番外編 星に願いを2
時間軸的には水の都編の前くらい。
フェルトスと番外編星に願いをに出た女がグダグダ話しているだけのお話です。
それから、遅ればせながら先日初めてのレビューを頂けました!
活動報告にも載せましたが本当に嬉しかったです、ありがとうございました!!
ソイツは突然やってきた。
「これおいしいね。おかわりある?」
目の前でカツサンドを頬張っているのは星神シンヴィー。星と願いを司る神だ。
コイツは普段、オレ以上に寝て過ごしている女で起きていること自体が珍しい。
そして珍しく起きているかと思えば、突然オレの冥界へと侵入してきた挙句、厚かましくもオレとガルラが夜食として喰っていたサンドイッチまで奪っていった。
さらに不快な事がもう一つ。
暗闇に慣れ親しんだ我が冥界。その中でただ一人、うっすらと光を放つヤツの金の髪が眩しくもあり、煩わしくも感じる。
その二つの事が合わさり自分の機嫌が下がっていくのがわかる。
メイが口いっぱいに喰い物を頬張っていても愛らしいとしか思わんが、何故コイツはこんなにも腹立たしいのか。やはり喰い物を奪われたからだろうか。
テーブルを挟んでオレの目の前に陣取り、図々しくもさらに喰い物を強請る女を眺める。
「…………人のモノを奪って喰う飯は美味いか」
「うん、美味しい。でももっと辛い方が好みかな」
「……ハァ」
「ねぇ、おかわり――」
「ない。そもそも貴様は何をしに冥界まで来たのだ?」
「んー。トマトちゃんに会いに来たんだけど……寝ちゃってるんだよね。どうしようかな」
ソファに座るオレの隣。
そこでオレにもたれかかるようにして眠るメイを見つめながらボヤくように呟いたシンヴィーは、残った最後の一切れを口へと放りこんだ。
メイが寝たのは丁度コイツが来る直前。
寝落ちてしまったメイをガルラが寝床へ運ぼうとしたときに来たのだ。
そもそも幼子がこのような時間に起きているはずもない。というのは少し考えればわかるのでは……いや、わからんか。
実際オレもメイと過ごすようになるまでは、そんなこと考えもしなかったのだから。
隣で眠るメイを起こさぬように軽く撫でながらそんなことを考える。
「……目的のメイはすでに寝ているのだ。だから貴様もさっさと帰れ。迷惑だ」
「えー。せっかく冥界まで来たのに?」
「こんな所で悪かったな。次はメイが起きている時間に来い」
「んー。いつなら起きてる?」
「日が昇っている間だ」
「ふーん」
理解したのかしていないのか。適当な返事を返したシンヴィーが今度はオレの飲んでいたトマトジュースへと手を伸ばしてきた。
なんという強欲な女だ。
「やめろ」
「あー」
「これはダメだ。諦めろ」
さすがにこれをオレから奪うのを見過ごすことなぞできん。なので奪われる前に取り上げた。
するとシンヴィーは名残惜しそうにこちらへと手を伸ばしてきたので、さらにその手から遠ざけるよう動かす。
「うー。冥界神殿のけちー」
「ケチではない」
「ケチケチ蝙蝠ー」
「おかしな名で呼ぶな」
威嚇するように睨みつけるも、シンヴィーには効いていないのかブツブツと文句を言っている。
まったく、相変わらず調子の狂う女だ。
……しかしこの女。このように喰い物に対して執着するような女だっただろうか。
思い返してみてもいつもぼんやりとしている印象しかない。
ともすれば原因は一つ。恐らくメイだろう。
メイと以前会った時に何か喰わされたか。それともメイが願ったであろう願い事が関係しているのか。
コイツからもメイからも詳しくは聞いていないので推測の域を出ないが、まぁ間違いないだろう。
「……いい加減帰れ。騒ぐとメイが起きるだろう」
「僕はそれでもかまわないけど」
「ふざけるな」
「わぁ、こわい」
その言葉がオレの気に障り、怒りを乗せてシンヴィーを睨みつける。
しかし当の本人にはまるで効いていない。
それどころか恐がってなどいないくせに、わざとらしく恐がる仕草を見せてくるのが妙に腹立たしい。
メイさえいなければとっくの昔に実力行使で追い出しているものを……。
「チッ」
感情のままソファへと身を預け、脚を組む。
しかし予想以上に動作が大きかったのか、その振動でメイが身を捩る。
まさかオレ自身が起こしてしまったか、と少しばかり焦るが、どうやら目が覚めるほどではなかったようで再びメイから寝息が漏れ聞こえた。
そのことに小さく安堵の息を吐き、八つ当たりするように目の前の女を睨みつける。
「……なに?」
「言わなければ理解できないのか?」
そこでようやくオレがイラついているのが伝わったのか、シンヴィーが重い腰を上げた。
「はぁ、仕方ない。冥界神殿のご機嫌が良くないみたいだから今日のところは引き上げるとするよ」
「……」
「それにしても……」
一度軽く体を伸ばし、チラリとメイへと視線を注ぐシンヴィー。
その顔がコイツにしては珍しい柔らかな笑みだったので少しだけ驚く。
表情の変化が乏しい女のこんな顔を引き出すとは……メイは一体何をしたのか。
オレが様子を窺っていると、シンヴィーは俺達の後ろへと回り込む。
その動作を目で追いながら眺めていると、シンヴィーが寝ているメイへと手を伸ばし頭を撫ではじめた。
「トマトちゃんってば、願い星の神であるこの僕がわざわざ出向いてきたっていうのに出直しをさせるなんて……大物だなぁ」
「……先程から気にはなっていたのだが、そのトマトちゃんというのは……メイのことか?」
「ん? そうだよ。美味しいトマトをくれたからトマトちゃん。かわいいでしょ」
「そうか?」
「そうだよ」
何が面白いのかシンヴィーはクスクスと笑う。
「ふふふ。それじゃ僕はそろそろ帰るね。今度は明るい内に来るとするよ。……あぁ、それから。コレ、トマトちゃんに渡しておいてもらえるかい」
そういってシンヴィーは星叶花を作り、オレへと差し出した。
五枚の青い花弁が淡く光を放つその花は、シンヴィーが願いを聞き届けた証として相手へと渡す花だ。
しかし今回はメイも寝ているし、新たな願いなぞ何もしていないのだが……。
「……良いのか?」
「うん。今回は僕が悪いってことで改めて、ね」
「そうか。ならば渡しておこう」
「うん。ありがと。じゃ、また」
「あぁ」
正直なところ来てほしくはないが、メイが何かを願い、それを楽しみにしているのならばオレが断る道理はない。
手を振りながら姿を消した女を見送った俺は、離れた場所で黙って控えていたガルラに視線を向ける。
「もういいぞ」
「あー、焦ったぁ……いきなり来んだもんなあの人」
「まったくだ」
その後、メイを寝床へと連れていくガルラから、手の中で淡く光る花へと視線を移す。
この花を手に入れたものは、どんな願いだろうが必ず叶う。
故に人間どもからしたら喉から手が出るほどに欲しいシロモノだろう。
しかし現状手に入れる手段が限られている限り、人間どもの願いなぞそう簡単に叶うことはない。
とはいえ、その簡単に手に入るはずのないものが今オレの手の中にあるのだがな。
「フム。願い、か」
「どしたフェル? え、もしかしてオマエにも願いとかあんの?」
「ハッ。冥界神であるオレに人間どものような願いなどあるはずがなかろう」
「だよなー」
叶えるべきものがあるとすれば自力でどうにかする。それがオレだ。
だが、それでも神であるオレが強いて願うとするならば、一つだけ。
メイがこの地で健やかに笑って生きていけるように。
ただ、それだけだ。




