追憶と花束編18 迷い子は安らぎの場所へ
「ありがとうルディ! 私、いま――最高に幸せよ!」
キラキラと輝く魔法陣の光。
それとは別の、淡い光に包まれるように。カレンさんの姿が光に溶けるように薄らいでいく。
彼女は花束を抱えて満足そうに笑う。お花が満開に咲いたような。そんな素敵な満面の笑みを浮かべながら消えていく。足元からゆっくりと。
向かう先は冥界。あとはフェルトス様達におまかせすれば大丈夫だろう。
これでカレンさんの魂は消えずに、冥界で安らかに眠れるはずだ。
「――あぁ。僕もだ……」
涙を堪え、笑顔を保とうとしている団長さん。
だけど、それもあまり持ちそうにはなかった。
「さようなら――ッ。……カレン。僕もあとからきっと行くから」
「ふふっ。えぇ、待ってるわ。でものんびりでいいのよ。のーんびり、おじいちゃんになってから、ね。約束」
「……あぁ。わかってる。約束だ。――それまでにまた土産話をたくさん仕入れておくから、楽しみにしていてくれよ!」
「えぇ、もちろん! 楽しみに待ってるわ! それじゃあ、ルディス。――またね!」
最後の言葉を残し、カレンさんは姿を消した。最後まで素敵な笑顔だった。
「……また、ね。カレン」
カレンさんが消えた後。空へと立ち昇る光を追いかけるように、団長さんは空を見上げた。そしてそのまま空へとそっと手を伸ばす。
笑顔を浮かべつつもボロボロと涙を零す彼を見ないようにしながら、私は張っていた結界魔法を解く。
魔法陣も消えてしまい、周囲にはいつもの花畑が戻ってきた。
暗闇が掻き消えた代わりに現れたのは、綺麗な夕焼け空。
「ふぃー。ちゅかれたー」
感傷に耽る団長さんの邪魔をしないように、小さな声で息を吐く。
緊張の糸が解けたのか、一気に疲れがきたようで私は地面へ座り込んだ。
「お疲れ様でした、お嬢様」
そこへサッとカイルからハンカチが差し出される。
それを受け取りつつ私はカイルに顔を向けた。
「ふへへ……ちゃんと、できてたかにゃあ?」
「はい。とても、ご立派でしたよ」
そういって、カイルは目を細めながら私の頭を撫でてくれた。
なんだかそれがとてもこそばゆくて、とても嬉しかった。
「うんうん。すっげぇかっこよかったぞ。さすがはおれのあるじだ!」
「うへへへへ。しょうかな? しょうかも。むへへ。ありあとーシドー」
すかさずといった感じでシドーもそばにきて褒めてくれる。
そんな二人の言葉に私の顔はさらに緩む。
初めて使う魔法だったけど、失敗もなく上手くできて良かった。
「むぃー」
ようやく人心地ついた気がして気が抜ける。
コロンとカイルにもたれかかっちゃったけど、カイルは動じることもなくしっかりと私の体を受け止めてくれた。感謝。
「お嬢様? ……お嬢、大丈夫か?」
「あるじ?」
「へーきー。ちょっとちゅかれただけだかや。やしゅましぇてー」
「そっか。んじゃ、しばらくはゆっくりしてろ」
「あいがとー」
カイルが膝枕をしてくれたのでありがたく休む。
正直、今回の魔法は魔力消費的には大したことがない。
だから今こんなに疲れているのは頑張って冥界姫として取り繕っていた反動です。
つまり、気疲れを起こしている状態ですね。やり慣れてないから余計です。
いや、でも本当に疲れたー! 早くお家帰って寝たい! 冥界姫モードは、もうしばらくやりたくないです!
「うー」
カイルの膝にぐりぐりと顔を押し付ければ、労うように頭の上に重みが二つ増した。
今回の私、超頑張ったと思いませんか。なのでもっと撫でてもいいんですよ。むしろ撫でてください!
そうしてしばらく私がカイルとシドーと一緒にたわむれている間に、団長さんはカレンさんとのお別れを済ませたようだ。
私達の所へ戻ってきた団長さんが、流れるような動きで膝をつき頭を下げる。
斯く言う私もいつまでもカイルにベタベタしていては示しがつかない。
なので、よっこらせと起き上がり団長さんへと笑いかけた。
「お別れはちゅみまちたか?」
「はい。姫様の寛大なる御慈悲に心より感謝申し上げます」
「いいえー。こちらこしょでしゅ。あ。あと、むりにちゅれてきてごめんなしゃい」
正直急いでいたとはいえ、窓からこんにちは。は、やり過ぎた感が否めません。
お行儀が悪かったですね。反省。
「いいえ。むしろ私の我儘まで聞いてくださり、深く感謝するばかりでございます」
「ふへへ」
顔を上げた団長さんと目が合いにっこりと笑い合う。
彼の目元はまだ赤いままだけど、どこかすっきりとした顔をしていた。
本当に、間に合って良かった。心からそう思います。
「姫様……いえ、メイ様」
「う?」
「お手に触れる許可を、私へ頂けますか?」
「はぇ? べつにいいでしゅよー」
改まってなんだろうと思えば、団長さんはどうやら手に触りたいらしい。
もしかして握手でもしたいのかな。わざわざ許可を取るなんて律儀な人だなぁ。
なんて考えながら私は特に深く考えずに彼へ手を差し出した。
「ありがとうございます」
綺麗な笑顔を浮かべながら、団長さんが私の手を取る。
もちろん私は握手をするつもりだったので、握手の形で差し出しました。
しかし団長さんは握手のつもりではなかったらしく、そのまま私の手の甲を上にするように向きを変えた。
「う?」
そうして団長さんが流れるように私の手に顔を近付けてきたのです。
「――はぇ?」
手の甲に柔らかい感触がしたかと思えば、そのまま私の手から団長さんの顔が離れていった。
視線を上げ、にっこりと笑う団長さんと目が合う。
「……はっ!」
一拍遅れてようやく状況を理解した私の頭は混乱に支配される。
顔なんかは今まさに真っ赤に茹で上がっていること請け合いです。
今、何が起きた!
「改めて。私、ルディス・バンガルドは冥界姫メイ様へ、心からの感謝を。そして敬愛と信仰を送らせていただきたく存じます……」
「あ、あぃ」
正直団長さんが何を言っているのかまったく頭に入ってこない。バクバクと鳴る心臓の音が煩くて、その音が団長さんに聞こえてやしないかとヒヤヒヤする。
もちろん団長さんは感謝の挨拶のつもりで、その……手に、ちゅっ……てさ、やったのはわかってるよ? そこに他意がないっていうのもわかってるよ?
だけど、それでも。私はこういう事に慣れてないので、恥ずかしくてたまりません! どうしよう! パニックです!
あわあわと慌てつつも、一生懸命落ち着こうと試みていますが、どうにも上手くいかない。
あまりの恥ずかしさに、カイルかシドーにくっついて隠れたい衝動に駆られています。
でも団長さんに手を取られたままなので動けません。我慢するしかない!
「ふふふ。失礼ながら……やはりメイ様はお可愛らしいお方ですね」
「あぃ……?」
「ふふ……あはは」
団長さんはとても顔がよろしいので、急にこういう事をされると本当に心臓に悪い。
むしろ私みたいなお子様相手じゃなくて、カレンさん相手にしてあげた方がいいと――あ、前言撤回。私が禁止したんだったすみません!
「やはりとてもお可愛らしい」
「えぇ、そうでしょうとも」
「うんうん。おまえ人間のクセに見る目あるな。気に入った。この前のは水に流してやる」
「誠でございますか? ありがとうございます精霊様」
「おぅ! あるじも気にしてないみたいだしな」
「……まぁ、お嬢様を信仰するというのなら致し方ありません。あの件は私も水に流しましょう」
「ありがとうございます。……その、申し訳ありません。もしよろしければ貴殿のお名前をお聞かせ願えますか?」
「そういえば正式には名乗っていませんでしたね。私はメイ様の眷属でカイルと申します。以後お見知り置きを」
「ありがとうございます、カイル様」
「ちなみにこちらはメイ様の使い魔。闇の精霊のシドーです」
「シドーだ。おれの名前も呼びたいなら特別に許してやらんこともない。ありがたく思えよ、人間」
「はい、シドー様。身に余る光栄でございます」
男三人が周りで何か言ってるけど、もう何もわからない。
私を置いて会話が進んでいくけど、もう私には何もわからない。右から入って左に情報が抜けていきます。
その後。なんとか頭が回るようになった私は、団長さんを町まで送っていった。
そして団長さんから改めてお礼がしたいとのお話を頂いたので、話し合いの結果二週間後にまた会う約束をしてその日はお別れとなりました。
とりあえず。後半いろいろありましたが、なんとか無事に今日が終わってくれそうで安心しました。
きちんとお仕事も終わらせたので、大手を振って帰宅したいと思います。
えぇ、そうです。大手を振って帰りますとも。
そうしたらフェルトス様とガルラさんに絶対にたくさん褒めてもらうんです!
それが今から楽しみで。
暗くなりつつある帰路をニマニマした締まりのない顔のまま帰ってきたことは、フェルトス様達には内緒にしておきましょう。




