黒影編7 追跡
本日2本目の投稿になります。
騎士のお姉様方と別れたあと、私達はシエラさんと共に町の外へと出た。
みんなで走ってきたからか、それともシエラさんと一緒に外に出てきたからか。はたまたその両方か。
とにかく、突然バタバタと町から飛び出してきた私達に驚いたノランさんが声をかけてきました。
驚かせて申し訳ないです。
なのでとりあえず簡単に事情を説明したあと、私達は絨毯に乗って犯人の追跡を再開しました。
シドーの案内のもと飛び始めてからしばらくすると、町の外を捜査中だった騎士団長さん御一行を発見。
彼らとも合流し、情報交換をしました。
どうやら騎士団長さん達は近くの村で聞き込みをしていたようで、そこで怪しげな人物を見たとの情報を手に入れその人物を捜索中だったらしい。
情報によると、その怪しい人は『緑髪の派手な服装をした男』とのこと。
おっとこれは被害者の証言と一致しますね。
やっぱりこの容疑者の人が犯人なのかな。
その人は冥界祭に参加するために遠くから来たらしいけど、セラフィトの町で宿が取れなかったからその村で宿を取ったそうだ。
そして冥界祭に参加するために徒歩で村を出発。
だけどお祭りに参加したい周囲の町や村の人達にとって、徒歩移動は危険も伴う。
通常なら民間の乗合馬車があるけど、冥界祭期間中はそれだけじゃ足りないということでセラフィトの領主様が特別定期便を出してくれている。
各村や町の近くにバス停みたいな場所が決まってて、そこで乗り降りをするらしい。
これが朝から昼までに何便かあって、帰りも同じように夕方から門が閉まる少し前まで何便か出ている。
乗車にはお金が必要だけど、安全と移動時間を考えれば安いと思う。
なのにその人は定期便には乗らずに徒歩で出かけたらしい。武装らしい武装もなしで、だ。
村人が危ないからと定期便を勧めてくれても大丈夫だと言って断った。
そして翌日のまだ暗い朝方に帰ってきて、そのまま荷物をまとめて村を出て行ったとのこと。
うーん……怪しい。行きはまぁ良いとしても、帰りがなぁ。
何が怪しいかというと、帰ってきた時間が変なんです。
町の門は開いている時間が決まってて、例外を除けば通常ならだいたい朝の八時くらいに開いて、夜の八時くらいには閉まる。そんなサイクルです。
でも冥界祭の日だけは特別で、夜の閉まる時間がいつもより一時間程遅くなる。
町で宿が取れなかった人とかが祭りを楽しみつつも、その日の内に宿を取った村や町に帰れるようにとのことらしい。
ただ最終便に乗り遅れた場合は帰れなくなっちゃうから、そんな人は町中で夜を明かす。
お祭りは終わっても酒場とかが開いているのでそこで飲み明かしたり、酔いつぶれて町中に転がったり、などなど。こんな光景は珍しくないもよう。
そもそも初めから徹夜するつもりで、帰るつもりがさらさらないって人も一部だけどいるらしいからね。
つまり、町の外に宿を取った人は当日の夕方から夜。もしくは翌日の日が昇ってからしか帰ってこれないはずなのです。
その人は冥界祭に行くと出て行って、お酒の匂いを纏わせて帰ってきたようなので間違いなくお祭りには参加してたんだろう。
その村は徒歩なら二時間程で移動できる距離。定期便は各駅停車だから少し時間はかかるけど、多分一時間程でしょうか?
なのに容疑者が帰ってきたのは朝方。徒歩でも定期便でも時間が合わない。
仮に朝に帰ったんだとしても、時間的に門が閉まってる時間に外に出たってことになる。
魔物が出るからよほどのことがない限りは外で野宿する意味もないと思うし……うん、やっぱり怪しいですね。
ということでこれ幸いと騎士団長さんにこちらの状況と事情を説明し、絨毯に一緒に乗ってもらって追いかけることにした……んだけど、その時に一悶着あった。
なんと騎士団長さんが私も一緒に行くことを渋ったのだ。
カイルだけならともかく、子供かつフェルトス様の娘でもある私を危険には晒せないということらしい。
たしかにそれはもっともな意見ではある。納得もできる。
でもいま一番速く移動できる乗り物を持ってるのは私だ。
容疑者が朝方に村から出て行ったのなら、もうすでに遠くに逃げている可能性だってある。何か乗り物を持っているなら尚更だ。
私の絨毯は騎士団長さん達が乗ってるお馬さんより速く移動できるから、その分早く追いつけるはず。
それに、犯人を見つける役目のシドーは、私以外の人の言う事を聞かないと思うので、私も一緒に行く必要があるんです!
そう説得を試みれば、渋々だけど条件付きで騎士団長さんが折れてくれた。
無理言ってごめんなさい。
でも私から離れたシドーが、騎士団長さんの言うことを大人しく聞いてくれるのか? といえば今までからして、申し訳ないけどやっぱり答えはノーでしかない。
私が行かなかったらカイルも護衛として一緒に引き返すだろうし、シドーだって「じゃあおれも帰る」って言いだしそうだし。
そもそも犯人捜しは私が言い始めたようなものだから、責任持って最後までやりたいのです。
安心してください。
私のカイルとシドーは強くて頼りになりますから、私のことをちゃんと守ってくれます。
だから騎士団長さん達の足を引っ張るようなことはしないと思うし、あまり出しゃばった真似もしません。
ちゃんと大人しくしてます!
あ、ちなみに他の騎士さん達全員を絨毯に乗せることはできないので、そのままお馬さんで私達の後ろを追ってきてもらうことになった。さすがに定員オーバーです、すみません。
そうして騎士団長さんも一緒に乗ってもらい、移動することしばらく。
絨毯の一番前に陣取ったシドーが何かを見つけたのか、前方を睨みつけるように凝視し始めた。
「――いた。あるじ、あいつだ」
そしてぽつりと呟かれた言葉のあと、私の方へと振り向いたシドーがある一点を指差した。
「んー? ……あ。あれかぁ」
その示された方に視線をやれば遠目にだが、たしかに誰かがいた。
さらに目を凝らせば、大きなリュックを背負った茶髪の男が大型のバイクを走らせているのが見える。
そう、バイクだ。馬でも箒でもなく、バイクだ。
カイルの移動手段としてバイクも考えたことはあった。
大きすぎるからって理由で没にはしたけど、そもそもこのへんには売ってない。ということも没にした理由だ。
一から作るにしてもパーツやらなんやらの問題があったからね。
その時に他にも色々とカイルが教えてくれました。
燃料として魔力と魔石どっちでも動くけど燃費が悪い、とか。既製品を買うとしても本体がそもそも高額である、とかですね。
そんなことを考えていたらシエラさんが口を開いた。
「たしかに何か見えますが……どうですか騎士団長」
「少し待て」
同じようにシドーの指し示した方を見ていたシエラさんだったけど、視線はすぐに騎士団長さんに向けられた。
そしてシエラさんに問われた騎士団長さんは、腰に下げていた単眼鏡を取り出し覗き込んだ。
「……あれは……魔道バイク、か?」
「ですね。随分とまぁ珍しい物に乗ってるもんだな」
騎士団長の声に返事を返したのはカイル。
後半部分はボソッと呟かれたので、多分私にしか聞こえてないと思う。
あ、でもシドーには聞こえてそう。
そしてカイルも私の眷属になったから人間の時と比べて視力が格段に良くなっている。
人間の騎士団長さんが単眼鏡を使って見る距離を、私達は裸眼で見れているんですよね実は……。
地味だけど、そんなところに種族の差を感じます。
「魔道バイク……ですか? でもあれはたしか雪上を走るためのものでは?」
「本来はそうですね。ですが近年では陸上や水上も走れるように改良されたものがあると聞いてます」
「そうだったんですね。カイル殿は博識でいらっしゃる」
「知識があるだけで、実物は見たことがないのですけどね」
シエラさんの疑問にすらすらと答えていたカイルは少し眉を下げて笑った。
顔が良い人は困った顔もかっこいいですね。
そのあとも大人三人が何かを話していたが、違和感を覚えた私の意識は犯人に向いていた。
「んー?」
首を傾げながら違和感の正体を探る。
「どしたあるじ?」
その最中。絨毯の前側から私の方に寄ってきたシドーが私と同じように首を傾げた。
ちょっとかわいいなと思いつつも、私は違和感の正体を探るのを止めない。
「……あぁしょっか。あの人の髪の毛、茶色なんだ」
「そだなー。それがどうかしたのか?」
「んっとねぇ。たしか目撃証言によれば、容疑者の人の髪って緑だったはずなんだよね。……でしゅよね、騎士団長さん」
そこで私は騎士団長さんに話を振る。
いつの間にか大人組のお話は終わっていたらしく、私に注目してくれていたのですんなりとお返事が貰えた。
「はい。証言によると明るい緑とのことです」
「ですよね。でもあの人の髪の色は茶色だよ?」
「んー。んなこと言われても、あいつからあるじの匂いがたくさんするし、おれが追いかけてたのはあいつで間違いないと思うぞ」
「わたしの……におい?」
衝撃の言葉がシドーから放たれ、他の情報が頭に入ってこない。
え、もしかして私って……くさい?
少しだけ不安に感じた私はくんくんと自分の臭いを嗅いでみる。
もちろんそんな場合じゃないのはわかってる。わかってるんだけど、私だって女の子だ。
臭うと言われたら気になるというものじゃないですか。
温泉が出来てからはお風呂だってほぼ毎日ちゃんと入ってる。
どうしても入れない日があったとしても、その日は浄化の魔法を使って清潔さは保ってるつもりだったんですよ。
「ふふっ。大丈夫ですよお嬢様。お嬢様はむしろいい匂いがしますから」
あまりにも私がすんすんしてたからか、隣にいるカイルがフォローを入れてくれた。
騎士団長さん達がいるからカイルはずっと猫を被ってるけど、浮かべている笑顔はいつものカイルのものだった。
ちなみに騎士団のみんなはカイルの素を知ってる。
知っているからカイルが猫を被り始めたのも承知の上だけど、それを突っ込まないでいてくれる良い人達でもあります。
「むー、ほんと?」
「もちろん。ですよね騎士団長殿?」
「えぇ。メイ様はどちらかといえば陽だまりのような、暖かい匂いがしますね」
それはどんな匂いだろう。干したての布団みたいなあれかな?
「メイ殿が異臭を放ったことは今の今まで一度もありませんのでご安心ください!」
「あ、ありがとござましゅ……よかったでしゅ」
カイルに続き、騎士団長さん、シエラさんと、みんなして私のフォローをしてくれる。
でも今度は違う意味で恥ずかしくなってきてしまい、私は少しだけ俯いた。
「それに多分シドーが言ってる匂いというのは、体臭のことではなく魔力のことだと思いますよ。そうだろシドー」
「それ以外ないだろ?」
当たり前だろう。とでも言うかのように、心底不思議そうな声音で返してきたシドー。
むしろ私が不安に思ってる間ずっと不思議そうに私を見てたね。
「つか、なんかカイル喋り方変だぞ。どした?」
「気にすんな」
いやいやシドーにとっては魔力に匂いがあるなんて当たり前のことでも、私にとってはその発想はなかったんだもん。初耳だよ。
むしろ大抵の人は私と同じで体臭だと思ったはずだ! そうに違いない!
「シドー様。本当にあの者からメイ様の匂いがしているのですね?」
「だからそう言ってるだろ。ただの人間のくせにおれを疑うのか?」
「そのような事は決して……。シドー様がそうだと仰るのならばあの者が今回の事件の犯人で間違いないでしょう。――メイ様」
「あ、はい。なんでしゅか?」
自らが出した結論にうんうん頷いていたら騎士団長さんに呼ばれたので、明後日の方角に飛ばしていた思考を戻す。
「ヤツに追いつくことは可能ですか?」
「へ? あ……はい! もちろんです。スピードには自信があるのでお任せくだしゃい!」
いまだ爆走を続ける前方のバイクを示しながら問う騎士団長さんに、私は是非もなく答えた。
いけないいけない。今は変な事を考えている場合ではないのだ。
それにシドーが言うならきっとあの人が犯人で間違いないだろう。気合を入れ直さなければ。
幸いにもまだ遠いおかげか、相手に私達の存在は気取られていないはず。
ならばここは気付かれて逃げられてしまう前に、一気に距離を詰めるに限ります!
「よーち!」
私はほっぺをぱちんと叩き意識を切り替える。
向こうは見た限り一人。
こっちは騎士団長さんとシエラさんの二人。人数差でも勝っている。
カイルとシドーは私の護衛ということで、ギリギリまで戦闘には参加せず見守る手筈だ。
そして二人と同じく私も戦闘には参加しない。
それが騎士団長さんが出した条件だからですね。
なので今回の私は移動の足に徹します。
もちろんいざというときは私も戦闘に参加する覚悟だけはしておく。
クラーケンと違って、今回は人間相手だからちょっと不安だけど、一応ね。一応。
そうして意識を切り替え終えた私は小さく息を吐き、目標を見定めるように犯人を睨みつけた。
「飛ばすからみんなちっかり捕まっててね! あと、カイルは少しだけ我慢よろちく!」
高所恐怖症のカイルにとって、高い所でさらにスピードなんか出されたらたまったもんじゃないだろう。
でも今はそんなことを言っている場合ではないので問答無用で我慢を強いる。
現状でもけっこうキツイだろうに、本当にごめんね。
「……もちろんです、お嬢様」
一拍置いて返されたカイルの返事に苦笑いが漏れる。
いちいち確認はしないけど、あの返事から今のカイルの表情が想像できてしまう。
きっと引き吊りそうな口元を必死に抑えて、笑顔の仮面を被ってるんだろうな、ってね。
「んじゃおれは影に入ってるなー」
「うん。出番が来たらよろちくね」
「おぅ、まかせろ!」
にっこり笑ったシドーが私の影に入っていくのを見届けたあと、視線を前方にいる騎士団組へと移す。
「よろしくお願いします、メイ殿」
「こちらはいつでも大丈夫です」
私の視線を受け、シエラさんと騎士団長さんが力強く頷き返してくれた。
腰の剣に手を当て準備万端な二人はとても頼もしい。
「では、行きましゅ!」
カイル、シドー、シエラさん、騎士団長さん。それぞれの返事を聞いてから、私は一気に絨毯のスピードを上げた。
ぐんぐんと縮まる距離に、呑気にバイクを運転している犯人の姿もはっきりと見えてくる。
ふふん。これは貰ったな。覚悟しろ犯人め、すぐに捕まえてやるぞ!




