黒影編8 御用だ御用だ!
「――気付かれました!」
私の視界は確保しつつ、絨毯の左前方に陣取ったシエラさんが声を上げる。
なぜ気付かれたのかはわからないけど、シエラさんの言う通り犯人が急にスピードを上げて山の方へとハンドルを切ったのが見えた。
「メイ様! まだスピードは上げられますか!?」
すかさず騎士団長さんがそう聞いてきたので、私ももちろんと頷き返し、さらに絨毯を加速させた。
こんなにスピードを出したのはカイルと初めて会ったとき以来だ。
いや、もしかしたら今回はそれ以上出してるかもしれない。
それにしても、本当になんでバレちゃったのかが不思議。
相手に気取られないように、かなりの高高度から追い上げていたんだけどな。
空を飛んでの移動だからお馬さんとか地面を走る乗り物と違って音だってあんまり出ないし、そもそも上空からの追跡なんて気付かれにくそうなのに、だ。
しかし過ぎたことをいつまでも考えていても仕方ないので、私は速度を上げるついでに絨毯の高度を下げた。
かなりの上空から犯人の少し上を取るくらいの高さまでの急降下。
普通なら急激な気圧の変化に体がついて行けずに不調が出そうだけど、ちゃんと魔法で守ってるのでそのあたりは大丈夫です。
犯人を捕まえる前にへばっちゃったら元も子もないからね。
降りる最中も現在も、絨毯の前側に乗る騎士団長さんとシエラさんは犯人からいっさい視線を逸らさなかった。なんて頼もしいんでしょう。かっこいいです。
そんなことを考えるのと同時に、私は少しだけ隣にいるカイルの様子が気になり、ちらりと横目で彼を確認してみる。
カイルの口は真一文字に結ばれてて、ぎゅっと目を閉じていた。
それにかなり顔色も悪い。少し震えてるみたいだし、両手で絨毯を握りしめていた。
そんな状態のカイルを見て、必要以上に怖がらせてしまった後悔と罪悪感が襲ってきます。
なので安心させるようにカイルの手に自分の手を重ねてぎゅっと握ると、少しだけ落ち着いてくれたのか震えが収まってきた。
そのことに安堵した私は視線を前方に戻し、犯人の追跡に集中する。
もう目と鼻の先まで追いついているので、あとは騎士団長さんやシエラさんがなんとか捕まえてくれるはず。
「むぅうう……」
でもそう上手くはいかなかった。
あと少しなのに、なかなか犯人に追いつけず私がみんなの足を引っ張っている。
こっちは空を飛んでいるのに、相手も同じくらいのスピードが出ているのだ。
地面は整備されてないから路面状況は悪いし、道らしい道だってあるわけじゃない。
そもそも山道になってるから障害物だってあるし、真っ直ぐの道は少ない。この辺りは木も多くってすっごく邪魔なんです。
こっちはその度にスピードを押し殺しちゃうけど、向こうはそのスピードを殺す回数が最小限になってるっぽい。
そのせいでじわじわ距離が開いちゃってる。
むしろこれは犯人の運転技術が凄すぎると言っても過言ではないんじゃないでしょうか。
「もぉー! 待てぇ!」
「誰が待つかボケッ! つーかいい加減諦めろやクソガキ!」
まぁ、なんてお口が悪いんでしょうか。でも私だってそんなことじゃ諦めません。
ほぼ遊びを兼ねて、だったけど、カイルのボード練習場で多少は障害物を避ける練習だってしてたんだもんね。
それにしても山道で日影が多いからか、このへんにはまだ所々昨日の雪が残っていたりする。
でもそんなことはまるで関係ないと言わんばかりに突き進んでいく犯人に素直に関心してしまう。
こけちゃうかもって怖くなったりしないのかな?
「あの魔道バイクは燃費が悪いらしいので、このまま見失わなければ捕縛のチャンスはきっときます」
「うー! 不甲斐なくてしゅみましぇーん!」
騎士団長さんのフォローに申し訳なさが胸に広がる。
大口叩いた割には大したことない結果しか出せていなくて本当に不甲斐ないです。
ほぼほぼ道なき道といっても過言ではない場所を私達は突き進む。
せめてもう少し道が広くなってくれれば私だって追いつけるのに。
そしてそれは向こうもわかってるんだろう。
だからきっと、このコース取りはわざと選んでるに違いない。
まったく小賢しいですね! もぉ、まったく!
決して苦し紛れのやつあたりではありませんとも。えぇ、決して!
「お嬢様」
そんな時だ。今まで静かだったカイルが話しかけてきた。
高度を下げた分余裕が戻ってきたのだろう。元気になって何よりです。
でも今度はこっちの余裕がなくなっちゃったので、できれば後にしてほしい――という気持ちをぐっと抑え、口を開いた。
「なにカイル。なるべく簡潔に――」
「――――――――」
「へ? あ、ちょっ、かいりゅ?!」
カイルから一方的に告げられた言葉の内容を理解するより早く、彼はそのまま絨毯の後方から飛び降りてしまった。
そして素早い動きでカバンからボードを取り出すと、それに乗って私達とは別方向に姿を消した。
「むぅー。シドー、悪いんだけどカイルについてってあげてー。あと、連絡係もよろちく」
「おー。まかせろー!」
私のお願いに影から返事だけが聞こえ、そのままシドーの気配が遠のいた。
影移動でカイルの元へと向かってくれたのだろう。
「メイ様。お二人はどちらへ?」
「あ、えっと……あとで、あとでわかりましゅ!」
騎士団長さんの問いに最小限で答えた私はカイルを信じて前を向く。
今のやりとりの最中にちょっと犯人と距離ができちゃったけど、それでも犯人に聞かれちゃう可能性があるもんね。
最初にこっちの追跡に気付かれたときのことを考えるとありえないとは言い切れないし。
多分あの人とっても感覚が鋭いのかもしれない。耳がいいとか?
だから念の為、ね。
「とにかく、わたし達はこのまま犯人を追いましゅ。でも二人ともいなくなっちゃったので、いざというときは頼りにちてまちゅ!」
「――ハッ! この命に代えましても!」
二つ綺麗に重なった返答を聞きながら、私は前方にいる犯人を見据える。
少しだけ距離を稼がれてしまったけど、まだまだ目視できる範囲だ。見失ってはいない。
人外系蝙蝠幼女の視力を舐めてもらっちゃ困ります。
私は乾いた唇をぺろりと舐める。
そしてもう一度絨毯を加速させ、再び犯人とのカーチェイス――車ではないけど――を始めた。
それにしても今の状況ってなんだか映画みたいだなぁ。
そんなことを思考の片隅で考えつつも、意識はちゃんと目の前の犯人へと向ける。
そのまま数分くらいは追いかけっこをしていただろうか。
時間的にはそんなに経ってないけど、両方ともスピードが出ているので距離的には結構な距離を移動していた。
視界の前方。犯人のさらに向こう側が明るくなっているのが見えるのだ。
きっともうすぐ森を抜けられそう、というか、少しだけ開けた場所に出られそうなところまで来られたと思う。
「そろそろ、かな?」
なんとなくそう思って小さくポツリとこぼした、ただの独り言。
「あるじー。この先で仕掛けるってさ」
そんな私の独り言に返事が返ってきた。
私の影からにょきっと顔を出したシドーが報告を持ってきてくれたのだ。
「――うん、わかった!」
私はそれに一つ頷くと、大きく息を吸い大声で犯人へと語り掛ける。
カイルと細かい打ち合わせはできなかったけど、私は私にできることをやります。
きっとカイルが上手い事やってくれると信じて!
「犯人に告ぐー! お前はちゅでに包囲ちゃれていりゅー! 無駄な抵抗は辞めちぇ、おとなちく投降ちなちゃーい!」
今日最大に甘くなってしまった活舌だけど、気にしない気にしない。
大きな声を出してこっちに注意をひけたらそれでいいんだ。
でもいきなり大きな声を出したせいで騎士団長さんとシエラさんを驚かせてしまったのは反省。
一言くらい言ってから声出せばよかった……。
「ハッ! 言ってろクソガ――ゥィ!?」
犯人が私の警告を鼻で笑ったような声を上げたあと、奇妙に裏返った声が響いた。
それと同時に、横合いから出てきた影によって犯人はバイクごと横倒しにされる。
バイクの倒れるガチャンという耳障りな音と、犯人のうめき声を聞きつつ私は絨毯を静止させた。
「――ってぇ……。クソが、何が起き――ぐぇ!」
「動くな」
「ひっ――!」
すぐに騎士団長さん達が犯人確保に飛び出したけど、その前に動いたのは飛び出してきた影――カイルだった。
倒れた犯人の背中を容赦なく踏みつけて、剣を犯人の喉元に突き付ける。その一連の動作に無駄はなかった。
すごくかっこいいけど……なんだかちょっと怒ったような、ドスの効いたカイルの声。
それにちょっとだけビビりつつも、私は平静を保つように息を吐いた。
カイル怖いよ……なんでそんなに怒ってるの?
もしかして高い所爆走したのとか、急降下したのを恨んでる……とか?
その恨みを私に向けられないから犯人に向けてるとか?
わかんないけどあとでちゃんと謝っておこうと心に決めました。
そして私も絨毯から降りてみんなの元へと向かう。
すでに騎士団長さんとシエラさんによって犯人はお縄についているので、安全ではあるのかなと判断しました。
とことこと近寄っていくと、騎士団長さんにあとを託したカイルがススッと近寄ってきた。
「あ、お嬢……その、勝手な行動して悪かった」
さっきの対犯人のときの冷たい表情とは違い、カイルは申し訳なさそうに眉を下げ、声音も沈んでいた。
カイルの言う勝手な行動というのは、さっき飛び降りたときのやつですね。
そんなに気にしなくてもいいんだけどな。やっぱりカイルは真面目だ。
そう。あの時カイルが私に告げたのは二手に分かれようって提案だった。
提案というかほぼ言い逃げみたいな感じだったけどね。
突然のことにびっくりはしたけど、こうして上手いこと犯人確保ができたので良しです。
ところでもう怒ってないんですかね? 怒ってなさそうですね、よかった。
私はそっと安堵の息を吐きながらカイルを見上げて口を開く。
「気にしないで。ところでカイルは怪我してない? だいじょぶ?」
「おぅ、へーきだ」
ニッと歯を見せて笑ったカイルに、私も同じように笑い返す。
「それにしてもカイルすっごーくかっこよかったよ! お疲れしゃま!」
「……おぅ!」
「なぁあるじ。おれも褒めろ」
「シドーもお疲れしゃま。頼りになる使い魔で、わたしも鼻が高いよ!」
「ふふん! そうだろうとも! あ、撫でていいぞあるじ!」
「ふふ。はいはい」
さっと自身の頭を私に差し出したシドーの頭をよしよしする。
次にカイルにもしゃがんでもらってカイルの頭もよしよしと撫でておいた。
頑張ったご褒美です!
それにしても。不甲斐ない主人と違って、大活躍を見せたカイルとシドーの二人。
私が一番意気込んでいたのに、終わってみれば今回私は何の役にも立ててないではありませんか。
情けないかぎりです。無念……。もし次があればがんばります! むんっ!
「カイル殿!」
そうやって心の中で決意を固めていたら、突然騎士団長さんが大きな声でカイルを呼んだ。
「――ッ! お嬢!」
「あるじ!」
「みぃ!」
その大きな声にびくりと肩を跳ねさせると同時に、何かに気付いたカイルとシドーが私に覆いかぶさってきた。
訳も分からない状況の中、ドカンという大きな爆発音に身を縮ませながら何が起こったのか状況の把握に努める。
しかしカイルとシドーに庇われた状態の私の視界は真っ暗で、何が起こったのかわからない。
みんなは無事なんだろうか。




