追憶と花束編7 決意
「ふぇ……」
「頑張れあるじ。これも仕事だ」
「そうだぜお嬢。お嬢の冥界姫としての初仕事。俺達もしっかり手伝うから頑張ろうぜ!」
「うー……」
オバケ騒動から一夜明けた今日。
私達は昨日と同じく朝からセラフィトの町を目指していた。
「うぉおお! おれはやるぜぇ!」
「おっ。気合入ってんなシドー」
「だってフェルトス様直々の命令だからな! 絶対連れて帰ってやる!」
「ハハッ。頼もしいこって」
やる気満々なシドーとニコニコ笑顔なカイルを横目に、私は深いため息を吐いた。
なぜこの二人はこんなに楽しそうなのだろう。怖くないのかな。
私なんて昨日フェルトス様からのご命令が出てからずっと、憂鬱で仕方ないのに……。
「はぁー」
小さく息を吐き、私は昨日の出来事を思い出す。
ホラー騒動から冥界へ戻ると、私達の帰宅を知ったフェルトス様とガルラさんが一度家に戻ってきてくれていた。
そこで私の元気がなかったことを不思議に思ったフェルトス様が、カイルへ諸々の報告を要求。
私に聞かないあたり、フェルトス様もこの状態の私に聞いても意味がないということを熟知していらっしゃったようだ。
そして報告を受けたその後。
少し考えるような仕草をしたフェルトス様が、私達に向けてこう言い放った。
『その死霊の娘。貴様らで冥界まで連れてこい』と。
私が何かを言う前にさらに続けてガルラさんが『これも立派な冥界の仕事だ。今のオマエらなら立派にやり遂げられるだろうって信じてるから、フェルも命令したんだろう。期待してるぞ』と笑顔で告げてきた。
フェルトス様の言葉を聞いた私が、あまりに嫌そうに顔を歪めたのを見てたみたいですね。
怖いから無理だと、勘弁してほしいと言う前に先手を打たれました。がっくしです。
期待してるなんて言われたら、その期待を裏切れないし裏切りたくない。もう断れなくなってしまった私は、しぶしぶ頷いたというわけです。
しかしそうは言っても――。
「やっぱりオバケはこあいよぉー……」
隣にいるカイルに抱きつきぐずる。
往生際が悪い? 知ってる。
「あー。その、なんだ。いざとなれば俺達だけで捕まえるからよ。お嬢は見てるだけでいいぜ」
「でもよカイル。あるじはフェルトス様の娘なんだから、あれくらいで怖がってちゃダメじゃないか? 見た目はただの人間だし、悪霊でもなさそうだったぞ?」
「シドー、しっ!」
「んあ?」
「……みぃ」
「あっ……」
シドーから当然の指摘をされてしまった。どうしよう。地味に心にくる。
でも仕方なくないですか? 私はまだ子供だし? むしろ大人だってオバケ怖い人いますし? いくら冥界神の娘で冥界に住んでいるといっても、オバケとは無縁の生活でしたし?
心の中でそんな言い訳をつらつら並べる。
「むー……」
抱きついたままのカイルにぐりぐりと顔を押し付けていると、頭を撫でられている感触がした。
どうやらカイルが慰めてくれているらしい。
「無理しなくていいからな」
「ぅー……」
やっぱりカイルは私に甘い。カイルだけじゃなくて、フェルトス様も、ガルラさんも、シドーだってそうだ。みんな優しいから私に甘いし、甘やかしてくれる。
だからこそ。このまま嫌がっていれば、多分本当に私が何もしなくてもカイルとシドーでこのお仕事を終わらせてくれるんだろう。
そしてその報告を聞いたフェルトス様とガルラさんも、まだ早かったかとか、仕方ないなぁって、笑って許してくれるはずだ。きっとそう。
でも、それで本当にいいんだろうか。
普段なら別にいい。むしろ積極的に甘やかしてもらいにいく。
だけど今回は違う。それをしたらいけない気がする。というか私がしたくない。
私はもう眷属と使い魔がいる立場だし、シドーも言っていた通りフェルトス様の娘だ。
オバケが怖いからとか、子供だからとか。言い訳ばかりして今回のことから逃げたらダメな気がする。
そうだ。これは成長する良い機会だと思おう。
名実ともに立派な冥界のお姫様になるための、その為の第一歩だ。覚悟を決めろメイ。怖がってもいい。泣いてもいい。でも逃げちゃダメな時もある。それが今だ。
引っ付いていたカイルから体を離し、顔を上げる。
そして、こっちを心配そうに見つめていた色違いの目をしっかりと見つめ返しながら、口を開いた。
「カイル」
「ん?」
「ありがとぉ。でも、ちゃんと頑張ってみる。……だから、支えてくれる?」
毎度のことながら私はまだまだ情けない主人だ。二人の誇れる主人になれるのは当分先だろう。それでもいつか、ちゃんと立派な主人になる為に。これはその一歩。
小さな一歩だし、怖いし、自信もない。
でもカイルとシドーと一緒なら頑張れる気がするから。私が一人で立てるようになるまでは、そばで見ていて、手を繋いでいてほしい。
そんな気持ちを込めてカイルをじっと見つめる。
するとカイルは一瞬目を丸くしたかと思うと、次の瞬間には眉が下がりいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
そしてそのままニヤっと笑う。
「――ふ、ハハッ。当ったり前だろ。なんてったって、俺はお嬢の眷属で友達なんだからよ!」
「――うん!」
自身の胸をトンっと拳で軽く叩きながら頼もしい言葉をくれたカイル。
その言葉に嬉しくなった私は彼へと満面の笑みを向けた。
「おれもおれも! おれもいるからな。忘れるなよあるじ!」
「もちろん忘れてないよ。シドーもわたしのこと支えてくれる?」
「おう!」
「えへへ。頼りにしてるからね、シドー!」
「まかせろ!」
カイルと同じように、だけど力強くドンっと自分の胸を拳で叩いたシドー。その顔は満足げなもので、自然と私も気持ちが前向きになってきた。
「ふへへ」
オバケを怖いと思う気持ちが完全になくなったわけじゃないけれど、私にはカイルとシドーという頼もしい相棒達がいる。
フェルトス様やガルラさんっていう保護者だっている。
一人きりじゃきっとムリだったろうけど、私は一人じゃないから。だから精一杯頑張ろうと思います。




