追憶と花束編19 出会えてよかった
「あ、いた。おーい、団長さーん!」
花畑にぽつんと一人佇む団長さんへ手を振れば、団長さんもこちらに気が付いたのか手を振り返してくれた。
カレンさんとのお別れを終えてから二週間。今日は団長さんとの約束の日。
この花畑で待ち合わせをしていたので、絨毯に乗ってやってきたところです。
「遅れてすみませんでしたー!」
到着早々の謝罪に団長さんは笑う。
「いいえ。それほど待ってはおりませんので、お気になさらず」
たまにはゆっくり花見も良いものですね。とさらににっこり笑って言ってくれた団長さんに、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
実は本日お昼寝後の午後二時頃を約束の時間としていたのですが、今はその時間を少しばかり過ぎてしまっています。
いわゆる遅刻というやつですね。
「ところで、何かあったのですか? もしメイ様のご都合が悪いようであれば――」
「あぁ違うんです! ちょーっと出かける前にゴタゴタしちゃっただけで……うぅ。しゅみましぇん」
「ふふっ、そうでしたか。ではこの後もお時間は大丈夫、という認識でよろしいですか?」
「あい!」
くすくすと可笑しそうに笑う団長さん。なんかこの方ずっと笑っていますね。
でも初めて会った時よりも雰囲気がかなり柔らかくなった気がするので、気を許してくれた結果かもしれないと思いましょう。
「それでは早速ですが……こちらを受け取っていただけますか?」
そう言いながら、団長さんは私の前に膝をつく。そして懐から小さな箱と封筒を取り出した。
そういえば初めて会ったあの謁見の時も、献上品だってプレゼントを貰っちゃったんですよね私。
ちなみにあの時の献上品の中身は懐中時計でした。
蓋の表面には二つのお花の模様が彫ってあって、カイルによればその花の名前はシオンとアスターっていうらしい。
私はお花の種類とかはよくわからないけれど、デザインがかわいくて結構気に入ってます。
それともう一つ。ユキハナソウっていうお花のドライフラワーが瓶に入った状態で入ってました。
もちろんこれも気に入ったのでお家に飾ってあります。
冥界の外である神域ではお花も育つし、それなりに長持ちだってする。
けど、冥界では普通のお花はあんまり長持ちしない。
むしろ早く枯れちゃう気がしている。気のせいかもしれないけど……。
そういうわけで、冥界ではお花を長く楽しめないんですよね。
でもドライフラワーなら大丈夫そうだし、今度自分でもチャレンジしてみたいって思っています。ふへへ。
だけど一つだけ例外がある。私がこの世界に落ちてきてしばらくした後に出会った謎のお姉さん。
そのお姉さんから頂いたお花は、何故だか今でも冥界でちゃんと咲いている。
というより、あれからずっと咲いてます。もう一年は余裕で経つと思うけど咲き続けてる。
しかも、その頂いたお花。いつの間にか二本に増えてもいたんですよ。うん、ミラクルです。
話が逸れました。
とにかく、団長さんから頂いたあの献上品。
今日の約束を交わした日、つまり二週間前のあの時に団長さんから「なかったことにしてほしい」と言われてしまったんですよね。
理由を聞いても曖昧に笑って教えてはくれませんでしたし。謎です。
一度献上したものなので返さなくてもいい。とにかくなかったことに。やり直しをさせてほしい。カレンの分も含めて改めてお礼をしたいんです! みたいなことを圧と共に言われてしまったので、とりあえず頷いておいた思い出です。
あの時は中身がわからなかったし、ただの結果論にはなるんだけど。私はあの二つの献上品をとても気に入ったので、ますますやり直す意味がわからなくなっちゃったのは内緒。素敵なプレゼントでした。
団長さん的には何かあるらしいけど、私には本当にわからなかった。
ガルラさんとカイルはなんだか意味深い感じで「あー。なるほど」なんて言ってたのが印象的です。理由が分かったのなら教えてほしいのに、拒否られました。何故!
そんなことを思い出していたからか、差し出された献上品――もといプレゼントを私は苦笑いを浮かべながら受け取った。
「わざわざ大丈夫ですのにー。……でも、お二人からのお礼のお気持ちということなので、ありがたく頂きますね」
「そうしていただけると幸いです」
「この前頂いていた献上品の方もありがとうございます。とても素敵な品物で、すごく気に入りました! 大切にしますね!」
「あ、はい……」
「う?」
やっぱり団長さんからは微妙な反応が返ってきてしまった。何なんでしょうかいったい。うーん、謎です。
「あ、そうそう。忘れないうちに……私の方からも団長さんに渡すものがあるんです」
「メイ様が、私に……ですか?」
「はい! ちょっと待ってくださいね。――えっと、あった! はい、どうぞ」
さっき受け取った小さな箱と封筒をそのままカバンの中に入れた後、用意していた物を代わりに取り出して団長さんへと差し出す。
「これは……ベルギアの花、ですか?」
「あい!」
実はこれを準備する為に、一度町へ寄っていたので時間がかかっていたんですよね。
それもこれも、全部フェルトス様が悪いのです。
私達はちゃんと余裕を持ってお家を出ようとしてたんですよ。
しかーし。そこでフェルトス様の「待った」がかかったんです。なんだと思えば「あの娘からの伝言だ。『自分の代わりにルディスという人間へベルギアの花とやらを渡してほしい』だと。貴様らたしかこの後その人間と会うのだろう? ならばついでに渡してこい。伝えたからな」とのお言葉。
いやいやいや。あの日から結構な時間ありましたよ! 伝えるチャンスもっとありましたよ! なのに何故、それを今、伝えたのですか! と私がぷんすこ怒ったら「忘れてた」とのありがたい一言を頂きました。そうですよね、それでこそフェルトス様です。
とまぁ、フェルトス様とわちゃわちゃやっていたら時間が過ぎてしまっていた。だから慌てて家を出て、お花屋さんへ寄ってから此処へ来た。というのが今回の遅刻の詳細です。
もっと早く言ってくれていたら午前中にお買い物へ行くか、お昼寝を早々に切り上げて行動したのに。急に言うから遅刻しちゃったんです! もう! まったく!
そんなフェルトス様への怒りの感情を笑顔の下に隠して、私は団長さんに笑いかけた。
「これはカレンさんからです」
「カレン、から?」
「あい。これを団長さんに渡してほしいってフェル様にお願いしたみたいです。なので私が代わりに渡しに来ましたー」
「……冥界神様がわざわざ。――ふふっ。ありがとうございますメイ様。そしてフェルトス神にも感謝を」
「ふへへ。伝えておきましゅねー!」
渡したお花をじっと見つめて目元を緩ませた団長さん。
その笑顔がとっても素敵でこっちが照れちゃうくらいですね。
その後。団長さんは頭の布に付けていたパンジーによく似た造花飾りを取り外した。
そしてそのまま、今渡したベルギアのお花を代わりに取り付ける。
「わぁ。よくお似合いでしゅよー! しゅてきでしゅ!」
「あははは。ありがとうございます!」
太陽の光を浴びながら、多分今までで一番の笑顔を見せてくれた団長さん。
その顔はどこか幼くて、なんだか少年が笑ってるみたいに見えた。
「そうだ、メイ様。明日から始まるサーカスのことなのですが――」
冥界祭も数日後に控えた今。町はお祭り騒ぎに拍車がかかっています。
その理由は簡単。ルディス団長率いるサーカスキャラバン、グレンカムア団の興行も始まるからだ。
もうすでに町の前にはサーカスキャラバンのテントがズラッと並んでいて、着々と準備が進められていたりします。
「う? サーカスがどうかしました? あ、もしかして何かあったんですか? 明日、結構楽しみにしていたんですけど……」
「いえいえ。そうではなく。メイ様達には一番良い席で我らの演目をご覧になってほしくて。もちろん領主殿もご一緒に招待させていただいてますので。明日は是非、そちらから」
「うぇ! いいんでしゅか!」
「もちろんです。というより、元々招待はするつもりでしたので、お気になさらず」
「む、むーん」
実は密かに前売りチケットを買っちゃってたんですよね。バレないように変装までして。そのおかげで無事私とカイルとシドーの三人分のチケットを手にできています。
明日はそれで見ようと思っていたので急なお申し出にびっくり。
そして、領主様と一緒に招待という事は、すでに領主様には招待の話が行っている。
でも私の所には来ていない。これは単純に、領主様から私へ連絡を入れる術がないから仕方ない。
基本的に門番さんに伝えておいて、私が町へ来たタイミングで言伝を伝えるって形でしか連絡手段がないからなぁ。
今回はあまり町へ寄っていないから伝え損ねた感じですかね。
いっそのこと、電話みたいなものがあれば便利なんだけどねぇ。騎士様たちが使ってる通信機みたいなやつとか。
おっと、少し考え込み過ぎちゃった。
とにかく。せっかくのご厚意をこのまま断るのも申し訳ないし。うん、ここは素直に甘えさせてもらいましょう。
余ったチケットは誰かにお譲りする形を取れば良いしね。そうしましょう。
「……それじゃあ、お言葉に甘えても?」
「はい、是非に! ――では」
「う?」
団長さんが笑顔と共に右手を差し出してきた。
なんだろうと思いつつ自分の手を重ねてみれば、くすくすと団長さんが笑う声がする。
「んー?」
「申し訳ありません。言葉足らずでした。ふふっ。えっとですね、お買いになられたチケットを渡していただきたかったのです」
「え! なんでわたしがチケット買ったって知ってるんでしゅか!」
ちゃんと完璧に変装してたしバレてないはず。周りの人からも何も言われなかった。それなのに知っているということは……まさか団長さんはエスパーなのか?
「ふふ……あはは。いやはや。メイ様は本当にお可愛らしい方ですね」
「えぇー……」
はははと声を上げて笑う団長さんに、納得いかない声をあげる私。
「……あるじって、時々抜けてるよな」
「え?」
「何を言ってるんだシドー。お嬢様はそこが可愛らしいんだろう?」
「たしかにそうかも」
「え?」
私の後ろでずっと黙って待機してくれていた二人からの突然の裏切り。
まさかの追加攻撃に、メイちゃんは信じられない気持ちでいっぱいですよ。
その後。笑いが収まった団長さんにチケットを回収されることになった。
うーん。しかし本当に何故バレていたのでしょう。私の変装は完璧だったはずなのに。お髭とサングラスまでつけて顔を隠していたんだけどなぁ。
シドーは影に入っていてもらったし、ちゃんとカイルにもお髭とサングラスで変装をしてもらっていた。
うん。何度考えても私の変装は完璧だった。
だとすると、やっぱりバレたのは団長さんがエスパーだったからか……。ふっ。エスパーなら仕方ない。うんうん。
カイルが団長さんにチケットを渡している光景を見ながら一人で納得する。
チケットはカイルが管理していたので受け渡しはお任せした。ちなみに返却分のチケット代はさっき貰った封筒の中に入っているらしい。用意がいい……。
「それでは。私はそろそろお暇させていただきますね。明日の準備もありますから」
「はーい。明日、サーカスもですけど、キャラバンの方も楽しみにしてますからね!」
「――はい! 自慢の品を用意してお待ちしております!」
笑顔で手を振りながら帰っていく団長さんを見送る。
花畑の入り口で、一緒に来ていたんだろうお仲間さんと合流し丘を下っていった。
「さて。わたし達も帰ろっか!」
「おぅ!」
「なぁ、お嬢。領主殿ンとこ寄ってかなくていいのか?」
「あっ。そっか。明日の事聞いとかなくちゃだ! ナイスカイル!」
「ふふっ。お嬢様のお役に立てて光栄です」
カイルにビシッとサムズアップを送れば、カイルからはおどけたような仕草が返ってきた。
それがなんだかおかしくて私は笑う。そうすればカイルとシドーも笑顔になった。
「それじゃ。そろそろ行こっか。二人とも絨毯に乗ってくだしゃーい」
「あいよ」
「はーい」
私の号令にカイルとシドーが返事をしながら乗り込んでくる。
二人がちゃんと乗り込んだのを確認してから、私は花が咲き誇る花畑から絨毯を発進させた。
花畑のある丘から町はそう遠くない。
眼下に広がるセラフィトの町。その前にはサーカスキャラバンのテントが沢山並んでいる。
まだ準備中だけど、グレンカムア団の団員の方々だろう人達が忙しなく動いている影が良く見えた。
そうして働く人達を見ながら、私は明日に想いを馳せる。
地球でも生でサーカスを見たことがない私にとって、明日はある意味初サーカス。楽しみにならないわけがない。
一番の懸念は、楽しみ過ぎて寝られなくなってしまい、体調を崩すこと。それだけはダメだからね。十分注意しなきゃ。
団長さん達の興行は四日間の開催。
四日目が冥界祭と同日になっていて、冥界祭当日のお昼に興行が終了する予定らしい。
サーカスショーは一日に一回の計四回。
本当は全部の日を見に行きたかったけど、ちょっとだけ自重して初日と最終日のチケットを取っていました。まぁ、もう回収されちゃったのでチケットを取った意味はありませんけども。
「早く明日にならないかにゃー」
グレンカムア団のテントを見ながら小さく呟く。
私の顔がふにゃふにゃで、だらしなく笑っているような気がするけど気にしない。
また一歩成長した私だけど、根っこの部分は変わらないから。
だからふにゃふにゃお気楽メイちゃんでいいのです。しばらく冥界姫はお休みします。
そうそう。フェルトス様から聞いた冥界の約束事。
あれはお互いが認識できていなかった期間にも適応されるようで、実は団長さんは結構危ない状況だったりしたようです。
それでも彼が無事だったのは、カレンさんが団長さんの幸せを願っていたからなのかな?
私には想像することしかできないから、そう思うことにしておきましょう。だってその方がきっといいと思うから。




