専属執事をやめたら幼馴染のお嬢様がやけにグイグイくるのだが
「今日をもちまして、八条家の専属執事をやめさせていただきます。皆さんには幼い頃から大変お世話になりました。感謝してもしきれません!どうも、ありがとうございました!!!」
都内高級住宅街にある膨大な土地にそびえ立つ名家「八条家」の大きなお屋敷の中。そこの大広間にて俺……「野原純」の退職会が行われた。幼い頃……両親に捨てられた俺を旦那様が助けてくださった頃からずっと働いていたため、他のスタッフとも親交が深いこともあってこんな盛大に送り出してもらえる。
なんて幸せなことだろうか。それだけに少しだけ、やめるのが惜しくなる気持ちすらある。
「いやーまさか本当にやめるだなんて。なんで辞めんの?衣食住支給で金もいいこの仕事、やめるのなんて勿体無くね?」
歳が三つ上で、お姉さん的な存在である先輩メイドの「佐野ヒカル」さんがジュースを俺に渡してくれて、女子力を一切感じさせない飲みっぷりを見せながら問いかけてきた。
「俺ももう高校生になりますし、学費も正直今までの稼ぎで払えます。今までは仕事優先で学生らしいことができませんでしたけど、せっかくの高校生活ですから思いっきり堪能しようかと思いまして」
「えーそんないいものかねえ。私は今年で卒業したけど、ドラマみたいな展開にはならなかったよ。ささ、今からでも遅くないよ、やめるの取り消しな。あんたがいないと執事がジジイばかりで男の花がなさすぎるからさ」
「佐野さんは女子高に通ってたからドラマみたいな展開にはならないでしょうが!!!」
「ひひひ、まあそれもあるわな。でもさ、あんただって多少は残りたいとも思ってるんじゃない?ほら、今日もお美しいあの方がいらっしゃるよ」
「う……」
佐野さんのいう通り、確かに俺には大きな心残りがある。この八条家唯一の跡取りであり、そしてスーパー美少女。可愛いという言葉も、美しいという言葉も、彼女のためにあると言っても過言ではない存在……「八条ノア」お嬢様だ。
歳も同じということで、幼い頃からずっと側近として主従関係を結び、どんな時も一緒だった。恋心を抱いてたのはいつだったのか、もしかしたら出会った頃から好きだったのかもしれない。それぐらい、俺には特別な存在だ。
だけど俺とお嬢様は主従関係にすぎなかった。だから俺は恋愛感情を持つべき存在ではないし、持たれる存在でもない。……つまり、諦めざるを得ないわけだ。
「ほら、はよ喋ってこい!」
「う、うわあ!」
目線でだけお嬢様を見ていたら、佐野さんが豪快に俺を引っ張ってお嬢様の前まで連れてきた。この人、本当に女性なのかと疑いたくなる男勝りな性格だよな。……ってやばい、お、お嬢様との距離が……。
「あら純。わざわざ私にも会いにきてくれたの?」
アメリカ人の奥様の遺伝子を色濃く受け継いだお嬢様のお美しい金色の髪がさらりと俺の目の前で揺れ、精巧に整えられた可愛らしい顔からの笑顔が、俺の視界に入る。
「い、いや会うべくしてあったというか、なんというか……」
「チキってたくせに会うべくしてとかよく言えるね」
「さ、佐野さん!!!」
余計なことを言いやがって!お、お嬢様の前では最後くらいカッコつけたいのに!
「ふふっ、本当に最後まで純らしいわ」
「そ、それほどでも……」
「褒められてないから」
「佐野さん黙っててください!しっし!」
「へいへい……」
先輩とはいえお嬢様との会話を妨げるとなれば致し方ない。佐野さんも物分かり良くその場を立ち去ってくれて、俺とお嬢様、二人きりで会話をすることに取り付けた。
どうする俺、この場で……告白をするか?もう他人になるんだ、主従関係じゃなくなるんだ?気持ちだけでも……伝えて損はないはず。
「?どうしたの純?」
「…………」
だけどお嬢様の顔を見れば見るほど、自分にはふさわしくない存在だと痛感する。この人は日本有数の名家の跡取りで、俺は親なしの学生。不釣り合いすぎるんだ。俺じゃだめだ、お嬢様にはもっといい人がきっといるはず。
「……いえ、なんでもありません。今まで大変お世話になりました」
「こちらこそ、純には色々助けられたわ。会えなくなると考えると、寂しいものね。……ねえ純、本当にやめちゃうの?」
「……」
なんだかお嬢様の目が涙目にも見えた。……でも、みんなそう言ってる。お嬢様も友情関係の中で少しだけ寂しさを感じているだけだろう。だがもう決めたことだ、いつまでも甘えているわけにもいかない。
「ええ、もう決めましたから。ご心配なさらず、きっといい高校生活を送りますよ」
「…………そうね、きっと純なら送れるわ」
「高校生活が落ち着いたらお屋敷にはお邪魔しますので、その時にまた会いましょう」
「ええ。楽しみにしているわ、四月を」
「?四月?」
はて、いま来る時期を伝えたか?だけどお嬢様から訂正はないし……四月に来いってことかな?まあお嬢様がそうご希望されるのなら頑張ってくるか。
「おい純!今からビンゴ大会するからはよ来い!」
「は、はいはい!そ、それじゃあお嬢様、元気でいてくださいね!」
「……え、ええ。」
少しだけ、お嬢様の顔が真っ赤になっていた気もした。だけどまさかあのお嬢様が顔を赤く染めるなんてことはないだろう。きっと俺の見間違いだ。
「……ぷっ、プププ……」
「佐野さんなんで笑ってるんですか。そんなに俺が面白かったですか?」
そしてなぜか、佐野さんが必死に口を押さえて笑いをこらえていた。そこまで俺はドジを踏んでいなかったとは思うのだが……そんなにツボにはまることがあったか?
「い、いやーホント二人の関係って面白いなあって……い、いひひひ」
「変な笑い声出さないでください。それに、俺が情けないだけでお嬢様は関係ありません」
「ひひひ……あーもうホントおもろい!そうだね、お嬢様はまともだよね!……ひひっ、ウンウン」
「……は、はあ」
女子高のノリというものなのか?だがまあこの人はよく笑うから今に始まったことじゃないよな。さてと、最後ぐらいビンゴでいいものあてよう!
こうして俺はお屋敷で過ごす最後の日、見事ビンゴではテレビを当てることができて家具も手に入れることができ、最高に楽しく終わりを迎えることができた。
このまま高校生活も楽しく過ごそう、そう心がウキウキとしながらあっという間に四月、入学式を迎えた。……のだが。
「……………………え?」
「あら純。奇遇ね、同じ高校だなんて」
どういうわけか、なんというわけか。一番乗りで来たつもりだったクラスの教室に入ると、そこには美しくて可愛い制服姿をした……ノアお嬢様が俺の座席の隣に座っていた。
ノアお嬢様は中高一貫の名門校に通われている。俺も中学の頃は護衛を兼ねてその学校に通わせてもらったのだが、なんというか別次元の世界で……俺が一切馴染むことができなかったのはいうまでもない。
だからお嬢様はその名門校に通われているはずなのだ。つまりここにいるわけがない。きっとこれは俺がお嬢様のことをお慕いすぎて夢を見てしまっているのだろう。よし、一発頰を殴るぞ!
「痛ってえ!!!」
どうやら夢ではないらしい。めちゃくちゃ痛い。
「純、いきなり頰を殴ってどうしたの?ほら、赤くなってしまってるわ」
「!!?」
お嬢様が心配そうな表情を浮かべつつ、俺の頰にそっと手のひらを置いて優しく摩ってくださった。こ、これはやはり現実なのか?でもそんなわけはないんだ、きっとこれは俺がお嬢様のことを頭に考えすぎて幻覚が見えてしまっただけなんだろう、うん。
「もう純、どうして何も言葉を返してくれないの?久しぶりの再会なのよ、もっと感動してくれないと少し悲しくなるわ」
だが俺の考えとは裏腹に、お嬢様は両手で俺の頰を触り唇が当たりそうなぐらい顔を近づけて妖艶な笑みを浮かべてらっしゃる。
「おおおお嬢様!!!か、顔がち、近いです!」
このような表情は見たこともない。ましてやこれほどまで物理的に距離が近くなることなんてもってのほかだ。さらにお嬢様の心地よい香りも漂ってくるため、夢ではなさそうなのが……俺の頭を困惑させる。
「あら純。これぐらいいいじゃない、一ヶ月ぶりの再会なのよ。その期間の虚無を埋めるには必要な距離感よ」
「い、いやそれは……い、一ヶ月ですし……」
「純は私に一ヶ月会えなくても平気だったの?」
全然平気ではありませんでした。お嬢様への気持ちを絶つべくやめたということもあるのに、俺としたら毎晩お嬢様のことをふとした時に考えてしまって……。だ、だからこうして会えたことはすごく嬉しい。
「……は、はい。平気……でしたよ」
だが素直にそういうわけにもいかない。俺は執事をやめた身である。いつまでも前職に未練を抱えているだなんて情けないこと、お嬢様に対して言えるわけがない。だから俺は……お嬢様に対して嘘をついた。
「…………………………ふぇ?」
「……お、お嬢様?」
その返答に対して、お嬢様はあまりに想定外のことだったのか見たことのないアホ面……お、おほん、お間抜けなお顔をされて明らかに動揺していた。
「そ、そう。わ、私はてっきり純が私を恋しく思っていたと予想していたのだけれど……そう、そうなのね、へ、へえ……」
そんなに俺が平気でいたことが驚きだったのか……。な、なんか悪いことをした気がしてすごく罪悪感が出てきた。
「た、多少は思っていましたよ!長らくご一緒にいましたから、急に離れると寂しくなりました!」
なので俺は多少ちょーっとだけニュアンスを変えてお嬢様に多少本当の気持ちを伝える。
「ほ、本当に!?そ、それは良かったわ……本当に良かった」
どうやら俺がなんとも思っていないことに対してよほどショックだったようだ。確かに主人として、長らく一緒にいた従者がなんともおもわずにのほほんと生活していたら多少思うところがあるのかもしれない。
「なら純、その寂しさを埋めるためにもっと近くにいらっしゃい」
「い、いやそれは……。そ、そもそも先ほど至近距離にいたじゃないですか。もうそれで十分……」
「私は足りないのよ」
お嬢様は少しだけ顔を赤く染めて、恥ずかしそうな表情をしながらそういった。これも見たことのない表情だ。ずっと一緒にいたのに、一度も見たことがない、いつも凛としていたお嬢様がこのようにされるなんて……。も、もしやお嬢様も寂しがっていたということか?……だ、だとすれば原因は……。
「も、申し訳ございません!た、確かに俺がやめたことでお嬢様毎晩恒例の子守唄がジジイばかりになってしまいましたし、お嬢様毎週日曜恒例のプリキュア鑑賞会もジジイばかりになってしまいました!佐野さんはいい加減ですし、それですと寂しくなりますよね!」
「………………い、いやそういうわけでは……いや、確かにそれもあるのだけど」
「で、ですがきっとそれは次第になれると思いますので!」
「い、いやだから違うのよ純。私は……」
何かお嬢様が言いそうになる時、ぞろぞろと他のクラスメイトたちが教室の中に入ってくる。教室は新クラスということで騒がしくはならなかったが、それでも人の圧が俺たちの会話を止めるには十分だった。
「か、可愛い!!!」
「す、すげえ美人!!!」
「な、名前は!?」
さらに、お嬢様の超越した美貌はクラスの中でどうしても目立ってしまう。だから次々とクラスメイトから声をかけられ、お嬢様もそれの対応に追われることになる。
でもこの光景自体は中学時代からあったものだ。今更驚くことはない。だけど以前と違って……俺はお嬢様の執事ではない。関わる理由が、特にないのだ。
どうしてお嬢様がこの学校に入ったのか理由は知らないが……きっとそのうち元の高校にお戻りになられるだろう。それに俺たちの関係を知られればそれはそれで面倒だ。だから……あまり関わらないでおこう。
と思っていたけど。お嬢様はそうさせる気がなかったようだ。
「純、入学式も終わったことだし一緒に部活見学に行きましょう」
「……い、いや……そ、その……」
「どうかしたの純?何か変なものでも見てしまったのかしら?」
「へ、変なものというか……ど、どうして体を密着させているんですか!?」
長く退屈だった入学式も終わり、何事もなく帰宅をしようとした矢先だった。たくさんの人たちに囲まれたノアお嬢様が人の波をかき分けて、俺の元に来てはぎゅっと俺の腕を恋人繋ぎしたのだ。
これも今まで一度たりとも経験がしたことがない。むしろ手すらろくに繋いだことがないのに……そ、そんな恋人同士がやるようなことを……し、しかも柔らかいお嬢様のあれが当たってしまっているし……は、鼻血が出てきてしまいそうだ。
「こうしないと純とはぐれてしまうわ」
「は、はぐれません!そ、それにこうしてる方が色々と問題が……」
「あら、別にこのぐらいいいじゃない。堂々としていれば慣れるものよ」
「そんな無茶苦茶な……」
ニヤリと笑うお嬢様は強引に俺を引っ張って部活巡りに連れて行く。俺個人としては入りたい部活があるのだが……お嬢様が入りたい部活って一体なんなんだろう?中学の時は生徒会活動に勤しんでおられたから部活に所属していなかったし……。
「純、貴方は何の部活に入りたいの?一緒について行くわ」
「お、俺ですか?俺は……本が好きなので文芸部に入ろうかと思っています」
「いいわね。確かに純は休みの日や休憩時間に本をよく読んでいたし、それにとっても面白いお話も作っていたもの」
「……そ、それはなかったことにしてください」
中学の頃、何を思ったのかとても変なファンタジー小説を書いてしまった。異世界転生してその国のお姫様とイチャイチャするという、今思えばとんでもなくあっちっちな内容だ。それを佐野さん(先輩メイド)に読まれてしまい、挙句お嬢様にも読まれてしまったわけで……。
一生の黒歴史といっても過言ではない。
「私は面白いと思ったわよ。……それにどこかヒロインが私に似ている気も」
「あーそれ以上はダメです!!!は、早く文芸部の部室に行きましょう!!!」
ほんとどうして馬鹿正直にヒロインをお嬢様にしてしまったのやら。そ、そりゃ俺にとって理想的な女性はノアお嬢様だからそうしてしまったんだろうけど……はあ、許すまじ佐野。
「おーそこの彼女可愛いね!」
「俺らのマネージャーになってくんね?」
「いいことたくさんできるよ!」
そんなこんなで文芸部の部室に向かう中、禁止されているはずの勧誘を平然と行う運動部のキラキラした先輩たちがお嬢様をナンパ……もとい勧誘し始めた。中学のお金持ち学校ではなぜか恋愛禁止とされていたためこのようなことはなかったが……まあ、わかっていた未来だ。
「ごめんなさい。貴方たちには興味がないの」
だがお嬢様もお嬢様だ。もともと嘘がつけない人だからか正直に言ってしまった。これはまずいな、絶対この人たち怒ってしまうだろう。一応万が一のことがあっても何とかできるが……やりたくはないし。
「そっかごめんね!」
「気が向いたらまたきてよ!」
「大歓迎するからさ!」
……だが、予想と違って先輩たちは好意的な反応を見せた。絶対こういう人たちってキレたりして脅してくるのがセオリーかと思ったけど……どうやら違うらしい。ただ、油断はあまりできなさそうだ。何せ不気味なぐらい笑ってるから。
「早く行きましょう、純」
「は、はい!」
そんなこんなで同じようなやりとりが二、三回続いたところでようやく文芸部の教室だというところまでたどり着いた。文化系ということで部室が遠いところに設置されているのか、やけに遠い。これ絶対部員少ないんだろうなあ……。
「おや、文芸部に入部希望の人?」
「は、はいそうです!」
おそらく教員と思われる人が、ガラガラと教室のドアを開けて出てきた。もしかしてこの人が顧問なのか?
「いやーバットタイミングだねー。文芸部、今年は二、三年が部員ゼロ人だから廃部になりそうなんだよ」
「……え?」
部員が少ないどころか廃部の危機に立たされていたのか!!!
「入部希望は……二人?ならギリギリ存続できるか」
「い、いえこちらのおじょ……八条さんは違います」
「?何を言っているの純。私も入るわよ」
「……お嬢様の方が何を仰っているのですか?」
まさかお嬢様、俺と同じ部活に入る気満々だったのか!?一緒について行くって部室までだと思ってたけど……そういうことかあ。それはちょっと色々と問題がある。そ、そりゃお嬢様と一緒に部活動をしたいという気持ちはあるけど……でもそれだとお嬢様断ちができないし……。
「私が入っちゃダメなのかしら?」
「だ、だめというか……」
「うーん、よくわからんが一人だけなら文芸部は廃部になるぞ」
「……うう」
ああもう二人じゃないとだめなやつか。となればお嬢様と一緒に入るしかないわけで……。
「……わかりました。二人で入部します」
そんなわけで、俺とノアお嬢様は一緒に文芸部に入った。これはこれで一難なのだが……やはりお嬢様と一緒にいる以上、色々と問題は起きてしまう。
「ちょーっとお話いいかなあ?」
「ごめんねーまたまた」
「すぐ終わるからさあ」
俺たちが入部届けを出して帰宅しようとした矢先、待ち伏せをされていたのか……先ほどお嬢様に声をかけてきた先輩たちが俺たちを囲んで、体育館裏まで連れて行かれた。
「おいてめえら、入学式早々よろしくやってるじゃねえの」
先ほどの誠実さは何処へやら。先輩方は悪意しか感じられない表情を浮かべては俺たちを囲んで声を荒げている。やはりこういうことになってしまうのか、そりゃお嬢様はめちゃくちゃ可愛いから気持ちはすごくわかるが……。
「俺たちを差し置いて二人でイチャイチャしやがって……てめえら、恋人なのか!?ああん!?」
「一年が調子乗ってるんじゃねえぞ!!!」
「いますぐこの場で別れたら許してやる!!!」
さらにさらに、先輩方は妬みしかない言葉をカラスのようにガーガーと吠えては今にも襲われかねない状況になって行く。
だがそれよりも……
「ここここここ恋人って……お、俺とお嬢様はそんな関係じゃ……」
「ここここここ恋人って……わ、私と純はまだそんな関係じゃ……」
俺とお嬢様、お互い恋人だと言われたことの方がある意味衝撃的だった。た、確かにお嬢様がやけにグイグイと来ることもあって異様な距離感(物理的に)ではあったものの、そう見られているとは思っていなかったため俺とお嬢様は動揺せざるを得ない。
てか今お嬢様が「まだ」と言っていた気がするが……きっと俺の都合のいい空耳だろう。こんな時にも何をしているんだ俺は!
「クッソ余裕を見せやがって……」
「俺らは何としても彼女を作らないといけないんだ!」
「3年間彼女なしで部活動を終えるだなんて耐えられるわけがない!!!」
ああ、てっきりこの先輩たちはすでに色々と経験豊富なのかと思えば何もできずに3年間を過ごしてしまった哀れな方達だったのか。そりゃ躍起になるわけだ。
「そもそもそこの女子、めちゃくちゃ金持ちの子なんだろ?だったら下手なことをしないほうがいいと思うぜ。ほら、早くうちの部のマネージャーになると言え!」
こんな短時間にその情報を手に入れるって……どれだけ本気なんだよ。そりゃお嬢様の溢れ出る特別なオーラは高貴さを隠せてないけれど。
「いやよ」
だが、お嬢様は先ほど恋人と言われて動揺していた面影を一切見せずにきっぱりと真顔で断りを入れた。それもそうだ、何せお嬢様は日本が誇る名家「八条家」の跡取り。そこらのチンピラの要求なんて耳を貸す必要などないのだから!
「な、なんでだ!?そんなに俺たちに興味がないのか!?」
「それもあるけど、一番の理由は貴方達の部活に入ったら純と文芸部で活動できなくなるじゃない」
……え、一番の理由ってそれ?いやいや、んなわけあるかい!きっと俺を立て変な男を近づけさせないように仕向けているだけに違いない!きっとそうだ!
「こんのおおおおおおお!!!」
「許すまじそこのやろう!」
「タダで済むと思うなよ!」
あーついに暴力に行動を移してしまった。きっとこういうところがこの先輩方に彼女ができない原因なんだと俺でもわかる。こういうとき、テキトーにあしらって済ませることが一番楽なんだが……この場にお嬢様がすぐ近くにいるとなれば話が違う。
大切な人が万が一傷でもおったらたまったものじゃないからな。
「ぐはっ!!!」
まずは一人、軽く男の急所を蹴り上げる。だいたいこうすれば男ってのはすぐに倒れ込むので、奇襲の際には実にもってこいだ。
「な……ぎゃあああ!」
「なんでこんな……グフっ」
そして奇襲に動揺した他の先輩達には軽い拳をお腹にパンっと入れる。てっきり運動部だから多少はこらえてくるかと思えば……大して鍛えていなかったんだろう、すぐに地面に膝をつけた。
「や、やべえ!」
「に、逃げろ!!!」
最後に残りの先輩達を片付けようとしたが、逃げ足だけは早いようでビュンとその場から立ち去ってしまった。うーん、所々才能の使いどころが間違っているなあ。
「さすがね純。幼い頃からうちの執事達に鍛えられただけあるわ」
「……そう、ですね」
八条家に勤め始めてから、主人を守るために日々訓練を課せられていた。そのためこんなハプニングが起きても難なく対処できたわけだが……そもそもこれ、お嬢様を守る執事の役目として持っている力である。だから……。
「お嬢様、もう俺は専属執事ではありません。今回は俺がいましたけど……今後このようなことがあったら旦那様もご心配なさります、だから行動は謹んでください」
そう、もう俺は専属執事ではない。以前までは常にお嬢様を守ることができたが、執事でない以上常に一緒にいるわけにはいかない。だから俺はこういうしかなかった。
「心配ないわ。純はこれからも私と一緒にいるもの」
「……はい?」
だがどこまでもお嬢様は俺の予想を裏切る。
「だって純はこの学校で唯一の私の友達よ。ずっと一緒にいるに決まってるじゃない」
俺のおでこをつんっと人差し指でつついて、お嬢様はとても素敵な笑顔を浮かべた。本当に可愛かった、美しかった。今までも何度かお嬢様の笑顔は見てきた。だけどこれは……どこか今までとは違う感情が含まれているかのようだ。
だけど友達かあ……そうだよなあ、俺なんかがお嬢様にLOVEの意味で好かれているなんてありえないもんなあ。そんな残念な感情も、少しだけあるけれど。
「で、ですがお嬢様!そもそもこの学校にどうして通われているのですか?中学からそのまま上がればこのようなことも起こりえませんし」
「それは絶対に答えないといけないことかしら?」
「う……そ、それは……」
お嬢様がこういう時は、ちゃんとした答えが返ってくることはない。つまりは答えたくない理由であることがほとんど。
……もしかして、旦那様が可愛い子には旅をさせろ理論でお嬢様に世間を見せるべくこの学校に送り込んだというわけか!?それに中学では他にも護衛をつけていたはずなのにそれも見当たらない。
つまり俺がさりげなくお嬢様をお守りするしかないということなのか!
「わかりましたお嬢様、俺が命をかけてお守りします」
「純が何を納得したのかはわからないけれど、まあいいわ。それと純、ずっと気になっていたのだけど、どうしてまだお嬢様と私のことを呼ぶの?もう貴方と私は主従関係ではないのよ」
「い、いやそれは癖というかなんというか……」
「次から私のことはノアと呼びなさい」
「え……」
真面目な表情でお嬢様は俺に無理難題を言ってきた。いや、無理難題に思えないかもしれないが、俺はずっと一貫してお嬢様のことをお嬢様と呼んできたため今更名前呼びをするだなんて……めちゃくちゃ恥ずかしい!!!
「せ、せめて八条さん……じゃダメですか?」
「だめ。それと敬語も禁止よ」
「そ、そんな……」
なんかさらに要求が増しているんですけど!うう……でもそもそももう俺はお嬢様と主従関係じゃないのだからこの要求を無視したって……。
あああそんなことをしたらお嬢様に嫌われてしまう!!!それだけは避けないと、断固として!!!
「……わ、わかりま……わ、わかった……の、ノア……」
「よくできたわね純。よしよし」
「お、お嬢さ……の、ノア!?」
お嬢様はポンポンと俺の頭を優しく撫でて、天使のような笑みを俺に向けてくれた。ああ、ヤバイ……や、やば……。
「す、すみません!!!きょ、今日は失礼します!!!」
本当はもっと味わっていたかった。だが、今日は今までにないほどお嬢様がグイグイときたせいなのか、興奮が抑えられずに……鼻血が出てくる感覚がズルッと感じられた。お嬢様に鼻血をかけるわけにもいかないため、だからその場を即座に立ち去る必要があったわけだ。
く、クッソ!!!かっこ悪いところを見せてしまったあ!!!
都内高級住宅街にある膨大な土地にそびえ立つ名家「八条家」の大きなお屋敷の中。そこにあるお嬢様の私室にて、八条ノアは頭を冷やすべく枕に頭を埋め込んでいた。
「ノアお嬢様、枕に頭を埋め込んで何をしているんすか。髪の手入れがめんどいことになるんでやめてください」
「……ああ、ヒカルね。そうよね、もう純はここには来ないものね、結ばれるまで。……はあ」
「へいへいすみませんね大大大好きな純じゃなくて」
タイミングがいいのか悪いのか、彼女の専属メイドである佐野ヒカルがいつも通りめんどくさそうな表情とオーラを纏ってノアから枕を取り上げる。ノアが唯一素の自分をさらけ出せる相手ではあるものの、空気を読もうとしない性格であるため時折変なこともする。
「なんすかそんなに落ち込んで。我々が(わざわざ)色々と工作をしておいて純と同じクラスになれて、さらに二人っきりの部活動ができるようにしておいたじゃないすか。これ以上ない幸せっすよ?私の給料もっと上げてもいいぐらいですよ?」
「そうね、それは感謝するべきところだわ。でもね……純と二人っきりで帰れなかったのがすごくショックなの!!!ど、どうして一緒に帰ってくれなかったのかしら!?」
「あー……なるほど……ぷっ、ぷぷ」
それを聞いて、思わずヒカルは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。なにせ彼女を含めた専属メイド、執事は学校内に飛ばしていた高性能ドローンにてリアルタイムでその様子を見ていたからだ。つまり、どうして純がノアと一緒に帰宅しなかったのか、その理由を知っている。
(滝のように鼻血ブーしてたからなあ……ありゃ一緒に帰れんだろ。純の名誉のために黙っとこ。このままの方がおもろいし)
「絶対純は私のことが大好きなはずよ!今日だってあんなにかっこよく私のことを守ってくれて……はあ、純、なんて素敵なのかしら!か、かっこよすぎよ!」
「でも本当に大好きなら一緒に帰るじゃないすか」
「そ、それは……」
「やっぱ友人としての、likeとしての好きなんじゃないすかねえ」
「そ、そんな……そんなことは……」
(や、やべ!)
思うように言われてしまったノアは、思わずじわじわと涙が出てきてしまう。その涙は宝石のような美しささえも感じられるほどだが……当の泣かせた本人はあたふたと弁解を始める。
「いや照れ隠しだと思いますよええなにせ純のやろう昔から素直に行動するのが苦手みたいですしねうんそうだきっとそうすよ!」
一切途切れることなく弁解の限りをヒカルは尽くす。するとノアは……
「……本当に?嘘じゃない?」
純粋無垢の子供のように、ピュアな瞳でヒカルの目に訴える。慣れていない人間であれば躊躇してしまうのだろうが……ヒカルはこれを何度も受けている。故に
「はい、大マジです」
ヒカルは目を合わせてニコニコとセールスマンのように笑う。
「なら良かったわ!そうよね、純には私しかいないものね!純のかっこよさ、純の優しさ、純の温もり……それを完璧に理解しているのは私だけだもの!」
「あーそうすね。でもお嬢様、一つでも他の女に知られたら純に好意を寄せて取られるなんてこともあり得るんじゃないすか?」
「…………まさかヒカル、純を……」
性懲りも無くヒカルが意地悪をしていると、今度はノアが殺意すら感じる瞳をヒカルに向ける。
「いやいやなんなガキ臭いの興味ないすわ(てか狙えば私ソッコークビ切られる)でも他の女が狙わないとも限らんわけで」
「それもそうね。ならヒカル、純に好意を寄せそうな女性をピックアップしておいてほしいわ」
「何をする気ですか。それにめんどいから嫌です。そもそもお嬢様がさっさと純に告白すれば済む話では?」
「そ、それができないからこうなってるんじゃない!」
ノアはぼっと赤面してはベットの上でゴロゴロと転がり始めてしまう。よほど精神的に告白するということはパニックになることらしい。
「なんでなんすか?」
「ま、万が一よ。天文学的な確率でありえないとは思うけど……純に断られたら……怖いじゃない」
「あー」
100%大丈夫ですよ、とヒカルは思った。なにせ純もノアに対してそんなことを思っていることを知っているからだ。とは言えこれを赤の他人である自分がどうにかしていいものかとも思うし、それに……
(今告白されると執事達との賭けに負けちまうからなあ……)
ヒカルはあろうことか主人とかつての同僚がいつ告白して付き合うか賭けをしていた。ヒカルは一年以上かかるというものにかなりの額をかけている。なので自堕落メイドである彼女はここで助言をするのではなく……。
「でも普通告白って男からするもんじゃないすか」
「……そ、そうなの?」
「そうです。世の中のラブコメ漫画では男の主人公がヒロインに告白するんですよ。リアルでも同じに決まってるじゃないですか!」
もちろんそんなことはない。だがこの場でヒカルはそういうことだと持ち込むことにした。理由はもちろん、金のために。
「だから純が告白するのを待つべきっすよ!よほど危機的状況じゃない限り!」
一応保険をかけておき、ヒカルはノアに対してセールスマンのごとく訴える。
「そ、そうなのね……わかったわヒカル。ということはこのまま現状維持ということでいいかしら?」
「もちのろんすよ!」
見事ノアを丸め込み、ヒカルは自らの思惑通りに動かすことができた。どうせ純もしばらくは告白してこないし、これで一年以上告白するには時間がかかるだろうと心の中でほくそ笑んでいた。
もちろん二人の恋路を応援してはいる。ただ佐野ヒカルという人間はそういう金に目ざとい人だ。それにどうせ二人は付き合うだろうと確信もしている上での行動だ。
「さてお嬢様、もうそろそろ髪のお手入れしてもいいスカ?」
「そうね、それじゃあ今日もお願い、ヒカル」
「ヘーイ頑張りまーす」
こうして、二人が結ばれる期間が長引いてしまった……。
長い授業を終えて、ようやく放課後になった。とはいえ放課後に部室に行ったとしても部員が俺とお嬢様だけなのでやることに限りがある。
「ねえ純、もうここにある本は読んだことのあるものばかりだわ。他にはないのかしら?」
さらにお嬢様はあらかた有名作品を読み尽くしているため学校にあるような文豪の作品はもうすでに読破済みだ。となればやはり暇を持て余してしまう。
「せっかくだしまた純の書いた作品が読みたいわ」
「そ、それは……無理」
んなことどんなにお嬢様に頼まれようができるわけがない。恥ずかしさのあまり呼吸困難で死んでしまう。もうこれ以上傷を増やしたくないんだ……。
「あら残念。じゃあ純、今日は部活をサボってどこか遊びに行きましょう。そうね……ゲームセンターとか行ってみたいわ」
「え……い、いやーそ、そのー」
遊びに行きたくないわけじゃない。むしろ行きたい、お嬢様と一緒に青春を堪能したい。だが俺は……ゲームセンターに行ったことがないのだ。
つまりお嬢様の前でカッコつけることができない。……い、いやだって好きな人の前ではカッコつけたいじゃないか!
「安心して、私もゲームセンターに行ったことは無いわ。だからお互い初めて同士楽しく遊べるでしょう?」
「ど、どうして俺が行ったことがないって知って……」
「?純のことならなんでも知ってるわよ」
何を当たり前のことを言っているんだと言った顔をお嬢様はする。ああ、そりゃそうだよな、お嬢様昔から従業員の誕生日とか全員覚えてたし、これぐらいは知っててもおかしくは……ないよな?
「さてと、善は急げというわ。早速行きましょう」
「う、うわ!そ、そんないきなり……」
そしてまたもや俺はお嬢様に引っ張られる形であっという間にゲームセンターに到着した。多分手を繋いでいたから意識が飛んでたんだな、うん。
「まあ、随分とたくさんゲームが置いてあるのね」
「そ、そりゃゲームセンターだし」
一応俺は漫画などでゲームセンターがどんなものかをみたことがある。残念ながら今まで仕事が忙しく行く機会はなかったが。でもお嬢様はそれすらもないらしく、目をキラキラさせていた。
「純、私これをやりたいわ」
「これは……クレーンゲーム?」
お嬢様が指をさした機体はクレーンゲームだった。景品には可愛らしいぬいぐるみが置いてあり、お嬢様がやりたくなる気持ちもわかる。でも
「お嬢さ……ノア。これは取るのが難しいと聞くからあまりお勧めできないかなあ」
何かとこの手のクレーンゲームは取りづらいという話はよく聞く。しかもこのぬいぐるみ結構大きいからなおのこと難しそうだし。
「あら、そうなの。でも私このぬいぐるみ欲しいわ。純、取ってくれないかしら?」
「……え、俺が!?」
お嬢様がそこまでぬいぐるみを欲しがっていたとは……。それに気づけない自分が実に情けない。でも俺が取れるのだろうか。一回もやったことがないってのに。
「大丈夫よ、純なら取れるわ。私信じてるもの」
「!」
全く自信はなかったものの、お嬢様にそう言われてしまってはやるしかない。俺は財布から百円玉を取り出し、ゲームを始める。……こうして、こうすればいいのかな?あ、ちょっとずれ……あ?
「……と、取れた」
素人目から見ても絶対取れない角度だったはずなのに、驚異のアームの力が働いたのかぬいぐるみはいとも簡単に取ることができた。あれ、思ってたよりも簡単なゲームなのかな?
「すごいわ純!一発で取れるなんて!」
「え、えへへ……」
でもお嬢様に褒められたからいっか。自分でも顔がだらしないことになってるとわかるけど褒められた時ぐらいいいよね。
「じゃ、じゃあこれおじょ……ノアにあげるよ」
「本当に嬉しいわ純。今日からこのぬいぐるみを純だと思って大切にするわね」
「……あ、あはは」
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて愛らしい姿をお見せになるお嬢様をみて、情けないことにぬいぐるみに嫉妬してしまった。お、俺だってお嬢様に抱きしめられたい……大切にされたい……そこ代われ!
「あら、純もこうして欲しいの?」
「!?な、何を言って」
なんてことを思っていたら、どうしてかお嬢様にその考えを見透かされていて、魅惑の瞳で俺に問いかける。も、もちろんして欲しい。けれどそんな欲望に身をゆだねるような真似をしてはお嬢様に迷惑がかかる。
「ぬいぐるみを羨ましそうな目で見ていたからそうだと思ったの。ほら、こっちにいらっしゃい。ぎゅーって抱きしめてあげるわ」
「!」
お嬢様は一旦ぬいぐるみを近くにあった袋の中に入れて片手でぶら下げては、両手を広げて俺に「おいで」と言った体制になる。
こ、これは……やばい。このままだと俺はお嬢様がもつ魅力のブラックホールに吸い込まれてしまう。いや、これはなんとしてでも耐えなくてはいけない。ここで自堕落に欲望に従えば俺はもう好意を抑えきれなくなってしまー
「来ないなら私からするわね」
「っ!?」
俺が頭の中で葛藤している中、お嬢様はそんなこと御構い無しにぎゅーっと俺のことを抱きしめた。お嬢様のとてもいい香り、お嬢様の……お胸が俺の体にあたり、そして何より……顔が近い!
やばい、顔がめちゃくちゃ熱い。溶けてしまいそうだ。
「そんなに顔を赤くしなくていいじゃない。これぐらい私たちの関係なのだから大したことないわ」
「え!?お、俺たちってどういう関係なんだ!?」
こんなことするだなんて普通の関係であるわけがない。い、一体お嬢様は何を思って……。
「それはもちろん……あら?純、純!?」
何かをお嬢様が言おうとした気がした。けど俺はそれを聞く前にあまりに出来事の衝撃が大きすぎて……失神した。
「ああ純!愛しの純!この世で一番かっこいい純!なんて素敵なの!」
今日も今日とて、ノアは自室で大大大好きな純のことを思ってベットを転がりまわってた。しかも今回は純からもらったぬいぐるみを抱きながら。どうやらよほどもらったことが嬉しかったのだろう。
「……ぬいぐるみ抱きながら何してんすかお嬢様」
それをヒカルは本気で心配そうに見ている。
「純を味わっているの」
「……いや、まじキモいっすよその発言」
「クビになりたいのかしら?」
「職権乱用しないでください!まあ嬉しかったのはわかりますよ。(私たちがわざわざ工作して取りやすくなった)クレーンゲームで純がぬいぐるみ取ってそれプレゼントされたらそりゃお嬢様的にはめちゃ嬉しいでしょうね」
「そうよ。この純二号をもらった時の感動、私一生忘れない」
「はい?純二号とは?」
「このぬいぐるみの名前よ」
「……」
ぬいぐるみに好きな人の名前をつけてしまうとは……こりゃ相当愛を拗らせてしまったとヒカルは思う。このままだと主人が変な方向に進んでしまうんじゃないかと心配だが、まあもうどうにでもなれと言ったところだ。
「でもねヒカル……今日も純と一緒に帰れなかったわ!純が失神してしまった後、すぐに貴方達が来てしまったんだもの」
「まあそりゃしゃーなしと言いますかねえ」
ずっと尾行をしていたためことの顛末をヒカル含め従者達は見ていたのだが、このままノアと純を一緒にさせるのは危険だと判断したため純だけ先に連れ帰った。
「あのまま私が純を家まで送っていけば関係に進展があったかもしれないわ。全く、余計なことしてくれたわね」
「でもお嬢様純の家知らないのでは?」
「そ、それは……気合いで探すのよ!そ、そもそもどうして貴方達は純の住んでいる家を知っているの!?ま、まさかヒカル……!」
またノアからあらぬ誤解をかけられそうでめんどくせーなーと思いながら、ため息ひとつついてヒカルは弁明する。
「元同僚ですから連絡先を交換してたんですよ。だから引っ越したとき一応どこ住んでんのか聞いておいたんです。まあいずれこういうことありそうだったし」
「そ、そうだったの……。で、でもずるいわ!純の連絡先を知ってるなんて」
「え?てかお嬢様、純とクラスメイトなんですから連絡先ぐらい交換してないんすか?」
「…………してない」
「え?ラインのやり方は前に教えましたよね?」
「…………勇気が出せないの!」
ああそういうことか。確かにそんな勇気があればとっくに告白してるよなとヒカルは思う。こういうところが可愛いところでもあり面白いとこなんだが。
「で、でもヒカルが連絡先を交換してるなら好都合だわ。わ、私に純の連絡先を教えてちょうだい!」
(あーそうきたか)
別に純のラインを教えること自体大した手間はかからない。しかしノアに抱きつかれて失神してしまった純にいきなりお嬢様とアカウントが繋がるのは危険だし……何より距離が縮まってしまうと告白が早くなって賭けに負けてしまう。
なのでヒカルは……。
「いや、それはマナー違反です」
話をこじらせた。
「そ、そうなの?」
「ええそうです。ラインってのは直接本人から連絡先を聞くのが普通なんですよ。他人を介して連絡先を交換するのは相手を不快にさせかねません」
もちろん、そういう面もあるが別に気にしない人が大体である。しかしここで連絡先を交換させないためにそれっぽいことをヒカルはいう。
(金がかかってるんでね。ごめんちゃいお嬢様)
一応心の中で軽く謝って少しだけあった罪悪感を消し去る。
「そうだったのね……なら明日勇気を出して連絡先を交換するわ」
「まー頑張ってくださいね。そんじゃ私はここで……いや、離してくださいよ。あーし寝たいんですけど」
「……どうやって交換したらいいのか聞いてないわ」
「いや、それはご自身で考えてくださいよ」
「し、したことないんだもん!できないもん!」
うわーめんどくせーなーとヒカルは思う。しかしこの幼児化に近い状態になると泣き出してしまう恐れもある。そうなれば上司にこっぴどく叱られてしまうことになるので……付き合わないといけない。
「はあ……。普通にライン交換しましょうで問題ないですよ」
「それだと友達止まりになるじゃない!」
「いきなり恋人になる気なんですか貴女は!」
「そうよ!」
「できないからこんなこじらせてるんでしょうが!」
「う……。な、ならせめて絶対連絡先を交換できる方法を教えてちょうだい」
そんな方法あるんだったら世の中のナンパ男がやりまくるだろうよとヒカルは思う。……でもまあどうせ純もお嬢様の連絡先は知りたいだろうし、交換することはできるはず。
……あ、ならこんな面白いことできるんじゃないか!とヒカルはあることは思いつく。
「ではこんな方法をお教えしますよ。ごにょごにょごにょ」
「……そうなのね!ありがとうヒカル!」
「いえいえ〜」
こうして、ひとつ間違った知識を獲得してしまったノアは明日を待ち遠しくしながらぬいぐるみを抱いて眠りについた。
ゲームセンターで失神してしまった翌日。どうやら元同僚たちが家まで送って行ってくれたらしく無事に今日も生きてる。……お嬢様、もといノアを放ったらかしにしてしまったのは悔やまれるけど。
「おはよう純、元気そうで何よりだわ」
そんな情けない俺を、朝の教室で会ったお嬢様は一切怒ることなく心地よい声、天使のような笑みを俺に向けておはようの挨拶をしてくれた。ああ、これだけで俺は生きてけるよまじで。
「お、おはよう。昨日は申し訳……ごめん」
出そうになった敬語を抑えて俺はお嬢様に謝る。
「気にしてないわ。純が元気であること、それが私にとって一番だもの」
「……!」
頭の中でライブ会場並みの絶叫を響かして、俺は喜ぶ。そりゃお嬢様にこんなこと行ってもらえたら感動しないやつなんていないだろ?
ただ、それを顔に出すとお嬢様に引かれてしまうかもしれないので頑張って堪えたけど。
「ところで純。まだ朝礼が始まるまで時間があるから部室に行きましょう。見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
「ええ。それじゃあ行くわよ」
「え、ちょ、う、うわああ!」
またもや俺はお嬢様に手を引っ張られて部室へ連れて行かれた。2回目とは言えどやはり慣れるもんじゃないこれは。俺の心臓はもうバックバクだよ。
「……はあ、はあ。の、ノア……別に引っ張らなくてもちゃんとついて行くから……」
そして部室に着くと、何故か引っ張られた方の俺が息を切らしながらお嬢様にそう言う。いや、別にお嬢様に引っ張られること自体は嫌じゃない。ただ……お嬢様が悪目立ちしてしまうのを危惧してのことだ。
「あら、いいじゃない。だって私、純と手を繋いで歩きたいもの」
「!!?」
だが、お嬢様は俺の想像をいつも超えてくる。にっこりと可愛らしく笑いながら、お嬢様は俺にそんなことを言ってきた。……やばい、死ぬ。尊すぎてつらい。
……いや待て、でもそれは友達としてだから俺が思っているよりは意味深な言葉ではないんじゃ……うわああ!もう頭がパンクしそうだ!
「さてと、それじゃあ本題に入るわね」
「え、あ……そ、そっか。見せたいものがあるって言ってたか」
さっき言われたばかりだってのにすっかり忘れてた。いや、仕方がない。だってお嬢様に手を繋いで歩きたいとか言われてしまったら……他のことなんて考えられなくなる。
でも一体見せたいものってなんだろう?……なんか、最近のお嬢様の行動は予期できないからさっぱりわからない。
「ええ。それじゃあ……」
「!!?」
何をするかと思えば、お嬢様はいきなりブレザーを脱ぎ、そしてあろうことかシャツまで脱ごうとしている。え、これどう言う状況!?え、ぜ、全然理解できないんですけどこれ!?
「ちょちょちょちょちょ!い、幾ら何でもそれはマズイ!マズイですか……え」
お嬢様がシャツを脱ごうとしているのを止めようとあたふたしていると、気づいたら脱ぎ終わっていたのだが……そこに待っていたのはお嬢様のアレではない。
「……QRコード?」
お嬢様が制服の下に着ていたのは……QRコードがプリントされたTシャツ。
「……(な、なんか真ん中にめっちゃ見覚えのあるアイコンがあるし)」
しかも、おそらくそのQRコード、ラインでアカウントを交換するときに使うやつだ。え、これどう言うこと?理解が全くできないんだけど。
「ジャーン。どうかしら純?」
だけどそんな困惑状態の俺を置いていき、お嬢様は服を見せながら俺に感想を問う。
「……か、可愛いです」
それは本当だ。だってお嬢様は何を着ても可愛いのは間違い無いのだが、今回のようなラフな格好は執事時代もそれほどお目にかかることはできなかった。
それを今は二人きりの教室で見られているんだ。ドキドキしないわけがない。……ただ、QRコードがなければより良かったんだが。
「あら、可愛いだけ?他にもあるんじゃないかしら?」
「え」
それって……えーっと、アカウントを交換するってこと?いやまてそれだったら普通に交換しようって言うだろうし……。で、でもこんなQRコードをプリントしたシャツを着てるってことは……そう言うこと?
「え、えーっと……そ、その……」
「ウンウン、何かしら?」
お嬢様はどんどん顔を近づけていって、俺は言葉を詰まらせてしまう。で、でも俺だってお嬢様のラインを知りたいのは事実だし……。
「……ら、ラインを交換……しない?」
半ば状況に強制された形ではあるものの、俺はそう言う。ど、どうしよう……ここで「は?」とか言う表情をお嬢様からされたら……いやでも訳わからんシャツを着てそれを見せてるってことは……そ、そうだよな?
「……ええ!もちろん!」
どうやら正解だったらしい。お嬢様はニコッと笑ってそう言い、俺とラインを交換した。……何故かその時はスマホの画面でやったけど。結局そのシャツはなんだったんだろうか……。
「ふふふ。これからは離れててもお話しできるわね!」
「う、うん」
ウキウキしながら何度もスマホと俺を見てくるお嬢様。そして内心「よっしゃあ!!!」と叫んでる俺。この時点で俺はまた鼻血とか出しそうだったけど……今日はなんとか耐えた。
……にしてもお嬢様のアイコン、働いてた頃の俺とのツーショットなんだ。……めっちゃ嬉しい。
「ねえ純、今日こそ一緒に帰りましょう」
「……え」
放課後、部室でテキトーにダラダラと本を読み終わり、さて帰ろうかと言った時間にお嬢様が至近距離でそう言ってきた。思えば確かに一緒に帰ったりはしてないな。……俺が失神したりしたから。
「で、でもお……ノアは迎えが来るんじゃないの?」
「来ないよう言ってあるわ。だって純と一緒に帰りたいんだもの。ほら、行きましょう」
「!?」
お嬢様はウキウキでそういうと、俺の手を握って歩き出す。しかも今回は俺の腕を掴む、いわゆる恋人つなぎの形。
「こ、これは……目立つしやめない?」
「?いいじゃない。私たちの仲だもの、これぐらい大したことじゃないわ」
「え」
ゲームセンターでも同じようなことを言われかけた気がするか、その仲がお嬢様の中で何を指しているのかわからない。
「そ、その仲って……なに?」
だから俺は勇気を振り絞って聞いてみる。きっと返答は友達と返ってくるとは思う。けど……もしかしたら、があるかもしれないから。
「それはね……こ……っ……と、と……」
「オーオーいい雰囲気出してんじゃねーかーバカップルども」
お嬢様が返答しようとしているのを遮って、聞き覚えのある嫌な声が聞こえる。そう、前にはこの前お嬢様に厄介な絡みをしてきた先輩方だ。しかも今回は前より人数が増えてる気がする。
でもそんなことより。
「ババババカップルって……お、俺たちはそんな関係じゃ……」
「ババババカップルって……ま、まだ私たちはそんな関係じゃ……」
俺たち二人とも、バカップルと言われたことに動揺してしまう。だ、だって俺たちそういう関係じゃないし……。し、しかもなんか今回もお嬢様がまだって言ってるように聞こえたし……都合よく聞こえるな俺の耳!
「クッソやろうが……」
「俺たちまだ諦めてねーんだよ」
「絶対八条さんをマネにするんだよ」
「あわよくば恋人にするんだ!」
有象無象がワンワンと叶いもしない欲望をこちらに吐き出してくる。この人たち恥ずかしくないのかな?
「そもそもそんな冴えねークソ野郎より俺たちの方がいいぞ!」
さりげなく冴えないくそ野郎って言われた。……まあ、それは否定できない。だから俺はお嬢様に釣り合う人間だと自分で認められないんだから。煌びやかなお嬢様とは、本当は一緒にいれない人間だもの。
「……ふざけないで」
「……の、ノア?」
だが、お嬢様はその言葉が引っかかったらしい。お嬢様は声を震わせ、表情を見ると軽蔑の視線を先輩方に向けている。こんなお嬢様……見たことがない。
「純はクソなんかじゃないわ。世界で一番かっこいい、私の大切な人よ」
「!?」
や、やべえ……とんでもないお褒めの言葉をもらってしまった。心の中で発狂してしまうぐらい、心が揺らいでいる。
「く、くそがよお!!!」
だが、それを聞かされた向こうはたまったもんじゃないだろう。やけになったのか、お嬢様に殴りかかろうとしてきた。
だけどお嬢様に傷なんて一つもつけさすわけにはいかない。だって俺にとっても、お嬢様は……。
「やめろ」
「!?」
俺はお嬢様と一旦手を離して、殴りかかろうとした先輩の拳を片手で受け止める。そして、その後軽く蹴りを入れた後、つい勢いでこう言ってしまった。
「世界で一番お美しい俺のお嬢様に、傷なんてつけさせないからな」
言った後になんてことを言ってしまったんだと我に帰るものの、時すでに遅し。お嬢様がこの時どんな顔をしていたのかはわからないけど……引かれてなければいいな。
「く、クッソ!」
「やっぱこいつには敵わねえ!」
「もうしないから許して!」
ちなみに先輩達はこの前のことを思い出したのか、潔く逃げていった。ほんと、もう来ないでくれ頼むから。
「……はあ」
俺は一つため息をついて、お嬢様の方を振り返る。……あれ、なんかお嬢様固まってる?
「だ、大丈夫?」
「……はっ!だ、大丈夫よ。……かっこよかったわ純。あの時ノアと言ってくれればなお良かったけれど」
「いやそれは……」
余裕のある笑みを浮かべながら、お嬢様はそんなことを言ってきた。いやそれは恐れ多いし自然と出た言葉だから……。
「でも純にああ言われて凄く気分がいいの。今日はこのまま純の家に行きたいわ」
「そ、それはダメ!」
お嬢様を歓迎するような家ではないし、俺の家でお嬢様と二人っきりだなんて……耐えられる訳が無い。
「残念だわ。それじゃあ今日は私の家まで送っていってくれる?」
「……それなら」
またあの先輩達が来ないとも限らない。俺がお嬢様をお守りするためにも家まで送っていくのは必要なことだろう。
「やった!」
そう決まるとお嬢様はまた俺の腕を恋人つなぎにして、世界で一番可愛い笑顔を俺に向けてくれた。ああ、やっぱりお嬢様は素敵だ。願わくば……いつか、本当に恋人になれたら、なんて思ってしまう。
「ねえ純」
「?ど、どうしたの?」
「あのね……ううん、呼んでみただけ」
お嬢様は何かを言おうとするも、結局言うことはなかった。俺もお嬢様にとって俺との仲は一体なんなのか、と改めて聞こうと思ったけど……まあいいや。
お嬢様にとって大切な人。その言葉を聞けただけで俺はもう……充分すぎるぐらい、幸せだもの。
「……きゃー!!!!!」
都内高級住宅街にそびえ立つ大きなお屋敷の中のある一室に、悲鳴が響き渡る。
「ど、どうされたのですかお嬢様!?」
その声を聞いて駆けつけたのはもうすぐ定年を迎える執事長、「セバス」。長年八条家に勤めてきたが、彼がこれほど大きな悲鳴を聞いたことは一度たりともない。いったい何事かと思い、悲鳴の聞こえた部屋……ノアの部屋に駆けつける。
「あら、そんなに焦ってどうしたのセバス?」
しかし部屋にいたノアはいたって平然としており、事件が起こった様子もない。
「いえ……お嬢様の部屋から悲鳴が聞こえてきたので、駆けつけた次第なのですが……どうされたのですか?」
「ああ、迷惑をかけてごめんなさい。純に「世界で一番お美しいお嬢様に、傷なんてつけさせないからな」って言われたのを思い返してたらつい心が昂ぶっちゃったの」
「……ああ、なるほど」
セバスは何事もなかったことに安堵しつつも、ノアの奇行に心配の念も少し抱く。とはいえセバスも幼少期から純とノアが両片思いであることを知っており、なおかつ今日のことの顛末も高性能ドローンで見ている。
(……まあ、確かに今日の若造はしっかりしていたからな)
なのでノアがこうなってしまうのも多少理解できる。
「このことをヒカルにも話したいわ。セバス、ヒカルはどうしたの?」
「今日ヒカルは有給を取っております。何やら好きなアイドルのライブがあるらしいのです」
「そうなの。……じゃあセバスでいいわ」
「だ、妥協でございますか私は!」
「だってセバスは歳が離れすぎてるわ。アドバイスが参考になるかわからないじゃない」
「いえ、私の心は常に若さを保っておりますゆえ」
真顔でそういうセバスにノアは言葉を失いかけたが、従者に追い打ちをかけるような真似は良くないと思い、会話を続ける。
「……ならセバス、私はここからどうすれば良いのかしら?連絡先も交換したけど、やっぱり純が告白してくるにはまだまだ時間がかかりそうよ」
「はて、それならお嬢様から告白すれば良いのでは?」
今日の一部始終を見ていても、ノアが純に告白するチャンスはあったはずだとセバスは思っている。しかし結局告白は一切せずに今日を終えようとしていることに、セバスは疑問を抱いていた。
「そ、それは……。た、確かに今日言おうとしたわ。でも……勇気がやっぱり出なかったの。それに……ヒカルから普通は男から告白するものだって聞いたから」
「……な、なんですと!」
それを聞いた時、セバスは動揺を隠せなかった。理由は簡単だ。
(あ、あの小娘……賭けに負けないためそんな小細工を!)
セバスも賭けに参加していたからだ。賭けたのは半年以内に二人は付き合うという条件。それもヒカルの掛け金とは桁が違う。
(こ、このままでは私のハワイで過ごす老後プランがおじゃんになってしまう……)
二人がずっと両片思いであることを知っていたため、どうせ早く付き合うだろうと思い半年以内としたが……ヒカルの言葉を鵜呑みにしてしまったこの状況では確実に負けてしまう。
(ここはなんとしてでも早く告白するよう促さなければ!)
だからセバスは決意した。
「お嬢様。それは間違っております」
「え、そうなの?」
なんとしてでも二人をすぐにカップルにすることを。
「でもヒカルに読ませてもらったらぶこめ?の漫画だとみんなそうよ」
「お嬢様、ラブコメは告白したらダメなのです。何故なら二人が恋人になってしまったらネタが尽きてダラダラと続きをかけなくなり、作者が収入を得られなくなってしまいますからな」
セバスは持ち前のラブコメ漫画の知識を語り、ノアを説得する。もちろんその側面もあるだろう。だが告白した後も続いている作品もあることを、セバスはあえて伝えない。
「しかしお嬢様。お嬢様は今すぐ純と恋人になりたいのではないでしょうか?」
「そ、それは……」
「でしたらご自身でも積極的に行くべきです。さもなければ二人は永遠に恋人となることはできずになってしまいますぞ」
「い、いや!そんなのダメよ!私は純と恋人になるんだもの!」
「でしたらこちらをお使いください」
「こ、これは……映画のチケット?」
「そうです。感動的名作と名高い【汝の名は】のチケットでございます。我が八条家所有の映画館にて公開させますので、これを純と二人っきりでご覧ください。さすれば……自ずとそういう雰囲気となるでしょう」
「そうなのね!わかったわ、それじゃあ明日(土曜)誘ってみるわね!」
(これで我が老後も安泰……い、いや、お嬢様の恋路が安泰だ)
なんとかノアを誘導することに成功したセバスは、心の中でガッツポーズをする。
「では私はこれで失礼します」
そしてノアの部屋から出た後、年甲斐もなくスキップをしながらルンルンで自室に戻っていった。
ちなみに。
「ふぁ……まじキンプリしか勝たんわ。ライブ最高だったな〜……ってお嬢様、制服着てどこ行くんすか?」
「?何を言っているのヒカル。学校に決まってるじゃない」
「いや、今通いになられてる高校、土曜休みっすよ」
「……え」
中学は私立に通っていたノアは、てっきり土曜日も学校があると勘違いしてしまい……映画に誘う計画は早くも雲行きが怪しくなった。
今日は土曜日。学校が休みの日だ。と言うことはつまり……お嬢様と会えない日ってこと。正直辛い、休みなんていいから会いたい気持ちが強い。けど……元々俺はお嬢様断ちをするために執事をやめたんだ、何を今更。
……よし、気晴らしに筋トレでもしてよ。お嬢様に見られて恥ずかしくない肉体になるためにも……ってここでもお嬢様のことを考えてしまう!もうだめだ俺……無心になるためにも腹筋1,000回するぞ!
そんなわけで俺は腹筋を始めたわけだが……何やらスマホがピコンと鳴る音が聞こえてきた。はて、一体なんだろう。連絡が来るような人はあんまりいないし……また佐野さんが変な写真を送ってきたのか?
とりあえず俺は一旦腹筋をやめてスマホを見る。すると通知欄には……
【今何してる?】
とお嬢様からラインがきていた。……そうか、あんな形とはいえ俺お嬢様と連絡先を交換したんだった。……でも随分といきなりと言うか、これ、なんて返信すればいいんだ?
[お嬢様のことを気にしないため筋トレしてました!]
なんて馬鹿正直に言うわけにもいかないし。
[筋トレをしてました!]
なんてちょっと誤魔化しても朝から筋トレとかむさ苦しいと思われるかもしれないし。
[今起きました!]
なんて嘘をついてもだらしのないやつだと思われかねない。
クッソ……なんて返信すればお嬢様にもっとも印象良くできるんだあ!
考えても考えても答えは出ず一向に返信はできない。トーク画面を開いてないから既読はついてないはずだけど……それはそれでお嬢様をお待たせしてるようでよくない!ああもう八方塞がりだこの状況!
「……え」
俺がそんな風にあたふたしている時、スマホがブーブーと鳴り出す。も、もしかして……あーやっぱり!お嬢様からラインで電話が来てしまった!
え、これってもしかして返信しないことにしびれを切らしてお嬢様が電話をしてきたってこと……?
こ、これはさすがに出ないとまずい!
「も、もしもし……あれ、これビデオ通話……なんで佐野さん?」
スマホをとって電話に出ると、ビデオ通話ということで見覚えのあるお嬢様の部屋が見えたのだが……顔が映ったのはなぜか佐野さん。もしかしていたずら?でもアカウントはお嬢様のだし……。
「いや……そこにいるんだけどさ。ちょっと一旦切るわ。次も絶対でろよ」
そう言い残すと佐野さんは一方的に通話を切ってきた。そこにいるって……お嬢様に何かあったということかな?あ、かかってきた。
「おはよう純」
今度はちゃんとお嬢様の顔が映った。はあ、画面越しでもお美しいな。……あれ、でもなんか少し頰が赤くなってる気がするけど……気のせいか?
いや、今は返事をする方が先だ。
「お、おはようノア」
スマホを持つ手をプルプルさせながら俺はなんとか返事をする。やばいな、きっと向こうでは揺れまくって俺の変な顔が写ってるかもしれない。お嬢様にそんな醜態を見せてしまうのかよ……ああもう!
「今日は何をしていたのかしら?」
「え!?きょ、今日は……筋トレを少し」
「そうなの……さすがね純」
画面越しでもお美しくて可愛いお嬢様とこんな風に会話するのは初めてだからか、俺はガチガチの状態。方やお嬢様は相変わらず落ち着いた雰囲気。はあ……情けねーな俺。
「それでね純。今日はこの後時間があるかしら?」
「こ、この後?……う、うん。あるよ」
むしろ有り余ってます。
「あら、それは良かった。昨日ね、セバスから映画のチケットをもらったからよければ一緒に行かない?」
「え、映画……!」
お嬢様と一緒に映画って……それってデートみたいなものじゃないか!……お嬢様断ちするって決めてる身でこんなことをいうのはよくないとは思うけど。
めっちゃ行きたい。
「も、もちろん!ぜ、ぜひ!」
だから即承諾した。
「それじゃあお昼の後に行きましょうか。場所は後でラインで送るわね。楽しみにしてるわ」
「う、うん!そ、それじゃあまた後で!」
そうして俺たちは通話を終える。……やっベーお嬢様と一緒に映画……楽しみにならない訳が無い。
「……よし!今から身だしなみを整えるぞ!」
そんなわけで俺は鏡の前に行き、髪とかを整え始めた。もちろんやり方は全然知らないので、ユーチューブの動画を見ながらだけど!
一方ノアは……。
「……さ、誘えたわヒカル!」
通話を終えた後、ノアは呼吸を切らしながらベットで転がりまわっていた。
「よく言えましたねお嬢様」
それを微笑ましくヒカルは見つつ、デートでノアが着る服を用意する。
(ま、お嬢様ビビりながら頑張ってたし……楽しみの邪魔までしちゃわりーからな。お嬢様の魅力を引き出す服を選ぶとするか)
都内某所。お嬢様との待ち合わせ時間よりも30分前から集合場所に着くため、急いでそこに向かっていた。
だってお嬢様をお待たせするわけにはいかない。お嬢様が集合場所についたときにすぐ行けるようするべきだろ?だから予定よりも早い時間に行くってわけだ。まあ……楽しみすぎて待ちきれないってのもあるけど。
「よし確かあそこが集合場所……って、ええ!?」
集合場所に着くと、そこには……。
「こんにちは、純。あら、とっても素敵な格好ね」
集合時間より30分早いはずだったのに、そこにはお美しくて可愛いお嬢様が、とてもお似合いでお洒落な服装をして先に待っていた。
普段の制服姿もすごく可愛いんだけど、今日の格好は……お嬢様の良さをとことん突き詰めたファッションなんだろう。お嬢様の良さが全面的に引き出されてるよ……!
「い、いや俺よりもノアの方がすごく……いい」
「!……あ、ありがとう。ヒカルと一緒に選んだから大丈夫だと思ったけど……純に褒められると、すごく嬉しいわ!」
ああ、お嬢様の笑顔もとても素敵だ。これ、映画に集中できるかすごく不安にもなってきたな……。あれ、そう言えば今日ってなんの映画を見るのか聞いてなかったな。
「そ、そういえば今日ってなんの映画を観に行くの?」
「セバスからもらったチケットは「汝の名は」よ。純は観たことあるかしら?」
「いや……観てないかな。でもそれって数年前の作品じゃないの?」
「セバスが私たちのために手配してくれたらしいの」
「へえ……執事長が」
一緒に働いてる時は厳しい上司って感じだったけど、こうした面もあるんだなあ……。せっかくのご厚意を無駄にするわけにもいかないな。楽しませてもらおう。
「じゃあそろそろ行きましょうか」
「う、うん……手、手は繋がなくてもいいんじゃ?」
「いやよ。だってこれはデートだもの」
「!?」
で、デートって……。お嬢様はきっぱりそう言い切ってるけど、そんな恐れ多いことのわけが……。で、でもやっぱり二人っきりで映画を観に行くってことはそういうことって認識してもいいのかな……?
「ヒカルが言ってたわ。男女二人っきりで歩いたらそれはデートだって」
「……ああ、なるほど」
と思ってたけど。どうやら佐野さんの入れ知恵らしい。そっか……あの人が意味を拡大して言ったからお嬢様が勘違いしてしまったのか……。いや別にお嬢様自らデートだって思ってくれたことを期待してたわけじゃないからな!
「さあ行きましょう純。私今からでもウキウキしてるわ」
「お、俺もだよ」
そんなわけで、なんだかんだ俺たちは手を繋ぎながら映画館まで向かう。その途中すれ違った人が時々お嬢様を見て「うわ、すげー美人」やら「いいなあ彼氏」とか言ってくるので恥ずかしいような、誇らしいような、複雑な気持ちになったのは言うまでもない。
「なんだか今日はいつもより人の視線をよく感じるわね。純がかっこいいからかしら?」
「そ、そんなことは……。ノアがすごい美人だから……みんな見るのは仕方がないんじゃないかな?」
「そうなの?でも私は純にだけ見てもらいたいわ」
「え」
「だって今日の服装も純のために着てきたんだもの。だから純も私だけを見ていてね」
「!?」
お嬢様は俺の方を見ながら笑顔でそんなことを言ってくれる。いやいや、こんなことを言われたらますます好きになってしまうというか……。で、でもお嬢様はどう言った心境で言っているんだろうか?
も、もしかして……。
「そ、それって……ん?」
「あのーすみません」
質問をしようとした矢先。目の前にスーツを着た女性の人が俺たちの前に立って呼びかける。
「私こういうものなんですけどー。これに興味とかあります?」
「……も、モデル?」
どうやらモデル事務所の人らしい。まあお嬢様の美貌だったら勧誘が来てもおかしくないし……ってなんで俺に名刺が渡されるんだ?
「お兄さんかっこいいのでモデルにスカウトしたいんです。どうですか?」
「あ、俺がスカウトされてたんですか!?」
てっきりお嬢様がスカウトされたのかと思ったが……まさか俺だったとは。でもなんかスカウトされるのって悪い気はしないな。もっと美を高めるためにも少し話を聞くのも悪くないか……。
「………!!!」
「の、ノア……?」
なと思っていたけど。いきなりお嬢様がぎゅっと俺の腕を掴んで女の人を睨む。
「え、えっと……ご、ごめんなさい!失礼します!」
その迫力に負けたのか、女の人はそそくさと立ち去っていった。
「ごめんなさい純。つい、純のかっこよさが日本中に広まってしまうのが怖かったから……」
「い、いや……大丈夫。それに……俺はノアにさえかっこいいって言ってもらえたら……俺は満足……あ」
な、なんて本音をぽろっと言ってしまったんだ俺は!ああ恥ずかしい!穴があったら今すぐ入りたい!閉じこもりたい!
「……ふふっ、嬉しいわ純」
だけど、お嬢様はその言葉を受け止めて、爽やかな笑顔を俺に向けてくれた。ああ、やっぱりお嬢様こそ正義だ。モデルなんかにならなくても、お嬢様と一緒にいられるだけで俺は幸せだ。
「ねえ純。私、純と一緒にポップコーン食べたいわ。早く映画館に行きましょう」
「う、うん。わかった」
そして俺たちは映画館に、まるで本当に恋人みたいに向かっていくのだった。
映画館に着いた。どうやらここは八条家が所有している映画館らしく、今日は俺たち二人の貸切ということになっているらしい。だから全く人がいなくて、やけにロマンティックなBGMの音だけが聞こえてくる。
「ねえ純。このキャラメル味のポップコーンとっても美味しいわ。純も一緒に食べましょう?」
そんな中、俺たちは映画上映時間よりも結構早く着いたのでテーブルに座ってポップコーンとかを食べていた。
「え、で、でも……」
「あら、遠慮してるの?なら私が食べさせてあげるわね。あーん」
「!?」
お嬢様がポップコーンを取っては俺の口元に当てて、ニコリと笑いながら食べさせようとする。前にもご飯を食べさせてもらったことはあるが……やはりなれるものじゃない。恥ずかしい。
……だけどめちゃくちゃ嬉しい。だからか俺は自然と口を開けて食べてしまう。
「……ほんとだ、美味しい」
「よかった。純が美味しそうに食べてくれて私も何よりだわ。じゃあ今度は純の塩味のポップコーンちょうだい」
「……それってやっぱりアーンってした方がいいの?」
「もちろんよ。ほら純、早く早く」
「う……」
別に俺もこれが初めてってわけじゃない。だけどなんか妙にロマンティックな映画館のBGMがそれっぽい雰囲気を醸し出してくるので……お嬢様のことをいつよもり意識してしまうというか……。
「あ、あーん」
「……こっちも美味しいわ!純の選ぶセンスはやっぱり素敵ね!」
美味しそうに食べるお嬢様のお姿はやっぱり可愛くて美しくて……。ああ、やっぱり好きだ。なんだかこのまま「汝の名は」を見てしまったら……勢いのまま告白してしまうかもしれない。
それぐらい、今の雰囲気はロマンティック極めているのだ。
「……あれ?純、あれって……」
「ん?……え」
そんなロマンティック極めている空間に、それを崩しかねないあるものが現れた。そのあるものというのは……。
「ぷ、プリキュアだわ!」
そう、プリキュア。あ、多分ぬいぐるみの中に人が入ってる系だけど。だが、お嬢様は何を隠そうプリキュアが大好きだ。俺が執事をしていた時は毎週日曜日に欠かさず一緒に見ていたし。
「じゅ、純!近くに行きましょう!」
「う、うん」
お嬢様は興奮を隠せずにウキウキしながらそういい、俺も一緒にプリキュアの元にいく。
「あ、あの!そ、その!わ、私大ファンです!」
「わー!嬉しい!」
お嬢様はプリキュアに興奮しながらファンと言って、お嬢様にファンと言われてプリキュアは喜んだ。うーん、なんかプリキュアの声聞き覚えのある気がするんだけど……アニメとは違うのにどうしてだ?
「きょ、今日はどうしてここに?」
「今日はねー。ノアちゃんのために特別上映をしに来たの!」
「ええ!?」
え、今日は執事長が「汝の名は」を見せるために貸切なのに特別上映?な、なんか……怪しいぞこのプリキュア。でもお嬢様が喜んでるからまあいっか。
「じゅ、純!これも見に行きましょう!」
「う、うん。でも時間が被ってたりして……」
「確かにその可能性もあるわね。上映開始時間はいつなの?」
「映画はこの時間に始まるよ!」
「この時間は……ああ、なんて運がないの……。か、被ってるじゃない」
どうやら予感は当たっていたようで、映画の上映時間は「汝の名は」と被っていた。これはなんという不運というか……お嬢様も落胆した姿を隠せない。
「そっかー。でもこの特別上映はなんとこのステッキをプレゼントしてるんだけどなー。それは残念だなー」
「!!?」
そんな落胆したお嬢様にプリキュアは追い討ちをかけるよう、ステッキをわざとらしくお嬢様の前で振って見せびらかす。それを見てお嬢様は目をキラキラさせながら葛藤している。
「……ね、ねえ純。純は……どっちが見たい?」
お嬢様はもじもじとしながら俺に問いかける。あ、これはきっとプリキュアの方をお嬢様は見たいんだろうけど俺はそうじゃないかもしれないと思って聞いているんだろうな。
でも俺の答えは決まっている。
「俺は……ノアが見たいものを、一緒に見たいかな」
「!」
お嬢様と楽しく映画を見れることが一番だもの。そのためにはお嬢様が一番見たいものを見るのが効果的だし。それに……お嬢様が楽しく映画を見てる方が、絶対可愛いだろうから。
「……そ、それじゃあ一緒にプリキュア見てくれる?」
「もちろん」
「ありがとう純!ああ、とっても楽しみだわ!」
こうして、俺らは感動的名作「汝の名は」を見るのではなくプリキュアを見ることとなった。
「頑張れープリキュアー!」
貸切なのでお嬢様は映画を見ながら思いっきりプリキュアを応援している。そんな子供っぽさのあるお嬢様も……すごく素敵で、俺は映画そっちのけでお嬢様のことを見ていたのは……内緒だ。
「最高だったわ純!これ以上ないひと時だったわ!もうエキサイティングしてしまったわ!」
映画が終わった後、お嬢様は駅のホームでプリキュア映画の感想を興奮しながらいっている。お嬢様は生粋のファンだから、当然の反応といえばそうなんだけど。かくいう俺も結構楽しんで見れた。
「これでこのまま一緒に遊べたらよかったどれだけよかったことやら……。純、このまま門限を破ってどこか一緒に行かない?」
「だ、だめ!」
そう、お嬢様は八条家唯一の跡取りということもあって厳しい門限がある。それを破ることは執事たち従者にとって最大のやらかしになってしまう。なのであの手この手と元同僚たちが来るのは間違い無いので……その提案には乗れない。
……ほんとは、洒落込んだディナーをしたかったけど。
「そう……なら仕方ないわ。でも一緒に帰ってはくれるでしょう?」
「も、もちろん!」
でも今日もお嬢様を家までお送りすることはできる。それに電車でお嬢様の最寄り駅まではそれなりに時間がかかるから……まだ一緒にいられて俺は嬉しい!
「あ、電車が来たわ。乗りましょう」
「う、うん」
そして電車が来たので俺らは乗って、そんなに混んでいなかったので一緒に席に座ることができた。ああ、お嬢様が俺の隣の席に座っている、それだけで緊張してしまう。
「こうやってくっついて座るのは初めてね。純、もっと近づいていいのよ?」
「そ、それは無理!」
「じゃあ私から近づくわね」
「?!」
お嬢様は俺に思いっきり寄りかかって、俺の肩で寝るような体制を取る。やばい、こんなのもう……耐えられないよ。
「の、ノア!これは……あ」
耐えられないと言おうとしたその時、どういうわけか……。
「……スー、スー」
お嬢様が本当に俺の肩で寝ていた。映画を熱心に見すぎたからかな……だとしてもいきなりだ。さっきまで起きていたはずなのに。
だけどこうなると起こすわけにも行かない。お嬢様の安眠を奪うわけには行かないのだから!堪えろ俺……駅までの辛抱だ……!
「……ううん……純……」
「?!」
夢の中で俺のことを見ているのだろうか。お嬢様が俺の名前を寝ながら呟く。え、どんな夢を見てるんだ?というかお嬢様の夢に俺なんかが登場するなんて恐れ多い!
「……純、もっと来ていいのよ……」
「へ!?」
寝てるんですよねお嬢様?俺の心をドキドキさせることを言ってくるんですけど。
「……え、えへへ。純、くすぐったいわ」
「い、いやいやいや」
あんまり人がいないからよかったものの、お嬢様は夢の中での出来事を次々に呟いていく。え、本当になんの夢を見ているんですかお嬢様?夢の中の俺は一体何をしてるんだ?
……少し、夢の中の俺が羨ましいけど。
「……そ、そこは……あ」
「!!?」
そんなに人がいないとはいえこれはやばいって!夢の中の俺、今すぐお嬢様に向けてるその手をやめろ!現実の俺がこのままだとメンタルやられてしまう!
「……!も、もうすぐ最寄りだ!お、起きて!起きて!」
そんな風にあたふたしている俺に朗報がきた。もうすぐお嬢様の最寄り駅につく。よし、もう起こしてもいいはずだ。お嬢様をこんな強引に起こすのは忍びないけどそれも今は致し方ない。
「……う、うう……」
だけど結構深く眠ってしまったのだろうか。お嬢様は一向に起きる気配を見せない。それでもなんとか起きてもらおうと努力はしたんだけど……残念ながらお嬢様はスヤスヤと眠っているので。
「おらあ!」
おぶっていくことにした。他の乗客からしてみれば何事!?って感じだろうけどそんな目線は気にしない。今は……というか俺の人生はお嬢様を中心に回っているんだから。
「そんじゃ、送っていきますからね」
そして俺は駅員に事情を話してホームでお嬢様のスイカと一緒に通り、家まで歩いていく。俺は体こそ鍛えているのでおぶること自体は問題ないんだけど……。
「…………」
お嬢様の体が全て俺に乗っかっている。その事実だけでもう鼻血が出そうで仕方がない。だけどここで出すとお嬢様のご帰宅が遅くなってしまうので頑張ってこらえて先に進んでいく。
「……よ、よし……もうすぐ着くぞ」
ようやく、お屋敷が見えてきた。なんとかなったな……はあ、最後の最後でこうなってしまうのか。やっぱりお嬢様と一緒にいるとなんでもありだな。
「……純」
あと少しでつくといったところで、お嬢様がまた俺の名前を呼ぶ。今度は一体どんな夢を見ているんだか。夢の中の俺もどれだけお嬢様と触れ合ってるんだか。
……でも、それぐらい積極的になれば……夢の中みたいにできるのかな?
って何を考えているんだ俺は!俺はお嬢様と釣り合うわけがないんだ。お嬢様とこうして仲良くしてるだけでも幸せ……。
「……大好きよ、純」
「……え?」
背負っているお嬢様が、俺の耳元で……そんな寝言を言った。……こ、これって……。
「おーお帰り純……ってええ!?」
のちにこれは知ったことなんだけど、迎えにきた佐野さんがいうには俺はこの時……立ったまま、寝ているお嬢様を背負ったまま、気絶していたらしい。
「……は!ここは……」
「おお、目を覚ましたか」
ふと目を覚ますと、俺は懐かしい風景……かつて俺が使っていたお屋敷の部屋にあるベットで横になっていた。そして様子を見ていてくれていたのか、佐野さんが椅子に座りながらリンゴを剥いている。
「お、俺は一体……」
「オメーお嬢様おぶりながら気絶してたんだよ。それをたまたま迎えに行ったあーしが見つけたわけ。ちなお嬢様は自室で寝てる。ま、もう夜だし今日はお屋敷に泊まっていきな」
「あ、ありがとうございます。で、でもお、おぶりながら気絶……?さ、佐野さん……流石にそれは無理が……あ」
「証拠動画」
「……ええ、俺何してんの」
てっきり佐野さんが話を盛ったのかと思ったが、スマホで撮影された動画を見せられて信じるしかなくなった。なんで俺こうなったんだっけ?うーんと…………っあ!
「……う、うわああああ!」
そ、そうだ……あの時俺、お嬢様が俺のことを好きって寝言を聞いて気絶したんだ!や、やばい……正気を保ってられない!じ、自我が崩壊する!
「ど、どした純?とりまリンゴ食え」
突然叫び出した俺に佐野さんはリンゴを食わせて落ち着かせようとする。……お、美味しいなこのリンゴ。もぐもぐ。
「落ち着いたか。んでどしたん?お嬢様との映画鑑賞でやらかしたか?」
「い、いや映画は別に。……プリキュア見ましたけど」
「いいじゃんプリキュア。お嬢様大好きだし。(まーうちがロマンティックな雰囲気にならないよう工作したんだけど)」
「は、はいそれはいいんです。で、でも帰り道……」
「帰り道?(ドローンで見てる限りは立ちながら気絶するなんてことにならなそうだったけど)」
「じ、実は……寝言ではあったんですけど……お嬢様に……「純大好き」って言われて」
「は!?」
佐野さんは危うく持ったリンゴを落としそうになるぐらい驚いていた。そりゃそうだ。あのお嬢様が俺に好きだなんて言ったなんて聞いたら誰だって驚くに決まってる。
「へ、へえ……。(寝言で言ったのか……通りで状況が掴めなかったわけだ。……やべえ)」
「そ、それで俺気絶したんですけど……こ、これから俺、どうしたらいいのか……」
「うーん……。(やべえ賭けに負ける。わざわざぬいぐるみ着てジジイの目論見邪魔した意味がなくなっちまう……でもここまで来て思っきし邪魔したらそれはそれでクズすぎだし……あー、どうしよ)」
佐野さんも一緒に考えてくれているのか、真剣な表情で悩んでいる。本当に、これからどうすればいいんだ?お嬢様が俺に好意を……なんて、夢心地すぎて信じられない。
「……純はどう思ってんの?」
「どう思ってるって……」
「まあ仮にもお嬢様が純のこと好きだとしてさ。今、純はその愛を受け止められんの?」
「……」
佐野さんに聞かれて、俺はそれを考える。……思えば、俺とお嬢様は本来一緒に過ごすことができないぐらい、存在価値が違う。お嬢様は名家の跡取りで、これからの八条家を背負っていく存在。
かたや俺はなんだ?親に捨てられた孤児だ。旦那様が助けてくださらなかったら、一生お嬢様と会うこともなかった、運だけがいい男だ。そんな俺がお嬢様と付き合うなんて……やっぱり、恐れ多い。
「……やっぱり俺には無理です。俺みたいな身分も低くてダメな人よりも、もっとお嬢様にはふさわしい人がいますから」
「へえ。私からしてみれば純は割としっかりしてると思うけど」
「そりゃあクズメイドの佐野さんと比べたら」
「てめえぶっ飛ばすぞ」
「じょ、冗談ですよ」
半分は。でも実際佐野さんの家庭は代々八条家に仕えてきた一族らしいから……やっぱり俺とは違う。
「ま、あーしもその自覚はなくはない(主人で賭けをしてるし)」
「え、あるんですね。意外」
「殴られたいのか?」
「す、すいません」
「うちは優しいから許してやる。だけどま、そんな情けないうちらのことを受け入れてくれる旦那様、奥様、そしてお嬢様はもっと優しいんだろうな」
「……間違い無いです」
佐野さんの言う通りだ。八条家の皆さんはいつも優しくて、今でも俺のことを気にかけてくれている。俺にはもったいないぐらい、いい人たちだから。
「だろ?そんな自慢できるうちらの主人達が、身分とかちっちゃいことにこだわるかねえ〜。てか、それをしてると思うことがすでに主人……まあ、純にとっては元だけど、侮辱になるんじゃね?」
「……」
その通りかもしれない。佐野さんの言う通り、そう思うことが侮辱になる。それは俺が大好きなお嬢様に、失礼極まりないことを思っているのと同じだ。……だったら、もしかしたら俺が思い描く理想も……そう遠い話じゃないのかもしれない。
「ま、そもそもほんとにお嬢様がお前のこと好きかは知らんけど。likeの可能性も大いにあるし(これさえ言っときゃ大丈夫だろ)」
「う……」
そ、そうだよなあ……。まずそこなんだよなあ。お嬢様が目を覚まして俺に好きと言ったわけじゃない。夢の内容もわからないし。はあ……難しいなあ。
「てなわけでこれ以上考えてもしゃーないってわけ。さっさと風呂入って寝ちまいな。ジジイ達はもうとっくに風呂入ったから今日は純の貸切だ。ほいこれタオル」
「あ、ありがとうございます。……なんだかんだ、佐野さんも優しいですよね」
「お、サンクス。んじゃあーしがクビになった時養ってくれや」
「それは嫌ですね」
金をとことん貪り尽くされそうだから本当に嫌だな。
「馬鹿正直な男はモテねーぞ!」
「す、すみません!」
佐野さんに殴られる前に、俺は受け取ったタオルを持ってお屋敷にある浴場に向かう。久しぶりに入るから少し楽しみだ。なにせこのお屋敷の浴場は、高級旅館にも引けを取らないぐらい立派だもの。
一方……。
「……何つーか、ほんとピュアな恋愛してんなー二人とも」
純が浴場に行った後、ヒカルはほけーとアホ面をしながら部屋の天井を見つめ、そう呟く。
「フツーお互いの思いに気付くだろうになあ……ま、うちとしては賭けに勝てるからいいけどさ。……かー、うちもあんな恋愛してみてー」
なんてぼやきをしながらヒカルは残ったリンゴを食べていると、何やら廊下からドスドスと誰かが走ってくる音が聞こえる。
ぼーっと走る音を聞いていると、突然ヒカルのいる部屋のドアが開けられる。
「あらヒカル。純はお風呂に入ったかしら?」
「あ、起きたんすねお嬢様。今浴場行きましたよ……って、お嬢様もお風呂行くんすか?」
「ええ。純と一緒にお風呂入るの」
「へー。純とお嬢様が一緒にお風呂入るんですか。それはそれは………………あ?」
「……ふう」
久しぶりにお屋敷のお風呂に浸かって、俺は一息ついている。なんたってとても広い浴場だし、それを今は貸切状態で使えているんだ。これで体の疲れが取れないわけがない。
「……にしても、まだお屋敷をでてそんな日が経ってないのに懐かしく感じるなあ」
三月の末に執事を退職してからまだ一ヶ月も経っていない。だけどこんなに浴場を懐かしく思うのは……やっぱり最近の、特にお嬢様との日々が濃いからだろう。……俺が一方的にそう思っているからかもしれないけど。
「……懐かしいと言えば、昔はこの浴場でお嬢様と一緒に……って何を考えているんだ俺は!」
ふと小さい頃の記憶、まだ純粋無垢で汚れを知らないことにお嬢様と一緒にこの浴場でお風呂に入っていた頃を思い出す。思えばあの時俺は生意気なクソガキだったからこの浴場でお嬢様を誘って泳いでたなあ……。
あれぐらいの度胸、今でこそ欲しい。
「……さて、そろそろサウナでも入るか……ん?」
備え付けられているサウナに入ろうかなって思った時、何やら更衣室から音が聞こえてきた。はて?掃除でもしに来たのかな?でも基本掃除は昼にしてるだろうし…………え?
「こ、こんな馬鹿丸出しなことはやめてくださいよお嬢様!小学校低学年までですこれが許されるのは!」
「いいじゃないヒカル!私は純と一緒にお風呂に入りたいの!」
「良くないから止めてるんですわ!の、のわ!な、なんでこんな時だけやけに馬鹿力を発揮してんすか!?」
「八条家跡取りを舐めないことね」
「こんなことで八条家の威厳を使わないでください!」
……え。何このやりとり。明らかに聞き覚えのある二人の女性の声が聞こえてくるんですけど。ここ、男湯ですよ。混浴とかやってないですよ。
……え、出た方がいいのかな?で、でも今更衣室に行ったらそれこそお嬢様の……あ、ああああああああ!
「せ、せめてタオルは巻いて……!た、頼んますお嬢様!」
「仕方ないわね……。はい、これでいい?」
「はみ出てるはみ出てる!ちったあご自身についてるでかいの気にして下さいよ!」
「でも見せた方が男の人喜ぶんでしょ?なら純も一緒なんじゃないかしら?」
「あいつ死にますからそれ見たら!」
……どういう会話よ。こ、これサウナに入って身を隠した方が身のためなんじゃないか……?で、でも体が動かない。金縛りにでもあったかのように、お風呂から出ることができない。う、動けよ俺の体!
「ぶーわがままねヒカルは。あ、わかったわ。ヒカルも一緒に純とお風呂に入りたいのね!」
「なんでそうな……ちょ、ぬ、脱がさないで!」
「それそれ〜」
え、佐野さんも入ってくんの?何このカオスな状況。一刻も早くサウナに避難しないとこのままじゃやば……あ。
「お待たせ純!」
「……」
俺がぐずぐずとしている間に、お嬢様たちは浴場に入ってきてしまった。幸いにもどちらもタオルは巻いているものの……直視できるもんじゃない。
お嬢様は高校生離れした抜群のスタイルで……タオルを巻いていることがむしろ逆にプラスになっているんじゃないかって思うほどに、え……お美しい。
佐野さんは……すらっとしてて綺麗な体だ。でもお嬢様と比べるとだいぶ見劣りするものがどうしてもある。ただ、それでも俺には刺激が強い。
「おい純今私の胸とお嬢様の胸比べたよな?ああ?」
「ナナナナニヲイッテイルンデスカサノサン」
バレてる!ああ、これ後でボコボコにされるんだろうなあ……。でも、今はそれよりもこの場を乗り切れるかどうかなんだが……。
「ねえ純!せっかく貸切なんだし子供の時みたいに一緒に泳ぎましょう!」
無理そう。
「そ、それは無理というかなんというか……」
「あら、それは残念。じゃあ隣に行くわね」
「え、いや、それ……はっ」
また俺があたふたしている間に、お嬢様は俺の隣に来て、しかも体を俺にくっつけてお風呂に入っている。もう、何も考えられない。
「いいお湯ね純」
「ウ、ウン」
ニコリと笑みをこちらに向けてそういうお嬢様に、俺はガチガチに固まった返答しかできない。いや仕方がないだろうがよ!もうただでさえ茹でタコになりそうなぐらい……体がめちゃくちゃ熱いんだ!
「今日、純が眠ってた私のことおぶって送ってくれたんでしょう?さすがね純、かっこいいわ」
「ソ、ソレホドデハ」
「今日は私と一緒にじっくりお風呂に浸かって疲れをとってね」
「ウ、ウン」
「……あーお嬢様、純このままだとのぼせますよ」
もう限界が近づいていた時に、向かい側にいた佐野さんが助け舟を
出してくれた。あ、ありがとうございます!たまにはいいことしてくれますね!
「あらそれは大変。でもまだ私、純と一緒にお風呂に入ってたいのに……」
「なら一旦交互で背中を流してあげればいいですよ」
やっぱゴミだこの先輩!なんてことを言い出すんだこの畜生メイドは!しかも薄ら笑いを浮かべて言ってるから絶対確信犯じゃないか!
「それはいいわねヒカル!純、それじゃあ行きましょう!」
「え、ちょ、ま、まだ心の準備があ!」
勢いに押されるがまま、俺はお嬢様に手を引かれて一緒に背中を流すことになってしまった。
果たして俺は……生き残れるのだろうか。
「さて、じゃあまずは私が純の背中を流してあげるわ!」
「ママママママママママママママママッテ!」
お嬢様に強引に引っ張られ、俺はシャワーの前に連れて行かれては椅子に座らされてしまう。しかも意気揚々とお嬢様は俺の背中を洗う準備をしている。
かういう俺はろくに待ったすら喋れずガチガチに体を震わせてるんだ。これから起こる惨状を想像できてしまうからな……。でもその惨状を避けるために行動できるかって聞かれたら……無理。
「じゃあ早速行くわね!」
「あ、ああ、あああ」
お嬢様はそんな俺を気にせずにゴシゴシと背中を洗い始める。ああ、なんか柔らかいものが当たっている気がするよ!それが一体なんなのか突き止めたら俺はこの場で気絶しそうだから知らないふりをするけど。
……ただ、すごく心地がいい。お嬢様は何をしても才能がある方だけど、まさか背中を洗うことに関しても才能をお持ちだとは……すげえ。
「どこか痒いところとかはないかしら?」
「あ、ああ、えっ、えっと……」
「あ、ここかしら!」
「ひゃ!」
また何かムニっと当たる感触が俺の背中にくる。しかもお嬢様が勝手に俺の痒いところを察して……まあ実際ほんとに痒いところを当てて洗ってくれる。
……天国と地獄って紙一重なんだな。
「それそれ〜純、気持ちいいかしら?」
「あ、ああ、あああ!」
「良さそうね!」
そのまま俺はお嬢様に背中を洗ってしばらく時間が過ぎる。その際何度も気絶しそうだったり、鼻血が出そうになるものの、気合いでなんとか耐えていく。よし、このままやり過ごせばまだ生きて帰れるぞ!
「よし、これで終わりよ!」
そしてようやく、この天国とも地獄とも取れる時間に終わりが告げられた。た、耐えた……なんとか耐えたぞ俺は!
「じゃあ次は純が私の背中を洗ってちょうだい!」
「……あ」
……そうだった。次は俺が洗わないといけないんじゃん。
「あ、でもこのまま私体にタオル巻いてちゃ洗えないわね。よい……」
「それはダメ!!!!!」
お嬢様がタオルを外そうとしたので、俺はすかさず止めようとお嬢様の手を掴んでしまった。あ、やべ、これむしろお嬢様のタオルを俺が外しちゃうんじゃ……。
「させねーよ!」
「あ……さ、佐野さん」
危うくお嬢様の裸体が俺の目の前に広がるところだったが、すんでのところで佐野さんが止めてくれた。
「嫁入り前のお嬢様の裸男に見せたら、うちが首になるからな!」
「じ、自分から洗いあいをけしかけたくせにそこは真面目なんですね。で、でも助かりました!」
「流石にお嬢様が恥じらうかと思ったんだよ!」
確かに常識的にお嬢様がまさかこんなことするとは思わないか。
「失礼ね。純の前でしかこんなことしないわ」
とうのお嬢様はこんなことを言ってるし。
「よ、よくないから!じ、自分の体は大事にして!」
「ぶー。なら背中だけ出すようにするわ。それなら洗ってくれる?」
「ま、まあそれなら……。あ、佐野さんタオル落ちないよう見ててくれます?」
「わーったよ」
「決まりね。楽しみだわ、純のテクニック」
「その言い方やめて!」
というわけで結局俺はお嬢様の背中を洗うことになった。……ああ、腕がガチガチになってろくに動きやしない。でもお嬢様に満足してもらう為にも……頑張る。
「……んっ。純……とってもいいわ」
なんか艶っぽい声をお嬢様が出してるんだけど。すげー心臓に悪いんだけど。
「そ、それは良かった」
でも指摘はできずに、俺は邪念をブンブン払いながら必死に背中を洗っていく。うう……た、耐えろ俺。お嬢様に痴態を見せていいのか?よくねえよな!だったら頑張って切り抜けるんだ!
「……あっ」
「!!!」
でもお嬢様が時折出す色っぽい声が俺の神経を刺激してしまう。や、やばいってその声は!
「……ねえ純、ここ、洗ってほしいわ」
「……!?こ、ここ!?」
お嬢様からリクエストが来たけど……そこは俺にはあまりにもセンシティブな場所だった。で、でもお嬢様のリクエストを断る訳にもいかないし……やるっきゃない!
「……よし」
「……あっ!い、いいわ純。とっても心地いいわ」
何もかも問題があるが気にしたら俺の意識は保てない。ここだ。ここを乗り越えれば俺は無事にいられる!
……それから数分後。
「良かったわ純。またやってもらいたいぐらい」
「そ、それは良かった……けどまたは勘弁……」
なんとか終わった。無事に意識を保ててる。はあ……ほんと良かったわ。
「さて、それじゃあまた一緒に入りま……あら」
「!!?」
だが、油断をしてしまった時こそ危険なんだ。神様のいたずらか、お嬢様がつけていたタオルが取れてしまった。と、いうことは……。
「………………………」
「あ」
「じゅ、純!?」
これは防衛反応だったのかもしれないけど……お嬢様の裸体が目に映る前に、俺は気絶したようだ。後から聞くに佐野さんが頭をなんとか地面に打たないよう抑えてくれたらしいけど……。
……ちょっとだけ、見たい気持ちもなくは……なかったなあ。
「……こ、ここは」
目を覚ますと、そこはベットの上だったんだけど……ただ、この場所には凄く見覚えがある。俺が執事だった頃、毎晩子守唄を歌っていた……。
「純!目を覚ましたのね!」
お嬢様の部屋だった。……え、もしかして俺、お嬢様と一緒に寝てたってこと?それはかなりやばいんじゃないか……また気絶してしまうよ俺。いや待て、時計を見たらまだ11時だった。
「よかったわ……。このまま朝まで純が起きなかったら、凄く心配だったもの」
お嬢様は本当に俺のことを心配してくれていたのだろう。俺の手をぎゅっと握ってくれていて、なおかつ声も少し震えていたから。でも俺が目を覚ましたことで安心したのか、声は徐々に明るくなっている。
「……ごめん。心配かけて」
俺は心のそこからお嬢様に謝る。だってここまで心配をかけてしまうは俺の失態だし。……ま、まあ不可抗力だったかもしれないけど。
「純が謝ることないわ!私がつい純と一緒にお風呂に入れてはしゃぎすぎちゃったし。だけどもう安心して!ここで私と一緒に寝れば万事解決よ!」
「え、いや、その」
お嬢様は名案を思いついたかのように言うが、それは一睡もできないだろうからむしろ何も解決しないまである。もちろん、俺はお嬢様と一緒に寝たくないわけがないけど。ただ……やっぱ刺激が強い。それに……
「で、でもこの状況佐野さんとか止めたんじゃない?」
そう、いくらなんでもこの状況を佐野さんはじめ他の従者たちが止めないわけがない。だって年頃の男女を同じ寝室にいさせるわけにはいかないだろ?……まあすでに一緒に浴場入っちゃったんだけど。
「問題ないわ。セバスがそうするべきって言ってたもの」
「執事長が?」
うーん。なんでそうなったのかはよくわからないけど、執事長にも何か考えがあってそう言ったのかもしれない。……まあ、ここのベットはとても広いからお嬢様に近づきすぎないようにすればいいか。
「だから純、こっちに来て」
「!?」
と思っていたんだけど。お嬢様は寝転びながら両手を広げて、俺との距離を縮めようとしてくる。ここで抵抗すればいいだけの話なんだけどさ。お嬢様の愛らしいそのお姿はまさにブラックホールさながらの吸引力を持っていて……。
「よしよし、純」
情けないことに、今俺はお嬢様に頭をなでなでされながら、抱きつかれている。浴場であった出来事のすぐ後だってのに、なんて馬鹿なんだ俺は。でもとても心地がいい。やばい、はまってしまいそう。
「こうして近くにいると、毎日純に子守唄を歌ってもらっていたことを思い出すわ」
まだ俺が八条家にお仕えしていた頃、俺は毎日お嬢様のために子守唄を歌っていた。別にめちゃくちゃ歌が上手いわけではないし、なんなら下手まであるんだけど。それでも毎日お嬢様が俺の子守唄で心地よく眠ってくれてたのが、嬉しかったなあ。
「きょ、今日は子守唄ないの?」
「純がいなくなってからは歌ってもらってないわ。だって私は純の子守唄が聞きたいんだもの」
「え」
あ、あんな下手くそな子守唄を……他にもっとうまく歌える人はたくさんいるだろうに。いや、それがむしろちょうどいいものになっていたのかもしれないけど。でも不思議だなあ……。
「じゃ、じゃあ今日は俺が子守唄を歌ったほうがいい?」
「それもいいけど……今日、私は純にいっぱい迷惑をかけちゃったから。だから今日は私が子守唄を歌うわ」
そういうとお嬢様はとっても優しく頭を撫でながら、持ち前の美声で心地よい子守唄を歌ってくれた。それはまさに天使の息吹のような歌声で、ずっと聞いていたいと思わせられるものだった。
「……すう」
だけど、同時にすぐ安らかな心地になることができたから。俺はあっという間に寝てしまった。だから、この後のことは知らないんだけど……。
「……寝ちゃった。ほんと、寝顔も素敵だわ純。………………おやすみ。大好きよ」
不思議と、今まで感じたことのない感触が唇に来た気がした。けど……それがなんなのか、その時の俺には知る由のないことだ。
お屋敷で寝泊まりした日から数日後。学校の授業が終わり放課後に、俺とお嬢様はいつものごとくだらだらとしていた。
「ねえ純。このお話素敵じゃない?」
「ん?……ってこれ俺の中学の時に書いた小説!?ど、どうしてそんなものを!?い、今すぐ捨てて!」
「ヒカルからこの前もらったの。ああ、素敵だわ……お姫様と従者が結ばれるこの展開」
「あ、ああ……ふんぬ!」
目の前でお嬢様に黒歴史を読まれて、泡吹いて倒れそうになるが……なんとか耐えてお嬢様の隙を狙ってなんとか取り返すことができた。あのくそメイド……。
「あら、まだ読みたかったのに」
「絶対ダメ!はあ……ノアにはこれが……ん?」
この部室にある本は、あらかたお嬢様は読んだことがあるものの、俺の黒歴史を読まれるよりはずっとマシなので代わりの本を読ませようとしたら、ふと部室のドアが開いた。
はて?この部活は俺とお嬢様しか所属していないし、顧問もいないようなものだから来る人なんているはずがないんだけど……。
「あ、あの……文芸部ってここですか?」
入ってきたのは、メガネをつけた大人しそうな小柄の女の子だった。何やらドキドキしながら入ってきたようだ。
「は、はい……まあ一応」
「よ、よかった……。わ、私……文芸部に入りたいなって思ってきたんです」
まさかの入部希望者。もう一生来ないと思っていただけに正直驚いてしまったが、嬉しくもある。だって本仲間を増やせるのはいいことだろ?
「え!嬉しい……あ、俺、野原純って言います」
「私は桃原瑠美です。学年は一年生です」
「あ、一緒だ」
「そうなんですか!あ、確かに上履きの色が一緒!じゃあいまいるのは一年生だけってこと?」
「そうだね。まあ廃部になりかけだったみたいだから。でも三人目が来てくれて本当に嬉しいよ」
同い年ということもわかって俺と桃原さんの距離は縮まっていく。次第とタメ口になっていたし。
「オススメの本とかある?私、野原くんのオススメ聞きたい」
「もちろん。えーっと………………」
俺が本棚からオススメの本を取り出そうとした時、隙を突かれて片方の手をお嬢様の腕に絡まれてしまう。しかもいつもよりもずっと力が強い気がする。
「の、ノア?」
「気にしないでいいの純。オススメの本、紹介してあげて♡」
さらにいつもよりもすごく優しい声でお嬢様がそういう。優しすぎて恐怖すら感じてしまうほどだ。え、一体どういうこと?
「う、うん……。桃原さん、この本とかオススメだよ」
「わー面白そう!」
「そうなんだよ。これは……」
俺は桃原さんに本のオススメポイントを紹介していく。それはまあ問題ないんだけど、ただ、横なら並並ならぬオーラを出しているお嬢様が気になって仕方がない。
「へ、へえ……。……ね、ねえ野原くん。そ、その……よ、横の人って……?」
桃原さんもそのオーラを感じ取ったのか、恐る恐るそのことを指摘してきた。
「純の大切な人よ」
「の、ノア!?」
その指摘をされた時、お嬢様はドヤ顔でそんなことをいう。
「ふ、ふーん……。じゃ、じゃあ付き合ってるってこと?」
「!?い、いやそういうわけじゃ……」
「!?い、いやまだそういうわけじゃ……」
密着しながらそんなことを言ったら、そりゃ付き合ってるって勘違いされるに決まってる。俺もお嬢様もお互いにそれを否定した。……もちろん、付き合いたい気持ちはあるけどさ。
「そうなんだ……じゃあ親友ってことかな?」
「ま、まあそういうことかな」
「親友よりも深い仲よ」
「の、ノア!?」
なんかすごくややこしい関係ってことになるけどそれ!
「ふ、複雑なんだね二人の仲って……。は、話し戻そうか!この本のオススメポイントもっと聞かせて!」
これ以上踏み込むと面倒ごとが起こりそうだと察したのか、桃原さんは話を本に戻した。それ以降俺らは楽しく本のお話をすることはできたのだが……。
時々お嬢様が桃原さんに殺気すら感じる視線を向けていた気がするのは……気のせいかな?
「ねえヒカル。貴女、秘密調査はできるかしら?」
「なんですかいきなり」
ノアの部屋。今日のノアはいつものように純のことを思って暴れているわけではなく、真剣な眼差しでヒカルにそんなことを言っていた。
「ライバルが出てきてしまったのよ!こ、このままじゃ純が取られてしまうかもしれないわ!」
「へーそうなんですね」
ヒカルは薄っぺらい反応を返す。なにせことの顛末は部室に仕掛けたカメラで見ていたからだ。また厄介なことになって少しだけ、ヒカルは純に同情していたぐらいだ。
「な、何よその薄っぺらい反応は!重大事件なのよ!私の未来の旦那が寝取られてしまうかもしれないのよ!」
「あーしはお嬢様が寝取られるなんて言葉を知っている方がショックですよ。どこで知ったんすかそんなもの」
「純の書いた小説にあったじゃない。私にそっくりなお姫様が敵国の王子に寝取られそうになったって」
「そういえばそんな描写が……(あれ闇深かったなあ)」
「でもそんなことはどうでもいいの!ねえヒカル、秘密調査をしてちょうだい!」
「嫌ですよ。めんどい」
八条家専属メイドとして、スパイ活動のノウハウも嗜んでいるヒカルだが、はっきり言ってこの調査はする必要がないため素直に主人に対して面倒といった。そもそもあの純がノアを差し置いて他の女と付き合うわけがないだろうから。
「そもそもお嬢様。作者がネタ切れして苦渋の決断で出したようなぽっと出の女にノアお嬢様が負けるポイントなんてないじゃないですか。幼馴染で、美少女、なおかつ巨乳で金髪ですよ貴女。だから余計な心配しなくていいです」
「そ、そうかしら」
「はい。なんで調査はしません。てかそもそもお嬢様、純は高校生活を充実させたいからこの屋敷を出て行ったわけで。楽しそうに学校生活を送ることを邪魔するのはまずいんじゃないすか?」
「う……」
「だからここは素直に本好き仲間を作れた純を祝福するべきでは?」
「う……そ、その通りね……」
珍しく正論を言ったヒカルにノアは言い負かされてしまい、その意見を認めた。好きな人が楽しく送れるかもしれない生活を邪魔するのは、ノアとて本意ではないからだ。
「じゃ、じゃあ私もあの輪に入りたいわ!純のお友達なら、私もお友達になりたいもの!」
「え」
だがお嬢様の要求は波のように続いていく。今度はお友達になりたいなどと言い出して、ヒカルは思わず「え」と言ってしまう。あれだけ圧をかけてしまったため、今からお友達になるのは相当難しそうだと思うからだ。
「うーん……ま、まあやっぱ共通の話題として本の話でも持ち込めばいいんじゃないすか?」
しかしここで無理と正直にいえばまためんどくさいことになりそうだったので、当たり障りのない答えでこの場を濁す。
「わかったわ!じゃあ明日頑張ってその話題を持ち込むわね」
「ガンバっすー。そんじゃ私はここで……ん?なんだじじいからメールか。たくっ……こんな夜になんのようだって……え」
自身の部屋に帰ろうとしたヒカルは、その前に執事長から来た【緊急事態発生】と題されたメールの内容に驚愕してしまう。
「どうしたのヒカル?」
「え、いや、な、なんでもないっすよ〜。そ、そんじゃあーしはここで……ってああ!!」
逃げ出そうとしたヒカルだったが、名家のお嬢様としての才能を無駄に発揮しヒカルからスマホを奪って画面を見る。するとそこには……。
「じゅ、純が……あの女と二人っきりで歩いてる……!?」
「ヒカル、あそこに純がいるのね?」
「はい、そうっすね。あ、これは尾行調査なんで純に見つからないようにしてくださいよ」
「わかってるわ。決定的証拠を掴んで純を取り返すまで待てってことよね」
「まあそう言うことでいいっす。んじゃ尾行しましょ。あーしについてきてください」
今日は休日。昼時で街には活気があふれているわけだが……その中でノアとヒカルは人々に気づかれないようコソコソと行動していた。理由は単純である。
なんと今日も純は桃原さんと一緒に行動していたのだから。
「しっかし二人で何をしてるんだか……。あ、カフェに入った」
「ええ!?わ、私……純と一緒にカフェ行ったことないのに……」
「落ち着いてくださいお嬢様。カフェぐらいじゃ大したことじゃありません」
ノアは二人がカフェに入る様子を見ると、ショックで倒れそうになる。それをヒカルがキャッチして、ノアをなだめる。
「で、でも!だ、男女が一緒に建物に入ったらそれは浮気になるって聞くし……」
「いやそもそも付き合ってないのに浮気もクソもないですから」
「う、うう……」
「まあ様子を見ましょうよ。まだ慌てるような展開じゃないっすから」
と言うわけで、二人はこっそりとカフェに入り、バレないよう遠巻きから二人の様子を見ていた。しかし、盗聴器を仕掛けることができなかったため、会話は聞こえてこず何を喋っているのかわからない。
「な、なんだか楽しそうに喋ってるわ。や、やっぱりあの二人……」
「いやわざわざカフェに来て暗く会話する人なんてそうそういないですから。まだ問題ないっすよ」
そんなこんなで数時間。二人はカフェから出てどこかに向かいだした。
「数時間も一緒にカフェにいてなお一緒にどこかにいく……。ね、ねえヒカル。じゅ、純は本当にあの女に惚れたりしてないのよね?」
「……多分」
流石に数時間も一緒にいて、なおかつまだどこかに向かっている純と桃原さんを見て、ヒカルも下手に大丈夫と言えなくなってきた。若干汗すらかいている。
「た、多分……じゃ、じゃあやっぱり純は……」
「いーや多分じゃないです絶対ないですよ!お嬢様しか勝たんですから!」
だがノアにこの場で泣かれてしまってはかなりめんどくさいことになるのはわかりきったことなので、なんとかなだめながら尾行を続けていく。すると次はおしゃれな書店に入っていった。
「本屋ねえ……。ま、ここなら間違いとか起こるはずもないだろうし……ん?あ、やべ」
こっそりと書店での二人の様子を見ていると、どうも純が桃原さんに照れている様子が見られる。それにいち早く気づいたヒカルはその光景をノアに見せまいとするも……。
「じゅ、純……」
間に合わずにその光景をノアは見てしまった。それがショックだったようで、あわわわと震えながら虚ろな目になってしまう。
「もっと……もっと早く私が告白していれば……」
そして虚ろな目になりながらボソボソとそんな泣き言を言いだす始末。もちろんヒカルはその言葉がもろにグサグサと刺さって、滝のような勢いで汗が流れ出しているものの、それでもなんとか弁明をしていく。
「ままままだ大丈夫ですから!そ、そうだ!こ、この場でお嬢様があの二人の元に行けばいいんじゃないすか?ええきっとそれがいい!」
「……そ、そうね」
もはや弁明というよりはやけくその提案だった。だが後がないと思っているノアはその提案に乗ってしまい……。
「……こ、こんにちは、二人とも」
ノアは二人の元に行って、話しかけてしまった。
「の、ノア!?ど、どうしてここに……」
「た、たまたま二人のこと見かけちゃって。な、なんだか随分と楽しそうだなあって……」
平然を取り繕うも、今にも泣き出しそうな震えた声でノアは喋る。すると桃原さんはそれを見てクスッと笑い……。
「大丈夫だよ八条さん。八条さんが思ってるような間柄じゃないから私たち」
「……ふぇ?」
「ここからは野原くんから聞いてね」
桃原さんはノアが思っていることを察したのだろう。優しい笑顔でノアにそう言って離れた場所に移動して、純にバトンタッチする。
「い、いや……その……。この前、部活で桃原さんと話し込んじゃったから。その時ノアも一緒に話せるよう共通の話題になる本がないかなあって……探してたんだ」
「……!」
「俺は女性向けの小説に疎いからさ……。だから桃原さんと一緒に探してもらってたんだよ。それで、これなら絶対喜んでもらえるってさっき言ってもらって……ノアに渡すのが楽しみだったんだ」
純は選んだ本をノアに見せる。その小説はとても面白そうだったが、それよりもノアは純が自分のために何かしてくれたことが何よりも嬉しくて……。
「純!」
「う、うわあ!?」
思いっきりぎゅっと抱きしめる。やっぱり自分は純のことが大好きだと実感して、その思いを我慢することができなくなったからだ。もちろんそれをされて純はまた気絶しそうになるがなんとか耐えて……本を買った。
「喜んでもらえてよかったね野原くん。それじゃあ後は二人っきりで楽しんできなよ!」
「……いや、桃原さんも遊びましょう!私、貴女と仲良くなりたいわ!」
桃原さんは二人が本を買った後、気を利かせて二人っきりで楽しんできてと提案したが、ノアは桃原さんとも遊びたいと言う。
「ノア……。うん、それがいいよ。同じ文芸部の仲間なんだから。親睦を深めよう」
「……二人がそう言うなら、断れないね!じゃあ楽しもっか、三人で!」
と、結果的にことが上手くいって、三人の仲も深まったのだった。
テスト期間が終わって、試験の結果も帰ってきた。そこで俺はそれよりも驚くべき結果を出すことができた。それは……。
「純、学年2位おめでとう!」
「あ、ありがとう!」
俺が学年2位の成績を取れたことだ。もちろん1位はお嬢様。この結果は俺がお嬢様の側にいてて恥じない存在だって思える自信にもなった。それにお嬢様は俺以上にこの結果を喜んでくれてて……。
「で、でもノア、い、一旦離れようか。め、めっちゃ目立ってる」
ずっと俺を抱きしめてくれてる。いや、すごく嬉しいけどあちこちから視線がザクザク刺さってくるし、それに多少マシにはなったとはいえ俺はやっぱりお嬢様にこんなことをされるといつ気絶してしまうかわからないんだ!
「いいじゃない!見せつけていきましょう、私たちの絆を!」
「ええ!?」
だがお嬢様は俺が2位を取ったことがよほど嬉しかったんだろう。さらに俺のことをぎゅーっと抱きしめて離さない。
「す、すげえなあの二人……」
「カップルでワンツーの結果とかぱねえけど……それ以上に」
「ああ、いちゃつきすぎでは?」
「いいなあ……俺も埋もれたい」
野次馬があれこれ言ってるのがもろ聞こえてくる。ああ、やっぱ俺らカップル認定されてるよなあ……そりゃこんなの客観的に見たらカップルと思っちゃうのかもなあ……。
「さて、じゃあ純へのご褒美をあげるためにそろそろ部室に行こうかしら」
「ご褒美?な、なにそれ?」
「それは部室に行ってからのお楽しみよ!」
と、お嬢様が俺に抱きつくのをやめては、今度は俺の手を引いて部室に連れて行く。ご褒美って一体なんだんだ?なんか……一切想像できないんだけど。
「さあ、ついたわ純。そこの席に座ってね」
「う、うん」
部室に着くと、俺はお嬢様に言われるがままに席に座る。するとお嬢様は部室にあるロッカーから何かを取り出しているようで……ん?なんか紙切れ?
「はいこれ!」
「これは……え!?ディ、ディ●ニーペアチケット……じゃん」
それはかの有名な夢の国に行けるチケット、しかもペアチケットだった。こういうところ一度も行ったことないから、行ってみたいなあとは常々思っていたけど……まさかこれがもらえるなんて。
ぶっちゃけ最近のお嬢様のことだからとんでもないものを渡されるんじゃないかと思ったけど……これは素直に嬉しい。でもペアチケットってことは……。
「純、頑張ってたから息抜きにどうかなって思ったの。どう……かしら?」
「もちろんめちゃくちゃ嬉しいよ!それに……ペアチケットってことはノアと一緒に行けるってことだよね?」
「もちろん!」
やはりそうだよな。正直、俺はいつかお嬢様とディ●ニーデートというものをしてみたかったから……夢が叶ったと言えるのかもしれない。いや、付き合ってないからデートじゃないんだけどさ。
「楽しみだなあ、本当にありがとうノア、これ以上ないご褒美だよ」
「純が喜んでくれてよかったわ!……それに、こうしてまだまだ一緒に二人っきりでいられるのって、やっぱり幸せだわ」
「……ほんと、そうだね」
相手が雑魚だったからよかったものの、もし本当に強敵だったら……お嬢様と俺は離れ離れになっていた可能性もある。お嬢様も少しだけ、不安だったのかもしれない。俺だって不安はあったし。
だけどこうして一緒にいられて、ディ●ニー行ける約束までできるのは、本当に幸せなことなんだと実感できる。
「ごめーん、遅れた……あ、それディ●ニーチケット!?二人行くんだ!いいなあ……私もまた行きたい」
「あら、桃原さん行ったことあるの?私たちお互い初めてなの」
ちょっとしんみりした空気になったけど、その中で桃原さんがやってきたのでいつもの感じに戻った。
「うん、何回かあるよ。あ、それじゃあ二人が楽しめるスポットいくつか紹介するよ!」
「それはありがたいわ!じゃあ純、これから一緒にどこ行くか考えましょう」
「うん、そうしよっか」
とまあ、そんなわけで俺らは部室でどこ行こうかとワイワイ話し合った。
「いいすね〜ディ●ニー。あーしも行きたいんすけど、ついて行っちゃダメスカ?」
「ダメに決まってるわヒカル。私と純のペアで行くんだもの〜」
ノアの自室でヒカルが髪を手入れしながら、二人は明日のことについて話す。そう、明日はノアと純が一緒にディ●ニーに行く日だ。そのためノアはウキウキしながら常に笑顔でいた。
「ま、そりゃそうすね。つーか二人とも初めてなんで色々知らないんじゃないすか?ガイド役とか必要でしょ?やっぱ私も連れて行った方がいいんじゃ」
「大丈夫よ。この前桃原さんから色々教えてもらったもの。オススメのアトラクションとか、あと……バエ?スポットも教えてもらったわ」
「なんだ……」
「あらヒカル、そんなに行きたいの?」
「もちろん。そりゃあディ●ニーってのは友達と行っても、家族で行っても恋人といっても夢が叶う最高の場所ですよ?できれば月一で行きたいすわ」
「でもヒカル、貴女彼氏いないじゃない」
「ごはっ!」
ノアにさらっと辛い現実を突きつけられて、ヒカルは心にダメージを負って一旦手を止めるものの、なんとか持ち直してまた手入れを始める。
「いうてお嬢様も彼氏はいないじゃないすか。まだ」
「そ、それは……も、もうすぐよ!も、もうすぐ……もっと距離を縮められると思うの」
「距離ですか……」
確かにヒカルから見ても以前より二人の仲は確実に進展している。それはあれだけノアが猛烈に迫っていけばそりゃそうなるに決まっている話ではあるが。でも、ヒカルから見てまだ二人には……。
(まだまだ距離あるよなあ。だって純がなあ……まだ「お嬢様」を「お嬢様」だと思ってるだろうし)
結ばれるにはまだまだ距離があると感じていた。執事をやめたとしても、タメ語で話していたとしても、純がノアのことを「お嬢様」として見るのをやめない限り、二人が付き合うことがないとヒカルは考えているから。
(ま、うちからしてみれば賭けには勝てるからいいけどさ。あ、でもこのままだと永遠に付き合わないまであるのか……それはダメだな。かといって彼氏できたことないうちがどうこうできるかっていったら……なあ)
「ねえ、ヒカル、ヒカルってば!」
「あ、すみませんお嬢様。考え事してました」
「もう。……じゃあもう一回話すわ。……私、ディ●ニーで……純に告白しようと思ってるの」
「へえ、それはそれは…………………………ええ!?」
ノアから出た衝撃発言にヒカルは思わず大声をあげて驚いてしまう。まさかお嬢様からこんなことを言い出すなんて、考えもしてなかったからだ。
「まだ、迷いはあるわ。とっても怖いし……。でも、ディ●ニーに一緒にいけば……もしかしたら、もっと距離を縮められるかもしれない。告白が、絶対に失敗しないぐらいの距離になるかもしれないわ」
「は、はあ……。ま、まあ確かにディ●ニーマジックってあるとは思いますけど、初めてでそれはハードル高くないすか?」
「でもまたいつ来られるかわからないわ。今回だって、ヒカルを含めたみんなが必死にチケット取ってくれたんでしょう?また苦労をかけるのも良くないわ」
「別にうちらはお嬢様が充実した生活を送れるようにするのが仕事すから。それぐらい気にしないですよ。でも……うーん……」
別に行こうと思えば行けなくもない場所だ。チケットだって頑張れば取れる。でも……ノアがこれだけ覚悟を決めた目をしているのに、それを邪魔するのは流石に人としてどうなのかとヒカルは思う。
(……ま、なるようになれか)
賭けた金は惜しいが、二人が無事ゴールインするのが一番だ。そう思ったヒカルは心の中でちょっぴりやれやれとため息をついて、こういう。
「ま、なら頑張ってください。応援してますよ」
果たして距離がどこまで縮まるのかはわからないけど。純もディ●ニーに行くことで何か変わるかもしれないし。というわけでヒカルは素直に行く末を応援することにした。
「ありがとう!……じゃ、じゃあ頑張るわね!」
「うイース。んじゃあーし寝ますね。おやすみなさい、お嬢様」
「ええ、おやすみなさい、ヒカル」
そしてヒカルは髪の手入れをすませると、自分の寝室に戻るため長い廊下を歩いていく。
「……ん?なんだじじい?そんな深刻そうな顔して」
「……深刻な事態だからだ」
「……ふーん」
その途中、執事長のセバスが深刻な表情をしてヒカルの前にやってきた。わざわざこんな夜の時間に、メールではなく直接会いに来るとはよほどのことがあったのかとヒカルも察する。
「んで、何があったん?」
「……それがだな、六条家のあの方も明日ディ●ニーに行くそうだ」
「……おい!クッソどうでもいい情報じゃないか!」
六条家。それは八条家が古くから因縁の相手として争い合ってきた、言わば犬猿の仲の一族。だが現在では六条家が関西を拠点とするようになったため、あまり関わりがない。それでも時折彼らからの妨害工作が起こっているため、八条家にとって警戒するべき存在には変わらないのだが……。
ただ、ディ●ニー行くことまで警戒する必要があるのかとヒカルは思って突っ込んでしまった。
「私もそう思っていた。だがな……奴ら、お嬢様たちがディ●ニーに行くと決まった後に行くことに決めたようだ。……奴らが大好きなユニ●に行く予定を変えてな」
「……そう言われると確かに、怪しいといえば怪しい。……となると、やっぱ狙いは……お嬢様か?」
「間違いない。八条家唯一の跡取りであるお嬢様を拐えば、こちらにいくらでも理不尽な要求をできるだろうからな」
「はあ……せっかくお嬢様が覚悟決めたってのに……。んじゃ、うちらが裏で片すしかないか」
「ああ。他にも声をかけるが……お嬢様がディ●ニーに行く情報を漏らしたスパイがいるかもしれん。私はそれを探す」
「了解。……しっかし奴らもなかなかのやり手だからなあ……心配。ま、でもあの二人のためだ、やってやるか」
「わあ……す、すごいわ純!本当に夢の中に来たみたい!」
「ほんと……すげえ」
長い移動時間をかけて、ようやく目的地のディ●ニーについた俺たちは、圧倒的な世界観を前に感激してしまった。なんだろう、写真とか映像では結構見てきた光景ではあるけど……こうして生で見るのは違う。迫力がすごい。
「私、もうワクワクが止まらないわ!さあ純、早速思いっきり楽しみましょう!」
お嬢様は俺の手を握って走り出す。すごく楽しそうに、純粋無垢な笑顔しているお嬢様は本当に素敵で俺はドキドキしてしまうけど……。
「う、うん!」
かくいう俺も楽しみすぎて笑顔が溢れてる気がする。そんな幸せオーラ全開で俺たちは色んなテーマパークを回っていく。予め計画していたものもいくつかあるけど、いざ来てみると色んなところをついつい巡ってしまう。
「ねえ純、次はあれ乗りましょう!」
「あれは……ジェットコースター!?」
そして次にお嬢様が行きたいと言った場所は有名なジェットコースターだった。……や、やっぱ逃れられないかこれは。実はこれなるべく乗らないようやんわりと避ける計画にしたけど……まあ、お嬢様と一緒にいて計画通りになるわけがない。
「行きましょ行きましょ!」
それにお嬢様めちゃくちゃ楽しみにしてるし。……恐怖で悲鳴をあげてる情けない姿を見せたくなかったけど、ここで男見せればいいだけじゃないか!よし、乗ってやるぞ俺!
「ああ、行こうノア!」
それから。
「……はあ、はあ……」
「うふふ、とっても楽しかったわ。それに純がいっぱい悲鳴あげてる姿、可愛かったし」
「う……」
俺は男らしい姿を見せるどころかお嬢様に痴態を思いっきり晒してしまった。いや、マジで怖かったんだよ。なんなんあれ、高速でギュンギュン動いて……悲鳴あげるに決まってる!
……でもお嬢様が楽しそうにしてるからいっか。
「じゃあ次はあれに乗りましょう!」
「え……」
でもお嬢様よほど気に入ったんだろうなジェットコースター。今度は別の種類のやつに乗りたそうにしているよ。……よし、次こと怖がらずにお嬢様にかっこいいところ見せてやろうじゃないか!
「……ひー……ひー」
やっぱ怖かった。でも……。
「ふふっ。これも楽しかったわ。純はどうだった?」
「……まあ、怖かったけど……楽しかった」
そう、今度は割と楽しめた。怖かったけど。
「それは良かったわ!じゃあ次は……あ、写真撮りましょう!」
「写真?ああ、あそこで撮るってこと?」
「そう!」
次に俺たちはあるスポットで写真を撮ることにした。わお、桃原さんがめっちゃ人気の場所って言ってたけど、想像以上に人がたくさんいるなあ。
「いっぱい人がいるわね……あ、でもあそこなら上手く撮れるんじゃないかしら?」
「確かに。それじゃああそこで……あ、でも誰かに撮ってもらわないと……」
自撮りって手もあるがそれだと上手く背景が映らないから、誰か他の人にシャッター押してもらいたいんだが……誰か撮ってくれる人はいるかな。
「良ければ、写真撮りましょうか?」
と、悩んでいると親切な人がいるもので爽やかな女性の方が写真を撮ってくれると申し出てくれた。なんてついてるんだ。
「ありがとうございます!それじゃあお願いしていいですか?」
「ええ。それじゃあスマホを……あ、そちらの彼女さんのスマホで撮りますか?」
「か、彼女じゃ……」
「そ、そうよ。ま、まだ彼女じゃ」
ついノアのことを彼女と言われて、俺ら二人とも動じてしまう。……なんか、またまだって聞こえた気がするし。それぐらい俺は動じちゃったのかな。
「あはは、可愛いですね二人とも。でもそちらの女の子のスマホで撮った方がいいのかなあって思ったので」
「……じゃ、じゃあ、お願いします」
「はい、えーっと、ちょっと待ってくださいね……よし、準備できた。それじゃ、お二人並んでくださーい」
ノアがスマホを女の人に渡して、俺たちは二人並んで写真を撮る体制になる。……な、なんか緊張するなこれ。初めてお嬢様と二人っきりで写真撮るからか?
「はいチーズ」
「……」
「っ!?」
そしてシャッターが切られる直前に、お嬢様は俺の腕をぎゅっとしてこちらに寄った状態で写真が撮られてしまった。
「の、ノア!?」
「……つい、しちゃったわ。でもこうやってした方が、仲がいい感じがするでしょ?」
「……ま、まあ」
それは間違いないけど……。……でも、満更でもない俺がいる。
「それじゃあスマホお返ししますね。お二人とも、素敵な時間を過ごしてください!」
「あ、ありがとうございます!」
女性の方はお嬢様にスマホを返して足早にその場を去っていった。あ、もっとお礼とか言いたかったんだけど……向こうも忙しいか。
「いい写真ね。これ、私の家宝にするわ」
「え、それは大げさじゃ」
「……じゅ、純はそうじゃないの……?」
「!?も、もちろん家宝級の価値だよ!」
よほど俺とのツーショット写真が嬉しかったんだろう。お嬢様は家宝級といって写真をじっと見てる。……それぐらい喜んでもらえるのは、俺にとってもこれ以上ない幸せだ。
「……さて。それじゃあ次はご飯を食べに行きましょう!」
「あ、もうそんな時間か。じゃあ桃原さんにオススメされたところ行ってみよう」
「ええ!」
そして俺らは次にランチを食べに行った。
「……ええ。ターゲットのスマホにちゃんとつけておいたわ。……ええ、へまするんじゃないわよ」
その時……お嬢様を狙った連中の策にはまってしまったことを、知らずに。
「わあ!ねえ純、このパンケーキ写真で見るよりも可愛くて美味しそうだわ!」
「ほんとだ、これはすごいね」
写真を撮り終わったあと、俺たちは予め予約しておいたレストランに行ってお昼ご飯を食べている。お嬢様はTHEオシャレって感じのパンケーキを注文して、俺はステーキ。……いや、腹減ったんだよ。
「純、アーン」
「え!?い、いやノアが注文したんだし……ノアが全部食べなよ」
お嬢様はなんのためらいもなく俺にパンケーキを食べさせようとする。初めてではないとはいえ、こういった場でこれするのは如何なものかと思い、つい断ってしまう。
「私は純にも食べて欲しいの。それに今日は純のためのお祝いなんだから」
だけど俺が断ったぐらいじゃお嬢様が引くわけがない。俺に目と言葉で気持ちを訴えてきて、俺のハートがドキドキしてしまい……。
「う……。じゃ、じゃあ」
俺は屈してお嬢様にパンケーキを食べさせてもらった。ああ、元々パンケーキが美味しいのもあるんだろうけど、お嬢様に食べさせてもらってるからさらに美味しい。
「うふふっ。美味しそうに食べて可愛いわ純」
「!?あ、ありがと……」
しかも食べてる姿褒められたし。最高だ……!
「それにしても、今日は本当に楽しい1日ね。予想をはるかに上回ってるわ」
「俺もだよ。初めてだから少しドキドキしてたけど……こんなに楽しいなんて。ノア、本当にありがとう!」
「!?……じゅ、純のためだもの……これぐらい、大したことないわ」
あれ、珍しくお嬢様が恥ずかしそうにしてる。いつもなら自信満々に受け取るのに。でもまあ、お嬢様にだってそういう時はあるか。
「……ねえ、純。一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「……純は、私のことどう思ってるの?」
「……え?」
そう聞かれて、俺は思わず手を止めてしまう。お嬢様が恥ずかしそうに、だけど真剣な眼差しで俺にそう問いかけてきたのだから。そりゃあ……答えは決まってる。この世で一番愛してるって。
だけどそれは言えない。俺はお嬢様とそんな仲になれるような人間じゃない。この人は……もっと立派な人と幸せになるべきだから。
「……一番の仲がいい友達……だと思ってるよ」
だから俺はごまかした。それでもお嬢様が俺と一番仲がいい友達っても贅沢な話だけど。
「……そう。私はね……純……」
「私は……?」
その返答に何か煮えきらないものをお嬢様は感じたようだが、俺にそれをいうことはなく次に自分の考えを伝えようとしてくれる。……でも前にもお嬢様が言ってた通り、俺たちは仲がいい友達だよ……な?
「………………それは終わったあというわ!まずはディ●ニーを楽しむことが先決よ!」
「……あ、うん」
何かいうのを躊躇ったのか、お嬢様は俺に何か誤魔化して話を強引に終わらせた。俺も聞く度胸なんてなかったから、そのまま美味しいご飯を食べる時間が続く。
「美味しかったわ。またいつか来たいわね。……」
「そうだね。……あ、行ってきていいよ。お金払っとくから」
ご飯を食べ終わってお会計をしようとした時、お嬢様が何やらモジモジとしてたので、多分トイレだと察した俺は何がとは言わずに行ってきていいと言う。
「え……でも純にお金を払ってもらうわけには……」
「いいよ、これはノアが一位をとったお祝い」
「……純!……じゃ、じゃあ……行ってくるわ」
結構近かったっぽいようで、お嬢様は駆け足でトイレに向かう。でも珍しいな、お嬢様のあんな姿見たことないや。……って何を思ってるんだ俺は。さっさとお会計済ませよ。
そんなわけで俺はお会計するためレジに向かう。その頃、お嬢様の身が危険に晒されていることなど、知ることもなく。
★★★
「私のバカバカバカ……」
誰もいないトイレの中で、私はつい小声で呟いてしまう。さっき、言えたら純に言おうかと思ったけど……言えなかった。それどころか、怖気付いて私はごまかしてしまった。まだどこか純との距離がある気がしたから。
「……このままじゃ、いつまでも言えないわ……」
でもその距離を縮めないといつまでも好きだって言えない。こんなに楽しい時間を純と過ごせてるのに……。言おうとしたら緊張して、純に情けないところ見せちゃったし。
「……あんまり待たせちゃダメよね。行かないと」
いつまでもグダグダと行っても仕方ない。それに純との楽しい時間は少しでも多く味わいたいもの。だから私は意を決してトイレから出る。すると……
「……え?」
「八条ノア様。大人しく我々についてきてください」
いつの間にか、私は数名の女性たちに包囲されていた。一体この人たちは……と思ってよく見てみると、見覚えのあるマークが見えた。ああ、そういうこと。
「六条家の手下ね。相変わらず姑息な手段を使って……。いやよ、私は純と遊ぶの」
「我々も柚様の命令に背くわけにはいきませんので。失礼」
「うっ……」
逃げようとした私に、奴らは睡眠ガスを浴びせて私を眠らせる。どんなに抵抗しようとしても、体は言うことを聞かず意識が遠のいていく……。
「……じゅ、純……助け……て」
「……遅いな、どうしたんだろう」
お会計を払い終えて、外でお嬢様がトイレから戻ってくるのを待っているのだが、一向に帰ってくる気配はない。お腹を壊してしまったんだろうか?……だとしても、もう結構な時間が経ってる。
「連絡してみるか……。いや、でもトイレにいるのに連絡するのは……いやいや、ラインなら問題ないだろ俺」
失礼に当たらないか不安だったが、それよりもお嬢様の身に何かあったらと心配の気持ちが勝り、俺はラインでメッセージを送る。だが、一向に既読はつかない。
「どうしたんだろう……まさかナンパとかに……いや、でもお嬢様はそんなのについていく人じゃないし……」
お嬢様の状況が把握できないからか、俺の焦りと不安は高まっていく。しかし女子トイレに入るわけには行かないし……くそ、どうしたら……。
「おい純!」
「……え?さ、佐野さん?ど、どうしてここに」
何もできず途方に暮れていると、ふと突然私服姿の佐野さんが俺の目の前に現れた。どうやら様子がおかしく、いつものヘラヘラした空気は一切感じられない。
「話は後だ。今お嬢様はどこ行った」
「そ、それがあそこの女子トイレに入ったきり戻ってこなくて……」
「あそこか。ちょっと見てくる」
俺がそう言うと佐野さんはすぐにトイレの中に入っていく。一体何があったんだ……あんな佐野さん、見たことない。
「……ちっ。やられた」
そして佐野さんがトイレから戻ってくると、焦りと怒りが入り混じった表情をしていた。
「お、お嬢様は……」
「いなかった。多分……いや、間違いなく誘拐されたな」
「ゆ、誘拐!?」
まさかここにきてそんな言葉が出るとは思わず、俺は驚きを隠せなかった。でもトイレから一向に出てこなかったことを考えると……ありえない話じゃない。
「い、一体誰が……」
「六条家だ。奴ら、ここにいるんだよ」
「六条家が……?だ、だからか……」
俺が執事をしていた頃から、六条家と八条家は仲が最悪だった。特に六条家が一方的に忌み嫌っており、その中でも八条家次期当主「八条柚」様は歳が同じであることもあってかライバル視して、ノアお嬢様に何かと嫌がらせをすることが多かった。ただ、それでもノアお嬢様はうまくあしらっていたけど……。
「ほんとは二人のデートの邪魔にならんよううちらで片すつもりだったんだが……来る途中も妨害が酷くてな。奴ら、なぜかは知らんが妙にやる気だ」
「それでお嬢様が誘拐されたってことですか。……となると、奴らは六条家に何かしらの要求をしてくるかもしれないって……ん?」
唐突に、さっきまで一切連絡がなかったお嬢様とのラインのトーク画面が更新される。まず最初にこの地図、そして次に……。
【八条ノアは預かった。返して欲しければ「野原純」一人でここに来い】
とメッセージが書かれていた。これは……。
「明らかに罠だろこれ……。相変わらずやることが姑息だな」
佐野さんの言う通り、これは間違いなく罠だ。俺一人で来させたところで、袋叩きにして人質を増やす魂胆だと考えるのが妥当だ。ただ、どうして俺を呼んでいるのかは……わからないところだけど。
「純、絶対一人で行くなよ。もうすぐ他の奴らもくる、そいつらと一緒に行こう」
「…………」
間違いなくそうするべきだ。おそらく六条家の人間が監視しているだろうし、彼らも八条家と同様相当な訓練を積んだスペシャリスト。一人ならともかく、複数人を俺一人で相手するなんて、危険でしかない。
「今は作戦たてるぞ。この場所なら……こうしてこういったルートの方が……」
だけどこれは俺の失態だ。俺がもっとお嬢様のことを守れる存在であれば、こうはならなかったかもしれない。それに……今こうやって増援を待ってる間、お嬢様は心細い思いをしているに違いない。なのに俺は今何もせず突っ立ってるだけじゃ……。
「……おい、聞いてんのか純!」
「…………………すみません、佐野さん!」
「は!?お、おいお前行くんじゃない!ま、待て!」
ダメに決まってる。だから俺は佐野さんの指示に一切従わず、単独で奴らの場所に向かうため走っていく。俺のエゴだと言われたら、その通り。冷静な判断なんてできてないことはわかってる。
だけどさ……我慢できないんだ。お嬢様が心細い思いしてるってのが。あの人には、いつだって笑って欲しいから。
それを邪魔するやつらは……全員、ぶっ飛ばすまでだ。
純が指定された場所に猛ダッシュで向かっている最中、ノアは……。
「久しぶりやな〜ノア。相変わらず素敵な面しなさって、憎たらしいったらありゃしないわー」
「柚こそ、相変わらず姑息な手しか使わない脳なしで安心したわ」
椅子に拘束された状態で、彼女を誘拐した主犯「六条柚」とあいまみえていた。スラッとしたスタイルにノアに負けず劣らずの美貌を持つ着物を来た彼女は、余裕を見せるためか扇子を仰ぎながらノアに話しかける。そして、ノアはそれに負けず不安を見せまいと余裕ぶっていた。
長年この二人は対決をする機会が多く、特に柚がノアに勝負を仕掛けることが多かった。その際柚が様々な妨害をしてノアを出し抜こうとしていたが、それでも勝率はノアが優っている。いわば、この二人はライバル関係のようなものだ。
「いややわー。うちはノアを傷つけないよう邪魔するためにこうしてあげたやで?むしろ感謝して欲しいぐらいなんよ?」
「絶対にしないわ。そもそも、なんで今日私を捕まえたの。関西に拠点を移すようになってからは、ここまで大胆なことはしなかったでしょ」
「せやな、実際パパもママもあんたら構ってる暇は今ないようやし。でもな、あんたらに忍び込ませてるうちらのスパイがな、今日のこと教えてくれたからわざわざユニ●行く予定やめてこっち来たんやよ」
「今日のこと……?なに、私が純とここにくると何が悪いのよ」
「悪いに決まっとるわなー。あんたみたいな乳しか取り柄ない奴が、あんなイケメンで、性格も良くて、料理もできて、運動神経も抜群で、でもちょっと抜けてて可愛いところもある純くんと一緒にディ●ニーデートだなんて……許されることではないで?」
「…………え」
真顔で純のいいところを急にたくさん言いだした柚に、ノアは驚きを隠せず口をぽかんとさせてしまう。
「……も、もしかして……あ、貴女も純のことが……好きなの?」
「……………………あー!し、しもたー!!!怒りすぎてつい本音漏らしてもうた!!!」
どうやら意図せず柚はそのことを言ってしまったらしく、それに気づいた後はあたふたと焦りだし、扇子を必死に降って真っ赤になった顔を涼ませようとしている。ノアもまさか柚が純に好意を寄せているとは思っておらずさらにキョトンとしてしまった。
「……思えば、貴女が私の邪魔をするときはいつも純が一緒にいるときだったわね」
「……せや!あんたの痴態見せてこっちに気を引こうとしたんよ!なのにノアときたらいつも難なく乗り越えて……ほんと、こっちの身にもなったらどうなん!?うちが純くんと結ばれへんやん!」
「それはこっちのセリフよ!貴女の都合で純とのデート台無しにされたんだから!それに……もうすぐ恋人になれるかもって時なのに……」
「いやいや、うちが恋人になるから安心せえ」
「ふ、ふざけないで!」
怒りが溜まりに溜まるものの、椅子に縛られているためノアは椅子をガタゴト揺らすことしかできない。それを見て柚はほくそ笑みながら、落ち着きを取り戻したのかまたゆっくり扇子を仰ぎ出す。
「そもそもな、うちがあんた今回捕まえたのはデートの邪魔するってのもあるんやけど……純くん、うちの彼氏にするためでもあんねん」
「な、何を言ってるの!?純は私のことが好きなの!貴女みたいな性悪女のことなんて興味もないはずよ!」
「でもノア、あんた純くんから直接好きって言われたことあんのかい?」
「そ、それは……」
それがないから、未だ踏み出せない。その事実を痛感させられたノアは、反抗する言葉を失ってしまう。
「でもまあ、かつてあった主従関係があるからあんたのこと大事にはすると思うんよ。せやから、ノアを人質にとって、うちが純くんに彼氏になるよう要求する。それが今回の計画や」
「ご、強引に付き合わせるって言うの!?そ、そんなの純が好きになるわけないわ!」
「付き合ってから好きにさせるんや。うち、好きな人にはとことん尽くすタイプやから、楽しいこと、嬉しいこと、気持ちいいこと、いっぱいしてあげられると思うんよ。そしたら純くんもいつの間にかうちのこと最愛の彼女として認めてくれるわー」
「そ、それは私だって負けてないわ!それに私は純と一緒にいる時間が貴女よりうんと長いのよ!だから貴女なんかになびくわけがない!」
「でも付きおうてないやん。長い時間いるのに、純くん執事やめて一般人なっとるいうのにそういう関係になってへんのは……もう、二人はそうならないってことなんとちゃうか?」
「うっ…………」
そう言われてしまうと、ノアは何も言い返せない。事実、柚よりもノアはずっと純と一緒にいる。好きだって伝えるチャンスも、いくらでもあったはずだ。なのにそれを言えずにここまで付き合うことができないのは……柚のいう通り、そうならないのかも、とノアは思ってしまう。
「……そうかもしれないわ。でもね……」
だけど、これだけは確かなことがある。
「私は純が世界で一番好きなの。昔も今も、これからも。だから貴女なんかに譲るつもりはないわ」
そう、ノアははっきりと言い放つ。これだけは、ノアにとって間違いないことだから。
「はっ。よういうわ!ならうちが純くんとイチャイチャしてるとこ見せてそう思わせられんようするわ!さて、そろそろ純くんがうちの執事達に捕まった頃かなあ………………え?」
ノアと柚がいる部屋のドアが、ふと突然思いっきり開く。そしてドア付近には数名の男が倒れ込んでいる、その中で唯一倒れずに、息を切らしながらも立っている男が一人いた。
「じゅ、純……!」
「う、うせやろ……うちの見張り全部やっつけたってことやん……」
「…………ごめん、待たせた。今助けるよ、ノア」
息が荒い。身体中が痛い。視界も霞んで見える。それも無理はないだろう。六条家の見張りの数は俺が思っていた以上に用意されていて、奴らは本気で俺に向かってきてたから。普段の俺なら……すぐ捕まってたかもしれない。
だけどノアのことが心配で仕方なかったから、火事場の馬鹿力が出たようで……常に紙一重だったものの、見張りは全て倒すことができた。
「純、来てくれたのね!」
お嬢様は椅子に縛られているとはいえ、見た感じ特に暴力を振るわれた様子はない。よかった、無事だった……。よし、今すぐお嬢様を助けないと……。
「おっと。あかんで純くん、うちのこと無視しちゃ。作戦変更や、はよきーや、梅ちゃん」
俺がお嬢様の縄を解こうとしたその時、柚様が手をパンパンと叩いて、誰かを呼び出す。すると俺の目の前に猛スピードで誰かがきて、俺の目の前に現れてお嬢様に近づけさせないようしている。
「な、なんだこいつ……」
大したことがないやつだったら、すぐにぶっ飛ばせたかもしれないが……明らかにこの人は今までの見張りとは違う。見るからに筋肉をとことん鍛え抜いていて、それでいて顔の威圧感もすごい。なんなんだこのゴリラ……。
「紹介するわ。うちら六条家メイド長の梅ちゃんや!」
「め、メイド長!?」
し、しまった!女性に対してゴリラだなんて思ってしまった……。って!今はそれよりもお嬢様のことの方が大事だ。だから俺は無鉄砲に向かっていくが……。
「ぐはっ……」
「純!」
やはりそう簡単にことはうまく運ばない。ものすごいパワーで俺は一発殴られてしまい、床に尻をつけてしまう。くそっ……もう少しなのに……。
「やっと落ち着いてくれたわー。純くん、久しぶりやねー」
「……お久しぶりです」
柚様は扇を仰ぎながら余裕の表情で話しかけてくる。この人に会うのは久しぶりだが、何かとお嬢様にはあたりが強いのに俺にはすごく優しい声で話しかけてくれるんだよな……。
「ほんと、すごいわ純くん。うちの見張りが情けないってのもあるけど、あんなぎょうさんいるのを全部倒してくるなんて……うち感動したわ!」
「……そ、そうですか……」
「せやでー。そんな凄い純くんに、素晴らしい提案があるんやけど」
「素晴らしい提案……?」
お嬢様を無条件で開放してくれる……わけはないか。この人になんのメリットもないだろうし。だとしたら一体なんなんだ……。
「うちの婿になりや、純くん」
「……へ?」
なんだと思って聞いていたら、訳のわからないことを言われた。え、どういうこと?俺が柚様の婿になる?ただでさえ頭が回ってないのに、余計頭が混乱する。
「純くん、実はうちな……純くんのこと好きやねん。きっかけはそうやな……子供の頃、純くんが泣いてるうちのこと助けてくれた時からやな」
「……あー」
確かにそんなことあった気がする。でもまさか柚様に好意を寄せられているとは思わなかったな。
「うちの婿になればここにいるノアもすぐに開放しちゃる。それにな、うちの婿になれば毎日美味しいご飯も食べさせてあげるし、とことん愛情込めて尽くしてあげるし、それに毎日ユニ●デート行き放題やで、うち年パス持ってるから!」
「……」
「せやからうちの婿になりや。なれば純くん、うちが幸せにするから」
その条件だけ聞けば、大体の男はこの要求を呑むだろう。現に柚様は俺が承諾すると思って自信満々の表情で話している。それにきっとこれを断れば、俺がこのメイド長を倒さない限りお嬢様は助からない。
だけど。
「お断りします」
俺はその条件を絶対呑めない。
「な、なんでや!?こ、こんないい条件なんやで!な、何が嫌やなんや!」
「いやとか、そういう問題じゃありません。俺の信念の問題です」
「信念?」
そう、俺が昔から、今もずっと思ってきている信念。これを曲げてしまえば、俺は今までの生き方に泥を塗るようなものだし、これからの生きる上でもきっと後悔して生き続けるだろう。だって俺は……
「俺が世界で一番好きなのはノアだけですから。昔も今も、これからも」
俺は立ち上がって、はっきりとそういった。だってそう、俺が世界で一番愛しているのは……ノアだけだ!
「純……!ぜ、絶対勝って純!わ、私も……貴方のことが……」
「あかーん!そりゃあかんわ純くん!おい梅ちゃん、はよ純くん気絶させて、さっさとうちらの屋敷に運ぶで!」
お嬢様が何か言おうとしたのを柚様は遮って、メイド長に俺を倒すよう命ずる。きっと長期戦に持ち込まれたら俺は確実に負ける。六条家に連れていかれるだろう。だったら一発で勝負をつけるしかない。
「うおおおおおおお!!!」
お互いに殴りかかる態勢。拳が先に当たった方が勝利をつかめるだろう。……まあ、どうなるかわからないけど……俺は絶対に勝たないといけないから。拳に思いっきり力を込めて、渾身の一撃をぶつける。
そして……。
「…………」
「…………」
結果は、お互いに思いっきりみぞおちを殴り合った。ああ、こりゃあとで確実に気絶する。だけど……先に倒れなければ……俺はお嬢様を助けることができるはず……だから。だから絶対……倒れるもんか!
「………………」
「う、梅ちゃん!?」
その気合が違ったのかもしれない。俺より先にメイド長が気絶して、床に倒れこむ。そして俺は……腹を抱えながら、なんとか意識を保てた。
「あかんわこれ。……ま、でも純くんもう満身創痍やし、予備の執事たちに任せればええや」
「よ、予備……」
ま、まだいるのかよ……。さ、流石にもう相手にしてられねえ……。
「それはもう無理ですよ、柚様」
「あんたは……あ、ノアのとこのメイド!」
絶望的な状況に陥ったかと思ったが、ここにやってきた佐野さんを見て、ああ、なんとかなったんだなと察した。それで安心してしまったのか、俺も……。
「じゅ、純!純!」
「どうだノア、ここの別荘は?」
「え、ええ……とっても素敵で暮らしやすいですよ」
都会から離れた、海の見える場所に立っている大きな別荘。そこでノアは両親とともに別荘で食事をしていたが、彼女は純の元へいきたいという気持ちを伝えることができていなかった。やはりどうしても遠慮してしまうところがあるからだ。
「そうだろう。私も若い頃よくここに来ていたものだから、ここがとても気に入っているんだ」
「な、なるほど」
ノアの父親はあまり会うことができないノアに家族団欒を味わってもらいたいからか、たくさんノアに話しかけているものの……返事こそしているが、それはやはりぎこちないものとなっていた。
「それでな、どうしてここに来ていたかというと……」
「ねえ貴方、ノアちゃん元気なさそうよ?」
「え、そうなのかノア?」
「え、えっと……その……」
だが、ノアの母親は彼女がどこかうわの空であることに気づき、それを父親に伝える。だか当のノアはまだ言葉をゴモゴモさせて中々いうことができない。また心配をかけることが、やはり不安だからだ。
でもやっぱりどうしてもこれは、譲れないことだから。
「……お父様、お母様。私……純に会いたい」
二人のことをちゃんと見て、ノアはそういった。
「ノアちゃん……」
「ノア……」
二人はその言葉を聞くとしばらく沈黙が続くものの、先に口を開いたのは、父親だった。
「ノア……気持ちはわかるが、やはりまだお前を自由にはしてあげられない。またいつ六条家がお前を狙ってくるかわからないからな。……心配なんだ、ノアに何かあったら」
真剣な表情でそういう父親の言葉は、ノアが予想していたものだった。親なんだもの、そう思って行動するのはもう子供ではないノアにはわかることだ。それでも……。
「……でも会いたいの!私、純と一緒にいたいの!」
こんなの、わがままでしかないのは彼女もわかっている。だけど会いたい気持ちが強くて仕方ないから。どうしても、わがままを貫き通したいから。
「ノア……でもな、それは……」
「でしたら、ノアお嬢様に危害が及ばないようにすれば問題がないということですか?」
「ひ、ヒカル!そ、それにセバスも」
だがそれでも中々父親が認めてくれないなか、ヒカルとセバス、二人が食卓をしている部屋にやってきて、話に入る。
「先日、お嬢様が誘拐されたのは我々執事、そしてメイドの不手際でございます。ですが……八条家に仕える者として、もう二度とこのようなことは起こさせません」
「六条家スパイも見つけることができましたので、彼らに情報が行き渡ることももうないはずです(柚様がこしょこしょ拷問したらすぐ吐いてくれたし)」
「う、うーん……」
それでも中々ノアの父親は認めることができない。やはりどうしても、心配だからだろう。ならばとヒカルは……。
「でしたら、今後お嬢様に危害が及ぶようなことがあれば……私をクビにしてもらって構いません。それぐらいの覚悟は、できています」
自分なりに、覚悟を主人に見せた。
「……私、セバスも同じでございます」
そしてセバスも。お互い覚悟を決めて主人に決意を伝える。するとノアの父親よりも先に母親が……。
「いいじゃない貴方。ノアちゃんすごく会いたそうだし、ここまで二人が言ってくれてるんだから……貴方だって、私と付き合うとき色んな反対押し切ったんでしょ?」
「……そうだな。その通りだ。恋をした人間は、誰にも止められないのは、俺が一番わかっていることだったな」
そういうと父親は椅子から立ち上がってノアの元にいき、背中をポンポンと叩いて、こう言った。
「頑張ってきなさいノア。純はきっと、君を幸せにしてくれる人だから」
「……はいっ!」
そしてノアは残りのご飯を急いで食べて、外に出る支度をし始める。その間ヒカルとセバスは車やらの準備をしながら、二人で喋る。
「たくっ……クビまで賭けちまった。タダでさえ大損しそうなのに」
「そうは言っても後悔はしていないだろう?」
「ま、そうだな。それはじじいも一緒だろ?ノアお嬢様には、常に元気でいて欲しいって思いも」
「当たり前だ。私はノアお嬢様を子供の時から見ているからな」
「それはあーしも一緒な。さあて、さっさと純を迎えに行かないとなあ」
ヒカルとセバスは笑いながらそういい、準備を済ませてノアを待つ。だが……。
「ああ、どうしよう……こっちの服がいいかしら……そ、それともこっちの服が……あ!ちゃ、ちゃんとお風呂に入っていい香りにしないとだわ!」
「……あ、こりゃ今日は無理だな」
ノアがあたふたとしながら純と会うためのコーデを考えているため、一向に準備を終わらせていないから……結局、この日はどんな服装で行くかを決めるだけにとどまった。
「……てか、どうやって駆け落ちすればいいんだ?」
六条家がお嬢様を誘拐した事件から数日後。計画の主導者である柚様はしばらく八条家のお屋敷で確保していたが、六条家が多額のお金を渡したとかで釈放された。まあ、流石に今争いを悪化させるわけにはいかないし、今回の計画は柚様の独断らしいから、大ごとには至らなかったんだろう。
だけどノアが別荘にいることで、あの時の告白がいまだうやむやになっている。それをなんとしてでも解消するためにも俺はノアに会いたい。でも今の八条家は厳重警戒態勢だから……俺は、ノアと駆け落ちすることを計画していた。
今日は休日であるため一日中家にいることができるため計画を立てるには絶好の機会だ。でも、一向に話がまとまらない。
今お嬢様がいる別荘の場所はわかるんだけど……あそこに行くには車がないと何かと不便だ。いや、気合いで走っていくことも可能だが、お嬢様に負担をかけてしまうかもしれない。
となると車が欲しいところだが……免許取れる年齢じゃないし。じゃあ……あ、チャリで行けばいいんじゃないか!そしたらお嬢様後ろに乗せていくこともできるし。
「よし、チャリを注文しよう!」
悩んでいる暇はない。早速俺はアマゾ●で自転車を注文した。これであとはチャリが来たらお嬢様がいる別荘まで行けば……俺はそこで……。
「……なんだか、意外とあっさり吹っ切れるものなんだな」
駆け落ちすると決めてから、俺はお嬢様への好意を誤魔化すのをやめた。いや……その前、お嬢様の前で好きと行ってしまった時から、もうどうにでもなれと思えるようになったんだろう。
確かに俺とお嬢様には圧倒的な身分差がある。本来だったら、出会うことすらなかったはずだ。だけど、それでも俺は運命的にお嬢様と出会うことができて、これまでも長く一緒にいることができた。
……どうせこれ以上自分に嘘をついたって、何の意味もないし。当たって砕けろとも言うんだから……。
「よし、チャリこぐために練習しないと……え?」
そんなわけで俺は長距離チャリをこぐための準備をするため、トレーニングをしようと思ったんだけど……何やら部屋のインターホンが鳴る。何だろうと思って出てみると……。
「ちわーお届けものでーす」
アマゾ●の宅配だった。あれ、もう来たのか?さっき頼んだばっかりだってのに……最近の技術はすごいんだなあ。
「ありがとうございます」
何だかやけにごつい宅配員から俺は来た宅配を受け取る。ん?チャリってこんなに重いのか。いやでもそれは俺がチャリをあんまり乗ったりしないからか……。さて、早速開けてみる……。
「サプライズやー!」
「……ぎゃあああああああ!で、でたあああああああああ!?」
ダンボールを開けようとした矢先、なぜか先にダンボールがパカって開いて、そこから現れたのはすごーく見覚えのある……柚様だった。俺は驚きのあまり思いっきり悲鳴をあげてしまう……いや、仕方ないだろ!
「へ、へ!?ど、どうしてここに!?て、てか何でダンボールに!?そ、そもそも何で東京に!?」
「いややわー純くん。うちがあれしきのことで諦めると思っとったらあかんで。あまあまやなー純くん、そんなところが可愛いんやけど」
いや、普通の人間はこんなことしないし予期しないと思うが。……でもこの方は色々ネジがぶっ飛んでるから何が起こってもしょうがないか……。
「さて純くん。うちと結婚しよう」
何の躊躇もなく柚様がそう言ってきた。……俺もこれぐらいの度胸があればなあとは思いつつ、部屋の端に移動して断る。
「嫌です!俺は……ノアお嬢様を愛しているんです!」
「い、いけずやなあ……。ええやん、うち大阪に強制送還されてからわざわざメイドに頼んで純くんの住まい探して、分かったら箱の中ずっと入って、しかもプレゼント風に頭にリボンまでつけてきたんやで。この努力に免じて結婚してくれや」
「努力の方向性間違ってますから!それに絶対しません!俺は……ノアお嬢様だけ愛してるんです!」
「せやけどそのノアとはあれから会っとらんのやろ?」
「う……」
「あんなかっこええこと言っておいて何も返事がないっちゅーことは……やっぱ脈なしなんとちゃうか?」
柚様は隅っこに逃げる俺を追い詰めて、耳元でそう囁く。……そう言われてしまったら、お嬢様は別に俺のことを好きではないのかと思ってしまう。
「でもうちは純くんのこと愛しとるで。こんな寂しい思いさせたりはせん、とことん愛して愛して愛し尽くしたるから……うちの婿になりや、純くん」
柚様はことば巧みに俺の心の中に入ってこようとする。それだけ俺のことを好きでいてくれているのかもしれない。だけど……俺は……。
「それは無理です。俺はノアお嬢様のことだけしか見れませんから」
その信念だけは絶対揺るがない。
「……はあ。しゃーない、なら……無理やりキスして純潔奪ったるわ。そないことすれば、くんノアに顔向けできなくなるやろうし」
「い、嫌です!離れてください!」
柚様が一方的に俺に迫ってくるが、俺は何とかそれを回避して家から出ようとする。な、なんてしつこさだ……ここまでだとは思ってなかったよ。
「逃げても無駄やで!ちゃーんと外に梅ちゃん待機させとるからなあ!」
「マジかよ……」
あの化け物とまた戦うのは正直無理だぞ……あの時は何とか勝てたけど、あれはほぼ相打ちみたいなものだったし。くそっ、どうしたら……、で、でも外に出るしかもうない!
「……さ、佐野さん!」
「げ!」
「……はあ。純を迎えに来てみれば……また六条家のバカがやってくれたなあ」
外に出てみると、そこには佐野さんがいて、六条家のメイド長を拘束していた。な、なんていいタイミングなんだ……。
「さっさと純を連れて行きたいが……先にこっちだな。柚様、今度もこしょこしょしましょーねー」
「い、いやあああああああ!」
それから数十分後。柚様たちの身柄を他の執事たちに渡して、何とかことの始末はついた。……住所バレたし、引越ししないとなあ。
「あ、ありがとうございます佐野さん」
「いいってことよ。んじゃ行くぞ」
佐野さんは俺の手を引っ張って、初心者マークがついた高級車に俺を乗せた。
「え?行くってどこに?」
「そんなの決まってんだろ?ノアお嬢様のところだよ」
「お、お嬢様のところ……?」
「そうだ」
佐野さんは車のエンジンをつけながら、俺にそう言ってきた。え、お嬢様のところに行くって……まさか迎えにきてくれたってことか?
「ど、どうして急に?」
「お嬢様が会いたいからだそうだ。お前だって会うつもりでいたんだろ?」
「……はい」
俺ももちろんそのつもりだったけど、まさかお嬢様も同じ気持ちだったなんて。……だから佐野さんが迎えにきたのか。
「んで、お前お嬢様に会ったら告白するんだろ?」
「え!?い、いやその……」
佐野さんがいきなりそう言ったので、俺は驚いてしまった。な、何でそのことを佐野さんが知ってるんだよ……。いや、ディ●ニーのとき俺がお嬢様に好きって言ったことを佐野さんも聞いたのかもしれないけどさ。
「ま、それはお前の勝手だけどさ。あーしも……頑張れよとしか言えないし」
「……そうですよね。……でも、うまくいきますかね?俺なんかやっぱ……」
「おいおいここにきて自信をなくすとかやめとけ。どうせあーしがお前を車から降ろすことはないんだ。絶対お嬢様のとこ連れて行くし、逃げられねーよ」
「う……」
そう言われてしまったらもう本当になるようになるしかないじゃないか。
「あ、ありがとう……ございます」
そこまで俺の情けない背中をパシンと叩いてくれる佐野さんには感謝しかない。俺は助手席から運転してる佐野さんにお礼を言った。
「どいたま。ま、あーしも覚悟決めたんだからな。お前にも決めて欲しかったんだよ」
「覚悟?何を決めたんですか?」
「内緒(大損した賭け金のことだなんて言えるわけがない)」
それから車はどんどん目的地に向かっていくのだが……あれ、ここってお嬢様がいる別荘に向かった道じゃないよな?どこに向かってるんだ?
「あの佐野さん……別荘に行くんじゃないんですか?」
「ん?ああ違うよ。お嬢様たっての希望でな、お前とお嬢様にとって懐かしくて、大切な場所に行く。お嬢様のじじいが連れてってるよ」
「懐かしくて大切な場所……?」
「行けば思い出すんじゃないか?少なくとも、お嬢様にとってそこはお前のことを……おっと、それはいうもんじゃないな。とにかくお楽しみだ」
一体どこのことを言っているのか、検討は色々とつくものの絞ることができない。なにせお嬢様との思い出は山のようにあるから。正直俺にとってお嬢様との日々はどれも宝物だし。
「にしてもあーしはお前がこんなちっちゃい頃から知ってるけどさ。こんな成長するとは思わんかったわ」
「まあ……いい人たちに支えられましたから。佐野さんにはたくさんいじられましたけど」
「そりゃ純面白いし。ちゃんと詫びにいいこと教えてあげたろ?」
「ろくなことじゃなかったと思いますけど……」
「まあそれはお前の認識だわな。あ、そろそろ着くな。純、一旦身なり整えていくか?」
「え、できるんですか?」
見渡すとここら辺山だから身なりを整えられるような場所ない気がするんだけど。
「ああ、後部座席でやりな。これ鏡とワックス」
「な、なるほど……」
まあこれぐらいなら確かに後部座席でできるか。正直来る前に全然身支度とかせずに連れてこられたからこのまま告白していいのかと思ってたし。というわけで俺は身なりを整えていくのだが……。
「こ、これでいいのか……?」
ぶっちゃけこれでいいのかと決断することができない。なるだけベストな姿にしたいという思いが強すぎてアレかこれかと迷ってしまう。
「……たくっ。仕方ないな」
「さ、佐野さん!」
そんな俺を見かねてか、佐野さんは後部座席にきて俺の髪を整えてくれた。あ、佐野さんセンスあるな。これならお嬢様に告白しても恥じない姿だと思う。
「さてと、んじゃいくぞ。あと少しで着くからな」
「は、はい!」
準備も済ませ、いよいよあとはお嬢様と会うだけとなった俺は……告白の覚悟も決めた。そして目的地に着くと……。
「純!」
そこには、お美しい姿をしたノアお嬢様が……俺のことを待っていてくれた。
「の、ノア……」
もう夕暮れも近い時間に到着した俺は車の中から降りて、ノアの側にいく。ここは……確か、八条家が所有している山の中にある公園。昔、よくお嬢様とここにきて遊んだ記憶がある。ここにもいろんな思い出があるけど……お嬢様は、一体何を持ってここを選んだんだろう?
「純、待ってたわ」
お嬢様は俺の手をとって、公園にあるベンチに俺を連れていく。そしてそのベンチに座らせて、俺とお嬢様は隣同士に座る。ああ、やばいな……覚悟を決めたとはいえ、やっぱりドキドキする。それに今日のお嬢様、本当に綺麗なんだ。月のように美しくて、太陽のように輝いているから。
「ねえ純。今日の貴方、とっても素敵」
「そ、それはノアだって……いや、ノアの方がすごく素敵だよ」
「ふふっ、ありがとう」
天使のような可愛くて美しい笑顔を向けて、お嬢様は俺にお礼を言ってくれた。ああ、心臓がばくばくしてしまう。お嬢様の目を見るだけで精一杯だ。
「覚えてる?ここで私たち、いっぱい遊んだこと」
「……うん、覚えてるよ。俺にとって、かけがえのない場所の一つだからね」
「よかった。じゃあ純、私がどうしてここに来て欲しかったかはわかる?」
「そ、それは……」
正直、いろんな記憶を辿って思い返してみてるけど……お嬢様がどうしてここを選んだのかは、わからない。本当に思い出がたくさんあるんだ、一緒に遊んだこと、一緒に怒られてしまったこと、一緒に笑いあったこと。でもそれはここだけの話じゃない。だからわからないんだ。
「わからなくて大丈夫よ。これは私だけが知っていることだから」
「ノアだけが……知ってること?」
一体それは何だろうか。俺はお嬢様のいう言葉に耳を澄ませて聞く。
「小学生の頃、一度私がここに遊びに来た時……家に帰りたくなくて、逃げ出したことは覚えてる?」
「もちろん。あの時は俺……すごく心配だったから」
事実記憶を鮮明に思い出せる。あの時突然お嬢様がどこかに行ってしまって……俺含め従者たち、そして旦那様たちも一緒に探したんだ。確かあの時は……。
「その時、純が一番に私のこと見つけてくれたわよね」
「……うん」
そう、俺が一番最初にお嬢様を見つけた。子供だから視界に入りにくい斜面の場所にお嬢様がいたから、同じ子供だった俺が見つけることができたんだろう。ただ、すぐに万事解決とはならなかったけど。
「でもあの時私、いじけちゃって純にたくさん迷惑かけちゃったわ」
「……仕方ないよ。色々と我慢できない年頃だし」
あの時俺がすぐ帰ろうと言ったんだけど、お嬢様は泣きながらそれを拒否した。その理由は単純で……両親と会うことができず、寂しい思いをしていたから。当時は六条家との対立がピークだったこともあり、中々旦那様たちも忙しかったんだ。
だけど、そんなこと子供にとっては関係のない話で。寂しいと感じていたお嬢様は、自分が行方不明になればきっと構ってもらえると思って行動した。
「ありがとう。だけど……あの時、純に怪我までさせちゃったのは、やっぱり後悔してるの」
「あれぐらい別に……かすり傷ぐらいだよ」
あの時、見つからないよう必死に隠れた、山の急な斜面であったため、お嬢様が足を踏み外してそのままずるっと下に滑り落ちそうになってしまったんだ。俺はその時お嬢様に怪我なんてさせたくない一心で必死に手を伸ばして、何とかお嬢様を助けることができたんだ。まあ、少し怪我してしまったけど。
「強いわね純は。……でもあのあと純が言ってくれた言葉、すごく嬉しかったの」
「言った言葉……?
「あら、それは覚えてないの?あの時純はこう言ったのよ。「俺がお嬢様を絶対退屈させない、いつでも一緒にいるから」って」
「……あ!」
恥ずかしさからつい記憶から消していたのかもしれない。でも確かに、今思い返してみれば俺は確かにそう言った。……だって俺は、あの時からお嬢様のことが好きだったから。絶対に、守りたいって思ってたから。
「思い出した?ふふっ、本当にあの時の純はかっこよかったのよ。もちろん、今もだけど」
「……あ、ありがと」
「そこからかしらね。元々思ってはいたけど……明確に自覚し始めたのは」
「え……?それって……」
そういうとお嬢様は俺の顔をじっとみて、少しモジモジとしながらも……何か言おうとしている。それが何か、俺はバカだからわからない。だけど……きっといいことだってのは、わかる。
「…………ねえ純。ディ●ニーで、私のこと世界で一番好きって言ってくれたわよね」
「え!?あ、そ、それはその……」
や、やっぱり聞かれてた……。わ、わかってはいるけど、それでも……心臓の音が、ばくばくと破裂しそうな勢いで動く。きっと、今までの俺であれば気絶していたかもしれない。だけど……そんな情けないことしてるん場合じゃないから。
「……純」
お嬢様は俺の瞳をじっとみて、大きく深呼吸をしたのち……口を開いて、俺にこう言ったんだ。
「私、貴方のことが世界で一番好き。昔も今も、これからも」
頰を赤くしながらも、俺の顔をまっすぐ見てそういうお嬢様。それに俺は……心の中で大絶叫をしていたのかもしれない。脳みそが破裂したっておかしくないぐらい、嬉しいんだ。
ただ、俺でも不思議なことに……体はすごく落ち着いていた。きっと……体もするべき時だって察したんだろう。
「…………俺もだよ。俺は……ノアのことが……大好きだ。だから…………」
次の言葉を出せ俺!ここで……!
「お、お付き合いを前提に俺と一緒にいて!」
…………え。お、俺何を言ってんだ!?お、お付き合いを前提にって……へ、へえ!?ああ、「ノア」もなんか驚いた顔してるし……や、やらかした俺!
「……ふふっ。やだ」
「へ!?」
し、しかも断られた!?あ、ああ……や、やばい……し、死に……。
「結婚を前提に、私と一緒にいてくれないと嫌よ」
「……け、結婚?」
たいと思ったけど。ノアはいつだって俺の予想を上回る。満面の笑みでそういうノアは、夕暮れ時の風景と相まってすごく美しくて……頭がぽかんとして、見とれてしまったけど、俺は正気を取り戻そうとする。
「ええ、結婚。だって私はこんなに純のことが……」
だけど、ノアが俺の唇に「ちゅっ」と口づけをしたので……戻れるわけがなかった。まるで時が止まったかのように、その時間はゆっくりと流れる。ああ、何も考えられない。頭が真っ白だ。だけど……俺が今、世界で一番幸せだってことだけは、わかる。
「大好きなんだもの!愛してるわ、純!」
そしてノアはキスをした後、俺を思いっきり抱きしめた。
「……俺も、大好きだよ」
そして俺も、ノアのことを抱きしめ返す。……こんな日が来るだなんて、思っても見なかった。こんな幸せなこと、俺にはあまりに勿体無いぐらいだけど……ノアのとろけるような、幸せそうな笑顔を見ると……俺は、ノアの幸せになる事ができたんだなって、思える。
これから俺は、胸を張って……ノアをずっと幸せにしていかないとな。




