14 とある門番の独り言2
今回は主人公視点でやっていたことを門番の視点でお送りします。
2025/6/15追記
改稿した結果1話の分量がものすごく増えてしまっています。申し訳ありません。
昨日は少し飲み過ぎたかもしれない。
今日も門番の仕事で門に立っているが、ちょっとだけ頭痛がする。
この仕事は二人体制だし、詰所にも何人かはいる。
なので最悪仕事を代わってもらうことも可能だ。そのことも視野に入れておくか。
「おいノラン。お前大丈夫か?」
「おー、へーきへーき。……たぶん」
「お前な」
呆れたように笑う相方に俺も笑顔を返す。
笑うだけでそれ以上咎める気がないのはありがたい。
頭痛もそのうち治るだろうという希望的観測のもと仕事へ集中する。
そうやって仕事をこなし、昼前になった時だ。
俺の頭痛もあらかた引いてきた頃、同僚が血相を変えて俺らのところへ走ってきた。
「た、たたたたいっ、大変だ!」
「おい、どうした落ち着け」
こいつがこんなに慌てるなんて。もしかして魔物の大群でも押し寄せてきたのだろうか?
緊張が走るなか焦る同僚をなんとか落ち着かせ報告を聞いた。
「で、デカくて変な顔の蝙蝠がこっちに向かってきてるんだよ!」
「は? …………デカくて変な顔の蝙蝠? 魔物……じゃないよな? もしかしてフェルトス様、か?」
同僚の報告に一瞬思考が追いつかなかったが、冷静に状況を見定めるよう努める。
まず報告の蝙蝠とは何か、ということだが、まず単純に考えるのなら魔物だろう。
しかしこの辺りに蝙蝠型の魔物はいなかったはずだからその可能性は低い。
次に考えられる、というかあまり考えたくはないが、蝙蝠がフェルトス様の神使の可能性。
正直こちらの方が可能性が高い。
つまり、魔物ではなく、神使の可能性の方が高いとなれば、ほぼ間違いなくフェルトス様関連と考えても良いはずだ。
「おいおいおい。どうなってるんだ?」
まさか昨日の馬鹿がすでに何かをやらかしていたのか。
そこまで考えて頭を振る。調査の結果を朝一に聞いたが、まだ何もしていないらしい。
それにフェルトス様が人間界へ姿を見せるなんて、ここウン百年となかったはずだ。
「……何が起きてるんだ?」
「おいノラン、どうする?」
同僚の声に改めてこれからのことを考える。
「……とにかく、すぐに領主様と騎士団に連絡を! それと神殿の連中にも信託が来ていないかの確認を! あとは……」
そこで一度口をつぐむ。
今回の蝙蝠がフェルトス様なのだとしたら必要もないんだろうが、まだ魔物である可能性だって捨てきれない。
故に取れる対策は全て取っておくべきと考えた俺はこちらを見つめる同僚達に向け口を開いた。
「万が一を考えてできる限りの警戒だ! 急げ!」
「了解!」
詰所内にいた連中も総動員して関係各所へ走らせる。
門番なら俺一人がいればいい。
とりあえず自分がやるべき事を終わらせるべく俺は前を向いた。
視界に入るのは町へ入る許可を得る為に並んでいる人々。
数は少ないがここにいる連中をさっさと捌いてこの場所の安全の確保を急がないと。
報告を受けてしばらくが経った。特に何も起こらず時間だけが過ぎていっている。
しかもデカい蝙蝠がここへ来る前に消えたとの報告も今しがた受けたばかり。
目的はこの町ではないのだろうか。
まだ何もわからないことばかりだが、安全が確保されるまで警戒を怠るべきではないだろう。
すでに並んでいた一般人は町へと入れ、この場にいるのは俺達門番と騎士団の連中が少し。
今回の知らせを受け集まった神殿連中が『フェルトス様はあまり仰々しいことはお気に召さない』とか偉そうに言い出した結果、できるだけ人数を減らした配置になったのだ。
俺は知らなかったがそういう文献があるとのこと。
ちなみに残りの騎士連中は門の向こう側で待機中だ。
万が一魔物の襲撃であった場合はすぐに合流出来るようにもなっている。
「……ふぅ」
それにしてももどかしい。
今回のことはフェルトス様なのか。はたまた魔物なのか。早くはっきりしてほしいよ本当に。
治まった頭痛がまたぶり返してきそうな気分だ。
蝙蝠が消えたとの報告から三十分程が経った頃。ついに動きがあった。
遠目に誰かがこちらへ近付いてくるのが見えたのだ。
「あれは……子供?」
「みたいだな。それと大きな猫らしき生き物と……子供の頭の上にも何かいるな」
「だなぁ」
俺の独り言に答えたのは騎士団長であるセドリック・ラスティーン。
表情に変化はないが、それなりに長い付き合いである俺からすれば、声から少しの困惑が感じ取れた。
敵か、それ以外か。突然現れたあの子供達の正体が掴み切れないのだろう。
かくいう俺だって同じだ。
「どうする? こちらに対して敵対心は感じられんが」
「ふむ。そうだな……」
悩む素振りを見せたセドリックが口を開く。
「とりあえずは様子見といくか。そもそもあの子達が『例の蝙蝠』に関係するかどうかはわからないわけだしな」
「……それもそうか」
セドリックの言葉に表面上では同意する。しかし本心をいえばあまり同意はできなかった。
まず、あんな小さな子供だけで魔物が出る町の外を出歩いていることがありえない。
次に、あの猫らしき生き物だ。正直猫というより魔物と言われた方が納得できる。
そしてそんな生き物の上に乗っている子供が普通の人間なのかどうか。怪しいものだ。
もちろんそんな事はセドリックもわかっているはず。
ただ、相手は小さな子供。多分自分の子供と少なからず重なったのだろう。だから少しばかり甘い判断になってしまったか。
もしかすればあの子供がフェルトス様の神使……という可能性もまだあるにはある。
とはいえ。情報が確定しない今は考えていても仕方がない。
セドリックの指示のもと、俺達はあちらの出方を窺うように待機する。
さほど時間を置かずに、子供は乗っていた生き物から降り、こちらへ向かってきた。
その際。乗っていた生き物の体が小さくなったところをみると、やはりアレは普通の生き物ではないようだ。
子供が向かってくるがいまだに敵対行動は取ってこない。
そして子供は近くにいた騎士へと声をかけ、何かを話している。
「……どうみる?」
視線は子供へ向けたまま、俺はセドリックに声をかける。
「子供から敵意は感じられんが、連れている動物からは末恐ろしい気配を感じるな」
「どーかん。しかもあの子の頭の上のヤツ。あれって蝙蝠……でいいんだよな?」
「そう見えるな。とするならば、だ。先程報告にあった蝙蝠の正体はアレ……いや、あの方々と考えていいと思うんだが、どうだ?」
「俺もそれでいいと思うけど、とりあえず結論は報告聞いてから出しても遅くないんじゃないか?」
子供と話していた騎士がこちらへ向かってくる姿を見ながら答える。
「そうだな」
残された子供達へ視線をやるが、大人しくその場に残っておりそのまま暇を潰し始めた。
その姿はただの幼子にしか見えない。
はてさて、どんな答えが返ってくるのか。聞くのが少しだけ怖いな。
「――団長!」
「フラム。あの子供と何を話していた? 手短に報告しろ」
「は、はいっ。どうやらこの町へ買い物をしにきたようです!」
「買い物だと? 他には?」
「……も、申し訳ありません。緊張してそれだけしか聞けませんでした」
若い騎士――フラム君は興奮しているのか少しだけ頬を紅潮させ答える。
「ただ……」
「どうした。何か気付いたことがあるのならば言え」
「はっ! 確実な事は言えませんが、恐らくあの方々は冥界神フェルトス様の関係者だと推測します」
「理由は?」
「あの猫のような動物が冥界に住む『メテオル』と呼ばれるフェルトス様の眷属にそっくりだということが一つ。そしてあの方の頭の上に蝙蝠がいたというのが二つ。最後に、あの方自身の容姿と持ち物です」
澱みなく答えたフラム君の声を聞きつつ、俺は子供へと視線を向けた。
「容姿と持ち物……あっ」
深い紫色の髪に赤い目をした子供。そういえばフェルトス様も同色だった気がする。
だが体のサイズに合っていないシャツとズボンは神の関係者が着るにしては不釣り合いな気がした。
そして子供は手に紫色の水晶のようなものを持っている。
あれにも見覚えがあった。名前までは忘れたが、冥界のことが書かれた本に載っていた記憶がある。
「――フラム君の言う通りかも」
「ふむ。紫の髪に赤い目、か。たしかフェルトス様も同じ色……だったな?」
小さく頷く。
「あと、手に持ってる――名前は知らないけど、あれも冥界でとれる石だったと思う」
「はい! アレはきっと『冥府石』っていう石です! 俺、小さい時からフェルトス様のことが好きで、冥界についての本とかもよく読むから間違いないと思います、です!」
目をキラキラさせている騎士はまるで憧れの人に会えた少年のようだった。
さっきまでは『恐らく』や『推測』などの言葉を使っていたのに、断定しはじめたぞこいつ。
「なるほど、よくわかった。たしかにこれだけ類似点があるのならば、ほぼ確定と見て間違いないだろう」
騎士団長の目配せを受けまた小さく頷く。
ここからは一時的に俺が引き継ぎ情報を確定させる。
「ヴェルデ!」
「はっ」
「あの方達をここまで案内してきてくれ。失礼のないようにな」
「はっ!」
「えっ! ちょ、団長! なんで俺じゃないんですか!」
「お前は何をしでかすかわからんからな」
「そ、そんなぁー」
がっくりと肩を落としたフラム君の背をそっと叩く。
たしかにさっきの短いやりとりでも不安があったからなぁ。安全策を取るのは間違いではない。
「それにしても……めんどくさいことになってきたなぁ」
誰にも聞かれない声量でひとりごちる。
何故俺の代でこんな大変な事態が起きてしまったのだろうか。
「ノラン」
「ん?」
「俺は中の連中と神殿連中へ説明してくる。こっちは任せるぞ」
「あいよ。何かわかったらすぐ知らせる」
「頼む」
門の中へと消えていくセドリックの背中を見送った俺は、自分の頬を軽く叩く。
「よし」
少しの気合を入れた俺は今から来る面倒事に向き合うことにした。
「皆様をお連れしました」
「ありがとう。あとはこっちでやるから」
「はい。では私はこれで」
俺と子供へ一礼してから下がる騎士を見送り、改めて子供を視界に収める。
目が合うとにっこりと笑ってくれたので俺からも笑い返した。
何も知らなければ素直にかわいいと思える女の子。
にっこり笑った笑顔にも癒される。――本当に、何も知らなければ、もっと素直に愛でられるんだけどな。
それに――。チラリと連れている動物達を盗み見る。
「……」
「……」
二匹はこちらを睨むように鋭い視線を向けている。
この子供自体に脅威は感じないが、こっちの二匹からは命の危機を感じるレベルだ。
実力――生命としての格が違うのを本能で感じ取れる。
正直、仕事じゃなかったらさっさと逃げ出してる。ものすごく怖いんだよなぁ。
心の中で溜息を吐きつつ、子供達へと近付き膝をつく。
その際。恐らく護衛なのだろう二匹から先程より強い視線が向けられたが、害はないと判断してくれたのだろう。何かされることはなかった。
おっかない。
恐怖で足がすくむ。
とにかく彼女達の気分を害さないよう発言や行動には気を付けなければ。
できるだけ平常心を崩さないよう笑顔を心掛ける。
「こんにちはー!」
先に声をかけられ少し驚くが、表には出さずにすんだ。
「こんにちは、です。それから初めまして。私は門番のノランと申します。よろしくお願いします」
「う? はじめまちて! わたしはメイでしゅ、よろしくでしゅ!」
この方の名前はメイ様、と心に刻む。
まさか名乗っていただけるとは思わなかったが一つ情報が増えたので良しとしよう。
「ありがとうございます。ところで、この町で買い物をしたい、と報告を受けているのですが、合っていますか?」
「あい!」
「なるほど。……ちなみにあなた一人だけでしょうか? その……親御様はご一緒ではないのですか?」
まず大事なのがこの場にフェルトス様がいらっしゃるのかどうか、だ。
いらっしゃるのならばそれ相応の対処が必要になる。
大丈夫だと思うが、視線だけで周囲を軽く見回しておく。特に怪しい影はなかった。
そして我らが神と同じ髪と目を持つ目の前の幼子。
恐らくはフェルトス様のお子様である可能性が高い。だが確実ではない。
どこかの神と一緒になられたなんて話は聞いたこともないからだ。
だから親御様、とは言ったが少しだけ賭けの要素もある。
俺の発言に怒りを覚えられたら終わり。
注意深く相手の様子を窺うが、特に気分を害した様子は見受けられない。
むしろ少女の笑顔は深まりふにゃりと笑った。
うん、かわいい。
「わたし一人でしゅ! あちょ、この子達もいっちょでしゅ! 町に入れましゅか?」
「……えぇ、勿論です。お入りください」
安堵したせいか一瞬答えが遅れた。怪しまれてなきゃいいが……大丈夫そうだ。
とにかくフェルトス様はここには来ないことが確定した。
さらに俺の『親御様』発言を否定しなかったということは、やはり彼女はフェルトス様の子供で確定なのだろう。
また一つ確定事項が増えていく。
本当は町の住人以外が町へ入る為には金が必要になる。
しかし、フェルトス様のお子様から取るわけにはいかないので特別免除で問題はないだろう。
領主様から怒られたら怒られたで謝ればいい。そんな事にはならないだろうけどね。
「ところで――この町には買い物以外にも何か御用が?」
他にも聞くべき事として、一応の聞き取りをしておく。
彼女が手に持っている石は価値のあるもののはずだ。
それをどうするのか、など気になることもある。
「えっちょ……」
そこで言葉を切った少女は何かを考えこむように黙る。
だがすぐに口を開いた。
「パパが忙ちくていっちょに居られにゃいかや、この子達とこにょ町に行ってなちゃい。……って言われまちた。しょれかや、こにょ石を売っちゃお金で、お買い物ちたり遊んだり、ご飯食べちゃりちまちゅ!」
先程の親御様発言を否定しなかったことと合わせ、今度はこの方の口から『パパ』ときた。
これはもう確定でいいだろう。
それにこの町へ何しに来たかもあらかた聞けた気がする。
彼女に怪しまれないように、あくまで自然を装いながら、俺は門番の相方へ視線を飛ばす。
俺の合図を正確に受け取ってくれたであろう相方は軽く頷き、報告のため気付かれないようにそっとこの場を後にした。
向かう先は門の向こうにいる騎士団長や神官達の元だ。
メテオルと蝙蝠の二匹は気が付いたようだが、何かアクションを起こす気配はない。
取るに足らないこととして見逃してくれたのだろう。
悪いことをしようとしているわけではないのだが、無駄に心臓に負担がかかる。
お子様へ視線を戻すが、どうやら彼女だけはこちらの動きに気が付いた様子はない。
可愛らしい笑顔でこちらを見ている。
「ふへへー」
なんか癒されるな。
つられた俺も笑みを深める。
「そうでしたか。ちなみにそのパパは後でこの町に来られたりはしますか?」
「う? 多分来まちぇん」
目の前のお子様はブンブンと首を左右に振る。
彼女の頭の上に乗った蝙蝠が落とされないよう必死にバランスを取っているのが少しだけ笑いを誘う。が、少しでも笑ったりすればきっと俺の命はそこまでだろう。
「ふぅ」
「ん?」
しかし頭上の小さな惨劇に気付かないお子様は、不思議そうに俺を見上げている。
触らぬ神に祟りなし。
俺は無心を貫いた。
とにかくフェルトス様がここへ来ることは考慮しなくてよさそうだ。少しだけ安心した。
現状でもいっぱいいっぱいなんだ。
これ以上は凡人の俺の心臓が持たない。
神官連中なら喜びそうだがとにかく俺はパスだ。
「いえ、失礼しました。それと、できればこちらで少しお待ちいただけるでしょうか?」
「ふぇ?」
俺が詰所を指してそういうと、彼女はさらに疑問符を浮かべた顔でこちらを見返してきた。
キョトンとした顔がかわいい。
そういや俺もこのくらいの年の子供がいてもおかしくないんだなとふと思う。
そして奥さんどころか彼女すらいない自分に少し悲しくなってしまった。
溜息を吐きそうになるのをグッと堪え、気を取り直し俺はお子様に向かって笑顔を浮かべる。
できる限り優しい声音を出すように心がけ口を開いた。
「人を呼ぶ間、少し待っていてほしいんです。その後、その石の買取ができるところまで案内させますから」
疑問が解けた少女は、ぱぁっと花が開くように輝く笑顔を見せる。
やはり子供の笑顔はいい。心が洗われるよ。
それがたとえ神の子供なのだとしても。
見た感じの推測にはなるが、人間の子供でいうと二歳から五歳のどこか、という感じか?
俺の身近には子供がいないから正確にはわからんが、まぁそんなとこだろう。
ぶっちゃけ俺には幼い子供という大まかな印象しかわからない。
それにしては受け答えもしっかりしている。
いくら護衛と一緒とはいえ、冥界から一人でこんな離れた町まで来るというのもすごい。
そう考えるとやはり神様の子供というのは人間の子供とはかなり違うもんなんだな。
フェルトス様の相手は極力したくはないが、この子相手だったらそうでもない。
可愛いのもそうだし、まだ気も楽だからな。
とはいえ、あまり不敬が過ぎれば後ろにいる親御様が何をするかわからない。
なので普通の子供のように接するのは無理かもしれないが。
「わざわざありがとうごじゃいまちゅ!」
「キィ」
「あっ」
勢いよくお子様が頭を下げたことでついに蝙蝠が落ちてしまった。
「キィ……キュィ……!」
蝙蝠が怒りを含んだ鳴き声を発している。
「はわわ、ごめんちゃいー! かまにゃいでー!」
さらに落とされた腹いせなのか、蝙蝠がお子様へ襲いかかっていった。
彼女はきゃーきゃー言いながら蝙蝠へ必死に謝っているが許される気配はない。
俺にも助けを求める視線を投げかけてくれたが、申し訳ない。俺は無力です。
だけど――。
「……ははっ」
笑ってはいけないとわかっていても、目の前の子供らしい姿につい声がこぼれてしまった。
緊張感から少しだけ解放されたが故だろう。
不敬なのはわかっていたが、目の前の光景に笑いを隠しきれなかった。
落ち着いた頃合いをみて俺は彼女達を詰所へ案内する。
笑ったことについてのお咎めはなかったのが幸いだ。
「よろしければこちらにかけてお待ちください」
見窄らしい詰所内だが一時的な待機所として見逃してほしい。
そんな思いを胸に秘めつつ、とりあえず彼女へ椅子を勧め、俺は飲み物の準備をしようと背を向けた。
「ん? ……あっ」
そして失敗に気付く。
あの小さな体では一人で椅子に座れるはずもない。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるような音と頑張る声。
そこでようやく事態を把握した俺はすぐさま彼女へ駆け寄った。
やってしまった! 俺の馬鹿!
心の中で猛省をしつつ、慌てて彼女の腋へ手を差し込み持ち上げる。
そして椅子の上へと座らせた。そこでまた失敗に気付く。
焦りから無断で触れてしまったことだ。
気を悪くしたりはしていないだろうか。
内心冷や汗をかきながらお子様へ視線を下ろす。
しかし彼女は俺の不安なんか杞憂だとでもいうように可愛らしい笑顔を向けてお礼まで言ってくれた。
良かった、安心した。
護衛の二人からも特に何も反応はない。
そっと安堵の息を吐き俺も彼女へ言葉を返す。
そして彼女達から離れて飲み物の準備を始めた。
「……何を出せば?」
ここは詰所だ。もてなすための設備もドリンクもここにはない。むしろ碌なものがない。
あっても水か、あとは俺が愛飲しているちょっと高いミルクくらいだ。
「これでいいかな?」
フェルトス様は血を好むって噂だ。
実際血を抜かれてミイラのようになった死体が出てきたこともある。
牛のミルクは血液みたいなものだし、フェルトス様のお子様もきっと気に入ってくれるはず。
それにここのミルクは他とは一味違う。うん大丈夫だろう。たぶん。きっと。
希望的観測の元、俺はコップにミルクを注ぐ。
お子様にはコップで。護衛の二匹には飲みやすさ重視で皿に。
そしてそれぞれの前へとミルクを置いた。
「……ふぅ」
お礼を言い美味そうに飲みはじめた姿を見た俺の胸には安心感が広がる。
「では、私は少し外へ出ます。申し訳ありませんが、そのまま少しお待ちいただけますか?」
「あーい!」
笑顔でこちらを見送る少女を詰所に残し、俺は外へ出る。
向かう先はもちろん騎士団長達の元。今後の動きやらの相談だ。
はてさて、どうなることやら。
とにかく何事もなく今日という日が終わるよう祈るのみだな。




