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追憶と花束編9 団長さんと女の子

 団長さんと合流後。一番近くにあったカフェへと入った私達。

 シドーは私の影の中に入ってしまったので、ここにいるのは私とカイルと団長さんの三人。

 店員さんにお願いして奥まった席へ案内してもらったうえ、ここはグリーンパーテーションで仕切られている。なのでちょっとした個室のような空間になっています。


 六人席を三人で占拠するのは忍びないですが、ありがたく使わせてもらいましょう。


 三人掛けソファがテーブルを挟んで二つ。私とカイルが壁側にあるソファへと座り、団長さんは向かい側のソファへ。グリーンパーテーションを背に、私の正面へ来るようにして座った。


「――それで。聞きたいこと、というのは?」


 オレンジジュースにコーヒーが二つ。それぞれ注文したものが来たところで団長さんが話を切り出した。


「えっと。今わたし達はとある女の子を探しているんですけど、その子について団長さんが知ってることがあれば聞きたいんです」

「……女の子、ですか?」

「はい。詳細は……」


 正直、大雑把になら覚えているんだけど、細かく伝えられる自信はない。

 というわけで。詳細は優秀な眷属兼友達である私のカイルに丸投げします。

 そう考えた私は隣に座るカイルを見上げて告げる。


「お願いできる?」

「もちろんです」


 私へ軽く頷いた後、カイルが団長さんへと視線を向けた。


「では僭越ながら。お嬢様に代わり私からご説明させていただきます」

「お願いします」

「とりあえず私達が探している少女の特徴をお伝えします。背は団長殿の肩程で年齢は恐らく十代前半から中頃。肌の色は団長殿と同じ褐色。瞳は青――」


 スラスラと少女の特徴を話すカイルに心の中で感心する。本当に細かい所までよく見ているんだな。


 それにしても――。

 カイルの説明を静かに聞く団長さんを伺う。


「……」


 先程市場前で会ってから、ずっと笑顔を崩さなかった団長さん。

 しかしカイルの説明が進むにつれて、だんだんとその笑顔が固くなっている気がした。

 その証拠に、テーブルの上で組まれている手に力が入っている。

 きっと平静を保とうとしているんだと思う。


 この反応。やっぱり団長さんはあの少女のことを知っているようだ。

 もっと言えば二人には何かしらの強い繋がりがあるのかもしれない。


「――そして、クリーム色の髪をサイドテールで纏めた少女。といったところでしょうか。服は団長殿らの出身国。砂の国で一般的に着られているものだと推測します。ここまででこの少女に心当たりはありますか」

「…………すみませんが、答える前に一つだけ。姫様にお聞きしたいことがあるのですが……よろしいですか?」

「どうぞ」


 静かに目を伏せた団長さんの顔から笑顔が消えた。


「何故。……何故、姫様は彼女を探しているのでしょうか?」

「なぜ?」


 手元に落ちていた団長さんの視線が私に向けられる。

 その目は何かを恐れているような、そんな目をしていた。


「姫様は冥界神様の娘。その姫様が彼女を探しているということは、それはつまり冥界神様が彼女を探しているということ……。――だと、すれば。彼女はまだ……ッ。だから冥界神様の怒りに触れてしまい何か神罰がくだされる、と――」

「は、え?」

「――そうなのですかッ! もし、そうであるというのならば――ッ!」

「ち、ちがましゅ! 誤解でしゅ!」


 ガタリと勢いよく立ち上がった団長さんに気圧されつつも、私は急いで団長さんの言葉を否定する。

 しかも立ち上がった時に彼の体がテーブルに触れたのか、少しだけ音を立てて揺れる始末。

 でもなんとかみんなの飲み物は無事で事なきを得ました。まだ飲んでないのでこぼれたら勿体ないですからね。


 いや、それにしてもびっくりした。途中から自分で答えを出して、そのまま話が進んでいくんだもん。

 神罰なんて物騒な言葉まで出してくるし。あらぬ誤解に心臓が止まるかと思いましたよ。


「も、うし訳ございません。取り、乱しました……」


 私の言葉が届いたのか、団長さんは小さく謝罪をすると力なくソファに座り直す。

 ちょっと顔が青褪めてるけど大丈夫かな。


「その、姫様? 本当に……彼女に危険はない、のですか?」

「あい!」

「――はぁ。……よかった」


 不安にさせないように、団長さんの目を見ながらしっかりと頷く。

 すると彼は手で目を覆い、安心したように小さく安堵の言葉を口にした。


 その際、彼の頭に綺麗に巻かれた布が、くしゃりと歪んだのが見えた。

 布の他にも綺麗な装飾品の数々なんかが指に触れた際、小さく音を立てて揺れる。

 その中にあったパンジーっぽい花の飾りもの。造花だろうけど、それが何故だか目についた。


 せっかく綺麗にまとまっていたのに、崩れちゃったのが少しだけ勿体ない。


 彼の頭を見ながらそんな事を考えつつも、頭を抱えるようにしたまま動かなくなった団長さんへと声をかける。


「あにょ。団長しゃん? しょの……大丈夫、でしゅか?」


 私の声に団長さんは小さく頷き、顔を上げた。


 そこに浮かぶのは、さっきまでの悲壮感ではなく、心底安心したとでもいうような笑顔。

 今までの笑顔が営業スマイルで、建前という名の仮面を付けた団長さんだったのだとしたら、今の団長さんが本来の感情を出した正真正銘の彼の姿なのかもしれない。


「重ねて謝罪申し上げます。申し訳ございませんでした。突然の情報に少し、取り乱してしまいまして……」

「いえいえ。誤解も解けたみたいでよかったでしゅ」

「……早合点をしてしまいお恥ずかしいかぎりです。お許しくださいませ」


 そっと視線を逸らしながら、団長さんは小さく頭を下げた。


「気にしなくても大丈夫でしゅよー」


 へらりと笑いながら答えたが、なんとなく私達の間に気まずい空気が流れる。


「団長殿。お嬢様もこうおっしゃってますし、本当に気にしなくても大丈夫ですよ。……ね」

「……はい。感謝申し上げます」


 だけどカイルも明るい声で団長さんに声掛けしてくれたことで、今の出来事は水に流れそうだ。

 でもちょっと何かが気になった私は、チラリとカイルに視線を向ける。そこにいたのはいつもの猫被りカイル。にこにこ笑いながら団長さんを見ている。


 なんでだろう。そんなカイルがちょっと怖く感じてしまったのは。

 本当になんででしょうかね。雰囲気が少し鋭い気がするような? ……まぁ、いいか。


 何はともあれ。お互い一度落ち着く為に、ここらで一度コーヒーブレイク。私はオレンジジュースですけどね。


 そして改めて私達がここに来た理由を団長さんへ説明した。


 フェルトス様の命令で少女を冥界に連れていくお役目を貰ったこと。

 その際。フェルトス様に怒った様子はなかったので、団長さんが心配しているような事は起こらないだろうということ。


 私自身もフェルトス様から短い命令しか受けていない。

 だから詳細な説明はできないけど、不安になっている団長さんを安心させることはできるはずだ。


 とはいえ。私が冥界の仕事自体何をするのかをよく知らないのも事実。

 確実なことは言えない立場だけど、多分大丈夫だとは思う。

 根拠がないから一抹の不安はあるけど……。でもそれをいちいち団長さんへ伝えることもないので黙っておきます。


 すみません団長さん。


 心の中で団長さんに向けて謝罪をしながら、私は何食わぬ顔を努めつつ話を進めた。


 話の話題は少女の行方。

 団長さんがあの子と知り合いなのは反応からして明白。

 だけど、少女のことが見えない団長さんが、彼女の行き先を知っているはずもない。


 なので聞くべきはあの子自身のこと。好きだったこととか、行きそうな場所についてとか。今後の参考にするべく知っていることを話してもらうことにした。


「もう、十年も前のことです……」


 過去を懐かしむように目を細めながら、団長さんは私達に少女の事を語ってくれた。


 彼女の名前がカレン・クリノアだということ。二人は幼馴染で仲が良かったということ。彼女が十四歳になる誕生日を前にして亡くなってしまったこと。いろんなことを話してくれた。


 その中で手掛かりになりそうなものは、お父さんが元宝石商だったので宝石が好きだった、とか。お母さんがお花屋さんだったのもあり、お花も大好きだった、とかでしょうか。


 ここを出たらまずそのあたりを探してみようと思います。


「……姫様」

「はい、なんですか?」

「彼女は、カレンは……どうなるのですか……」

「それは……」


 先程濁した答えを求められ言葉に詰まる。

 正直私にはわからない。私は連れてこいと言われただけだから。

 だからなんて言えばいいのかわからず言葉を探していると、団長さんが先に口を開いた。


「もし、もし彼女が見つかった、その時には……その、あの……」


 言いづらそうに言葉に詰まる団長さん。

 しかしその次には意を決したように私を見つめて話し出した。


「冥界へ連れていく前に、カレンと一目だけで――……ぁ、いえ。出過ぎたことを申しました。お許しください」

「いいんですか?」

「……はい。申し訳ありません」


 謝罪を口にしながら団長さんが笑った。


 カレンさんのことを語る団長さんは、ずっとどこか泣きそうで。それでもどこか幸せそうで。なんだか見ていてとても悲しくなった。


 きっと団長さんはカレンさんの事が大好きだったんだろう。

 だから最後に一目会いたいって言おうとしたんだと思う。なんで止めちゃったのかはわからないけれど、それでも言葉をムリヤリ飲み込んだように見えた。


 会わせてあげられるのなら、会わせてあげたい気持ちはある。

 でも、今の私にはそれを叶えてあげられる自信がない。

 いまだに不安だし、フェルトス様から受けたこの仕事を上手くやり遂げられるかもわからない。


 カレンさん自体を見つけられてもいないし、このあとどうなるのかもわからない。

 何もわからない。


 そんな不透明な状態で約束なんてできないから、情けなくも私は彼に何も言えなかった。


 そして話を切り上げた私達は揃って店の外に出る。

 別れる前に団長さんへ情報提供のお礼を言えば、彼は笑って「お役に立てたのならば幸いです」と言葉を残し宿屋がある方角へと去っていった。


 その背中が、とても寂しそうで。私の中に少しの罪悪感が残った。


「……あるじ」

「なぁにシドー」

「あんまり感情移入すんなよ」

「ふぇ?」


 団長さんが去ったあと、私の影から出てきたシドーが告げる。

 その意味が良くわからなくて首を傾げた。


「あるじが優しいのは知ってる。でもあんなんにいちいち構ってたらキリがないだろ。あるじがしんどくなるだけだ」

「それは……」


 たしかにシドーの言う事はもっともだ。

 もし、また私がこの仕事を任されたとして。その度に彼ら彼女らの事情を考えて気持ちを動かしていればキリがない。

 さらにお願い事を叶えてあげようとしたら時間だってかかってしまう。


 そんなのは無駄だから、やめた方がいい。


 そう言いたいんだと思う。


 わかってる……わかってるんだけど……。


「お嬢」

「う?」


 俯く私の隣にしゃがみこんで、カイルが小さく声をかけてくれた。


「お嬢の好きなようにやればいいと、俺は思うぜ」

「かいる……」

「俺は、何があってもお嬢についていくから、な」


 やりたいようにやればいいと、にっかり笑ってカイルはそう言ってくれた。頭を撫でるオマケ付きで。


「……うん。ありがと、カイル!」

「おぅ」

「むぅ。なんかおれが悪者みたいになってないか?」


 拗ねたような口調でシドーが呟く。


「そんなことないだろ。お前の言葉も必要なもんだったしな」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうか……ならいいけど」


 カイルとのやりとりを終えたシドーが私を見る。


「なぁあるじ。おれ別にあるじを責めてるわけでも、否定してるわけでもないからな。勘違いすんなよ」

「ふふっ。わかってるよ。シドーはいつもわたしの事考えてくれてるもんね。ありがと」

「おぅ」


 ようやくいつもの私達の空気が戻ってきたところで、行動を再開する。

 とりあえず次の目的地をお花屋さんに設定。

 ここからは少し歩くので時間短縮の為にカイルに抱っこをしてもらい、私達はお花屋さんへと向かった。


「ここにも……いにゃいねぇ」

「いないな」

「いた気配すらねぇな」


 シドーの言葉にうなだれる。

 目的地であるお花屋さんに到着した私達は周囲を探ってみるも、少女の姿は見つけられなかった。


「けっきょくぜんぶハズレかぁ」


 この町には数件のお花屋さんがあるので、虱潰しに回ってみたけれど、すべて空振り。

 合間に宝石店も覗いてみたけれど、やっぱり収穫はなし。無駄に時間だけが過ぎる結果となりましたとさ。


「うーん。他にここらでお花関連っていえば……やっぱり花畑、とかかにゃぁ。ふぁ……」


 団長さんに憑りついているということで、私の脳内では勝手に地縛霊とかそういう類の強い未練で縛られてると想像してたんですよね。

 なので、それなら団長さんからそんなに離れないだろう。という安直な思い込みで町の中を探してたわけですが、無駄足となりました。


 そもそも少ないヒントでこの大きな町周辺から、一人の女の子を探せなんて無理がある気がするんですけど!


 たくさん歩いて疲れてきてしまった私は、カイル達にバレないように小さく欠伸をかみ殺す。眠たくなってきてしまった。


 でも、だからといって今から帰るわけにもいかないし、頑張らないと。


「ですね。あとは宝石関連だと、高級宝石店とかでしょうけど……」

「だねー」

「とりあえず、家に帰りますか?」

「だねー」


 私は滅多に行かないけど、ちょっとお高い品物を取り扱っているお店が固まっている区画がある。

 次はそっちに行ってみようかな。……って、あれ? いまカイルは何て言った? 家に帰る? 聞き間違い?


「んー?」

「かなりぽやぽやしてるな。半分寝てるぞコレ」

「ねてないよー?」


 シドーの言葉に否定の言葉を返す。


 ちゃんと起きてますよ失礼な。ちょっと瞼が重くて、欠伸が出るだけで……ふわぁ。


「沢山歩いて疲れたんだろう。さっ、お嬢様。一回帰りましょう」

「むー。やらぁ。まだちゃがちゅのー」


 そのままカイルに抱き上げられそうになるのを拒否する。


 私はまだやれましゅ! やらしぇてくらしゃい!


 それに、こういうことはなるべく早く終わらせたいんですぅ……。


「……眠くてぐずってるのか?」

「へぇー。あるじもこんな風にぐずったりするんだな」

「な。まぁ、普段は寝てもいい状況しかねぇから見ないだけかもしれねぇけど」


 カイルとシドーが何かを言っているけど気にしない。

 とりあえず今にも寝落ちてしまいそうになる頭をしゃっきりさせるべく、軽くほっぺを叩いてみる。――はい、効果なし。

 むしろ眠くて頭が、がっくんがっくんしてきました。


「むー」


 寝てしまわないように瞼をぐしぐし擦りつつ足掻いてみるけど、やっぱり効果はない。

 むしろ頭が重くなってきたので、しゃがんで丸くなる。


 あ、この体勢いいですね。楽です。

 少しだけこのまま休みましょう。大丈夫大丈夫。少しだけ。ちょっと休むだけですから……ちょっとだけ。

 そのあとでちゃんと探します。団長さんにもはやくあんしんしてほしいし……。


「……なぁカイル? これ、あるじ寝てねぇか?」

「寝てるな」

「ねちぇにゃ……よ」


 やすんでるだけなんです。ほんとうです。


「――どうす……? どっか……やす……か?」

「いや。俺が……から――」


 シドーとカイルの会話が遠い。

 もう何を言っているのかもよくわからなくなってきた。


 そのうち暖かい体温に包まれた気がして、眠気に抗えなくなった私の意識は完全に落ちた。

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