黒影編10 町への帰還
まさかの10万PV達成できました。
個人的には夢の数字…みなさまありがとうございます!
本日は3本投稿予定です。次話は昼にあげます。
すっかり茜色に染まった地面に伸びる一つの影。
いつもなら絨毯に乗る私やカイルの形をしているそれは、いま現在異形の形をしている。
そしてその異形の影を追うように馬に乗った騎士達の姿が続く。
私達を追いかけてきた彼らとは帰宅途中で合流しました。
そして報告及び情報共有を済ませたのち、一緒に町へと帰還しているところです。
どうやら通信機の魔道具があるらしく、それで連絡を取り合っていたらしい。
見せてもらったら手のひらサイズの鏡みたいな、薄い水晶みたいな。そんな形のやつだった。
いいな。私も欲しい……。
でもどうやら一般には流通してないみたい。がっかり。
「ム゛ー! ム゛ゥゥ!」
「もうすぐ町だからもうちょっと我慢してくださいね」
「ウ゛ー!」
町への帰還途中に運悪く目を覚ましちゃった犯人のおじさん。
そんな彼が絨毯の先頭でぷらぷら揺られながら何かを喚いています。
口に布を詰められているのでろくに喋れないけど、私を見ながら必死に訴えている。
何を言っているのかわかんないけど、何を言いたいのかはなんとなくわかります。
多分「降ろせ」って言いたいんだろうね。
何故なら彼はいま再び逆さ吊りの刑に処されているからです。
ちなみに吊っているのは私。覚えたての影を操って犯人を拘束しています。
地面に落ちた影が異形の姿になってる原因は、犯人のおじさんを逆さ吊りにしていたからです。
「なぁあるじ。やっぱりおれが――」
「シドーは無駄にいじめるからダメだよ。どうせもう少しで着くから、このままわたしが運んでいきましゅ」
「むぅ……わかった」
私の影から上半身だけ出したシドーが代わりを申し出てくれたけど、最後まで言わせずに断る。
断られたことにしょんぼりしてしまったシドーの頭を優しく撫でると、機嫌が直ったのかニコニコしながら私の影へと戻っていった。
主人に似てチョロイですね。
もちろん最初から宙吊りで運んでたわけじゃないんですよ。それは誤解です。
騎士団のみなさんと合流して、しばらくはまだ普通に絨毯に乗せて運んでいました。
でもその途中で目が覚めてしまったようで、動けもしないのに無駄に抵抗を始めちゃったんですよね。
騎士団長さんやシエラさんが抑えてはいたけど、飛んでいる絨毯の上で暴れたら危ないということで私の影で拘束後……吊りました。
シドーにやらせなかったのはさっきのことがあるから。
いろんな意味で危ないから、シドーが動く前に私が影を出して捕まえたというワケです。
ついでに言うと捕食されたことがトラウマになっちゃったのか、犯人のおじさんは私が影で拘束しようとしたときにすごい悲鳴――もちろん喋れないからうめき声だけど――を上げていた。
その声に私がびっくりして一瞬怖がっちゃったのは内緒。
そして捕まえて今に至るわけですが……ちらりと犯人のおじさんの顔へ視線を向けると、半泣きになってるのが見えた。
いや、あれはもう完全に泣いてるようにも見えなくもない。
うぅ……罪悪感が襲ってくる……。
犯人のおじさんの年齢は正確にはわからないけど、三十代、くらいかな?
ノランさんや騎士団長さんと同じか少し下くらいに見える。
そのくらいの成人男性がガチ泣きしている姿を見ることになるとは思わなかった。
泣かせてるのは私なんだけどね……。
そんな彼は茶色の髪と目をしてて、顎には無精髭。他は特に目立った特徴もない、この世界で出会った人の中でも地味な部類の人だ。
強いて言えば、なんだか少しくたびれたおじさんって感じでしょうか?
いくら罪人だからとはいえ、こんなおじさんを泣かせてしまったことに対して良心が痛みます。
というか、見れば見るほど目撃証言とは一致しない。派手というより地味だし。髪色も違うし。
でもこの人が犯人なのは間違いないんだから、変装でもしてたのかな? だったらすごい技術だ。
私達の元々の位置関係的には、絨毯のやや前方に私とカイル。
少し間を開けた後方に騎士団長さんとシエラさん。
そしてその騎士団組の間に犯人が転がされていました。
それが今は私達や騎士団組の位置関係はほぼそのままで、犯人のみが移動しました。
場所は絨毯の前方、空中部分でぶらぶら揺れております。
私がおじさんを放したらそのまま地面に落ちていく場所、とでも言えばわかりやすいかな?
そんな場所に命綱なしで揺られていればそりゃ怖いのはわかる。
逆さ吊りだってやり過ぎだとは思ったんだけど、こうすると大人しくなってくれたのでそうしているんです。
……というか犯人のおじさんが暴れるから……その、仕方なく、ですね……。
前を見れば自然と視界に入ってくる光景に胸を痛める。
むぅー。やっぱりいくらなんでもやりすぎ……だよね?
「……ねぇおじさん。拘束は解けないけど、大人しくするって約束してくれるなら、絨毯に乗せてあげるけど……どうする?」
良心の呵責に耐え切れなくなりそう聞いてみると、犯人のおじさんは首をブンブンと上下に振り続けた。
壊れた首振り人形みたいでちょっと怖いけど、とても必死さが伝わってきます。
なので信じてあげてもいいでしょう。
きっとこれに懲りて町に着くまでは大人しくしていてくれるはずだ。
「お嬢様」
でもそこですかさず隣から咎めるような声が飛んできた。カイルだ。
恐る恐る隣を見上げるとカイルは難しい顔をしている。
チラリと後ろを確認してみるも、騎士団組もあまりいい顔はしていなかった。
しかし、そこで引く私ではない。
というか、ここで引いたら町まで持たなさそうなんです。何がって? 私の心労がですよ! 精神衛生上これはよくありません!
なのでここはもう私の必殺技をお見舞いするしかありませんね。
ふふふ、くらえー!
「でも……やっぱりあのままは可哀想だし……め?」
必殺、上目遣い、だ。
カイルは私のこのお願いに弱いのです。だからきっと許してくれるはず。
実際に効果も出てて、カイルの中で葛藤が生まれているのがわかりますよ。
くふふふ。少しあざといかもしれませんが、止む負えないのです。
さすがに犯人のおじさんへのお仕置きはもうこれくらいで十分でしょうしね。
だからこれ以上恐怖を与えてもかわいそうなだけだと思うのですよ私は。
そんな思いを込めてうるうるおめめでカイルを見つめます。
「…………はぁー。俺がそれに弱いって知っててやるんだもんなぁ。ずりぃぞお嬢」
「にへへー」
たっぷりの時間を考える時間にあてたあと、カイルは小さな声で抗議の声をこぼす。
それにふにゃりと笑顔を返した私はカイルと騎士団組からも許可をもらって、犯人のおじさんを絨毯の上へと引き戻した。
それにしても、この世界に来たばかりの頃はこういう仕草に照れみたいなのがあったんだけど、今ではわりと普通に、しかも計算してやるようになってしまった。
これも私がこの姿に染まってきた証拠ですかね?
それならばいっそのことこのまま小悪魔系蝙蝠でも目指してみましょうか。なんちゃって。
「は、はぅはっは……」
やっと安定した場所に戻れた犯人のおじさんは、安心したのか何かを呟きぐったりと絨毯に横たわった。
よかったね。私の精神も心からよかったねと言っています。
もちろん約束通り拘束は解いていません。
まだそこまで犯人のおじさんを信用してないからね。
「ついでに静かにするならその猿ぐつわも取ってあげるけど、どうするー」
そう聞くと犯人のおじさんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向け、またしても強く頷いた。
ただ私が近付くのは許されなかったので、影を操って詰められた布を取り除く。
そのついでに浄化の魔法も使ってあげて、涙の痕などいろんなものを綺麗にしてあげました。
犯人のおじさんも息苦しかったのだろう。
猿ぐつわを取ると大きく息を繰り返して呼吸を整えるのに必死だった。
もう約束を破る気力もなくなっちゃったのか、そのあとは町に着くまで騒ぐこともなく、私達から顔を背けてぐったりしていました。
犯人のおじさんの自業自得とはいえ、やりすぎた申し訳なさが私の胸に募ります。
そうして無事に町へと到着したときにはすでに日が沈みかけていて、出発してからかなりの時間が経っていることに気が付いた。
これにはさすがに焦ります。
連絡もなくこんな時間まで外出していることがフェルトス様にバレたら、こっぴどく怒られてしまうじゃありませんか。
なんとかバレないように早く帰らなければという焦りで今の私の頭はいっぱいです。
なのですっかりしょぼくれてしまった犯人を押し付けるように騎士団長さんへと預けた私は、みんなへの挨拶もそこそこにすぐさま家へと帰るため町へと背を向けた。
「いま帰りか、メイ?」
「ぴっ!?」
さぁ急いで帰るぞ、と絨毯に乗り込もうとしたところにかけられた言葉に、肩どころか体ごと跳ねる。
かけられた声は私達よりさらに上空から聞こえた。
そしてその声には聞き覚えがあり過ぎる。
姿なんか確認しなくてもわかる大好きな人の声。……でも今はちょっと聞きたくなかった声でもある。
この少しの間にすっかり日は落ちてしまって、背後にある町の明かりがぼんやりと私達を照らした。
どうやらバレないように急ぐという私の作戦は、もう意味をなさないようです。
さび付いた人形のようにギギギ、と鈍い動きで上空を見上げた私の瞳と、こちらを見下ろす真っ赤な瞳がぶつかった。
あ、怒ってる。
そう反射的にわかるほど不機嫌なお顔をしているフェルトス様。
ただ、不機嫌というよりは心配し過ぎて怒っている……みたいな感じだけど。
連絡なしでこんな時間まで外にいたことはないから、やっぱり心配をかけてしまったようだ。
「……あぅ、ごめんなしゃい、フェルしゃま」
探しに来てくれたのか、それとも迎えに来てくれたのかはわからないけど、手間をかけさせてしまったのは事実。
今回は私が悪い。なので素直に謝ろう。
しょんぼりと肩を落とし俯いた私。
その隣でカイルがわたわたしつつも、フェルトス様へと頭を下げたのが視界の端に見えた。
どうしたら許してもらえるかな。外出禁止とか言われたらどうしよう。
そんなことを考えつつフェルトス様の沙汰を待っていたら、視界にフェルトス様の足が映りこんできた。
空からここまで一瞬で降りてきて、静かに地面へと降り立ったフェルトス様。
さすが神様。身体能力が半端じゃない。などとどうでもいい事をぼんやりと考えつつ下げていた視線を上げる。
するとしゃがみこんだフェルトス様が私に手を伸ばしているのに気付いた。
「う? フェルしゃま?」
伸びてきた手は私の顔や体、様々な場所を調べるように撫でる。
目視でも確認されており、手を上げさせられたり背中を調べられたりフェルトス様のチェックは念入りに続いた。
そしてどこにも異常がないとわかると小さく息を吐いて、最後に私を優しく抱きしめてくれた。
「……勝手に遠くへ行くな。心配するだろう」
「あぅ。ごめんちゃい。フェルしゃま」
小さく紡がれたその言葉に私の心に罪悪感が増す。
フェルトス様には相当心配をかけてしまったようだ。
バレなければ大丈夫なんて考えていたけど、それが軽率な考えだったって今ならわかる。ごめんなさい。
「次からはちゃんと連絡をしろ。ある程度ならば自由にさせてやる……だから、良いな?」
「はい」
しっかり目を見て伝えられた言葉に、申し訳なくなりつつも私もしっかり目を見て返す。
そんな私の返事に満足したのかフェルトス様は優しく微笑み頭を撫でてくれた。
「に、へへ……」
そのレアな表情をしたレアトス様……いや、フェルトス様になんだか照れ臭くなった私は照れ笑いをこぼす。
なんだかフェルトス様に地球の両親の姿を重ねてしまった気がする。
初めて出会った頃より格段に保護者としての振る舞いが出てきたフェルトス様。
そんなフェルトス様に、こうやって心配してもらえるのが――なんだかとても嬉しい。
でも、だからこそ。フェルトスパパに無駄に心配をかけないよう、これからは気を付けないといけませんね。
「それにしてもメイ。ちゃんと盗人捕まえられてすげぇじゃん。やったな!」
「うわびっくりちた。ガーラしゃんいたの?」
「いたよ。ずっと」
「はぇー、気付かなかっちゃ」
「ひどーい」
そういってカラカラと笑うガルラさん。
いつの間に現れたのか、ガルラさんがフェルトス様の背後に立っていて、私達が捕まえた犯人を見ていた。
ここにいるってことは出張は終わったのかな?
というか、ガルラさんのこの言い方。まるで私達が何をしてたか知ってるみたいな言い方で少しだけ引っかかる。
「少し手間取っていたようだが上手く狩れたな。さすがはオレの娘だ」
ニヤリと笑うフェルトス様は悪いお顔をしていてとてもかっこいい。
かっこいいけど……やっぱりこれ、私達が何してたか知ってるよね?
「見てたのー?」
「……少しだけな」
「はぇー」
なので直接聞いてみたらイエスとの回答が返ってきた。
そしてバツが悪そうに私からスッと視線を逸らしたフェルトス様。
別に責めてるわけでも、怒ってるわけでもなく、純粋な疑問だったんだけど悪いことしたかな。
……あれ、ちょっと待てよ?
全部見てたとしたら私が「バレなきゃ大丈夫ー」とかで勝手な行動してたのって、もしかしなくても始めから意味なかった感じですかね?
しかも私が勝手をしてるのを知ってて、それでも止めずに最後までやらせてくれたってわけですよね。
あ、どうしよう。ありがたいし、嬉しいけど……なんかちょっと恥ずかしくなってきちゃった。
「あ、あのね! 犯人捕まえたの、わたしじゃなくてカイルとシドーなんだよ! 二人とも頼もしくってかっこよかっちゃんだ! だかやね、二人も褒めてあげてくだちゃい!」
そんな恥ずかしさを隠すように私は慌てて声を上げる。
実際問題捕まえたのは私じゃなくて二人だからね。
影の中にいるシドーを呼び出して、すぐさま私は控えている二人の後ろへと回りこむ。
そしてそのままフェルトス様とガルラさんの前に行くようにと自慢の眷属と使い魔である二人の背を押した。
「ちょ、お嬢!?」
「なんだなんだ。フェルトス様褒めてくれるのか? やったぜ!」
「ふふ。あぁそうだな。――よくやったぞ二人とも。今後もメイを助けてやれ」
「ハッ!」
「おぅ、まかせろ!」
フェルトス様の言葉に恐縮したように頭を下げたカイル。
それとは反対に嬉しそうに胸を張ったシドー。
「ははっ。反応が正反対だなオマエら」
「ねー」
そんなガルラさんの笑いを含む声に私も同意する。
うーん。フェルトス様に見つかった時はどうなることかと思ったけど、なんとか丸く収まってくれて良かった。
でも今度からは勝手に遠くへお出かけしないように気を付けようと思います。




