追憶と花束編10 未熟者は泡沫の夢を見る
ふと気が付くと、目の前には見覚えのない町並みが広がっていた。
「う?」
周囲を見回してみても、知っている人はもちろん。知っている場所すらも見当たらない。
異国情緒溢れる町に、異国の服を身に纏った人々が行き交っている光景に目を丸くする。
ここはいったいどこなんでしょうか。そもそも私はいつの間にここへ来たんでしょうか?
何もわからず首を傾げる。
とりあえず直前にしていたことを思い出そうとしても、なぜか頭にモヤがかかったみたいに何も思い出せなかった。
「むー」
腕を組みなんとなく空を見上げる。
うん。雲一つない快晴だ。容赦のない太陽光線がガンガンと降り注いでいます。
「はぇー。…………って、危にゃい! 日陰、日陰に入らにゃいと!」
いい天気だなぁ。むしろ、良すぎるくらいだ。
なんてボケっと考えている場合ではないことに気が付いた私は急いで日陰を探す。
キョロキョロと周囲を見回せば、視界に入ったのはヤシの木に似てる大きな木。
そこへ逃げ込むように駆け込んだ私は、自分の体調に変化がないのを確認してから一息ついた。
「んー。しょれにしても……」
本当にここはどこだろう。
カイルの姿も見当たらないし、シドーの存在も感じられない。念の為に影に向かって呼びかけてみても反応は返ってこなかった。
フェルトス様もガルラさんもカイルもシドーもいない。
誰もいないその事実に気が付き急に不安が襲ってきた。
「あぅ。ひとりぼっち」
心細くなった私はしゃがみ込み丸くなる。
そして。視界が暗くなると同時に、耳障りなノイズ音がしたかと思えば、騒がしかった人々の雑踏が急に消えた。
「はぇ?」
不思議に思い顔を上げる。
すると、さっきまでお昼の明るさだった町が、いつの間にか夜の闇に包まれていた。
行き交っていた人々の姿も消え、静寂が辺りを包んでいる。
空を見上げれば太陽の代わりに月と星が瞬いていた。
「え? え?」
状況についていけない私は混乱しつつも立ち上がる。
「どうなってゆのー?」
不思議現象に首を傾げる。
さっきまで感じていたひとりぼっちの寂しさ、不安さ、恐怖なんかも一気に吹き飛んでしまうくらいの衝撃だった。
「ん?」
そんな時。道の向こうから足音のような音が聞こえてきたので、そちらに視線を向ける。
そこにいたのは一人の男の子。その子がこちらへ向かって歩いてきていた。
赤い髪に赤い瞳の綺麗な顔立ちの少年だ。冷えるのだろう、マントのような上着をしっかりと羽織っている。
「どこかで、見たような?」
記憶を探るも、またもやモヤのようなものに邪魔だてされる。
もういいやと記憶を探るのを諦めた私は、すぐ近くまで来ていた少年に声をかけることにした。
「あにょ、しゅみましぇん」
「……」
「あぇー?」
無視をされました。
スタスタと軽やかに歩き去る少年の背中に視線を投げかける。
こんな夜中に一人で外にいる幼児が心配じゃないのでしょうか。薄情ですね。という気持ちが湧くのと同時に、そもそもこんな夜中に幼児が一人で外にいるのはありえない。見えたらダメなものの可能性もある。無視をしよう。という思考を辿った可能性があることに気が付き何も言えなくなった。
そうして私がボケっと少年の背を見送っていると、突然のノイズ音とともに場面が切り替わるように景色が一変した。
町中にいたのに、いつの間にか砂漠のオアシスみたいなところへ移動していたのだ。
さらにこのオアシスのほとりにはたくさんの白い花が咲いていて、その花が淡く光を放っているようにも見えた。
またも見舞われた不思議現象に首を傾げるのも面倒になってきました。
「あ。さっきの」
オアシスのほとりに先程見かけた少年を発見。その隣には真っ青になり座り込んだ少女。
そして二人から少し離れた場所には魔物らしき小さな動物が血を流して横たわっていた。
「怪我はない?」
腕から血を流しながら、少年は笑顔で少女に手を伸ばす。
「わ、私は平気……でも、あなたが!」
「これくらいかすり傷だよ。君が無事で良かった!」
「……ごめんなさい。でも、助けてくれてありがとう!」
差し出されたその手を少女は笑顔で握り返した。
そして一瞬二人の姿がブレたかと思えば、お馴染みのノイズ音がしてまた場面が飛んだ。
さすがに三回目ともなると慣れてきたのか、驚きも疑問もなくなってくる。
場所がオアシスなのは変わっていない。だけど先程の二人の立ち位置が変わっていた。
どうやらオアシスに咲く花を摘み取っている最中のようだ。
「それ、どうするの?」
「お母さんが病気なの……」
少年の問いに、答えにならない答えを返しながら少女はさらに呟く。
「私のお母さんね、この夜光花が大好きなんだ。だからきっと、これを見たら元気になってくれるんじゃないかなって……」
「……そっか。でもさ、それで君が怪我したり、最悪死んじゃったらお母さん悲しむんじゃない?」
先程怪我をしていた腕にハンカチを巻いた少年が呟く。その言葉に少女は小さく俯いた。
「いくらここは町から近いっていっても、魔物は出るわけだしさ。それに、昼より夜の魔物の方が危ないのは君も知ってるだろ」
「でも……夜に来ないとこの花は咲いてないし、それに――」
「咲いた後の花じゃないと光らない、でしょ。それは僕もわかってるけど。だとしても丸腰じゃ危険すぎるよ」
「……うん」
摘み取った花を両手に持ちながらしょんぼりしちゃった女の子。それを見た男の子が慌てたように何かを言っていたけど、それは私には聞こえなかった。
そしてまたノイズ音とともに場面が飛んだ。
同じオアシスのようだけど、今度の時間帯は昼間のよう。
さっき見た景色とは違い、花は蕾の状態だし光ってもいない。
彼らが先程言っていた通り、あの花は夜にだけ咲いて光るもののようだ。
いやぁ、この世界には不思議なお花もあるものですね。
そのオアシスのほとりに隣同士で座る少年少女。
少女は綺麗な声で歌を歌い、少年はその歌に聞き惚れている。
私も少女の歌に聞き惚れていたら、また場面が飛んだ。
今度は町中のようだ。どこかの路地裏だろうか。
赤い髪の少年とクリーム色の髪の少女が隣同士で座り、少女の手の中にある本を眺めながら楽しそうに何かを話している。
さっきまで見ていた二人の姿より少し成長していることから、二人の間にはそれなりの時間が経っているようだ。
そしてなんとなくわかったことがある。
多分だけど、私の姿はここにいる人達には見えていないんだろうということ。
今現在。私は二人の視界に入る位置にいるのに、二人が私を気にするような様子がありません。
「――白馬に乗った王子様が迎えにきてくれて、二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし! ね、素敵でしょ!」
「んー。僕にはよくわかんないけど……いいんじゃない? ちなみにカレンもそういうのに憧れってあるの?」
「もっちろん! 私だって女の子だからね! 私だけの素敵な白馬の王子様には憧れちゃうし夢も見ちゃうよー。ついでに両手いっぱいの薔薇の花束なんかもついてたなら、もう最っ高!」
「ははは。それは素敵な夢だ。いつか現れてくれるといいね」
「あ、笑わないでよ! ルディの意地悪!」
「ふふっ。ごめんって」
「もうっ!」
笑う少年に、少女は頬を膨らませ怒る。
「あーっと! そういえばさ。君の誕生日ってもうすぐだろ。プレゼントは何がいい? 欲しい物があるなら言ってよ」
「あからさまなごまかしだなぁ。でも嬉しいから乗ってあげる! ふふっ、そうだなぁ……私はルディがくれるものならなんでも嬉しいかなー」
「うっ、弱ったな……。勘違いして欲しくないんだけど、別に考えなかったわけじゃないんだよ? だけど、どれもしっくりこなくてさ。いらない物をあげたくもなかったし。悩んでる間に君の誕生日ももうすぐになっちゃったし。だから――」
「ふふっ。大丈夫。そんなに言い訳しなくても、それくらいちゃんとわかってるって」
「……本当かい?」
「えぇ!」
「なら良かった! じゃあ改めて。さっ、なんでも言ってくれ!」
「本当になんでも?」
「あぁもちろん。年に一度の大事な友人の誕生日なんだ! 特別なものを用意したいと思うのは当然だろう?」
「ふふっ。そっか。友達かー。……んー。それじゃあ――太陽の石舞台に咲いてる『砂漠の薔薇』が欲しいなー?」
「うえっ!?」
意地悪そうに笑った少女が少年へ告げる。
太陽の石舞台とやらがどこにあるのかはわからないが、少年の反応からして遠いのだろう。
少なくとも子供の足ですぐに行って帰ってこれるような距離にあるわけではないのは確かだ。
「――プッ。あっははは! やだルディ、本気にしたの? 冗談に決まってるじゃない!」
「……冗談なのかい? 本当に? ちっとも欲しくないの?」
「そりゃ欲しいか欲しくないかで言えば、お花好きとしては欲しいわよ? 一度でいいから本物を見てみたい気持ちもあるしね」
「なら――」
「でもいいの! それにあそこは勝手に入っちゃダメでしょ!」
「うーん」
少年は何かを考えるように腕を組み目を閉じている。
「いいからいいから。それじゃあさっきのは冗談として、今年のプレゼントは――うん。決めた」
「なに?」
「ふふっ。耳を貸してくれる?」
「え? うん」
二人は内緒話をするように顔を近づけた。
「――――――――」
「――え?」
少女は少年へ何事かを囁き、パっと体を離す。
「へへへ。今年のプレゼントは、さっきの返事が欲しいな!」
「……あ、え?」
顔を赤くして茫然とする少年へ、同じく頬を染めた少女が満面の笑みを向けた。
「それじゃ、ルディ。いい返事、期待してるからね!」
「ちょ、待って。カレン!」
「ばいばーい!」
走り去る少女に少年は手を伸ばすが、すでに少女の背は見えなくなっていた。
そして唐突に場面転換が起きた。
今度は墓地、だろうか。たくさんのお墓が並んでいる場所で、雨の中、黒い服を着た人達が泣いている場面だった。
たくさんの人に混じって、あの赤毛の少年の姿も見える。その手には小さな花が力強く握られていた。
しかし、ずっと握られていたんだろう。手の中の花は少し、しおれてしまっているように見えた。
白い花弁の周囲が赤や青で彩られた五枚の花びらに、鮮やかな緑の葉。
しおれてさえいなければ、それが本来の花の色だったんだろうけど、今は見る影もない。
「……」
少年の顔は、見えない。ここからでは、私が確認できるのは後ろ姿だけ。
わざわざ確認しようとも思わないけれど。
粛々と葬儀は進められていき、終わりが見える。
参列者達が続々と帰っていく中。最後まで残ったのは喪主だろう男女と老婆と少年。そして少年の家族らしき人達。
しばらくそのまま何かを話していた彼らだったが、その場で動かない少年に声をかけた後にみんなはそっとお墓を離れていった。
一人取り残された少年はお墓の前に膝を折る。
手に持っていたお花がばらばらと地面に散らばった。
そんな光景を見ながら、私は少しだけ彼に近付いてお墓に刻まれた文字を読む。――カレン・クリノア――。間違っていなければ、そう刻まれている。
これはあの少女の墓。そしてこれはあの少女の葬儀だったようだ。
二人に何があったのかはわからない。何故彼女は命を落としたのか。私には知りようもない。
それでも――。
声もなく、ただひたすらに泣き崩れる赤毛の少年を――団長さんを。無念の内に亡くなってしまっただろう少女を――カレンさんを。私は放っておけないと思った。
「そっか、これは二人の……」
「メイ」
「う? フェル様?」
突然聞こえたフェルトス様の声。その声と共に世界が切り替わった。
今度はどこにも場所を移すことはなく、暗い闇が広がるばかり。
「恐らく。貴様は今回の事を覚えてはいないだろう。だが、記憶にはなくとも見たという事実が消えるわけではない」
「フェルしゃま?」
フェルトス様の声だけが聞こえる。
何を言っているんだろう。
「それを踏まえ、貴様がどういう答えを出すのか。楽しみにしている」
「う?」
「そら、そろそろ起きろ。飯の時間だ」
その言葉が聞こえたと同時に、ここでの私の意識も途絶えた気がした。
明日の朝の分の投稿ですが、試したいことがあるので二話分上げるつもりです。
同時に二つ投稿予約してちゃんと順番通り投稿されるのか知りたくて…。
その後ちゃんと投稿できていれば、昼にまた二話。夜に残り全てを投稿する予定です。よろしくお願いします。




