番外編 呼び方
凄く短い小話です。
メイの様子がおかしい。そんな気がした。
どこか落ち着かずそわそわし、フェルやオレの事をチラチラと見ているのだ。
今日は町へ遊びに行っていたはずだから、そこで何かがあったのか。
そう思い一応カイルへ聞いてはみたが、いつもと同じでしたと言われて終わった。
結局よくわからずオレとフェルは首を傾げつつも、本人が何かを言うつもりがないようなので深くは突っ込まずにそのままにしておいた。
まぁ、悪い事があったわけではなさそうだから大丈夫だろう。
その後。晩飯も食い終わり、カイルも自分の家に戻り、シドーも先に寝た頃だった。
「パパ」
「――ッ!」
メイがフェルを見上げながら手を握り、小さな声でそう言った。
どこか恥ずかしそうにもじもじとするメイに、状況が掴み切れず固まったフェル。
フェルより先に状況を察したオレは、そんな二人をニコニコしながら隣で眺めていた。
たしかにフェルとメイはすでに親子だ。本人達も、もちろんオレ達周りのやつらもそう思っている。
だが、思い返してみればメイはフェルの事を今まで『パパ』と明確に『父』として口に出して呼んだことはなかった。
すでに『フェル様』と呼び慣れており、本人的にも今更呼び方を変えるのもな……と思っていたのかもしれない。
フェルも一々呼び方なんて気にしていなかったというのも大きいだろう。
オレだってメイからは未だに『ガーラさん』とさん付けで呼ばれているが、特に気にしてはいない。ましてやそれで距離を感じるということもないから余計に、だ。
「あ、あにょ。フェルしゃま?」
何も反応しないフェルに不安になったのだろう。メイがいつもの呼び方でフェルを呼んだ。
「フェ――わぁ!」
再度呼びかけようとメイが口を開いたが、それと同じくしてフェルも動いた。
メイを抱き上げ、しっかりと抱きしめたフェル。
「…………もう一度呼んでくれ」
「う? ……ぱぱ?」
「……ふふっ。存外、悪くないものだな」
メイを抱きしめながら、フェルは満足そうに呟いた。
オレから顔は見えないが、おそらく今のフェルは幸せそうに笑っているに違いない。
「ほんちょ? 嫌じゃにゃい?」
「当然だ」
「ふへへー。よかっちゃぁ」
「ふふっ」
その二人のやり取りを見ていると、オレまで心が温かくなってきて自然とオレの顔にも笑顔が浮かんでいた。
そしてしばらく二人はそのまま親子の時間を過ごしていたが、不意にメイがオレの方を見た。
「フェルしゃま。はなちてー」
「ん? 仕方がないな、ホレ」
「ありあとー」
フェルから解放されたメイは、次にオレの前にやってきてオレの手を取った。
「ん? どした?」
「えへへー。『にぃに』」
「――!?」
メイに『にぃに』と呼ばれた瞬間。オレの体に電撃が走った気がした。
他人へ紹介する際に『にーちゃ』と呼ばれたことはあるが、『にぃに』はない。
なんだろうか、この気持ちは。
「にぃに?」
小首を傾げたメイが再びオレを呼んだ。
うん、さっきのフェルの気持ちがわかった気がしたわ。ちょっと脳の理解が追いつかない。
チラリとフェルを見れば、オレ達を見ながら笑っていた。
さっきのオレもあんな感じだったのだろうか。
「はぁー。オマエかわいすぎるだろ……」
小さく息を吐き、しゃがみこむ。
「う? ――わぁ! えへへー。ガーラしゃんにも『ぎゅっ』てしてもらえたー」
「こんなんいくらでもしてやる」
「やったー!」
楽し気に笑う妹の頭を撫でる。
いつもの呼び方も悪くはないが、『にぃに』呼びも悪くない。
そんな風に感じた、とある冬の日の夜だった。
リアクション機能が追加されてからの番外編二本のリアクションなんですが、思った以上に反応頂けててものすごく嬉しいです!みなさまいつも本当にありがとうございます!
以下、読まなくても良い新章経過報告です。
現在2万5千文字程度で起承転結の承も承。まだまだ前半あたりです。
環境を変えたおかげで毎日コツコツ書けてはいますが、何分筆が遅いもので…。遅筆ですみません。
気長にお待ちいただけると幸いです。




