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番外編 おでん外伝

今回の視点主は黒影編に出た窃盗犯のおじさんです。

そしてそのおじさんの名前が出ないのは仕様なので、気にしないでいただけたら幸いです。

「今からメイ様が面会に来られる。失礼のないようにしろよ」

「わかってるよ」


 若い騎士に睨まれながら狭っくるしい牢屋から出される。

 そしてそのまま小綺麗な部屋へと連れてこられた。


 ガキとはいえ相手は神族。

 そんな相手との面会ともなれば、犯罪者といえどそれらしい部屋に通されるんだな。


 そんなことを考えながら通された部屋を見回した。


「ぼさっとするな」

「押すなよ」


 その最中、騎士から急かされるように背中を押され、一番近くに置かれた椅子へと座るよう命令された。

 この部屋には似合わない簡素な椅子。恐らく俺の為にわざわざ持ってきたのだろう。ご苦労なことだ。


 特に歯向かう気もない俺は用意された席へと大人しく座る。それと同時、騎士どもが俺の両脇と背後を固めるように動いた。

 目の前にはテーブル。両脇と背後には騎士。手には手錠。

 これじゃあ何もできやしない。もちろん何かする気は最初からないが。


 つうか、そんなに警戒しなくとも、俺みたいな小物が神の子(あのガキ)に何かできるわけもない。

 そもそも俺にそんな度胸があれば、最初から盗みなんてしょぼい犯罪に手を出すはずがないんだよな。

 いや、そんなことより。神の子供が犯罪者にわざわざ面会という形で会いに来るってなんだよ。

 意味がわからない。本当に意味がわからなすぎて気持ち悪いまである。何を考えてやがる?


 ふと、あのガキがいつも浮かべる馬鹿みたいな笑顔を思い出した。


 やっぱり何も考えてなさそうなんだよな。それにチビだし。

 だが本当にあいつが何も考えてないのだとしたら、俺はすでに殺されているのも事実。


 神の酒を盗み、その所有者である神の娘に捕まったというのに、奇跡的に俺は命拾いをした。

 さらに軽い強制労働で許されるとかいうオマケ付き。

 恐らく、というか確実にあのガキが何かしたのだろう。が、あいつが俺にそんなことをする理由が見つからなくて気味が悪い。


 神族ってのは自分勝手なもんじゃないのか? それがガキってんなら尚更だ。

 初めて町で見たときから思ってたが、やっぱりあのガキは何かが違うようだ。

 そもそも見た目ほど幼くも見えな……いや。見えるか? あぁ、もうわからん。俺には何もわからん。


「……はぁ」

「静かにしていろ」


 小さなため息ぐらい見逃してくれてもいいだろうに。

 何をしに来るのかは知らねぇが、あのガキが来るってことは一緒にあの黒いバケモンも来るってことだろ。

 つまり、俺はまたあいつに遊ばれる羽目になるわけで……憂鬱にもなる。

 それなのに咎めるなんて。これだからお堅い騎士様は嫌いなんだ。


 その後。どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、ついにあのガキが手下どもを連れてやってきた。

 扉から姿を見せたガキは、高そうな防寒着を身に纏い着膨れしている。むしろ服に着られているといった方が正しいんじゃないか?

 しかもいつものようにへらへらした笑顔をひっさげて、だ。


 自分は何の害もないですよ。みたいな顔してやがるのが少しだけ癇に障る。

 えげつねぇことをしたり、させたりするくせに。

 あーあ。さっさと帰ってくんねぇかな。面倒くさい。


 当然そんな感情は表には出さない。出したら死ぬ。ガキの後ろに控えてるバケモンに今度こそ殺される。確実に。


「こんちゃーおじさん!」

「こ、こんにちは姫様」


 騎士どもの睨みなんかはどうでもいい。

 しかしこのガキの背後にいるバケモンの視線にはいつになっても慣れない。顔が引き攣っちまう。

 食われたことが確実にトラウマになっているようだ。


「ふぃー。あっちゃかーい」

「メイ様。コート類は私がお預かりしますね」

「あ。ありがとうございますシエラさん!」

「いえ」


 ガキを案内してきた女騎士がガキから防寒具を受け取る。

 そしてそのままガキを誘導し、テーブルを挟んだ俺の向かい側のソファへと案内した。

 だがガキは自分で座れなかったのか、手下の男にソファに座らされている。


 ここだけ見ていたらただのガキにしか見えないんだがなぁ。


「えっとねぇ。さっそくで悪いんだけど、今日はおじさんに渡したいものがあったから来たんだぁ」


 来て早々ガキは挨拶もそこそこに本題を切り出してきた。

 もちろん囚人相手に挨拶もくそもないとは思うが。


「渡したいもの……ですか?」

「うん。ちょっと待ってねー」


 なんだなんだ。また呪いの神具か何かか?

 勘弁してくれよ。これ以上そんなもん増やされたら、俺はストレスで死んじまうぞ。


「んー。……はい、これとこれね!」


 そういってガキは一人用の小さな鍋と、手のひらサイズの小さなケースをどこかから取り出しテーブルへと置いた。


 目の前にあるテーブルでよく見えなかったが……見間違いじゃなければ、あのガキの足元から出てきたように見えた。

 どうやって出して…………うわっ。嫌なことを思い出した。やめよう、忘れよう。


「……えっと、姫様。それは?」

「こっちがおでんの鍋で、こっちがハンドクリーム。どっちも量が少なくてごめんね」

「……はぃ?」


 何を言っているんだこのガキは。おでんとハンドクリーム? しかも何故謝る?

 やっぱり意味がわからん。何を企んでいるんだ?


「真面目に罪を償ってるおじさんに差し入れってやつ。おでんはもう食べられる状態だから、よかったら食べてね。あ、もちろん騎士様から許可は貰ってるし、毒とかも入ってないから安心していいよ」

「はぁ……」

「それから、おじさん雪かきとかで、かなり手が荒れちゃってるでしょ。だから、よかったらこのハンドクリーム使ってみてね。自作だけど秘密の素材使ってて良く効くからさ」


 自作? 自分で作ったのか?

 酒といい、これといい、本当にガキなのかこいつ。

 やっぱ神の子供と人間の子供は違うってやつか?

 そも、おっさんの手が荒れてようが、そうでなかろうが、このガキには何の関係も興味もないと思うんだが?


 こちらを窺うように見つめてくる真っ赤な視線。それから逃げるように、俺は小さく視線を逸らした。正直この行動に意味はない。現実逃避じみた俺の些細な抵抗だ。


 だから少しだけ返事が遅れてしまい、ガキは不思議そうに首を傾げている。

 そしてガキの後ろにいるバケモンの視線が鋭くなったのも俺は見逃さなかった。

 慌てて曖昧に笑いながらも俺は言葉を選んで口を開く。


「……あ。えっと。ありがとう、ございます」

「いーえー!」


 俺の返事に気を良くしたのか、ガキの笑顔が深まった。


 時々。このガキは俺みたいな犯罪者を本気で気遣っているんじゃないかという錯覚を覚える。

 さらにこの馬鹿面にも毒気が抜かれる。本当に何を考えてるのか、何がしたいのかが、わからない。


 そして最終的に俺は毎回理解することを放棄するんだ。


 そうやって俺が思考している間に、騎士が差し入れの品を俺の前に置いた。

 正直受け取りたくはない。ない、が受け取り拒否なんてこともできそうにないので、結局俺に選択肢なんぞはないのだ。


「気に入ってもらえると嬉しいな」

「ありがたく、その、いただきますね。へへっ」


 心にもないことを言うのには慣れている。

 いや、慣れていたはずだったのだが、こいつらの前だとどうにも上手くいかない。

 下手なことを言うと問答無用で食われちまう。その恐怖が言葉を喉で詰まらせるんだ。


「あっ。嫌いなものとか、食べられないものがあったらムリして食べなくていいからね!」

「あはは。お気遣いありがとうございます」


 冥界神の娘からの差し入れを残す。そんなこと俺にできるわけがねぇのによく言うよ。

 そこまで理解が及んでいないのか? それとも嫌がらせか?

 いや。なんとなくだが嫌がらせではない……気はする。


 ならこいつは善意で言ってるんだろうが、それ以上の想像力が働いていないところはガキらしい。


「それじゃ。あんまり長居しても邪魔だろうから、わたしたちはそろそろ帰るね」

「あ、はい」


 ソファに座ったときと同じように、ガキは手下の男に床へと降ろしてもらい、脱いだ防寒着を着こむ。

 そして手下二人と女騎士を引き連れて部屋の入り口へと向かった。


 ふぅ、ようやく地獄の時間が終わった。

 どうやら今日はバケモンに遊ばれずに済むようだな。少しだけ安心した。


「――おじさん!」

「うぁ! すみません……えっと、なんでしょうか姫様?」


 油断しているときに声をかけるな。変な声が出ただろうが。


 睨みつけたい気持ちを押し殺してガキへと笑顔を向ける。

 対するガキは俺の痴態なぞ気にしていないのか、扉の前で太陽のように明るい笑顔を俺に向けていた。


「……ぅぐ」


 こいつのこの笑顔が……正直に言うと苦手なんだ。

 まるで普通の、無垢で純真な小さな子供だと錯覚させられるから。だから苦手なんだ。


「おじさんならきっとここからでも人生やり直せるよ。わたしも応援してるから、このまま出所まで頑張ってね! ふぁいと!」

「………………はぃ。どう、も」

「へへへー。じゃあまたねー」


 言いたいことを言ったガキは、俺にブンブン手を振りながら笑顔で去っていった。


「……はぁ」


 疲れた。精神的に。


 その後、あのガキが帰ったことにより俺も牢屋へと戻された。

 こんな所でもあいつらと一緒にいるよりかは、はるかにマシだ。落ち着く。

 ガキからの差し入れは騎士が預かると言って持っていってしまったが、俺的にはそのまま引き取ってくれても一向に構わない。


 そして牢屋に戻ってからはいつも通りに時間は過ぎていき、やがて晩飯の時間になった。

 ここにいれば飯を食いっぱぐれることもないし、冬空の下で凍えなくてもいいというのは良い点かもしれない。


「飯だぞ」

「そりゃどうも……って。あ?」

「メイ様に感謝しつつ、味わって食えよ」

「はいはい」


 いつもの飯に追加で椀が一つ。中身は昼間ガキが持ってきた差し入れのおでんのようだ。

 しかもわざわざ温め直したのか、食欲を刺激する匂いとともに温かな湯気が立ち昇っている。


 椀の中には大根が一切れに卵が一個。そしてソーセージが一つ。

 大根には味が染みているのか綺麗に汁に染まっていた。


「……チッ」


 美味そうなのが何故か腹が立つ。

 俺自身もうあのガキをどういう目で見ればいいのか、本気でわからなくなってきたのが怖い。

 純粋に恨ませてくれたらこんなに混乱しなくて済んだのに。


「…………うまぃ」


 別段特別な料理ではないはずなのに、何故だろうか。無性に心が温かくなる。そんな気分にさせられた。そして、そんな気分になっている自分に少しだけ驚く。


「毒は入ってねぇって言ってたよな?」


 むしろ毒か何か入っていると言ってくれた方が納得できるほどに、この料理は美味かった。

 酒の評判も良い。料理の腕も良い。

 もしかしたらあのガキが作るものは、何か中毒性のあるものが入れられてるんじゃないのか?

 人間を自分達に依存させようという神の罠か?


 いや……そんなことをあのガキが考えつくとも思えないな。馬鹿っぽいもんなあのガキ。


「あぁ、クソッ」


 絆されそうになっているのに気が付いた俺は、軽く頭を振り無心で飯をかきこむ。

 飯を食い、食器を返したならば、あとやる事はただ一つ。


 ふて寝だ。ふて寝。

 嫌なことは寝て忘れるに限る。


「もう一つの差し入れもここに置いておくからな」

「…………」


 騎士の言葉に視線だけで返事を返す。

 せっかく寝ようとしていたのに邪魔が入ってしまった。


「はぁ」


 差し入れを持ってきた騎士が俺の牢の前から消えたのを確認し、腰を上げる。


 面倒だが使用感を聞かれでもしたときに、答えを返せなければあのバケモンに何をされるかわからねぇ。


「はぁ。憂鬱だ」


 寝床へ戻り小さなケースから中身を指に取る。

 その瞬間、何か花の香りのような甘い匂いが微かに鼻をくすぐった。


 女が好みそうなやつだな。


 そんなことを考えながら薬を手に塗り広げる。

 恐らく二、三回も使えば終わってしまうような量。

 しかし元々ハンドクリームなんぞ(こんなもん)を使う習慣のない俺には十分すぎる量でもあった。


「こんなもんか?」


 ある程度塗り終わればもう用はない。

 ケースに蓋をし雑にポケットへと突っ込んだ。

 そのまま与えられたということは俺が持っていても良いんだろう。


「……寝るか」


 寝床に横になった俺は、今度こそ考えることを放棄し目を閉じた。



「あっ! おじさんハンドクリーム使ってくれたんだね。ありあとー」


 翌日。

 昼を過ぎたいつもの時間。俺の作業中にあのガキは姿を見せた。

 さらに目敏く俺の手を確認したガキは、ニコニコと馬鹿みたいに笑いながら礼を言う。


 なんでこいつは俺みたいな犯罪者に簡単に礼を言うのか……いや。今思い返せばこの町の連中もそんなやつが多かった気もするな。

 何かあるのかこの町は。お人好しの馬鹿が集まってるのか?


 …………やめよう。馬鹿らしい。もうそういうことは考えないようにしたんだった。

 考えてもわからないうえ、時間の無駄だからな。

 特にこいつはこういう生き物として流すのが一番良いんだろう。


「う? おじさん?」

「あ、いえ……その、こちらこそありがとうございました姫様」

「えへへー」


 へらりと笑ってみせるとガキも嬉しそうに笑い返してきた。

 その後も俺と少しだけ雑談をしたガキは、騎士とも何かを話したあとに再び町中へと消えていった。


「はぁ」


 見張りの騎士にバレないように小さく息を吐く。

 こうやって大人しくしていれば、たったの三ヶ月で解放されるんだ。それまでの辛抱だ。

 そう自分に言い聞かせる。

 神を甘くみていた俺が、たった三ヶ月の軽い労働で解放されるのなら安いもんだろう。

 そしてさっさとこんな神族(バケモン)が平気で町をうろついてるような場所からずらかるんだ。


 二度とこの町には近付かないし、二度と神と名のつく全てと関わらない。

 そう心に決めて、俺は日々をやり過ごす。


 あのガキが来てもヘラヘラ笑って適当に相手をしておけば、そのうち満足して帰っていく。

 黒いバケモンだって直接危害を加えてくる気配はなく、俺で遊んでいるだけなのだから大人しく従っておけばいい。

 手下の男だけはすでに俺には興味がないのか、自分から関わってはこないのが救いだな。


 実際に本物の冥界神なんかが出てきた時には終わったと思ったが、あれ以来見かけることもない。

 唯一関わってきたのはこの腕輪につけた呪いのみ。それでも一人の人間に対して行われたと考えれば十分過ぎるほどなんだが……。

 

 だがこれは相手を低く見積もり、思い込みで手を出してしまった俺のミス。

 せっかく拾った命なんだ。ここから解放されたのならば、次からはもう少し慎重に生きるとしよう。

すみません少し長くなり過ぎました。ここまで読んでくださり感謝申し上げます。

前回の予告通り、新章の構想に入るので投稿があきます。気長にお待ちください。

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