒められ倒されている現場を見たシドーが参戦してきて、よくわからないまま一緒に褒めてもらう空間が出来上がった。
ついでとばかりにガルラさんがカイルも巻き込み、最終的には私達三人纏めてフェルトス様に撫でられることになりました。
緊張と照れでガチガチになってしまったカイル。それを見て私とシドーは顔を見合わせて笑った。
神域に私達の楽しげな声が響く。
大変なこともあったけど、またいつもの日常が帰ってきました。
これにて追憶と花束編は終わりです。次回は未定とさせていただきます。
今回は主人公視点以外をかなり入れてしまったので、読みずらかったなど不満があったなら申し訳ありません。
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