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番外編 届いた想い

一つ前のお話の続き的なものです。

「フェル様にお手紙書きました。受け取ってくだしゃい!」

「手紙?」

「あい!」


 そういって娘が差し出してきたのは一通の封筒。


 表には一生懸命書いたであろう『フェルトスさまへ』という拙い文字が。裏に返せばまたも拙い文字で『メイより』と記されている。

 封には以前人間に献上されたというオレとメイが描かれたシールなるものが張り付けられていた。


 蝋ではなくシールというのが子供らしく、なんとも愛しさが増すというものだ。

 それにこれはメイが元居た世界の文字ではなく、この世界の文字で書かれた手紙(もの)

 いつの間に文字を覚えたのか。子の成長というものは存外早い。


 チラリと娘に目を落とせば、どこかそわそわした態度を隠しきれずにオレを見上ている。

 さらにはオレの反応を確かめるようにじっと見つめる娘の(あい)らしさに、自然とオレの口元は緩んでいた。


 オレは受け取ったそれを丁寧に開封し、中身を取り出す。

 メイが好きそうな何かの生き物――自信はないが、恐らく猫だろう――が書かれた紙の上には(いと)しさしかない文字が躍っている。


 その内容に目を通せば、なにやら不思議な感情がオレの胸に広がった。

 短い文章だったが、それでもその短い文字に込められた想いは確かに伝わってくる。懸命に書いたのだということが一目でわかる。


 そして紙の下半分にはオレの似顔絵だろう。オレが笑った顔が描かれていた。

 オレにしては少し表情が崩れすぎている気もするが、メイから見たオレはこんな顔をしているのだろう。

 だとすれば文句などない。


「…………メイ」

「あい!」


 オレが名を呼べば、娘は満面の笑みで答えたので、そっと頭を撫でておく。


「よく書けている。もちろん絵の方もな。感謝するぞ」

「わーい! やっちゃー! むへへへへ」


 両手を上げ全身で喜びをあらわにする娘の頭を撫で回す。

 心持ちいつもより長く撫でている気がするが、手も止まらんし、娘も嫌がっていないのでかまわんだろう。


「フェル様大好きー!」

「……フッ。あぁ。オレもだ、メイよ」

「むふふー」


 嬉しそうに抱きついてきた娘を受け入れ、オレからも軽く抱きしめる。


 その後。メイはオレから離れると、近くで様子を見ていたガルラの方へと駆けていった。

 恐らくアイツにも手紙を渡すのであろう。

 オレは娘からの手紙を丁寧に仕舞い、宝物庫への扉を開き空間を繋げる。


 娘から渡された初めての手紙だ。今まで献上されたどの宝よりもオレにとっては一等価値がある。


 片付ける前にもう一度だけ封筒を眺め、中に書かれていた言葉を思い出す。


「……フッ」


 そして満足したオレは手紙を宝物庫へと入れた。


『フェルトスさまへ。わたしをむすめにしてくれてありがとうございます。だいだいだーいすき! です!』






 晩飯を食ったあとにメイがフェルに手紙を渡していた。

 その差し出された手紙に驚いたのだろう。

 フェルは少しだけ目を見開いたあと、柔らかく微笑みそれを受け取る。

 以前では珍しかったこの表情も、最近では良く見かけるようになり、珍しさも減ってしまった。


 そしてフェルに手紙を渡し終えたメイは、今度はオレの方へと向かってくる。

 満面の笑みでオレの前へ来ると、影からもう一通の手紙を取り出し、オレへと差し出してきた。


「ガーラさん! ガーラさんにもお手紙書いたんだー! 受け取ってくーださい!」

「マジかよー。嬉しい、あんがとなメイー!」

「ふへへー。はい、どーぞ!」

「さんきゅー」


 薄っすらとピンクがかった封筒にはオレの名前と、メイの名前が書かれている。

 覚えたばかりの文字で一生懸命に書いたのだろう。

 少しだけ強めの筆跡に、少し崩れた幼い文字がなんともかわいらしいではないか。


 フェルだけじゃなく、まさかオレにも手紙を書いてくれていたなんて。

 なんとも嬉しいかぎりだ。


 緩む頬もそのままに、オレは手紙の封を切り中身を取り出す。

 便箋も封筒と同じような色味をしており、猫のイラストまで入っていた。

 かわいいという理由で選んだんだろう。メイが好きそうな柄だ。


「…………へー。すごいじゃんメイ。ちゃんと書けてるぞ。それと、オレからも。ありがとな」


 手紙に応えるつもりで「ありがとう」に想いを込める。


「うん! えへへー!」


 それをきちんと受け取ってくれたのだろう。

 メイはオレにぎゅっと抱き着いてきたのでオレからも抱きしめ返す。

 可愛がっている妹からこんな手紙を貰ってしまったら宝物にするしかないじゃないか。


 さてと、どこに仕舞っておくか。


 そんなことを考えながら妹を愛でる。


『ガルラさんへ。いつもおしごとおつかれさまです。それと、わたしのおにいちゃんになってくれてありがとう。だいすきだよ!』






 お嬢に文字を教えてくれと頼まれたときは何事かと思ったが、理由を聞き納得する。


 とはいえ俺的にはまだまだお嬢に勉強は早い気もするんだが……お嬢自身がやる気になっているので俺がそれを邪魔するのもよくない。

 しかしそうはいっても俺自身が、すでにどうやって文字を覚えたかなんて憶えていないのもまた事実。


 だがせっかくお嬢が頼ってくれているのに、それに応えられないというのも眷属としての恥!


 それにお嬢(メイ様)冥界神(フェルトス)様の娘なのだから、教えるならしっかりと教えて差し上げたいという気持ちだってある。


 そう考えた俺はお嬢に少しだけ準備期間を貰い、町へと繰り出した。

 ノランのおっさんや、騎士団長殿。その他知ってるやつらに聞き込みをしながら、絵本や教材など、とにかくお嬢の教育に必要になりそうなものを買い揃えた。


 お嬢自身はすでに準備を終えて自分で必要な物は揃えていたので、俺の準備が整い次第お嬢へと文字を教えることにした。


 絵本の読み聞かせはお嬢も楽しそうに聞いてくれていたので、わりと充実した時間だったな。

 さすが子供に人気という謳い文句は伊達じゃない。

 今度町に行ったらこの作家の作品をもう何作か買っておこう。


 文字の練習は先に手紙を書きたいとの注文が入ったので、本格的に文字を教える前にそっちを優先した。

 お嬢から聞いた文言を俺が代筆し、お嬢がそれを見ながら同じように書くという練習をする。

 そうして何日かかけて練習し、お嬢念願の手紙は出来上がった。


 その夜。完成したお嬢の手紙を受け取ったフェルトス様とガルラ様。

 お二人とも、それはもう嬉しそうに笑っておられたので、お嬢の企みは大成功を収めたといっても過言ではない。


 とても幸せな空間がそこにはあった。

 しかし、その光景を眺めていた俺の胸に広がるのは少しばかりの寂しさ。


 お嬢が手紙を書いていたのは二人分。俺のはなかった。そのことが、少しだけ寂しい。

 むしろ不敬ながら羨ましいとさえ思ってしまったのは許してほしいところだ。


 でも仕方がない。

 俺にはサプライズなんて出来ないし、書くとしても同じようにするなら、一度俺が内容を書くことになるからな。

 俺はそれでも良いけど、お嬢は嫌がりそうなのは想像に難くない。


 だから、別にいい。

 いつか俺にも手紙を書いてもらえるかもしれないから。今は諦めよう。


 ――そう、思っていたのに……。


「えへへー! あい、カイル! これあげるー!」


 朝の日課のために畑へとやってきたお嬢を迎えた俺に差し出された一枚の封筒。

 見覚えのありすぎるそれがいま目の前に差し出されている。


「カイルー?」

「あっ。わりぃ……えっと、あんがとなお嬢」


 もしかして俺はまだ夢を見ているのか。願望が強すぎたのか。

 このあと目が覚めて、まだベッドの中にいるなんてオチがくるんじゃないか。


「う? なにしてるの?」

「いや、気にしねぇでくれ」


 頬を抓ってみたが間違いなく痛い。


「変なのー? あっ、もしかして……」

「ん?」

「お手紙……いらなかった? だったらごめ――」

「そんなことねぇ!」

「ひぇ! びっくりちた」

「わ、悪い……」


 俺の反応が思っていたのと違ったのだろう。お嬢を不安にさせてしまった。

 なので精一杯否定したのだが、少し食い気味だったのと声が大きかったせいで、今度はお嬢を驚かせてしまった。反省しなければ。


「あのな。まさか俺にも手紙くれるなんて思ってなかったからびっくりしただけなんだ。いらないなんてことはまったくねぇから安心してくれ。むしろすげぇ嬉しいから! な!」

「う、うん。それなら、よかった?」


 お嬢の目を見て力説する。

 力が入り過ぎたせいかお嬢がぼそりと「圧がすごい」と言っているのが聞こえてしまったが気にしない。

 それだけ嬉しかったんだよ。許してくれ。


 ひとまず敬愛する主人から頂いた手紙はカバンに片付けておいて、後で読むことにした。

 まずはやることを終わらせて、そのあとでじっくりと読みたいからな。


「カイルにっこにこだねぇ」

「そうかー? そうかもなー!」

「そんなに喜んでくれてわたしも嬉しいな」

「ははっ。ん? そういやシドーはどうしたんだ? まだ寝てるのか?」

「うん。昨日ガーラさんと遅くまで遊んでたからか、朝ごはん食べてまた寝ちゃった」

「んだよ。そのへんはやっぱまだガキだな。まぁ仕方ねぇ。俺らだけで始めるか」

「はーい!」


 必要な道具を持ってお嬢と一緒に畑へと向かう。

 いつもと同じ景色なのに、何故だか俺の目に映る今日の畑は一段と輝いて見えた。


 それにしても、お嬢は手紙にいったいなんて書いてくれているのか。

 今から読むのが楽しみだ。


『カイルへ。いつもありがとう。カイルがいてくれて、すごくたすかってます。これからもよろしくね! だいすきだよ!』

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