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追憶と花束編4 初めての謁見

 薄布の向こう側。開けられた扉から入って来るのは三人の男女。


 髪色は様々だけど、全員褐色の肌をしている。たしかこの人達は砂の国って所から来たんだったかな。

 私はまだこの町周辺と、カイルの故郷くらいにしか行った事がない。いつか機会があれば砂の国にも行ってみたい気持ちはある。

 砂の国っていうくらいだから砂漠とかがあるのかな。暑いのは苦手だけど、観光してみたいです。


 服装はなんだかどこかアラビアンな感じの印象を受ける。よくわからないけど、このあたりでは見ない感じの服ですね。うーん、異国を感じてちょっとわくわくします。


 そしてその中でも少々派手目な格好をした赤い髪の男性が先頭でこちらに向かって歩いてくる。

 その後ろから黒い小さな箱を持った体格のいい男性と、十代くらいの少女が続いた。


 ん? ……あれ、三人? たしか領主様達は二人って言ってなかったっけ?


 聞いていた情報と違うな。と私が心の中で首を傾げている間に、彼らは薄布の向こうで膝をつき礼の姿勢をとっていた。


「メイ様。サーカスキャラバン、グレンカムア団団長、ルディス・バンガルド。お目通り願いたいとのことです」


 ジェイドさんの声に、抱いた疑問を一旦飲み込む。


 ボケっとしている場合じゃなかった。頑張って覚えたセリフを言わないと。


「――ようこそセラフィトへ、サーカスキャラバンの団長さん。私が冥界神フェルトスの娘、メイです。――ん?」

「どうかなさいましたか、メイ様?」

「……気のせいかな? 大丈夫です。えっと――」


 私の呟きを拾った領主様が小さな声で聞き返してきたので、小さく首を振り続きのセリフを思い出す。


「こほん。――人気のサーカスキャラバンがこの町へ来ると聞き、町の皆もとても心躍らせています。もちろんわたしもその一人です。ですので、あなた達の興行を心から楽しみにしていますからね。――さて、あとは……団長さんのみ発言を許可しますが、何かありますか」


 とりあえず覚えたセリフはこれでだいたい終わり。

 長かったけど最後まで活舌も甘くならなかったし、噛まずに言えたから一安心だ。

 この後は臨機応変に対応……できればいいなぁ、という願望です。テヘッ。


 それにしても、覚えてるときから思ってたけど……すごく偉そうなセリフだ。

 いや、実際のポジション的に私は偉いんだろうけど。こういうセリフは言い慣れてないからかムズムズしちゃいます。余所行きの顔も楽じゃありませんね。


「ここより遥か西。砂の国より罷り越しました。私はサーカスキャラバン、グレンカムア団団長、ルディス・バンガルドと申します。本日は姫様の御尊顔を拝する機会を賜り、恐悦至極に存じ奉ります」


 ちゃんと御尊顔は拝せてないだろうけど、なんかごめんなさい。と、定型文に心の中でくだらないツッコミを入れる。

 長いセリフが終わって心に余裕が出てきたのかもしれません。


「構いませんよ。わたしも今回の催しには期待していますので、これくらいは当然です」


 語尾を伸ばさないように、気の抜けた声を出さないように。いろいろ気を付けて喋るのは結構な集中力がいります。なんだかさっきのフルーツタルトが恋しくなってきちゃった。


「姫様の慈悲に感謝いたします。つきましては、その寛大なる御心に報いるべく、ささやかながら姫様へ献上品をご用意させていただきました」

「献上品?」

「はい」


 わざわざ手土産――ちょっと違うかもだけど――まで用意してくれたなんて良い人だなぁ。と呑気に思うのと同時に、自分も何かを贈られるようになったのかぁ。という自分の立場への再認識が混ざり合う。


 個人的な間柄でお土産やプレゼントを貰うのは嬉しいけど、こういう場での捧げものというのは嬉しいような嬉しくないような。複雑な感情です。


 それでもせっかく用意してくれたものを受け取らないというのも失礼なので受け取りますが。


「ありがとうございます。いただきますね」


 とは言ったものの。どうやって受け渡しをすればいいのだろうか。

 私が直に貰いに行くのは違うよね?


「では、こちらへ」


 そんなことを考えていたらジェイドさんがサッと受け取り、私の所まで運んでくれた。

 受け取った箱は私の両手より少し大きなサイズの黒い箱。高さもそれくらい。重さはそれなり。

 中身の想像ができない。

 というか、これっていま中を確認した方がいいのかな。それとも後からかな。


 そんなことを考えるけど、今それをカイルや領主様に聞ける状態でもないし……。よし。


「確かに受け取りました。あとで確認させていただきますね」


 悩んだ末に後で見ることを選択した私は、一旦箱をカイルに預けておく。

 一度自分の膝の上に置いておこうとして、その前にカイルに回収されたと言った方が正しいけど。


「まだ何かありますか?」

「では、最後のご挨拶を」


 元の位置に戻ったジェイドさんのその言葉に、団長さんが答える。


「此度は姫様主催の催し中にも関わらず、我らの参戦を快く受け入れてくださり厚く御礼申し上げ奉ります」

「いえ。楽しい事はせっかくなら大勢で楽しんだ方がお得ですからね。一緒に盛り上げてくれるとこちらも嬉しいです」

「ありがたきお言葉。姫様にもお楽しみいただけるよう、我らグレンカムア団一同。全身全霊をかけ、此度の興行に挑ませていただきたいと考えております」

「わぁ、ほんとですか! それはとっても楽しみです! 期待してま――ぁ」


 団長さんの力強い返答に、一気に期待値を上げられてしまった私は思わず素の声で返答してしまった。手をぱんっと合わせるオマケ付きで。

 気付いてとっさに口を押さえたけれど時すでに遅し。

 今まで保ってきたなけなしの威厳が、すべてテンション高めの子供に置き換えられてしまった気がする。


「――こほん。失礼しました。期待していますね」


 何事もなかったかのように取り繕ったけど、大丈夫でしょうか。


「……姫様のご期待に添えるよう、このルディス。全力で努力いたします」


 ダメそうです。団長さんが応えるまでに、妙な間がありました。

 最後の最後でやってしまいましたよ……ちくせう。


 そしてそのまま団長さん達は部屋から退室の流れになり、ジェイドさんに促されるまま三人は部屋から出て行った。


「みぃぃぃぃぃ……」


 団長さん達の退室後。もう大丈夫だろうと判断した私は手で顔を押さえ呻く。やってしまった。


「ぁぅ。しどぉ」

「どした、あるじ」


 耐えられなくなった私は影の中のシドーを呼ぶ。

 その後すぐに顔を出してくれたシドーに向けて私は手を広げた。


「抱きしめさせて……」

「いいぞ。ん!」

「あぃがとぉ」


 自らの両手を広げ歓迎状態のシドーにぎゅっと抱き着き、力いっぱい抱きしめる。


「なんかよくわかんねぇけど、よしよし、だぞあるじ」

「……もっとなでて」

「よーしよしよし」


 シドーの肩に顔を埋め頭を撫でてもらうと少し落ち着いてきた。

 髪の毛がぐしゃっとなったけど、もうお仕事は終わったので気にしません。

 

「大丈夫ですよメイ様。あのような事は失敗の内に入りません。お気になされますな」

「そうですよお嬢様。むしろお嬢様は立派にお役目を果たされました。胸を張ってくださいませ」

「…………ほんとぉ?」


 埋めていた顔を少し上げ、じとり、と左右の大人を見上げる。

 私の後ろにいた領主様とカイルの二人は、今は前に出てきて膝をつき笑顔を向けてくれていた。

 その笑顔は私の失敗をからかうものではなく、今回の出来を本心から褒めてくれている笑顔。

 そう思えた私はシドーから完全に顔を上げ口を開く。


「じゃあ、頑張ったご褒美くだしゃい」

「ご褒美……ですか?」


 目をぱちくりさせる領主様に笑顔を向ける。


「あい! 頑張って偉いって頭撫でてくだしゃい!」

「え。私がメイ様の頭を……。そんな不敬はでき――」

「やっぱりしゃっきの失敗だっ――」

「しっ、失礼いたします!」

「えへへー」


 あからさまにしょんぼりした声を出せば、領主様の慌てた声と共に頭に手が伸びてきた。

 フェルトス様とはまた違うごつごつした大きな手。それが遠慮がちに私の頭をそっと撫でる。その度に、心が落ち着いてくる気がした。


 そして領主様は何度か私の頭を撫でたあと、そっと手を放す。


「ありがとごじゃまちた!」

「いえ……」


 笑顔でお礼を言うと、領主様もはにかんだ笑顔を見せてくれた。素敵な笑顔だ。


「カイルも撫でて」

「ふふっ。わかりました」


 ずいっとカイルへ頭を差し出すと、いつものように優しく撫でてくれる感触。


「むへへー。ありがとー」

「どういたしまして」

「シドーもありがとー」

「おう」


 こうして私の初めての謁見は終わった。

 少しの失敗はありましたが、概ね上出来と言っていい結果に満足です。


 それにしても団長さん達の退出時。一瞬女の子と目が合った気がしたけど、気のせいだったのかな。

 正直、内心焦りまくっていたので記憶がふわふわしている。


「メイ様。この後はどうされますか?」

「むー。ちょっとこのまま休憩していってもいいでしゅか?」

「もちろんです。ではまた茶と菓子を持ってこさせますね」

「やったー! ありがとうごじゃいましゅ!」


 過ぎたことをいつまでも嘆いていても仕方ないですからね。

 一仕事終えましたし、気分を切り替えてだらだらタイムとしゃれこみましょう。

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