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追憶と花束編3 冥界のお姫様

 神域を出てしばらく。

 カイルに日傘を差してもらいつつ、私は絨毯を飛ばして町へと向かっている。


「はぁー。緊張してきた……」


 胸に手を当てると心臓がドキドキしているのがわかる。

 それを抑えるように深呼吸を繰り返せば、少しだけマシにはなる。

 ただ、町に近付くにつれ、刻一刻と謁見(その時)が迫ってきている。そう考えると、また緊張で心臓がドキドキバクバクするの繰り返し。


 うぅー。落ち着きません。


「ははっ。お嬢なら大丈夫だって。まぁ、もし本当にダメそうなら座ってるだけでもいいと思うぜ。そんときゃシリル殿やジェイド殿が上手くやってくれるだろうさ」

「うーん。それはそうだろうけど、任せっきりもさすがに悪いし……できるだけ自分で頑張ってみる」


 ムンっと両手を握り気合いを入れる。


「おっ、いいな。その意気だ」

「ふへへ」


 カイルと顔を見合わせて笑う。

 こうやって何気ない会話をしていると、緊張が解けていい感じに力が抜ける気がします。


「なぁ、あるじ」

「ん?」

「おれはあるじの影の中に入っておくからな」

「はぇ、なんで?」


 そんな最中。突然発せられたシドーの私の影の中に(お家)帰る宣言。どうしたのでしょうか。


「念の為だ」

「しょっかぁ」

「そうだぞ!」

「じゃあ、仕方にゃいか……。寂しいけど、わかった。護衛よろしくね」

「おう!」


 そういってシドーは私の影の中にするりと入っていく。


 念の為というのが何のことかはよくわかりませんが、カイルが止めないということは理には適った行動なのだと納得しておきましょう。


 町に着くとすでに門前には領主様からのお迎えの馬車が来ていた。

 ここからは馬車移動。絨毯から降りて馬車へ乗り換える。

 その前にノランさん達門番さんにも挨拶をすれば、みなさんから今日は一段と可愛いとのお言葉を頂けてテンションも上がります。


 そして豪華な馬車に揺られること少し。

 馬車の窓から町並みを眺めていたら、あっという間に領主様のお屋敷まで到着しました。

 馬車が止まり、先に降りたカイルに手伝ってもらいながら私も馬車を降りる。


 すると、玄関先には領主様と息子のジェイドさんが頭を下げて待っていて、ちょっとびっくりしてしまった。


 でもここからの私は『お気楽庶民な娘のメイ』ではなく、『冥界のお姫様のメイ』モード。

 頑張って背筋を伸ばして、精一杯虚勢を張ります!


「お出迎えありがとうございます、シリルさん。ジェイドさん」


 なるべく落ち着いた声音を出すことを意識しながら領主様達に声をかけ、頭を上げてもらう。


 いつもなら領主様呼びだけど、今回は立場を意識してお名前にさん付けで呼ばせていただきます。

 もちろん領主様には事前に了承を得ているので問題ありません。

 だけどその際に「むしろ呼び捨てでお願いします」と言われてしまい「それはちょっと……」と押し問答をしたのは内緒です。


 頭を上げた領主様と目が合い、にっこり笑ってから簡単な挨拶を交わす。


 大丈夫。まだ大丈夫。私は女優。


 そんな風に自分へ言い聞かせた。


「移動でお疲れでしょう。メイ様のお好きな菓子を用意してあります故、刻限までしばしお寛ぎくださいませ」

「わーいおかっ――ハッ! こほん。……ありがとうございます」


 お菓子の言葉に凛としたおすましお姫様の仮面が剝がれそうになるも、グッとこらえた。


 ふぅ。危ない危ない。これは巧妙な罠でしたね。引っかかるところでした。


「――ふっ」

「ハッ!」

「んんっ。失礼。それでは参りましょうかメイ様。こちらです」

「みぃ……」


 顔を背け小さく笑った領主様と、声は出さなかったけど肩が震えているジェイドさんを私は見逃さなかった。


 うぅ。早くも心がくじけそうです。おすましお姫様の演技も大変だ……。


 少しだけ赤くなった顔がバレないようにと祈りながら、とことこ領主親子の背を追う。


 そうして辿り着いたのは私専用に用意された応接室。

 ジェイドさんと会うときはいつもここだ。


 この部屋は私が領主邸へ訪れるようになった際、領主様が私専用にと特別にあつらえてくださった部屋。


 広い室内に明るい照明。落ち着いた色味で統一されたインテリアの数々。

 さすがにもう慣れちゃったけど、最初はドギマギした記憶がありますね。


 壁には大きな窓もあるけれど、そのすべてにレースのカーテンが掛けられ適度な日差しが入ってきている。

 これは私が日光を苦手としているので、領主様が気を遣ってくれた結果だ。


 といいますか。初めてこの部屋に案内されたときには、全部の窓に厚手のカーテンが引かれ完全に閉め切られていましたからね。照明がなければ昼でも真っ暗でしたよ。

 だけどそれだとせっかくの大きな窓がもったいない……ということで、我儘を言ってレースのカーテンに変更してもらったという経緯があります。直接当たらなければ大丈夫ですからね。


「さぁ、お嬢様。お手をどうぞ」

「ありがとカイル」


 部屋に入りソファまで進むと、カイルがスッと手を差し伸べてくれた。

 私が座るソファの定位置には私が登りやすいようにと台が置かれているので、その補助の為に手を出してくれた感じです。


 今日はいつもの動きやすい服じゃなくて正装なので、着崩さないようにありがたくカイルの手も借り慎重に登る。謁見前にシワがついたりしたら嫌だもんね。


 いつもだったら何も考えずに豪快に座れるのになぁ。


 そんなことを考えながら慎重に腰掛ける。

 豪華でふっかふかなソファは相変わらず良い座り心地です。


 どうせなら我が家のソファも買い替えようかな。

 今の三人掛けソファだとフェルトス様達は少し窮屈そうだし、カイルも一緒にいる場合はカイルが座れない。だからいつもカイルはクッションに座っているからね。


 ついでにそこで寝られるくらいの大きなサイズだとなお良し、ですかね。

 うん。前向きに検討しておきましょう。

 いっそ町でオーダーメイドの特注をするか、鍛冶神のロイじいちゃに頼むのもアリ。そのあたりも視野に入れて考えておこうかな。


「ではメイ様。準備ができ次第またお声をかけさせていただきます故、しばしこちらでお寛ぎくださいませ」

「わかりました」


 ソファを堪能しつつ我が家のソファ事情を考えていれば、いつの間にか目の前のテーブルには紅茶とお菓子が出現していた。


 お菓子にいたってはフルーツタルトにイチゴのショートケーキ。クッキーにフルーツ盛り合わせと、選り取り見取りで豪華なラインナップです。


 これ、帰るときにちょっと貰って帰ったらダメかな?


 たくさんのお菓子に魅了されつつも、一礼して去っていく領主様とジェイドさんを見送るのは忘れない。


「……ふぅ」

「フフッ。今から緊張してても仕方ねぇよ。せっかくだから菓子でも食おうぜ。どれが良い?」

「たしかに。んーそれじゃあ……イチゴのショートケーキにしゅる!」

「りょーかい」


 影の中にいるシドーにも食べるか聞いてみるが、今はいらないとの返事を頂いた。

 なので今回は私とカイルだけで味わいたいと思います。


 それに緊張していて味がわからなくなってしまうのももったいない。

 だったらもういっそあとの事は一旦忘れて、今はお菓子を楽しむとしましょう。



「――どうぞ」

「むぇ?」


 ショートケーキを食べ終え、次にフルーツタルトを美味しく頂いている最中。突然発せられたカイルの声に、何が? と顔を上げる。


「失礼致します」


 するとガチャリと部屋のドアが開くのが見え、そこから姿を現したのは領主様とジェイドさん。お揃いのミルクティー色の髪が素敵です。


 ところで。もしかしてなんですが。……私、ノックの音、聞き逃しました? 聞き逃してますよね、確実に。

 どうしよう。美味しいお菓子に夢中になりすぎて聞こえてなかった。リラックスしすぎました……。


 だから、あまりの衝撃に間抜け面で一時停止してしまったのも、無理はないでしょう?


「フフッ。どうやら菓子は気に入っていただけたようですね。安心しました」


 私を見て優しい微笑みを浮かべながらそう言った領主様。

 ジェイドさんも領主様の後ろでニコニコしているのが見える。


 部屋に入るときは二人とも真面目な顔をしてたのに、なんという落差でしょう。そんなに私がお菓子を頬張っている姿が面白かったんでしょうか。


「ぁぅ……」


 うぅ、恥ずかしい。なぜ私は短い時間で二度も同じような過ちを……学習能力がなさすぎる。

 でも多分また同じようなことをやらかすんだろうなきっと……。ふふっ……もう私は駄目です。


「んっ――こほん。えっと、では改めて。準備は終わりましたか、シリルさん」


 下げていた視線を上げ、意識を切り替えるためにわざとらしく咳払いを一つ。


 すると、私の意図を察してくれた領主様達も笑みを消し、何事も無かったかのように振る舞ってくださった。ありがとうございます。


「はい。サーカスキャラバン、グレンカムア団団長ルディス・バンガルド及びその仲間一名。計二名。すでに別室にて控えさせております。メイ様さえよろしければいつでも始められますが……いかが致しましょう」


 ちらりと伺うように覗き見られる。


 改めてどうするかと聞かれるとまた少し緊張してきちゃったけど、だからといって待ってもらっていても仕方がない。


 覚悟を決めて謁見を始めようじゃありませんか。


「わかりました。それではそろそろ始めましょうか」

「ハッ」

「その前に、お嬢様」

「う?」


 キリっとした顔で気合を入れながら領主様に開始を告げれば、彼はすぐに頭を下げて了承の意を示してくれた。

 しかしそこにカイルが待ったをかけてくる。


 もしかして私何か忘れてます?


「ふふっ。口元にクリームが付いていますよ」

「はぇっ!」


 優しい微笑みで告げられた残酷な宣告に、一瞬で顔が赤くなるのを感じた。

 先程の比ではないくらいの羞恥心です。


 というか、私口元にクリーム付けたままキリッとした顔作ってたの?

 領主様達よく笑わなかったな。すごいや。


「じっとしていてくださいね」


 もはや現実逃避をし始めた私の口元を、カイルがハンカチで優しく拭ってくれる。


「あぅ……あぃがと……」

「いえ」


 消え入りそうな声でお礼を言ってしまったけど、カイルにはちゃんと届いたようだ。


「みぃ……」


 始まる前から雲行きが怪しすぎて嫌になってきた。

 すでに自信なんかどこかに行ってなくなってしまった気がする。


 あまりの恥ずかしさに手で顔を隠し、世界を拒絶する私。

 そんな私の頭にそっと手を置かれた感触がする。


 ちらりと指の隙間から覗いてみれば、それは予想通りカイルの手。

 いつもなら撫でて慰めてくれるんだろうけど、今日は髪の毛が崩れたりしたら大変だから軽く触れるだけにしてくれたのだろう。

 そんな気遣いが見えます。


「――さて、シリル殿。そろそろこちらの準備も始めましょうか」

「かしこまりましたカイル殿。――ジェイド」

「ハッ! すぐに始めます。メイ様、カイル殿。しばし騒々しくなりますが、ご容赦ください」


 カイルの言葉に領主様が頷く気配。

 どうやら簡易的に引きこもってしまった私は、そっとしておいてもらえるようだ。


 ちなみに今日はこのままこの部屋で謁見をする予定。

 今後の為に専用のお部屋を作る予定らしいけど、今回は間に合わないのでこの処置となった。


 ソファの上で小さくなりつつ、メイドさんや執事さんがテキパキと動き、部屋が綺麗になっていく様を眺める。

 目の前にある食べかけのお菓子が回収されていくのもバッチリ見ています。つい目で追ってしまった私は悪くないだろう。さよなら……私のフルーツタルト。


 優秀な使用人の方々のおかげであっという間に部屋の準備が整った。


 さっきまで座っていたソファから、新たに設置された一人掛けの豪華なソファへ移動し座る。ソファの左側にはカイルが、右側には領主様が陣取った。


 そして私達の前には透け感のある薄い布が設置されており、その布の向こう側にジェイドさんが位置取っている。


 部屋のカーテンも完全に閉められており、私達側の照明も少し落とされたので少しばかり部屋の中は暗い。

 その代わり、薄布の向こう側。部屋の扉に近い方の照明は普通に点けられているので、私側から向こうは見えやすいけど、向こう側から私側は見え辛くなっている。


 だからキャラバンの団長さん達が入ってきても、多分私の姿はシルエット程度にしか見えないんじゃないかな? 向こうから一度も見てないから正確にはわからないけど。


 別に私は普段から姿を隠してるわけじゃない。だから今更姿を隠してもあんまり意味はない気がしてるけどね。


 でも建前は大事ですから、こうすること自体に意味があると。そう納得しておきます。


 こうして簡易の謁見場が完成したところで、いよいよ時間だ。


「――ふぅ」

「大丈夫ですよ。お嬢様ならできますから。私が保証します」

「……うんっ!」


 カイルからの激励に背筋を伸ばす。少しだけ心細いから手を繋ぎたいけど、少しの間だけなら一人で頑張ろう。


「――失礼します。サーカスキャラバン。グレンカムア団団長、ルディス・バンガルド、他一名。到着いたしました」

「入れ」


 騎士様の声にジェイドさんが答えるのを聞きながら、ゆっくり一度目を閉じる。


 無事にこの謁見を終えられますように。


 そうフェルトス様に祈りつつ、閉じていた目を開ければ部屋に入ってくる人影が見えた。


 さて、ここからが本番ですね。

 気合を入れましょう!

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