黒影編6 事件発生
冥界祭も無事に終わった翌日の午後。
お祭りという特別な日は終わり、今日からはまたいつもの日常が始まる。
「お酒が盗まれた!?」
そう思っていた矢先にノランさんから知らされた驚きの情報に、私は思わず声を上げてしまった。
カイルとシドー――は影の中に待機してる――を連れていつものようにぶらっと遊びに来たのだけど、まさか町でこんな事件が起こっているとは夢にも思わなかったです。
「……ほんとですか?」
ノランさんがそんな嘘を私に吐くはずがないので、本当なのはわかっている。
でも思わずノランさんへと聞き返すくらいには驚きに思考を支配されていたのだ。
もう冥界祭も今回で六回目。
今まで私が売ったお酒が盗まれたなんて話は聞いたことがないので、この事態は今回が初めて。
「えぇ。俺は大丈夫でしたが、俺の同僚が一人と、あと町のやつらが何人か。いま騎士団の連中が町の中と外で犯人を捜してます」
だから今の町はちょっと騒がしいけどご了承くださいね、と続けられた一言に私は無言で頷いた。
「もう犯人の目星は付いてんのか?」
腕を組み難しい顔をしたカイルがノランさんに聞く。
「いや、それがはっきりとはしてなくてな」
「んだそれ」
「いやほら。昨日はほとんどのやつがかなり酒も入ってたし、なにより祭りの参加者自体も多かっただろ。だから昨日の記憶自体があやふやってやつが多くてな」
「あぁ、なるほど」
納得の声を出したカイルと一緒に私も軽く頷く。
フェルトス様を始め、ガルラさんもカイルもお酒強いから飲んでも記憶なくしたりはしないけど、なくす人もいるからね。むしろあやふやでも残ってるのなら良かったレベルでしょうか。
え、私はどうだったか? ノーコメントで。
「だが聞き取り調査の結果、全員共通した相手と飲んでたことがわかってな」
「へぇ。どんなやつだ?」
「特徴としては明るめの緑の髪で、派手な格好した若い男、だとさ。そいつと意気投合して一緒に飲んでたんだが、気付いたら酔いつぶれて道で寝てた。んで目が覚めたら持ってたはずの酒がなくなってたらしい」
さっさと持って帰ればよかったものを。なんて呆れたように呟くノランさん。
私もその意見には同意だけど、他所から来た人だったとしたら持ち歩いてたとしてもわからなくはない。
「ちなみに、どこかに置き忘れた、とかではないんですか?」
「それはないっぽいですね。そういうことが無いように肌身離さず持ち歩いていたようなので」
「ふむぅ」
「服の下で物理的に体に括り付けてたり、鍵付きの鞄に入れてたりと、方法は様々ですが」
どうやら希少性のあるレア酒なだけあって、みんなそのへんは人一倍気を遣っていたようだ。
ならやっぱりその一緒に飲んでたって人が一番の容疑者っぽい?
もしくは普通に酔いつぶれて寝ていたところを魔が差した人間が盗っていったか。
「……今や冥界祭はそれなりに知名度も上がってるし、近隣の町や村、それ以外からも人が集まってくるからな。人が多くなればそれだけおかしなことを考えるやつも多く出てくるってことか」
「だなぁ」
「うんうん」
カイルの言葉に私とノランさんが深く頷く。
そしてそれと同時に、私はあることに気付いてしまいノランさんに尋ねた。
「……あの、ノランさん。お酒を盗まれた人達って無事ですか? その、怪我人とかは……」
よく考えたらまずはこのことを一番先に心配しなきゃいけなかった。
話だけ聞いてると大事はなさそうだけど、もしかしたら容疑者の人に変な薬を盛られてたりなんかするかもしれない。
意識がなくなったあとは道に放置されてたみたいだし、酔った勢いでこけてたりしても危ない。
それにお酒以外にも何か盗られてる可能性だってあるわけで……。
身近な場所でそういうことがあったと考えると、色々怖いし心配だしで、いまさらながら少しだけ震えてきてしまう。
怖くなってきた私は隣に立つカイルの足にぴったりとくっつきながらノランさんを見上げる。
するとノランさんは私の恐怖心を察してくれたのか、いつもみたいににっこり笑顔を向けてくれた。
「それは大丈夫です。今回の事件で負傷者の報告は受けていないので、そこは安心してくださってかまいませんよ」
「ふへぇ……よかったぁ」
ノランさんの答えを聞き安堵の息を吐くと、頭の上に重みが増した。
重みの正体はノランさんの手で、落ち着かせるように優しく私の頭を撫でてくれた。
「ご心配頂きありがとうございます、メイ殿」
「いいえー。とりあえずみなさん無事みたいで安心しました」
いやほんとに。お酒は代わりがあるけど、命に代わりはないもんね。
でももし今回の事件がちゃんと解決しなかったら、今後の冥界祭の開催はちょっと考えた方がいいかもしれない。
また同じような事があったらダメだもんね。
というか、カイルも言ってたけど今までは地元に近い人ばっかりだったからこういう犯罪が起きなかったってだけで、参加人数が増えたならそりゃそれだけいろんな人も来るよなぁ。うんうん。
そこのところもジェイドさん達と相談して、もうちょっと対処できるようにしなきゃ。
「そういえば……盗まれちゃった人に保障とかってした方がいいですかね?」
「保障ですか?」
「例えば、同じ種類の新しいお酒を代わりに渡す……とか」
必要ないとは思うけど、一応確認だけはしておく。
これが地球だとしても、さすがに盗まれたから新しいのくださいは通用しないもんねぇ。
まぁもし「してくれ」って言われても今はちょっと無理なんですが。
「あー、なるほど。それは必要ないです」
「やっぱりです?」
「はい。メイ殿は何も悪くありませんからね。お気持ちだけいただいておきます」
「はーい」
そこでノランさんとの話を切り上げ、私達は町へと入る。
帰るという選択肢もあったけど、一応町の様子見も兼ねて中に入ることにした。
町の中は昨日の賑やかさとは別の、ざわつきのようなものがある。
どうやら泥棒騒ぎが広がっているようだ。
すれ違う騎士のお兄様やお姉様達も忙しそうに走り回っている。
私とすれ違う際にわざわざ立ち止まって礼をしてくれるので、私もお疲れ様ですと言って彼らをねぎらっておいた。
本当はそんなことしなくてもいいって言いたいけど、一人一人に言ってられないし、なにより今は犯人の捜索に時間を取ってもらいたいので。
「やっぱり、のんびり遊んでられる雰囲気じゃないね」
町にある噴水の縁に座り町並みを眺めながら呟く。
隣に座ったカイルも心なしかいつもより難しい顔をしている気がした。
「だな……早いけどもう帰るか?」
「んー……」
カイルからの問いかけに意味のない言葉を返しながら、ざわざわと落ち着かない町並みをまたぼんやりと眺める。
もしかしたら犯人が逃げるタイミングを逃して、まだこの町の中に潜伏してる可能性もあるよね。
もしくはすでに町の外へ逃げてる可能性も普通にある。
でもどれだけ考えても可能性だし、今の私にどっちが正解かなんてわからない。
だから少しでも危険があるならもう家に帰った方がカイルの心情的には良さそうではある。
あるんだけど――。
私はぼんやりと眺めていた町並みから周囲の人々に視線を移す。
そこには厳しい顔をした騎士様達や、不安そうな町の住人達がいた。
私の場合は冥界に帰ればこの騒ぎは関係ないし、絶対的な安心を得られる。
でもここの人達はそうじゃない。
犯人が捕まらない限りいつまでも『もしかしたら』がまとわりつくのだ。
私だって地球にいたころ、近くで犯罪があったなんて知ったら不安だったし、恐怖心だって隠せなかった。
犯人逮捕の情報が一番いいけど、そうじゃなかったらその後の情報なんかを聞いて、少しでも安心したい気持ちはこの世界でも同じなはずだ。
今の私は魔法も使えるし、空だって飛べる。
そう考えると、もしかしたら私にも犯人捜索のお手伝いぐらいはできるかもしれない。
それに、地上から探すより空からの方が捜索範囲だって広げられる。
ただ、建物の中にいられたら空からのアドバンテージも意味はないんだけどね。
そんな考えが頭をよぎるが、そもそも素人がしゃしゃり出ても迷惑なだけではないかと思い直す。
でも私の力で犯人の早期発見に繋がる可能性が高まるなら、協力は惜しみたくないという気持ちもあるにはある。
「むー……」
「あーるじ!」
「わきゃっ!」
「おっと」
腕を組みうんうんと頭を悩ませていると、突然私の影からひょっこりとシドーが顔を出した。
いきなり視界が黒と赤に支配され、驚いた拍子に後ろへと倒れ掛かる。
でもすんでのところでカイルが背中を支えてくれたので、全身濡れ鼠と化すのは回避できた。危なかった、ありがとうカイル。
「大丈夫かあるじ? ごめんな」
「いいよ大丈夫。それよりどうかした?」
カイルにお礼を言いシドーへと向き直る。
するとシドーはバツの悪そうな表情から一転、自信に満ち溢れた顔を私に向け、次いで胸を張った。
「ふふん! あるじ! ここはおれに任せろ!」
「ん? えっと、ごめん。……何を?」
張った胸をドンと拳で叩き意気込むシドー。
しかし突然のことで何がなんだかよくわからない私はシドーの主張に首を傾げることしかできない。
「だから、あるじのモン盗んだ犯人捜しだ。あるじ、そいつを見つけたいんだろう?」
「え、うん。ちょっと違うけど……そう。でもなんで考えてることがわかったの?」
たしかにお酒は元々私のものではあるけど、もう売っちゃったから所有権は私にはない。
それともシドーの中ではまだ私のもの判定なのだろうか?
そんなどうでもいいところに引っ掛かりを覚え、微妙に気になってしまう。
でもそれは些細な事と割り切り、次に気になったことをシドーに聞いてみた。もしかして口に出てたのだろうか?
「おれとあるじは繋がってるからな。なんとなくわかるぞ」
「なにそれすごい」
「……俺はわかんねぇんだけど?」
「そこはあれだ。眷属と使い魔の差だ」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
「はぇー」
カイルとシドーのやり取りを聞きつつ、私は判明した新事実をうまく飲みこめずマヌケな顔を晒す。
まさかのプライバシー駄々洩れ案件じゃないですか。
ただ、シドーも自分で言ってたけど、なんとなくわかるってだけのようだ。
どうやら主人の機嫌が良いとか悪いとかはもちろん、どうしたいかってのもなんとなく感じ取ってしまうらしい。
でもこれは私が訓練すればプライバシー駄々洩れ案件を回避できるそうなので頑張りたいと思う。
シドーだって知りたくもない自分以外の思考や感情が入り込んでくるのは嫌だろうしね。え? 嫌じゃない? そっかぁ……。
「ちなみにだけどなお嬢。口にも出てたぞ」
「えっ!」
「ちょっとだけな」
微笑まし気にコソッと教えてくれたのはカイル。
シドーもうんうんと頷いているのでどうやら本当に口に出してたようだ。気を付けよう。
「こほん。それにしても、なんで急に犯人捜しを手伝ってくれる気になったの?」
少しだけ恥ずかしさもあり、わざとらしく咳払いをする。
そんな私にカイルが優しい目を向けてるのに気付いたけど、それは気付かないフリをした。
だって余計に恥ずかしくなるんだもん!
「えっと、シドーは事件のこと興味なさそうだったよね」
寝てたりしない限り、影の中にいても話はちゃんと聞いているらしい。
だから今回の窃盗事件の話もノランさんのところで一緒に聞いていたはずだけど、一切反応がなかったもんなぁ。
やっぱり私がやる気になったかどうかの違いだろうか。
「犯人が捕まったらあるじは安心できて嬉しいだろ? あるじが嬉しいならおれも嬉しい! だからおれが捕まえてやるんだ!」
むんっと力こぶを作りながら、シドーは自信満々に言い切った。
なんて頼もしいんでしょう。どうやって捕まえるのかはまったくわかんないけど。
でもその気持ちが嬉しいよね!
「そっか。シドーは優しいね、ありがとう!」
「ふふん! よし。それじゃあおれについてこい! こっちだあるじ! いくぞー!」
「へ? あっ――待ってよシドー!」
突如走り出した――足はないけど――シドーを慌てて追いかける。
噴水の縁からぺいっと飛び降り、一生懸命走るけど、生憎私は足が遅い。しかも体力もない。
そんな状態で追いつけるはずもなく、早々に息が上がってしまった私は、情けなくもカイルに回収された。
シドーはあんまり私から離れられないから置いて行かれることはないけど、急に走り出されると焦ってしまう。
「おいこらシドー。お嬢がバテてるだろ。先行くな戻ってこーい」
「……むー。あるじちょっと体力なさすぎるぞ」
「ごめ、ねー……ふぅー」
遊びも兼ねて体力作りはしているけど、どうにも上手くいかないんだよね。
息を整えながら戻ってきたシドーに謝罪を入れる。
するとすぐにカイルが水筒を差し出してくれたので、それをありがたく受け取りごくごくと飲み干した。
「ぷはぁ。おいしー」
「落ち着いたか?」
「うん。あいがとかいりゅ」
「どういたしまして」
それからはカイルに抱っこされたままシドーの後を追う。
自信満々に先を進むシドーは一切の迷いがなさそうで、何かの確信があるようだった。
「こっちだ」
「ほんとにそっち?」
「おれを信じろ」
大通りをずんずんと進み、向かう先にあるのは町の門。
もしかして犯人はもう町の外に出ているのか。だとしたらすでに遠くへ逃げてるかもしれない。
ちゃんと追いつけるのだろうか。
そんな不安を抱えながらシドーを追いかけている途中、シエラさん率いる騎士のお姉様方に出会ったので事情を話し一緒に来てもらうことになった。
「シドー様。やはり犯人はもう町の外へと逃げてしまっているのでしょうか?」
「おー」
「やはりそうですか」
相変わらずシドーは他人に対して愛想がない。
でもシエラさんは気にしていないのか他のお姉様方になにやら伝言を頼んでいた。
三人いた騎士のお姉様方はそれぞれシエラさんから伝言を預かると、さっとその場から離れていく。
ちなみにこの間ずっとシドーを追いかけながら走ってます。
そしてもちろん誰も息が上がっていない。さすが騎士様かっこいいです!
ところでシドーは私の影から出てお日様の下に出てるけど、大丈夫なのだろうか。
今日は曇りだし完全な日光の下じゃないから大丈夫なのかな?
そうだとしても具合悪くなりそうなら、すぐに影に入れてあげられるように注意だけはしておこうっと。
昔の私みたいに倒れでもしたらしんどいし、大変だもんね。




