11 はじめての町へ
「わー! しゅごいねぇモリアしゃ!」
『興奮しすぎて落ちるんじゃないぞチビスケ』
「あーい!」
巨大化したモリアさんが持つカゴに揺られながら眼下に広がる景色を眺める。
私がいま何をしているのかといえば空の旅再び、といったところでしょうか。
前回のフェルトス様に強制体験させられた空の旅とは違い、今回はかなり満喫しております!
「うわぁ――あはは!」
爽やかな風が頬を撫でて気持ちがいい。
現在私はモリアさんに輸送されつつ人間達が住むという町に向かっています。
どういう風に運ばれているかというと、簡単に言えば気球ですね。
風船部分がモリアさんになっているような感じです。
乗り場になるカゴ部分は、ちび蝙蝠さん達の一部が合体して私とステラが乗れるように取っ手のついたカゴに変身してくれた。この部分はバスケットのような形をしている。
そして残ったちび蝙蝠さん達がモリアさんと合体して巨大モリアさんへと進化。その二つが組み合わさり晴れて気球モリアさんの完成です。
明らかに合体した分の蝙蝠さん達と、合体した後のモリアさんの体の大きさが合わない気はしてる。
だけどこの世界は魔法がある世界なのでそういうものか、と勝手に納得しましたよ。
うんうん、魔法とは素晴らしいものですね。
その巨大モリアさんが私とステラが乗るカゴを持って空を飛んでいるというのが今の状況になります。
大きくなってもモリアさんはモリアさん。彼らはデフォルメの効いた蝙蝠さんなので、見ている分には地味に可愛い。
ゆるキャラのマスコットバルーンといった感じでしょうか。
そうして私達は空の旅を楽しんでいます。
冥界から外へ出るまでは暗いし見るところもあんまりなくて楽しくなかった。
でも冥界を出たら一気に緑溢れる光景が広がっていて私の目は釘付け。
カゴから少し身を乗り出してしまいモリアさんとステラに怒られてしまいました。
冥界の出入り口については秘密――と言いたいところだけど、実のところ私もよくわかっていない。
何故ならステラと遊んでいる間に冥界を出たのか、気が付いたら地上にいたんですよね。
気になってモリアさんに聞いても教えてはくれなかった。多分めんどくさかったんだと思います。
「木がいっぱいだねぇ」
冥界の周囲は森になっているのか自然が凄い。見渡す限りの木々が広がっていた。
遠い空には太陽の光を浴びてきらきら輝いてみえる大きな鳥が飛んでいる。
地上には見た事のない、でもどこか狼に似た格好良い動物が駆けている姿が木々の隙間から見えた。
地球では見ることのない景色は見てるだけでとても楽しく、全てにおいて私の興味を引いた。
モリアさんに話し相手になってもらいつつ、ステラと景色を楽しみ、私達は町へと進む。
冥界の入り口近くには自然が多かったけれど、森を抜け町へと近付くにつれ整備された道や建物の比率が増えてきた。
別の世界。初めての町。冒険に探検。
不肖ながら私メイ。わくわくが止まらずにテンションが鰻登りに急上昇中であります!
「にぇへへー。まーだかにゃぁー! あっ、何かいりゅ! モリアしゃ、あれなあに!」
『おいチビ。身を乗り出すなと言っただろ』
「わぁ!」
何かを見つけ気になった私は思わずカゴから身を乗り出して覗き見た。
しかしすぐさま体を後ろへと引かれ、尻餅をつく形で私はカゴの中へと連れ戻される。
「う?」
カゴになった蝙蝠さん達が衝撃を吸収してくれたのか、お尻にダメージはない。
それよりも誰が私を引っ張ったのか。ステラじゃないのはわかってる。
だってお腹に何かが巻きついている感触があるんですよね。
視線を下げると、そこには太くて黒い紐のような何かがあった。
よく見るとそれはカゴから直接出ているもので、恐らくモリアさんの能力の一部なんだろう。
『もうオマエはそのまま動くな』
その証拠に呆れた声とともにお腹の拘束が少しだけ強まる。
なんだか車のシートベルトのような形でカゴに拘束されてしまいました。
しかもステラまでもが私を窘めるように強めに頭突きをしてくる。
「あぅ、ごめんちゃいー。もうちないかや許ちてー」
だってこれじゃあせっかくの景色が見られないじゃないですか!
焦った私はモリアさんとステラに「もう暴れまちぇん!」「大人ちくちていましゅ!」と熱弁し、そこでようやくお許しと自由を得た。
スルスルと外れていくシートベルトを見ながら安堵の息を吐く。
そして再び景色を堪能しようとカゴから顔だけを出した。
「わぁ!」
私が拘束されている間に結構な距離を進んでいたようで、先程まで見えていなかった大きな町が私の視界へと入ってきた。
「モリアしゃん、モリアしゃん! あしょこが目的地でしゅか!」
『あぁそうだぞ。我らの主。冥界神フェルトス様のお膝元だ』
「はぇー」
目の前に広がるのはビルが建ち並ぶ日本の都会とはまた違った景色。
町をぐるっと囲むように高い壁が立ちはだかっていた。あれだけの壁を作るのは大変だっただろう。魔法で作ったのかもしれないけど。
住宅街や商業施設など区域ごとに大まかな区分もされているように見えた。
その中でも一際大きなお屋敷があって、多分あそこに一番偉い人が住んでいるのでしょう。
町の出入り口は正面側に大きな門が一つ。
他にもあるのかもしれないけど、ここからでは見つけられなかった。
「う?」
わくわくと期待に満ちた目で町並みを眺めている私の耳に綺麗な鐘の音が響く。
どこからだろうと音の発生源を探すように視線を巡らせると、教会のような、大きな建物に備え付けられてる鐘が鳴っているのが見えた。
「なりゅほどあしょこかやかぁ。綺麗な音……ん?」
そこで違和感を覚える。私はこんなに目が良かっただろうか、と。
裸眼で過ごせるくらいには目は悪くない部類だったけれど、さすがにあんなに遠い場所の景色がはっきり見えるのはおかしい。
そこまで考えて頭を左右に振る。
気にしない、気にしない。
もう私は人間を辞めたんだからこれくらいはね。うんうん。
そんなことより、もうすぐ町だ。
フェルトス様から貰ったお小遣いで欲しいものを買っていいらしいので楽しみです!
広い町だからいろいろな物も売っているはず。
とりあえず着替えとして洋服が欲しい。それに日用品でしょ。フェルトス様の為に鍋とか調味料とかのキッチン用品だって欲しいよねぇ。
とはいえ、今の私のメインはご飯なんですけど!
欲しいものをあげたらキリがない。
でもとりあえずはフェルトス様に貰ったあの綺麗な石を売らないことには何も始まらない。
そのあとで町を回ってみて、手持ちのお金と売ってるものとで相談して買うものでも決めよっと。
「うふふ。どんな町なのかにゃー。たのちみ!」
その後。私はモリアさんに頼んで町の少し手前程で降ろしてもらった。
このまま町まで行ったらきっとものすごく目立つし、騒ぎにもなっちゃうだろうから。
それにそもそも論として怖がらせちゃうかもしれないからね。
「しゅてら。だいじょぶ? 重くにゃい?」
しっぽで私の背中をぺしぺしと叩いて大丈夫だというお返事を返してくれるステラ。
そのお返事にステラの頭を撫でつつお礼を言った。
「しょれにしても、しゅてらもおっきくなれゆんだねぇ」
凄いねぇと続く私の言葉にステラが「ふふん、そうだろう」とでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。
現在の私はステラの背中に乗っての移動中。
ステラもモリアさん同様、体の大きさを自由に変えられるらしく、私を乗せられるほどの大きさに変わってくれたのです。
そのステラに乗せてもらい、町へと向かっている。
モリアさんに降ろしてもらったのはいいけれど、そこから町までどの程度の時間がかかるかを考慮していませんでした。これは完全に私の失敗です。本当に申し訳ない。
たしかにこの体だと今日中に町まで辿り着けませんよね……。
ステラの背中に乗りながら心の中で反省をする。
そんな反省中な私の頭の上には元の大きさに戻ったモリアさんが溶けている。くつろいでいると言ってもいいかもしれません。
私の頭の上でまったりするのはいいんですが、落ちないかだけが心配ですね。
ちなみに残りのちび蝙蝠さん達は私の影に勢いよくズワァァァと入っていきました。
いったいどうなっているのでしょう?
疑問に思って自分の影をツンツンと突いてみても何の変哲もないただの影だった。本当に不思議だ。
「町が見えてきちゃー」
あれからは特に何のイベントもなく、私達は三十分程で町へと到着しました。
休憩もなく歩き通しだったけれどステラは平気なようで、感動した私は労うようにたくさんステラの頭を撫でておいた。
撫でられたステラは嬉しそうに私の手に頭を擦りつけてくる。
うふふ、かわいいなぁもぅ!
ステラに癒された私は次に町の方へと顔を向ける。
正面には大きな門。あれが多分空から見たときに見えた町の正面にあった門なのだろう。
ただ先程は確認できなかったけど、門の前に何やら人が集まっている様子が見えた。
「んー? ……なんか人がいっぱいいゆねぇ。なにかあっちゃのかにゃぁ?」
『さぁな』
「むー」
興味のカケラもないモリアさんからの返事に少しだけ頬を膨らませる。
ちょっとした雑談のつもりだったのにバッサリ会話を切られてしまった。まぁいいか。
気を取り直して町に視線を戻す。
あの場にいるのは黒と白の服を着ている人達に分けられる。
黒い人は門の前に二人程しかいない。残りは全部白い人達だ。
それぞれデザインは違うけど、同じ色の人同士は同じ服を着ていることから恐らくあれは制服。
しかも腰に剣を下げているところを見ると、警察的な役割の人達なのでしょうか。
うーん、なんだかちょっとあそこに突っ込んでいく勇気が出ない。でも行かないわけにもいかないし。
とりあえず突撃して、話を聞くだけ聞いてみましょうか。
そう決めた私はとりあえずステラから降りる。
そしてステラに元の大きさへと戻ってもらってから、彼らの方へてくてく歩いていった。
向こうもこちらに気が付いたみたいだけど、特に静止されたりもしない。
何もリアクションが返ってこないところをみると近付くのもダメってわけではなさそうです。
現在町は立ち入り禁止です! 的なことを言われたらどうしようかと思ったけれど、話を聞くくらいは大丈夫でしょう。
「こんにちはー」
「へ! あっ。……こ、こんにちは、です! ハハ」
一番近くにいた白い服を着たお兄さんへ元気よく挨拶をする。もちろん笑顔は忘れないように。
ただ、声をかけたお兄さんの笑顔がぎこちない気がするのは何故でしょうか。
それにしても、お兄さん達が着ているこの白い服。近くで見てみるとすごくかっこいいデザインだ。まるで騎士様のよう。
門の近くにいるおじ様は少しデザインが違うけど、偉い人なのだろうか。だとしたら隊長さんなのかな。みんなかっこいいなぁ。うふふ。
お兄さんの反応に首を傾げつつも私は会話を続けた。
「あにょ。わたしたちこの町に入りたいんでしゅけど、入ってもいいんでしゅか?」
「えっと……きみ、じゃなくて、あなた……えっと」
「う? ……あっ」
お兄さんはぎこちない笑顔のまま困った顔をする。そしてきょろきょろと周りを見渡した。
よく考えたら今の私達は小さな子供が一人と動物が二人だ。
そんな三人だけで町まで来るなんて普通の大人なら異常だと思って当然か。
つまり保護者はどこだって探しているんですね。それに迷子の可能性だってあるわけだし。
「あにょ、わたしたち迷子じゃないでしゅ! ここにお買い物とかしにきちゃんでしゅ!」
迷子はみんな自分は迷子じゃないって言うから説得力はないけど、一応主張しておきます。
「そ、そうなんだ、ですか。……あー。あの、すみません。少しだけここで待っていて、もらって、よろしいですますか?」
「う? わかりまちたー」
さっきからお兄さんの喋り方が少しおかしいのが気になる。慌てている気もするし大丈夫なんでしょうか。
もしかして私、声をかけちゃいけないタイミングでかけちゃった可能性があるのかな?
物騒な雰囲気はしてないから大丈夫だと思ったんだけど……うーむ。
去っていくお兄さんの背中を見送りつつ、モリアさん達と暇を潰す。
それにしても、ここにいるみなさんはいったい何をしているんでしょうね?
「すみません、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
「あい!」
数分程待っているとさっきとは違うお兄さんが迎えに来てくれた。
子供にまでこんなに礼儀正しいなんてすごいお兄さんだ。
そんなことを考えながら案内されるままお兄さんの背中をとことこ追う。
そのまま門の前へと導かれた私達は、そこにいた黒い服の男性へと受け渡しされました。
黒服の男性は二人いたけど、私達の近くにいた人が相手をしてくれるようです。
私の前に来てわざわざしゃがんで目線を合わせてくれた男性。とても良い人だ。
とりあえず元気よくご挨拶をしておきましょう。
「こんにちはー!」
「こんにちは、です。それから初めまして。私は門番のノランと申します。よろしくお願いします」
「う? はじめまちて! わたしはメイでしゅ、よろしくでしゅ!」
唐突な自己紹介に私も笑顔で答える。少し不用心過ぎただろうか?
そして目の前の黒服男性ノランさんは門番らしい。つまりこの黒服は門番の制服というわけですね。理解しました。
「ありがとうございます。ところで、この町で買い物をしたい、と報告を受けているのですが、合っていますか?」
「あい!」
何故か言われたお礼に首を傾げつつも、続いた質問に首を縦に振る。
ところでさっきからここの人達は丁寧な人が多い印象ですね。
「なるほど。ちなみにあなた一人だけでしょうか? その、親御様はご一緒ではないのですか?」
保護者を探すようにノランさんが視線だけでキョロキョロと周囲を見回している。
申し訳ありません保護者はここにはいません。私一人です。
強いて言うならステラとモリアさんが保護者代わりですかね?
なのでとりあえずにっこり笑ってゴリ押しと行きましょう。
「わたし一人でしゅ! あちょ、この子達もいっちょでしゅ! 町に入れましゅか?」
「えぇ、勿論です。お入りください」
ゴリ押しが成功しました。やったね。
「ところで――この町には買い物以外にも何か御用が?」
隠すことでもないので私は正直に答えることに。
「えっちょ……」
しかし、だが待てよ。と思考にストップがかかり、口ごもる。
フェルトス様は冥界神。つまり神様だ。
しかもここは冥界から一番近い町ということで、当然フェルトス様のお名前だって知っているだろう。知名度もあるだろうし、フェルトス様のお名前を出しても大丈夫なのだろうか――と。
眷属アピールをするつもりがない私はそこまで考えて答えを出す。
少しだけ間が開いちゃったけど、不自然な程開いたわけではないので再度口を開いた。
「パパが忙ちくていっちょに居られにゃいかや、この子達とこにょ町に行ってなちゃい。……って言われまちた。しょれかや、こにょ石を売っちゃお金で、お買い物ちたり遊んだり、ご飯食べちゃりちまちゅ!」
甘噛みしつつも一気に言い切る。
間違ったことは言っていないから問題はないだろう。
フェルトス様のところ以外はほぼそのままですし。
それにフェルトス様はある意味もう私のパパみたいなものですからね。
トマトジュースが大好きなマイペースパパなのです。
「そうでしたか。ちなみにそのパパは後でこの町に来られたりはしますか?」
「う? 多分来まちぇん」
ノランさんの問いにブンブンと首を横に振る。
フェルトス様はセシリア様のところへ行った後にも用事を済ませると言っていた。
なのでここに来ることはない、よね?
「ふぅ」
「ん?」
ノランさんが安心したように息を吐く。どうしたんだろう?
「いえ、失礼しました。それと、できればこちらで少しお待ちいただけますか?」
「ふぇ?」
門の横にある扉を指し示しながらノランさんはそう言った。
なんででしょうか。入っていいのでは?
もしかしてやっぱり迷子だと思われたのだろうか。
疑問符を頭に浮かべた私を見たノランさんが笑う。そしてすぐに疑問の答えをくれた。
「人を呼ぶ間、少し待っていてほしいんです。その後、その石の買取ができるところまで案内させますから」
まさかそこまでしてくれるとは。
ここの門番さんはものすごく親切なんですね!
「わざわざありがとうごじゃいまちゅ!」
嬉しくなった私は勢いよくペコリと頭を下げた。
やっぱりお礼は大事ですからね。
『うっ』
「あっ」
だけど頭を下げた勢いのまま、モリアさんが頭から落ちていってしまった。
やらかしました。どうしましょう。モリアさんが睨んでいます。
『チビスケ……オマエ』
「はわわ、ごめんちゃいー! かまにゃいでー!」
怒り心頭なモリアさんが私に襲い掛かる。
ガブガブと私の頭に噛みつくモリアさんを必死でなだめ、謝罪を繰り返すことしか私にはできない。
わー! 私の髪がー! 抜ける! はげるー!
ちょっとノランさん。そんな素敵笑顔で見てないで助けくださると嬉しいのですが!
「しゅてらー、たしゅけてよー!」
半泣きになりながらステラへ助けを求めるも普通に無視されちゃった。
誰でもいいからへるぷみー!




