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追憶と花束編17 とある亡魂の独り言2

 ルディが一歩。また一歩と私に近付いてくる。素敵な花束を持って。私のもとへと歩いてくる。


 生きている頃は同じぐらいの身長だったのに、今ではもう見上げる程の背丈になっているあなた。

 顔だって幼さが消えて凛々しくなったし、声だって低くなった。体だって大きくなって、もう立派な男の人になっていた。


 改めて見なくてもわかっているはずの変化。

 随分と変わった彼。あの時のまま変わらない私。


 当然だ。だって彼は生きているんだから。成長をしているんだから。その成長を、私はずっと隣で見守ってきたんだから。

 死んでしまった自分はあの日のままで、変わらない。だけど、それが……それが少しだけ。――ほんの少しだけ、置いていかれたようで、寂しく感じてしまった。


 もう一緒にはいられない。


 この状況になってようやくそれが現実味を帯びてきた。

 そのせいだろう。寂しいなんて考えてしまったのは。


 だけどそれを考え始めたら、私はきっとダメになる。ルディも巻き込んでダメになる。姫様の想いも無碍にしてしまう。


 だからこの感情は気のせいだということにしよう。

 私は幸せだった。いや、私は幸せだ。

 だって最期に大好きな人と目を合わせて、話せるんだから。


 これは最初で最期の素敵な奇跡。

 冥界のお姫様が見せてくれた幸せな夢の続き。


 溢れる涙を拭って私は前を見た。

 大好きなあなたを瞳に焼き付ける為に。


「ふふっ」


 もう、手を伸ばせば届きそうな距離に彼がいる。大好きなルディがいる。

 手を伸ばしたくなる衝動を抑えて私は彼を見上げて笑った。


 優しげに細められた赤い瞳。風に靡く赤い髪。まるで夕焼け空みたいに綺麗だと、見るたびにいつも思っていた。


「大きくなったね、ルディ」

「まぁね。格好良くなっただろう?」

「あら。ルディは昔から格好良かったわよ?」

「うっ……その返事はずるいよカレン」

「ふふふ」


 昔のようなやりとりが楽しい。

 ずっとこうしていたいと思ってしまうほどに。


 でもそれは叶わない望み。願ってはいけない望みだから。

 だから私は――自分を誤魔化すように笑い続けた。


「……カレン」


 ルディが私の前にゆっくりと膝をつく。


「これを君に言ってもいいものか考えたんだが、最期になるだろうから言わせてほしい」


 そこで一度言葉を切ったルディが、ゆっくりとした動作で私へと花束を差し出してくれた。


「――誕生日おめでとう、カレン。遅くなったけど、これ。誕生日プレゼント……砂漠の薔薇じゃなくて申し訳ないけどさ。よかったら――受け取ってくれるかい?」


 最高に素敵な笑顔と言葉のオマケ付きで。


 もちろんすぐに受け取りたかった。受け取ろうとした。

 だけど、いざ目の前にそれが差し出された瞬間。私は戸惑ってしまった。


 姫様との約束のこともある。けれど、これを私はちゃんと受け取れるのかと、悩んでしまったのだ。


 私は魂だけの存在。

 今は姫様のお力でこうやって奇跡が起きて、私はルディの瞳に映れている。ルディと話せている。

 でも、物に触れられるかはわからない。ずっと触れられなかった。

 もしかしたら姫様のお力でも触れられないから、だから接触を禁じられたのかもしれない。


 そんな不敬な考えが頭に過る。


 それに、仮に花束を受け取れたとして。そもそも、私にこの花束を受け取る資格があるのだろうか。

 もうすぐお別れしてしまうのに。結局、誕生日を迎えられなかったのに。


「――カレン」


 悩み戸惑う私へ姫様からお声がかかる。

 顔を向ければ姫様が笑っていた。そして小さく頷いた姫様は、声を出さずに私へ何かを言った。


『だいじょうぶ』


 そう、言ってくださった気がした。


 そっか。大丈夫なんだ。なら、もう――迷わない。


 私はルディへと手を伸ばす。

 私が迷っていたせいで、彼に不安な顔をさせてしまった。本当に、ごめんね。


 謝罪の言葉を口にする代わりに、私はルディへ満面の笑みを向けた。心からの笑顔を、彼に見せた。


「ルディ……ありがとう! すっごく嬉しい!」


 ルディに触れないように気を付けながら、私はそっと花束を受け取った。

 花を包む紙の質感。素敵な花の香り。花束の重さ。もうずっと縁がなかったそれらを私は全身で確かめる。


 潰さないように気を付けながら、大切に大切に、私は花束を抱きしめた。


「本当に嬉しい……ルディからまた、誕生日プレゼントを貰えるなんて。本当に、ありがとう……」

「あのさ、カレン」

「なぁに?」

「実は……もう一つあるんだ。プレゼント」

「え?」


 なんだろう。もうプレゼントはこれ以上ない物を貰って――。


「あ……」

「思い出したかい? あれさ。もしまだ有効なら、返事をさせてほしいんだけど……」


 照れたように笑うルディに、私は目を丸くする。

 たしかに、私はあの時。プレゼントは返事が欲しいと言った。


 そしてずっと、諦められずにいたから、可能ならば欲しいと願ってもいた。

 ルディから言い出されなくても、私から聞くつもりでいたのに。花束を貰ってすっかり忘れてしまっていた。


「返事……くれるの? 本当に? だってもう十年も前のことだよ」

「聞いてくれないのかい? それとも……もういらなくなった?」

「――っ。そんなことない! 欲しい!」


 ルディはもう十四歳の少年じゃない。二十四になる大人の男性だ。国を出て、新しい生活を始めた。新しい人間関係も築いた。


 それでもルディを過去()に縛り付けてしまっていた自覚はある。

 もう私なんか忘れて、前を向いてほしい。そう思うのと同時に、忘れないでいてほしかった。


 そして、この十年。私を忘れないでいてくれたこと、私を想っていてくれたこと。そのことに安心していたのも、嬉しかったのも……また事実。


 自分の中に相反する二つの気持ちがある。

 ぐちゃぐちゃに絡まった糸が転がっている。


 だけどもう、それも終わり。


 絡まった糸をゆっくりと解いていく。

 今となっては、あの時の返事が是か非かなんて……もうどうでもいいんだから。


 これはけじめ。

 私とルディの――お別れの儀式。


 私は笑う。ルディも、笑ってくれた。


 あぁ、なんて綺麗な夕焼けなんだろう。その夕焼け空に、涙をぼろぼろ零す私が映っている。


「カレン、手を」

「――うん」


 まるで王子様がお姫様に手を差し出すかのように、ルディは私の手を取ってくれた。

 もちろんそれは手を取るフリだけれど、それだけでも、私には十分。

 たとえ触れられなくても、私達には関係ない。


「あのね、カレン」

「うん」

「僕も、君が――好きだ。ずっとずっと大好きだった。心の底から、愛していたよ」


『あのね、私。あなたの事が好きなの。大好き。ルディはどう思ってる?』


 あの日、ルディに告げた言葉。勢い任せの告白だったけど、一歩踏み出したくて言った言葉。


 その返事が、十年という長い月日を経て……今、貰えた。


 絡まった糸が解けていく。あんなに固かったのに。するすると、解けていく。


 解けた先にある感情が醜かったらどうしようってちょっぴり心配していたけれど。大丈夫だったみたい。


 だって私の心に残ったのは、喜びだけだったんだもん。

 嬉しい。いま、私の心の中はとても嬉しい気持ちで、いっぱいだ!


「うん――うんっ! ありがとう! 私も好き! ずっと、ずっと――私も大好きだったよ、ルディ!」


 初めて会ったあの日から、ずっと。

 ルディス。私の、初恋の人。大好きな人。大好きだった人。


 ありがとう。そして――さようなら。


「ありがとうルディ! 私、いま――最高に幸せよ!」


 これで思い残すことはない。

 さようなら、お父さんお母さんおばあちゃん。それと、親不孝でごめんなさい。


 だけど私は満足しています。

 あなた達の娘に産まれて、育ててもらって、愛してもらって。私は――とても幸せな女の子でした。

 大好きな人と出会えて、幸福でした。


 そして、冥界姫メイ様。本当にありがとうございました。この御恩はきっと忘れません。

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