番外編 届けこの想い!
「ねぇねぇカイル。お願いがあるんだけど、いーい?」
「どうしたお嬢。改まって」
「んとねー。文字を教えてほしいんだ」
「文字?」
「うん」
そうカイルにお願いしたのが一週間前。
今はカイルの家のリビングでお手紙を書いています。
「…………よち。みてみてカイル。どうかな?」
「んー……おぅバッチリだな。すごいぞお嬢」
「えへへー」
渡した紙をカイルにチェックしてもらった私はご満悦に笑う。
慣れない字だからたどたどしいけど、教えてもらった通りに書けて満足です。
「ふへへ。フェルしゃま喜んでくれるかにゃー?」
「絶対喜んでくれるさ。賭けてもいいぞ」
「むへへ。しょう思う?」
カイルからの答えにニマニマ笑いながら書き上げた紙を眺める。
これは初めてこの世界の文字で書いた手紙。もちろん宛先はフェルトス様だ。
私は当然ながら日本語は書けるけど、まだこの世界の文字が書けないし読めない。
もうすぐこの世界に落ちてきて三年が経つのに未だに読み書きが出来ないのは由々しき事態。ということを改めて感じたので勉強をしようと思った次第です。
まぁ、完璧な私はこの一週間で読み書きができるようになりましたけどね! ……なんてことはおこらず、今は自分の名前と家族の名前。そしてお手紙の内容だけなんとか読み書きできるようになりました。
まだまだスラスラ読んだり書いたりはできないけど、一文字も読めなかったときよりは成長したと思います。
「これもカイルが教えてくれたおかげだよ。ありがとー」
「おぅ。俺でよければいつでも頼ってくれていいからな」
「うん! これからもよろしくおねがいしまーす!」
「任せろ」
まだまだ読み書きできるっていえるレベルじゃないからね。コツコツ頑張ります。
「あるじただいまー!」
バターンっと玄関のドアを開けた音と共に元気な声が家の中に響く。
そのままリビングに顔を見せたのはシドー。
「また強くなったぞ!」
そういうとシドーはむんっと力こぶを見せつけるように作り、満足げに笑って戻ってきた。
最近はこうやって私が勉強してる間にケロちゃんズと鍛錬しに外に出ていることが多い。
文字の勉強はつまんないそうだ。
なので、神域の外には出ないって約束で離れることを許可しています。
「おかえりシドー。ケロちゃんズとの追いかけっこは終わったの?」
「おう! 今日もいい鍛錬だった」
「よかったねー。ところでちゃんとドア閉めた?」
「閉めてない」
「もぉ、ダメでしょ」
「むぅ」
「あのなシドー。も一つ言うと、ドアは静かに開けろっていつも言ってるだろ」
「そうだっけ?」
「お前なぁ」
「細かいことは気にすんな」
「お前は少しは気にしろ……まったく」
ソファから立ち上がり開け放たれたままの玄関を閉めにいったカイルの背を見送りつつ、戻ってきたシドーの頭を撫でる。
まるで猫のようにじゃれてくるシドーはかわいいけど、主人としてそろそろちゃんと注意はしておかないと。
いつも軽く言って聞かせるだけだから聞いてくれないのかもしれない。
ここまで言って聞いてくれないならもうちょっと強く言わないとだよね。
そう思った私は、わざと怖い顔をしながら膝の上でじゃれるシドーへと注意する。
「シドー。悪い事したら素直に謝らないとだめだよ。あと、モノも大切に扱わなきゃダメ。わかった?」
「うっ……ごめんなさい」
「うん、いい子。カイルにも謝らないとダメだよ」
「はーい」
私が真面目に怒ってると伝わったみたいで、怒られたシドーはいつもと違いしゅんとしてしまった。
こういうときは素直になるんだけどなぁ。
どうせならこうなる前に素直に聞き入れてくれるとありがたいんだけど、そう上手くはいかないものですね。
そしてシドーはそのまま戻ってきたカイルにもごめんなさいをして、私の顔色を窺うようにチラチラと盗み見ている。
ちゃんと謝れたのと、今度からちゃんと気を付けますって約束もカイルとできたのでもういいでしょう。
私がシドーに笑顔を向けると、シドーは嬉しそうに戻ってきてじゃれついてきた。
カイルもそんなシドーを眺めながら笑ってるし、この話はこれで終わりでいいかな。
よし、それじゃあ私はお手紙の続きをやろうっと。
「シドー。わたしお手紙の続きやりたいから、ちょっと退いててくれる?」
「なんだ、まだ終わってないのか?」
「うん。もうちょっとかな」
「そか。ならおれは影に入って休んどく。あっ。でもオヤツ食べるなら呼んでくれな!」
「はーい」
私の影の中に入っていくシドーを見送り、私は書きかけの手紙に向き直る。
本文は書けたけど、もうちょっと描きたいものがあるんです。むふふ。
「よーし。頑張って仕上げるぞー!」
「んじゃいい時間だし、俺は茶でも入れてくるわ」
「あ、お菓子もよろちく!」
「ふふっ。はいよ」
今度はキッチンに消えていくカイルの背中を見送った私は再びペンを取った。
もう何を描くかは決めているので迷いはない。
本文の下、空けておいたスペースに私は勢いよくペンを走らせる。一発描きだけど大丈夫。大丈夫。
真剣にペンを動かしながら、これを見たフェルトス様の顔を思い浮かべる。
そこには優しく笑うフェルトス様の姿があった。うん、いいですね。ふへへ。
その後。カイルの出してくれたお茶とお菓子で休憩しつつ、私はフェルトス様への手紙とガルラさんへの手紙を書き上げた。
二つの手紙の内容はほぼ同じだけど、それぞれに一通づつ渡したかったのでやむなし。
それに長い文章が書けなくて、あっさりめの本文になっちゃったけど愛だけはこれでもかと込めたので伝わるといいな。
「おーい二人とも。そろそろ風呂入る時間だぞー」
手紙を書き上げたあと、シドーとお絵かきをして遊んでいたところカイルからお呼びがかかった。
「はーい」
「おれは昨日入ったしいいや」
「そう? じゃあ影に入ってていいよ」
「わかった」
シドーはどうも熱いのも苦手らしくお風呂はあんまり好きじゃないみたい。
それでもちゃんと清潔にしてるから、強制はしないことにしてる。入りたいときに一緒に入るくらいですね。
「うし。それじゃ風呂行くか」
「うん!」
カイルと手を繋ぎルンルン気分で家を出る。
お風呂に入ったら家に帰って、ご飯の準備をして、二人にお手紙渡して、それから――。
「むふふふふ」
「ご機嫌だなお嬢」
「にへへ。ちょっとねー」
「そっか」
きっとカイルは私がフェルトス様達へのお手紙のことでご機嫌になってると思っているんだろうな。
まぁ合ってるけど、それだけじゃないんです。
みんなでご飯を食べ終わったあとしばらくするとカイルは自分の家に帰る。
そこがチャンスタイムです。
何がというと、実は私はカイルにもお手紙を書くつもりで密かに練習をしていました。
いつもお世話になってるのと、最近は私の勉強までみてくれてるので、そのお礼を伝えたいと思いまして。
いうなればサプライズ!
きっとカイルはフェルトス様とガルラさんの分しかないと思ってるから、自分の分もあると知ったら驚いてくれるはず!
便箋も封筒もまだある。
カイルへのお手紙は寝る前に書いて、フェルトス様にチェックしてもらおう。
そして明日の朝にサプライズ決行、です。
むふふ、いやー今から反応が楽しみですね。
みんな喜んでくれるといいなぁ。




