12 案内人のシエラさん
ノランさんに連れられやってきた門の脇にある詰所。
中で椅子を勧めてもらえたのはありがたいんだけど、私の身長ではどうにも届かない代物がそこにはあった。
多分彼らが休憩などで使うんだろう丸い一人掛けの椅子。
それは座面が高くて、この体では座るのも一苦労なものだった。まったく届きません。
「も、ちょ……っと」
ノランさんはこっちに背を向けて何かをしている。
なので邪魔をしないよう一人でなんとかするべく頑張る。ぴょんぴょん、よじよじと、私が椅子と格闘すること少し。突然体が浮いた。
そのまま椅子へ座らせてもらった私は視線を上げる。
そこには困った顔で私を見ていたノランさんがいて、焦茶色の瞳が不安そうに私を見ていた。
「う?」
瞳の中の不安はすぐに消え、ノランさんは笑顔を浮かべた。一瞬だったから多分気のせいだったのだろう。
というか。どうやら座れない私を見かねたノランさんが椅子に座らせてくれたようです。
「ちゅみまちぇん。ありあとごじゃましゅ!」
「――いえ。こちらこそ」
笑顔でお礼を言えばノランさんもまた笑顔で返してくれた。
やっぱりさっき見た不安な瞳は勘違いだったみたいですね。えへへ。
「ふぃー」
「このようなものしかありませんが、よろしければ飲んでください」
「ふぇ? わぁ、ありあとごじゃましゅ!」
椅子に座り人心地ついていたらノランさんが飲み物を持ってきてくれた。
しかもステラとモリアさんにも同じ物を出してくれましたよ。
なんて気が利く方でしょう。喉が渇いていたのでありがたくいただきます。
「では、私は少し外へ出ます。申し訳ありませんが、そのまま少しお待ちいただけますか?」
「あーい!」
にこにこ笑顔のノランさんが扉をくぐり姿を消す。部屋に残されたのは私達三人のみ。
待つ以外にやることもないので、私はいただいた飲み物に口を付けた。
む、これは牛乳かな? なんて美味しいのでしょう。
チラリと視線を下げるとステラとモリアさんの二人も美味しそうに飲んでいた。よかったよかった。
「……暇だにゃぁ」
しばらく後。いただいた牛乳も飲み終わり、私は暇を持て余していた。
ステラとモリアさんも牛乳を飲み終わって今は寝ていますね。
そうなるとここには私一人だけ。話し相手もいなくなり大変暇でございます。
することもないので寝ている二人を眺めていると、なんだか私も少し眠たくなってきた。
寝ている猫を見ていると自分も眠くなってくる現象ってありますよね。
「ふぁ……」
「お待たせいたしました」
コンコンと控えめなノック音が響いたと同時、開いたドアから女の人が姿を現す。
それは別にいい。問題は大欠伸中の私を女の人にバッチリ見られたことです。
彼女は少し驚いたように私を見つめながらパチパチと目をしばたかせている。
一応手で隠してはいたけど、ばっちり大口をあけて欠伸しているところを見られちゃいました……恥ずかしい!
いや、落ち着け。メイ。
こういう時は話しかけてごまかすんだ。
勢いだ! 勢いで押せ! 押すんだメイ!
元気に挨拶。さん、はい――。
「こんちはっ!」
「んんっ! こんにちは」
はい、ダメっぽいです。
お姉さんは咳払いで笑いをかみ殺していますよ。
うぅ、作戦は失敗。私は悲しいです。
「随分とお待たせしてしまったようで申し訳ありません。私はこの町、セラフィトの騎士団に所属しておりますシエラと申します。本日は騎士団長より貴女様の案内を仰せつかりました。どうぞよろしくお願いいたします」
私が悲しみに暮れる中。お姉さん、もといシエラさんが頭を下げる。
ビシッと決まった所作がとても美しく見惚れてしまった。
高い位置で結んだ金色の美しい髪が流れるのを目で追う。
とても美人な女性だ。青い瞳が澄んだ空のようで素敵な人。
それに外にたくさんいた白服の人達と同じデザインの服をきっちりと着こなしている。
やっぱりあの白服は騎士団の制服だったようです。予想はばっちり的中しましたね。
腰には剣も下げているし、まさに理想の騎士様。素敵すぎる。
「わぁ……!」
シエラさんのカッコよさに私のテンションも急上昇です!
ただ、シエラさんがした挨拶の前半部分。少し笑いを含んだ声だったのが気になりましたけど。
後半は声に落ち着きを取り戻していましたが私は聞き逃しませんでしたよ。
くそう。私は美人さんとの初対面でなんという失態を犯してしまったのか。
笑われてちょっとばかり恥ずかしい。後に悔いると書いて後悔。まさに!
そんなことを考えながらもふと脳裏によぎった思いがある。
この世界は美形率が高い気がするのは気のせいか、と。
私が直接会ったのはまだ数える程。その中でもフェルトス様とセシリア様は神様だから美形でも不思議じゃない、と納得していた。
だけど目の前のシエラさんも美人だし、相手をしてくれた騎士のお兄さん達も素敵だった。
なんならさっきまで相手をしてくれていたノランさんも地味に男前でしたもん。
会う人会う人の顔面偏差値が高い! 別世界は凡人には厳しい世界だったよ……。
おっといけない。せっかく自己紹介してもらったのに少し間が空いてしまった。
とりあえず今はいろいろ押し殺して、礼儀正しくお辞儀をしてくれているシエラさんへ自己紹介を返さなくては。
「よい、ちょ……」
その前に椅子から降りる。
座るときと違い降りる方は楽だ。でも飛び降りると危ないから少しずつ安全にね。
ゆっくりとだけど無事に地面へ降りられた私は、改めてシエラさんに向き直る。
いつの間にかステラとモリアさんも起きていて、降りた私の足元と頭の上へと陣取った。
「はじめまちて。わたしはメイでしゅ。こっちの猫しゃんがステラで、こうもりしゃんがモリアしゃんでしゅ。今日はよろちくお願いちまちゅ!」
言い終わると同時に軽く頭を下げる。モリアさんが頭の上に乗っているので気を遣った結果だ。先程の惨事はまだ記憶に新しいもんね。
二人の紹介のときにステラの名前のところは少しだけゆっくりはっきりと発音しておきました。
おかげできちんと言えたようなので一安心です。
「ご丁寧にありがとうございます。メイ様とステラ様とモリア様ですね。こちらこそよろしくお願いいたします」
「ふぇ! 様なんてちゅけなくてもいいでしゅよ! 呼びしゅてで大丈夫でしゅ!」
「しかし……」
「大丈夫でしゅかや! ね!」
突然の様付けに驚きで目を見開く。
一般庶民の自分には様付けなんてこそばゆくて落ち着かないのです。
それに今の私はただの子供。そんな子供に様付けなんて過剰な気がするのですよ。
つけても精々「ちゃん」とかじゃないかな? 「さん」でもいいけど。
「……わかりました。ならばメイ殿とお呼びさせていただきます」
「呼びしゅてでもいいでしゅよ?」
「そういうわけには……お許しください」
「はぁ、なりゅほど?」
シエラさんは騎士団所属と言っていたけど、ここの騎士団の方々はそんなに礼儀にうるさいのだろうか。
さっき案内してくれた騎士様やノランさんもそうだけど、こんな子供にまで徹底しているなんてすごいですね。
「では参りましょうか。こちらです」
「あい! よろちくでしゅ!」
一人で勝手に感心していると、シエラさんが笑ってエスコートをしてくれた。
入ってきた扉とは逆の、シエラさんが入って来た扉側を開いて道を譲ってくれる。
開かれた扉から眩しい光が部屋の中に入り、私はステラとモリアさんを連れ一緒に光へと飛び込んだ。
「お、おぉー! しゅごーい!」
思わず口をついて出た感嘆の声。
明るい光に飛び込んだ先。そこにあったのは賑やかな町並み。
そして目の前を歩く人、人、人! ガヤガヤと活気に満ちた通りにはたくさんの人が行き交っていました。
やはり日本の都会とは雰囲気が違う。
まるでゲームの中の世界よろしく、ファンタジーな世界観です。こういうの大好き!
「くんくん。あっちかやおいししょうなにおいが……」
香ばしい匂いに鼻をひくつかせる。この匂いはお肉だろうか。
視線を向けてみれば何かのお肉を串にさして焼いてるお店――屋台があった。
ガタイのいいおじさんが串焼き肉を焼いている光景だけで、なんか美味しそうな気がしてきますね。
「いいにゃぁ……」
『おいチビ。よだれ出てるぞ』
「ハッ! いけにゃいいけにゃい」
モリアさんの指摘に口元を拭う。
出かける前にご飯を食べてきたとはいえ、屋台飯はものすごく魅力的だ。しかも別世界の初屋台。正直かなり食べてみたい。
しかし今の私は悲しいかな無一文、お金が一円たりともないのだ。
仕方がないので泣く泣く諦め、お金が手に入ったらあとで食べにこようと心のメモ帳へと記入する。
「む。あっちのおみしぇも気になりゅ!」
屋台から視線を外した先には綺麗な小物が並んでいるお店があった。
しかも他にも目移りしてしまうようなお店がたくさんで……誘惑がすごいです。
見ているだけで楽しいけど、見ているだけで留めるのがすごく難しい!
「ふふっ」
「う?」
おのぼりさんよろしくきょろきょろしていたら、頭上より楽しそうな笑い声が降ってきた。
見上げてみると笑顔のシエラさんと目が合う。
やだ、恥ずかしい! ごめんなさい初めてのものばかりで珍しかったんです。
「あぅ」
羞恥によりもじもじしていたらシエラさんの手が視界に入る。
チラリと彼女を窺い見ると、優しい顔で私を見ていた。
まだ少し恥ずかしい気持ちはあったけれど、差し出されたその手をそっと握る。いつまでも恥ずかしがってはいられませんからね。
「う? ……シエラしゃんの手、硬いでしゅね」
恐らく迷子防止に繋いだ手。手袋越しだったけど最初に感じたのは硬いという印象。
剣を握る人の手とはこういうものなのかと改めて実感しました。素敵です。
セシリア様の手も綺麗だったけど、シエラさんも負けないくらい綺麗な手。
町のみんなを守る為にたくさん剣を振ったんだろう。頑張り屋さんで優しくてカッコイイ女の人の手だった。
「申し訳ありません。ご不快でしたでしょうか?」
「う?」
シエラさんの言葉に、顔を上げる。視線の先には眉を下げて困ったように笑うシエラさんがいた。
そしてすぐに自分がものすごく失礼なことを言ってしまったと理解して青ざめる。
「……あっ! ちがましゅ! ごめんしゃい! しょうじゃにゃくて、しょの……しゅっごくカッコよくちぇ、素敵な手だにゃって思っちぇ……。あぅ、ごめんなしゃい」
あまりにも考えなしに口から言葉が出てしまった。
いくら子供だといっても、言い訳できないレベルで言葉足らずなセリフだった。
咄嗟に謝りとにかく貶す意図はなかったと弁解したけど、相手を傷付けた事実に変わりはない。ゆえに素直に謝罪を口にした。
あまりにもデリカシーのない発言に申し訳なさすぎてシエラさんの顔が見られない。
「メイ殿。顔をお上げください」
かけられた優しい声音に下げていた視線をそっと上げる。
しゃがんで私と目線を合わせてくれたシエラさんと目が合った。
顔は怒っておらず、むしろ微笑みを携えていて少しだけ混乱する。
そして彼女は私と繋いでいた手と反対側の手も重ねてくれて、両手でしっかり私の手を握ってくれた。
「ありがとうございます」
嬉しそうに、はにかみながら。彼女は私にお礼を言った。
「ふぇ?」
「ふふっ。さっ、参りましょう!」
「あぃ」
よくわからないままシエラさんに手を引かれ歩き始める。
シエラさんは背が高いからチビの私と手を繋ぐと少しだけ背が丸まってしまう。
それがなんだか申し訳なく感じてしまった。
歩く速度だって私に合わせてくれてるのか、非常にゆっくり。
チラリと窺うようにシエラさんへ視線を向ける。
「どうしました?」
「あっ。えっちょ……」
不意にこちらを見たシエラさんに驚き言葉が詰まった。
謝った方がいいのだろうか。それともお礼を言った方がいいのか。
そんなことを考えていたらシエラさんが笑う。照れたような笑顔で。
「先程のことならお気になさらず。私は嬉しかったですから」
「嬉ちい?」
「はい。メイ殿に褒められとても嬉しく存じます」
「それは、よかっちゃ?」
「はい!」
どうやら誤解は解けていて、ちゃんと本来の意味が伝わっていたと考えて良さそうです。
よかった。とても安心しました。
私のせいで今日これから案内をしてくれる人と気まずい一日を過ごすことになるのかと……とりあえず反省はしておこう。反省。
「そのようなことよりメイ殿。少しあの店へ寄ってもよろしいでしょうか?」
「う?」
心の中で一人反省会を催していると、シエラさんがどこかを示す。
指示された方へ顔を向ければ、さっきまで見ていた串焼き肉の屋台が目の前に存在していた。
「あ、しゃっきの」
先程より強い、とても美味しそうな匂いに思考が一気に反省からお肉へ塗り替わる。
少し単純すぎるのではないでしょうか私は?
「……やっぱいおいししょう」
「ふふっ。では少しお待ちを。店主、その串焼きを一本……いや、三本くれ」
「毎度ぉ! って、シエラちゃんじゃねーの! いつもありがとよ、ちょっと待ってな!」
シエラさんが串焼き肉を三本お買い上げになりました。
意外と食べるんですね。沢山食べる人は嫌いじゃないですよ。むふふ。
それにしても。三本も食べるとなると、もしかしてシエラさんもお腹が空いていたのかな。
わかるよ、おいしそうだもんねこのお肉。
私も早く手元の石を換金してお肉を手に入れようっと!
「メイ殿。これを」
「ふぇ?」
決意を新たにしながらシエラさんを眺めていると、目の前に美味しそうなお肉が差し出された。
これは、もしかして、もしかするのですか?
てっきりシエラさんが食べたくて買ったんだと思ったけど、私が物欲しそうにしてたから買ってくれた……とか?
あらやだ恥ずかしい。
ここに来て恥しか晒していない気がします。気のせいであってほしい!
「ここの串焼きは美味しいですよ。私もよく買いにくるんです。さ、遠慮なくどうぞ」
「あ、ありがとごじゃましゅ」
やはりこれはシエラさんから私へ串焼き肉の奢りとみて間違いない。
ぐあー。あまりにも本能のままに行動しすぎている。
大人な私よ、早急に戻ってきてくださいー!
あまりにも恥ずかしくてシエラさんの顔が見られません。再び!
自分でも顔が赤くなっているのがよくわかりますよ。
それでもお礼はしっかりお顔を見て返せたので良しとしましょう。お礼は大事。
ちゃんと笑えてたかは不明ですが、シエラさんも笑い返してくれたので、できていたと信じたい。
それにやってしまったことをいつまでもうじうじ考えていても仕方がない。
また次から気を付けるとして気持ちを切り替えていきましょう。
ひとまず目の前のお肉だ。すごく美味しそう!
一つ一つのお肉の塊が大きくて食べ応えがありそうな串焼き肉でございます。
快く奢ってくれたシエラさんに感謝して、いっただっきまーっす!
「あむっ……むぅ、おいちー!」
カブっとかぶりつけばタレとジューシーなお肉の味が口の中に広がる。
子供でも噛み切れる柔らかさに仕上がっているお肉は絶品。
「ははは。これはありがてぇ。お嬢ちゃん。あんがとよ!」
「えへへ。ところえおじしゃん。このお肉は、なんのお肉でしゅか?」
「これはな。この辺りで取れるチュンチュンっつー魔鳥の肉だ」
「はぇ……ちゅんちゅん」
スズメかな?
私の脳内に可愛らしいスズメが乱獲されている図が思い浮かぶが、頭を振って図を掻き消す。
ここは日本ではないし、多分、きっと、スズメではないはずだ。
うん、きっとそうだ。おじさんも魔鳥って言ってたもんね。
「うまー」
さっきの話は聞かなかったことにして再度お肉へかぶりつく。
チュンチュンは美味しいなぁ。もぐもぐ。
私が脳内からスズメ乱獲図を追い出している間。シエラさんはお店のおじさんからお皿を借りて、その上に串から外したお肉を乗せていました。
そして食べやすくしたお肉達をステラの前へ置く。
「よろしければステラ様とモリア様もどうぞ」
どうやらあれはステラとモリアさんの分だったようです。
シエラさんはお気遣いの天使なのだろうか?
「シエラしゃん。しゅてら達の分までありがとごじゃましゅ!」
「いえ。私がしたかっただけなのでお気になさらず」
お礼を言えばシエラさんからは素敵な笑顔が返ってきた。
セシリア様のときも思ったけど美人の笑顔は破壊力が違います!
そういえばステラとモリアさんはお肉をバクバク食べているけど、この二人は食べちゃダメな食べ物とかってないのかな?
二人とも普通の動物じゃないし、大丈夫……だよね?
今更ながら心配になりじっと二人を見つめる。
だけど特に変わった様子もなくお肉を食べていた。
うん、美味しそうに食べている。
さっき牛乳も飲んでいたし、恐らく雑食なのだろう。
それに二人とも食べられないものは自分でわかるだろうし、私がそこまで気にする必要もないのかな?
「……はっ!」
そんな事を考えていれば二人の目の前にあったお肉が消えかけている。食べるのが早すぎませんかね。
私一人だけ遅れていることに気が付き慌てて食べることを再開した。
「メイ殿。そんなに急ぐと喉に詰まらせます。ゆっくり食べてもらってかまいませんので、落ち着いて食べてください」
「……あい」
シエラさんに窘められてしまいました。
もう諦めて大人しく味わって食べます。
「ふへへ、お肉おいちー」




