追憶と花束編11 冥界プチ情報入手
「――お嬢は…………いのですか?」
「いいんじゃ…………に起き……だろ」
耳に心地良い声音が聞こえて意識が浮上する。
それになんだか美味しそうな匂いまでしてるじゃないですか。
「んむぅ」
あれ。私いま何か夢を見ていたような?
うーん、思い出せない。
ていうか、お昼は食べたんだっけ? あれ、そういえばここは家? 町に行ってた気がするんだけどな? なんで家? あ、でもそんなことよりお腹空いたな。
起きたばかりで記憶が混乱しているが、何はともあれお腹がぺこぺこなことだけはわかったので起きます。
「ごはん……」
「おっ。言ってたら起きたな。おはようさん、メイ」
「はぇ……おはよー。がーらしゃ」
「ほらほら腹減ってんだろ。飯の用意できてっから起きろー」
「ぁぃ」
体温で温まったぬくぬくお布団から出て、ベッドを降りる。
「おはようメイ」
「おはよぉごじゃましゅふぇるしゃまー」
ソファを横切り、フェルトス様に挨拶を返してから顔を洗いに行く。
「ほらお嬢、タオル」
「あぃがとーかいる」
横から差し出されたタオルを受け取り顔を拭く。
「ふぃー。しゃっぱり!」
「よかったなあるじ。そんじゃ飯にしようぜ!」
「うん!」
シドーに手を引かれ食卓へ。
フェルトス様とガルラさんの間に座らせてもらい、食事を開始した。
今日のお昼はチュンチュン肉のトマト煮込みとサラダ。それにカボチャのスープ。
いつの間にか寝てしまっていたからお昼は作れなかったけど、そういう時の為に時間がある時に作り溜めて保存箱にご飯を入れているので問題ありません。便利ですね保存箱様。大好き。
さて、いただきます!
「むへへ。おいしー」
それにしても何かを忘れているような。
チュンチュン肉を噛みながら寝る前に何をしていたか思い出す。
「…………むあっ!」
「うわびっくりした。急に大きな声出すなよ」
「あぅ。ごめんちゃ」
思い出した拍子に大きな声が出てしまった。
しかもその声に驚いたガルラさんが、スープをちょっとこぼした。ごめんなさい。
カイルやシドーもびっくりしたのか目を丸くさせている。本当に申し訳ない。
というか。まだまだ任務の途中なのに、一時帰宅をしてますね私。どうしよう。早く戻った方がいいのかな。
「……メイ。今は食事中だ。他の事は食べ終わってからにしろ」
「みぃ。ごめんなしゃい」
そんなことを考えてそわそわしていたせいか、フェルトス様から珍しいお叱りを受けてしまった。
叱られてしょんぼりしちゃったけれど、まだまだお腹は空いている。
それにご飯も美味しいので、出された分をしっかり食べることに意識を切り替えた。
食後。片付けも終わり一段落ついたころ。
食後のトマトジュースを飲んでいたフェルトス様に話しかけられた。
「メイ、初仕事はどうだ。順調か」
「あぅ。午前中ずっと探してたんでしゅけど、しょの、まだみちゅけてないんでしゅ。だからまだ時間がかかりしょうで……ごめんちゃい」
それはもう影も形も捉えられてない状況でして。不甲斐ない娘をお許しください。
隣に座るフェルトス様へ向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「う?」
下げた頭の上に慣れた重みが乗った。これはフェルトス様の手ですね。
そのままフェルトス様を見上げるように顔を上げると、微笑みを浮かべているフェルトス様の口元が見えた。
「誤魔化しはなし、か。ふふっ。素直だな」
「はぇ? 知ってたんでしゅか?」
「すでにカイルとシドーから状況は聞いていた。だが、一応貴様からも聞いておきたくてな」
「なりゅほど」
「それで?」
「う?」
さらに何かを促されましたが、私には何の答えを促されているのかわかりません。
そんな私にフェルトス様は悪い顔をして笑った。
「もう、やめるか?」
短く問われたその言葉。
どこか私を挑発するように言われた気がして、むっとしてしまった。
「オマエ結構嫌がってただろ。それにくたくたになるくらい探し回ってたみたいだし。もう十分頑張ったと思うからここでやめても良いと思うぞー。メイができなくても他のヤツがいるからな」
ガルラさんからも追撃が放たれる。
その言葉にさらにむっとする私。
たしかに、オバケに向き合うのはまだちょっと怖いし、積極的にやりたくはない。
でももうやるって決めたんだ。
カイルもシドーも支えてくれるって言ってくれた。だからここで引くわけにはいきません!
「ダメ! まだやめないもん! 最後までちゃんとがんばるって決めたんだから!」
ガルラさんに向けていた顔をフェルトス様に戻す。
そして立ち上がった私は、しっかりとフェルトス様の赤い目を見ながら宣言する。
「わたしが! わたし達が、必ずあの子を連れてきます! ちゃんとできるってところ、見せてあげます!」
だって私はフェルトス様の娘だから!
ドンっと胸を叩き、なるべく自信満々になるように言い放つ。
カイル達にも言った宣言を、改めてフェルトス様達にも口にする。これでもう後戻りはできない。戻る気もないけど! 団長さんの心の安寧の為にも頑張るぞ!
「――そうか。よく言ったぞ。さすがはオレの娘だ」
「ふへへ」
一瞬満足そうに笑ったフェルトス様。だけどすぐにいつもの悪い顔で笑い、私の頭を撫でてくれた。
「うんうん。メイなら必ずそう言うってオレは信じてたぞー」
「えー、ほんとにー?」
「ほんとほんと」
「むぅー……ふへへ」
フェルトス様と入れ替わるように、ガルラさんも頭を撫でてくれる。
そんな二人の顔を見ると、二人ともすごく嬉しそうな顔に見えました。なんでだろう。
「んじゃ、頑張り屋のメイちゃんに、兄ちゃんからヒントをやろう」
「ヒント?」
「おぅ! それくらいはいいよな?」
ガルラさんがチラリとフェルトス様へお伺いを立てている。
「あぁ。構わん」
「よしきた。んじゃ良く聞けよ。もちろん、そっちの二人もな」
「ハッ」
「はーい」
ずっと見守ってくれていた二人が元気に返事を返す。
私も二人に習い、ガルラさんの話を聞く姿勢を取った。
私達が聞く姿勢に入ったことを確かめたガルラさんがにっこりと笑う。
そして影から眼鏡を取り出すと、そのままスチャっと装着した。
久しぶりの先生モードでしょうか?
「こほん。それじゃオレからのヒントです。『単純に目だけで見ても時間の無駄』だ」
「う?」
目で見ないならどうやって見るのでしょうか。心の目?
疑問に首を傾げていると、さらにガルラさんが口を開く。
「メイはさ、ちゃんと結界が見えるよな?」
「うん」
「そんときと要領は同じだ。目に魔力を集中させて、死霊の痕跡を探して辿れ」
「しょんなことできゆの!?」
「できるんだなーこれが」
「はぇー。しゅご」
「シドーにはまだ痕跡までしか見えないようだからな。だけど、オマエなら辿ることもできるはずだから頑張ってやってみろ」
「が、がんばりましゅ!」
「おぅ、その意気だ!」
むんっと両手に力を込めて握り、気合を入れる。
「今回のメイ達はすでに対象である死霊の姿を見ている。ならば痕跡も辿りやすいはずだ」
やるぞやるぞとやる気を漲らせていれば、今度はフェルトス様から助言を貰えた。
「そうなんですか? ちなみに痕跡ってどんな感じで見えるんですか?」
「それは自分で確かめてみろ」
意地悪そうにニヤリと笑ったフェルトス様。相変わらず悪いお顔が良く似合うお人です。
「あとは……そうだな。基本的な情報も教えといてやるよ」
「え? そういうのは最初に言ってよガーラさん」
「そりゃそうだ。悪い悪い」
悪いと言いながらちっとも悪そうに思っていないだろうガルラさんが、ハハハハハ。と軽快に笑う。
文句を言ってみたが、たしかに今回のお仕事任命はお試しのような感じだった。とりあえずやってみろ、できないならギブアップも可能。みたいな状態でしょうか。
こうやっていろいろ言ってくれるのも、私がちゃんと最後までやるという意思表示をしたからだろうし。
昨日から今日の朝にかけての怖がってた私にいろいろ言っても、聞いていないだろうと判断されたのかもしれないけど。
実際あんまり聞いてなかったから合ってるんだけどさ。
その後。軽く笑い終えたガルラさんから聞かされた、今回関連するだろう冥界基本情報を纏めてみる。
一つ。未練のある魂は、未練対象――物や人など――からそう遠くには離れられない。
二つ。それでも見当たらないのなら、それは魂がすり減り、未練対象との繋がりが薄れている可能性がある。
その場合。痕跡を辿る方が簡単だけど、できない場合は私達がやったみたいに生前好きだったものや、関係のある場所にいることが多いからそこを探すべしとのこと。
今回それはもうほぼやったので、次は痕跡辿りから再開してみる。
続けて三つ。死んでから時間が経った魂は、最悪悪霊化して人間に危害を加える存在になる。それに冥界に連れて行こうにも、素直に来ないからめんどくさいそうだ。
運良く悪霊化しなくても、魂が完全に消滅して輪廻転生の輪に入れなくなるらしい。
肉体という器がないと、どんな魂もいずれ限界を迎えるようだ。
ちなみに死んだ生き物は善も悪も人も魔物も関係なく、フェルトス様が管理する冥界の奥で眠りながら魂を休める。
そして時が来ればまた、何かの生き物として一から生まれてくるようだ。
冥界は基本的に転生するまでの魂の休息所って考えたらいいのかな?
あ。合ってますか、よかった。
時々起きて暴れたりする悪い子もいるみたいだけど、そういう時はお仕置きをして強制入眠させるらしい。お仕置き内容は教えてくれなかった。
私はまだ許可された範囲の冥界にしか立ち入ったことがないからわからないけど、やっぱり冥界ってかなり広いんだなぁ。と話を聞きながらぼんやり考えてました。
「つーわけだ。いろいろ言ったが理解できたか?」
「あーい!」
「よし、元気でよろしい!」
手を上げ元気よくお返事をすれば、笑顔のガルラさんが頭を撫でてくれた。えへへ、もっと撫でて。
「はーい。ガルラ様、しつもーん!」
「はい。なんですかシドー君」
「魂の限界ってのはどう見極めるんだ?」
「んー。そうだなぁ。こればっかりは感覚で覚えるしかないかもなぁ。メイなら直感でわかるかもだけど」
「へー。そうなのか?」
「絶対的な正解があるわけじゃねーんだよ。魂の在り方もそれぞれだからな。死んでからすぐ限界がくるやつもいれば、ウン十年と魂を保てるヤツもいるし」
「へー」
シドーとガルラさんのやり取りを聞きつつ考える。
つまり死んでからどれくらい経ってるか。とかの時間経過は判断基準にはならない、と。
いろいろ難しいんですねぇ。
というか、私なら直感でわかるって本当ですかね。
正直、昨日今日の私を振り返ってみてもピンときませんけど。
「あ。でもな」
「う?」
「オマエらが探してるヤツはそろそろだと思うぞ」
「ふぇ? なんで?」
ガルラさんは彼女を見てもいないのになんでわかるんだろう?
「話聞いてる限りそう思うって話だ。早くて今日中……いや、もっと早いかも? んで、遅くて数日持つかどうかってとこじぇね? な、フェル?」
「そうだな」
「はぇ……え!? じゃあ早く探さないと!?」
そうなんだぁ。ガルラさんクラスになると話を聞くだけでわかるんだ。すごいなぁ。
などと、ボケっと感心してる場合じゃありませんでした! もうギリギリじゃないですか! こんな風に呑気に冥界講座受けてる場合でもないです!
というか、そんなギリギリ魂さんを私のお仕事お試し期間に当てて大丈夫ですか!? 間に合わなかったらどうすれば! 団長さんに顔向けできませんよ!
「い、いしょがなきゃ!」
いそいそと絨毯を取り出し乗り込めば、すぐにカイルとシドーも乗り込んできた。
全員乗り込み、安全を確認した私はすぐに絨毯を発進させる。
「あ、ちょい待ち」
――ことはできずに、ガルラさんに引き止められてしまった。
なんですか。この忙しい時に!
急がないとあの子の魂が消えてしまうかもしれないのに!
それに悪霊化なんかもさせられない! そうなっちゃったら私は私が許せなくなってしまう。なんでかわからないけど! もう彼らをこれ以上悲しませたくない気持ちなんです!
そんな感情を込めつつ、むっとした視線をガルラさんへ向ける。
しかしガルラさんは私の非難じみた視線なんか気にも留めずに、良い笑顔で笑っていた。




