追憶と花束編8 オバケ捜索
「うーん。あの人達どこいっちゃったんだろうね?」
「町から出てはいないと思いますが……。まぁ、仮にそうだったとしても、ここは広い町ですし探すとなると骨が折れそうですね」
「ねー」
カイルと二人、揃って小さなため息を吐く。
空の上で決意を新たにした後。町へと着いた私達は、その足で領主様のお屋敷へと向かいました。
そこで軽く経緯を説明し、昨日会ったサーカスキャラバンの団長さん達に会いたい旨を伝えると領主様は快く協力を申し出てくれた。
そして団長さん達が宿泊している宿を教えてもらったので、今度はその教えてもらった宿屋さんに向かったのです。
しかし、宿屋へ着いて受付の方に取次ぎを頼めば、返ってきたのは不在の言葉。
どうやらあの二人は朝からどこかへ出かけていったようです。
さて困ったぞ。と宿屋前でため息を吐いているのが今ですね。
「ねーねー。オバケの子って今もあの二人と一緒にいると思う?」
悩んでいても仕方がないので、とりあえず探そうとなり市場方面へと歩き出す。
その道すがら雑談程度に私は思ったことを口にした。
多分あの二人のどっちかに憑りついてる感じだとは思うんだけど、見当違いの可能性だってあるわけで……。
うーん。と頭を捻っていると、シドーがひょっこりと影の中から顔を出した。
「多分いると思うぞー。正確には派手な男の方と一緒に、だろうけど」
「ふぇ? しょうなの?」
「うん。影の中から見てたけど、あの女の念みたいなのが、あの派手男に纏わり付いてたから。だから多分まだ一緒にいるとは思う。多分な」
いつも自信満々なシドーにしては、ずいぶんと保険をかけた言い方が少し気になる。
でもそれ以上に気になるところもあったので、今はそっちを聞きましょうか。
「ねぇ、シドー。念って何? わたしには特に変なものは見えなかった気がしゅるんだけど……カイルは? 何か見えた?」
「いえ、何も。いたって普通の少女に見えましたし、団長殿からも特には……」
「んー。カイルはともかく、あるじは見えてもよさそうなんだけどな。……まぁいいか。えっと、念ってのは、言うなれば人間の後悔や未練。無念や怨念とかか? とにかく、そういう強い感情みたいなもんが残ってると、魂が冥界に来れず現世に留まっちまうんだよ。特にその原因になった事象について執着したりするから、見るやつがそれを見れば一発でわかる」
「はぇー……」
すらすらと答えてくれたのは嬉しいんだけど、どうしてこんなに詳しいのか不思議だ。
シドーは生まれて一年も経ってないのに、冥界に対する知識が凄いな。むしろ冥界に落ちてもうすぐ三年も経つのに、なんにも知らない私がダメダメなのか?
「へー。詳しいな、さすがだ」
「ふふん! そりゃおれは精霊だからな! ……まぁ、知識として知ってるってだけで、実際に見たのは初めてだけど」
カイルからの賞賛に、シドーはいつものように胸を張った。
しかしすぐにそれも治まると、小さくボソッと言葉を付け足していた。
言わなきゃわかんないのに、正直な子だ。愛しい。
それにしても。やけに詳しかったのは、シドーが精霊という存在だったからなのか。納得しました。それと、ちょっと安心もしました。
「えへへ。それでも十分すごいよ! さすがシドー!」
「ふふふん! あとな、多分だけど、おれが精霊っつーことに加えて冥界の関係者になったことも関係してるんじゃねーかな? 他の闇の精霊より、そっち系の知覚能力が鋭くなってるんだと思う」
「なるほろー」
「……なぁ。俺も鍛えたらその念ってのが見えるようになるか?」
「さぁ、知らねー」
「――チッ」
カイルが小さな声でシドーに質問するも、そのつれない返事に眉をピクリと動かした。
そしてその後顔を背けての小さな舌打ち。
わぁこわい。それにしても、カイルの舌打ちなんて久しぶりに聞いた気がする。
うーん、やさぐれカイル……懐かしいですな。
「ところでシドー」
「ん?」
「さっきずいぶんと『多分』って強調してたけど、どうして?」
気になることが一つ解消したので、次に気になることを聞いてみた。
「え。あぁーっと……」
「う?」
チラリとこちらを伺うように視線を投げかけられたんですが、どうしたのでしょうか。
「んー。まぁ、いい……か」
「なにが?」
シドーがこてんと頭を倒すのに釣られて私も同じように頭を倒す。
「いや。あるじが怖がるかなと思っただけだ。でもあるじはさっき頑張るって言ってたから気にしないことにした」
「はぇ。もしかして怖い話だったりするの? ちょ、ちょっと待ってね。心の準備するから……すー……はー……」
歩きながらだけど、深呼吸を一つ。
うん、覚悟は決まりました!
「よち! どうじょ!」
「もういいのか。んじゃ……えっとな。おれが多分って言ってたのは――」
「おや。もしや、そちらにいらっしゃるのは姫様ではありませんか?」
「う?」
シドーの言葉を最後まで聞く前に誰かに話しかけられた。
声のする方へと顔を向けると、前方から見覚えのある二人組がこちらへ向かってきているではありませんか。
市場も近く、人もたくさんいるのに、彼のその目立つ格好のおかげでとてもわかりやすい。
このあたりでは珍しい褐色の肌に赤い髪。昨日とは違う服装だけど、装飾品が多めの派手な服。間違いない。彼が私達の探し人、グレンカムア団の団長さんだ。
「あっ! みつけ――あぇー?」
「いないな……」
「んー。これはもしかするのかぁ?」
団長さんの発見に一瞬感情が高ぶるも、すぐに違和感を覚えた私は首を傾げる。
カイルとシドーもその事に気が付いたのか、私同様不思議そうな声を出していますね。
そんな風に私が頭上で疑問符を飛ばしていると、探し人であった彼らが私の前に膝を折る。
「ひょ!?」
ここ普通に町中なんですけど! みんな見てますよ!?
びっくりしすぎて焦っちゃったけど、とりあえずやめさせようと団長さんが話し出す前に声をかけた。
「あ、あにょ、団長しゃん」
「ハッ」
「えっちょ。ここで頭下げてたら、そにょ、みんなの通行の邪魔になるので……やめましぇん?」
「ハッ。姫様の仰る通りでございます。配慮が足らず申し訳――」
「あと! 今のわたしは『冥界のお姫様』じゃなくて、『ただのメイ』なので、そこまでかしこまらなくて大丈夫でしゅ!」
何故かさらに頭を下げてしまった団長さんとお仲間さんに、慌てて重ねるように告げた。そのせいか、ちょっと声が大きくなっちゃったけど。
まぁ。今の私は正確に言うとフェルトス様の命令でここに来ているので、お仕事中ではある。だけど細かい事は気にしない気にしない。良いとこ取りで生きていくって決めたのです。
「…………そう、ですか?」
「しょうしょう。なのでもっと楽にしてくだしゃって大丈夫でしゅよ。あ、言葉遣いも!」
「……かしこまりました。ではお言葉に甘えて」
「――ふぅ」
ようやく立ち上がってくれた二人に胸を撫でおろす。
昨日みたいに公式な場かつ覚悟ができてるならともかく、町中でかしこまられるのは苦手だ。フェルトス様が一緒なら耐えるけど、そうじゃないから我慢しません。
一応頑張りはするつもりですが、心持ち的には『もっと成長して大きくなって、場数も踏めたら、その時ようやく慣れる』というレベルでゆっくり成長していきたいと思います。
まだまだ人生……いや、すでに神生かな? 私の神生は長いので、急がなくても大丈夫大丈夫……だよね?
「では改めまして。姫様、昨日はありがとうございました」
そういうと団長さんは軽く頭を下げて笑った。
髪と同じ赤い目が優し気に細められる。素敵な笑顔だけど、なんだか少し引っ掛かる気がした。
ともかく、心に浮かんだ疑問をいったん置いておき、私も彼に向って笑顔を返すべくにっこりと笑う。
「いーえー。こちらこそ。サーカスの楽しみが増えてわくわくしています!」
「ふふっ。姫様のご期待に添えるよう、私達も全力を尽くさせていただきますね」
「ふへへー」
いやぁ。昨日も言われたけど、そう言われると期待値が爆上がりしちゃいますよ。
「ところで。昨日お渡しした献上品はいかがでしたでしょうか。お気に召していただけたのか不安で」
「う? あっ!」
献上品とは? と一瞬不思議に思うも、すぐにその存在を思い出す。
カイルに預けてそのまま忘れてました!
「すみません。その、あの後いろいろあって、まだ見れてないんでしゅ……」
「おや、そうでしたか。それは残念」
「この用事が終わったらすぐに見せてもらいますね!」
「えぇ、是非。我が団で取り扱っている品の中でも、一級品のものを贈らせていただきました。もしお気に召していただけたのなら、是非サーカスだけでなくキャラバンの方へも足を運んでくだされば幸いです」
「はぇ。そんな高価なものを? ありがとうございます!」
「お嬢様」
団長さんとの会話が一区切りしたところで、カイルが声をかけてきた。
「あ、ごめん忘れてた。……こほん。団長さん」
「はい」
「実はわたし達、団長さんの事を探してたんですよ」
「私を、ですか? 何用でしょう。もしや何か失礼でも――」
「あぁ違います違います。えっと――」
そこで一度言葉を切った。
さて、何て言おうか。
団長さんを探していたメインの理由は、例の女の子が彼と一緒にいる可能性があったから。
でも、今現在彼の近くに女の子の姿を確認することができていない。
とはいえ、女の子がいなくても情報収集くらいはやるべきなので、話を聞くだけ損はないでしょう。
そう考えた私は団長さんに向け言葉を続ける。
「――ちょっと聞きたいことがあって探してました」
「聞きたいこと?」
「はい」
軽く頷いたあと、私は大通りの方へ視線を向け笑う。
「少しお時間いいですか? 立ち話もなんですし、よければお茶でもしながらゆっくり」
「……えぇ、もちろんですとも」
「良かった。では行きましょうか」
団長さんはにっこり笑って頷いてくれた後、お仲間さんへ先に戻っているようにと促す。
そしてそのまま宿へ戻っていく男性の背中を見送った私達は、団長さんを連れて適当なカフェへ向かうことにした。




