追憶と花束編5 疑問
部屋が謁見室からいつもの応接室に戻り、私もおすましお姫様からいつものメイに戻った。
なので、心置きなくお気楽モードで過ごしております。
「はいメイ様。あーん」
「あーん!」
「美味しいですか?」
「あい!」
「うふふ」
お仕事も終わったので領主様の奥さんであるラーナさんとも合流し、私達三人と領主様一家の三人でお疲れ様会もどきを開催。
私はラーナさんのお隣に座らせてもらい、チョコレートケーキを食べさせてもらっている最中です。むふふ、役得役得。
三人掛けのソファの真ん中に私。左隣にラーナさん。右隣にシドー。
向かい側のソファには私から見て左からジェイドさん、領主様、カイルの順に座っている。
間にあるテーブルには、アフタヌーンティよろしく軽食やお菓子類が沢山並べられていた。
私達だけなら食べきれない量だけど、そこは食べ盛りのシドーがいるので残ることはないだろう。
今も私の隣で黙々とサンドイッチを頬張っているから間違いない。
「――ところでシリル殿」
「はい。なんでしょうかカイル殿」
そんな時。私がのほほんとケーキと紅茶を堪能していると、静かにカップを置いたカイルが話し始めた。
「今回の謁見人数……たしか二人、と聞いていた気がするのですが?」
三人いたぞコラ。どうなってんだ。という続きの言葉が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。カイルの笑顔が怖い……。
まぁ、二人も三人もそんなに変わらないといえば変わらないから、そこまで気にする必要もない気がするけど。実際私はもう忘れていましたし。
「はい。その通りですが?」
「ん?」
「はい?」
何か嚙み合ってない会話に、二人して首を傾げ合っている。
その場にいなかったラーナさんはともかく、ジェイドさんもカイルの発言にはピンときてないようだ。どうなってるの?
「そりゃ、あれだ。こいつらには見えてなかっただけだろ」
「う?」
「どういうことだシドー?」
「そのままの意味」
それだけ言うとまたシドーは食べ物を口に運ぶ作業に戻った。
え、ちょっと待ってくださいシドーさん?
領主様達には見えてなかったけど、私達には見えてた。私とカイルと、ついでにシドーの三人ともが認識してたってことは、見間違いの線はない。それって……つまり……団長さんの後ろにいた二人の内のどっちかがオバケだったということですか! 何それ怖い!
いや待てよ。男の人の方は箱を持ってたし、ジェイドさんと受け渡しもしてたから違うな。
ということは、消去法であの女の子の方がオバケということですか?
そういえば、挨拶の途中で彼女の姿が薄らいだ気がしたの。あれ、気のせいじゃなかった可能性があるのか! なんか一瞬彼女の体越しに後ろの扉が見えた気がしたんだよ!
それにそれに、彼らが部屋を出ていく時にあの女の子と目が合った気がしたのも! あれも気のせいじゃないかもしれないということですか? ばっちりこちらを見てたってことですか? 「お前私のこと見えてるだろ」的な視線だったってことですか!?
「ひぇっ」
嫌な想像に思わず口に手を当てる。
リアルホラーは苦手なんです勘弁してください。助けてフェルトス様!
あんまり本気で助けを求めたら、またフェルトス様を召喚しちゃう可能性がある。
なので必死で気持ちを抑え込み耐えました。それでも怖いのに変わりはないので、ラーナさんにぴったりとくっついておくのを忘れない。
「みぃ」
「あらあら。大丈夫ですかメイ様」
ぎゅっとラーナさんに抱き着けば、いい匂いに包まれて少し安心した。
しかもそっと抱きしめてくれた上に、背中まで擦ってくれている。
「どしたあるじ?」
「……オバケこぁい」
「は?」
シド-から、心底意味がわからない。という声音の「は?」を頂いてしまった。
仕方ないじゃないですか。怖いものは怖いんですもの!
「えっと。お話がよく見えないのですが……。つまりカイル様とシドー様は二人以上の人間が謁見室にいたはずだ、とおっしゃっている。けれども、旦那様とジェイドは、その場には二人の人間しかいなかった、と言っている。そういう話ですか?」
「そういうことになりますかね? ちなみに私が見た人数は三人でしたが……シリル殿やジェイド殿は本当に見えてなかったんですか?」
「はい。この屋敷に来た時から団長であるルディスと、その仲間の男の二人だけ」
「私も父と同じく。その二人しか見ておりません」
「なるほど……。ちなみにお嬢様は?」
ラーナさんの体温を感じつつ進む話に耳を傾けていれば、カイルから話が振られのでなんとか答える。
「……女の子が、いちゃ……」
思い出して怖くなりぎゅううとラーナさんの服を掴みつつ、さらにお膝に顔を埋めた。
ごめんなさいラーナさん。服に皺ができちゃいますよね。でも今だけは許してくださいませ! 怖いんです!
「私も少女の姿を見ています。ということは、あれは――フム。とりあえず、そちらの不手際ではなかったのですね。あらぬ疑いをかけてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、カイル殿が謝ることではありませぬ故。お気になさらず」
「感謝申し上げます」
あまりに私が怖がっているので、そこで話は一旦終了した。
冥界に住んでいるくせにオバケが怖いんですか? とか思われてそうだけど、実際に見たことはないし、会ったこともない。怖いものは怖いので仕方ないと思います!
そういえばトラロトル様と初めて会った時もビビりまくっていたなぁ。
早とちりだったとはいえ、あの時は本当にご迷惑をおかけした記憶です。
「なぁあるじ、大丈夫か?」
「だいじょばにゃい……はじめて本物のオバケみちゃ。こぁい……シドーこっち来てぇ」
一発でオバケとわかるようなオバケも怖いけど、一見普通な見た目なのに実はオバケだった。というのも十分ホラーで怖いんですよね。苦手です。
引っ付く相手をシドーに切り替え、がくがくぶるぶる震える私。
「うーん。ダメそうだな。……とりあえず一旦帰ろうぜカイル。あいつの事フェルトス様に報告した方がいいだろうし」
「……そうだな。お嬢様も怖がってるし、一度帰るか」
「ではお見送りを」
「ありがとうございます。さて、お嬢様。帰りましょう……立てますか?」
カイルの問いに小さく頷きシドーから離れる。
ラーナさんに手伝ってもらいながらソファから降りて、カイルのそばに寄ればすぐに抱っこしてくれた。
楽しいお茶会が一転、ホラーに染まったお茶会になりました。
怖がってたのは私だけみたいなのが気になるけど……。
そしてそのまま玄関までみんなで一緒に行き、そこからは絨毯に乗って帰ることに。
私が帰ったということは領主様の方で門番さん達に知らせてくれるらしいので、お言葉に甘えて直帰するよ。
「あにょ、いろいろご迷惑かけてしゅみましぇんでちた……」
帰る前に領主様一家に諸々のご迷惑をおかけしてしまったことを謝る。主に最後らへんのこと。
申し訳なさでしょんぼりしつつもぺこりと頭を下げる。
すると、頭上から優しい声音が降ってきた。
「迷惑なぞとんでもございません。むしろメイ様の雄姿を間近で見られて光栄でございました」
「そうですよメイ様。ご立派でございました。あと、先程の話で何か我らに協力できることがあれば遠慮なくお申し付けください」
「うぅ。お二人とも……ありがとごじゃましゅぅ」
領主様とジェイドさんのお優しい言葉が心にしみる。
「ふふっ、メイ様。お元気になられましたら、また一緒にお茶会をしましょうね」
「ラーナしゃ……あい!」
そっと頭を撫でてくれたラーナさんにぎゅっと抱き着いてから、手を振って家路についた。
そして絨毯に揺られつつ今日の事を振り返る。
まさか本当に本物のオバケを見ることになるなんて思ってもいませんでした。
シドーはフェルトス様に報告がどうとか言っていたけど、これは報告案件なのでしょうか?
もしかしたらフェルトス様的には、冥界に来ない幽霊イコール迷子。的な考えがあるのでしょうか? もしくはわざと冥界に来ない悪質な子。的な?
正直フェルトス様のお仕事関係について私はノータッチなので、まったくわからない。
でもシドーとカイルがそうした方がいいと言ったってことは、多分そうなんだろう。
そしてフェルトス様に報告するということは、今日の出来事を振り返る必要があるというわけで……。
「ひぇ」
「お嬢?」
「だ、だいじょぶ」
あの透けた姿と、最後に合った視線を思い出し震える。
なんとなく悲しそうに見えたあの目。あれは自分が若くして死んでしまったという悲しみを訴えていたんだろうか。
何はともあれ。怖いので報告はカイルに丸投げしようと決めたメイちゃんなのでした。




