第62話 積み上げてきた時間
どこまでも凍り付いた瞳。
ゲームシナリオの頃から出てきた彼は、抜き身の刃のように鋭くて危うさがあった。孤高で、常に国のために邁進していった後ろ姿。
後ろ姿と、無表情の顔ばかりだった。
それでも後ろを追いかけて、少しずつ横顔や、正面で話をするようになって、ほんの少し口元が緩み、書ける言葉も変わってきた。
『そうか』『……別に、嫌だとは言っていない』『お前はどうして……いや、なんでもない』『……退屈しないのか? 変わっているな』
少しずつ積み重ねて、距離を縮めていった日々。
初めて頬に触れた日、泣きそうになるぐらい嬉しくて夜も眠れなかった。
初めて私の名前を呼んでくれて、抱きしめてくれたときは心を許してくれたときは足が震えていた。
不器用だけれど、愛情がなかったわけじゃない。
言葉足らずだけれど、私を慮ってくれる気持ちは確かにあった。
『気にするな。……しばらくは屋敷に滞在して、できるだけシャルの傍にいよう』『問題ない』『好きにしろ』『すまなかった』
歩み寄ろうとしていたのに、私も自分の気持ちを抑え込んでいた。「大丈夫」という言葉で自分の寂しさやつらさを上書きして、彼に心配かけないようにしていた。
『……俺には頼まないのだな』
きっとベルナルド様はベルナルド様で私のことを待っていて下さったのに、私が頑なだった。だから私たちはかみ合わず、すれ違って終わりを迎えた。
『ああ、そうだ。随分遅くなってすまない』『謝るのは俺のほうだ。……お前を一人にして追い詰めてしまった。謝っても謝り足りない』
ベルナルド様の悲痛な声が胸を軋ませる。
この時、私はベルナルド様を怨んでいたのだろうか。
罵倒して罵ったのだろうか。
不安だった。
でも──。
『シャル。俺ももっと早くお前に明かしていれば……。でも、もう大丈夫だ』
そう言ってベルナルド様は、ほんの僅かに口角が上がった。
あの世で待っていろとか言うのだろうか?
視界が暗くて、もう何も感じない。
大丈夫?
全然大丈夫じゃない。
私が上手く立ち回っていたらこうはならなかった。
親友を巻き込んで、愛しい人に嫌な役を押しつける。
そんな自分が許せない。
許せるはずがない。
ああ。許せなかったのは、ベルナルド様ではなく自分だった。
『今度はちゃんと、お前の思いに応えてみせる。だから──、どうか、待っていてくれ』
これ以上、ベルナルド様の足を引っ張るのはダメだ。
私が自分の思いを優先しなければ、彼を愛さなければ……よかった。
私の大好きな人たちが辛い思いをして、死んでしまうのなら私は自分の恋を諦めよう。
そう、あの時私は最期の最期でベルナルド様の言葉を信じ切れず諦めてしまった。
『失望され、軽蔑されたとしても、もう一度だけシャルを愛するチャンスを俺にくれないか』
その言葉を一周目の私は聞くことがなかった。
それでもベルナルド様は諦めなかったのだ。
ずっと色々なことを諦めていた、あの方が──。
私の中に戻ってきた一周目の私の記憶。
私が変わったのは、ベルナルド様が私と向き合おうとしてくれたから。
「ベルナルド……様ぁ」
「シャル? そんなに泣かないでくれ」
「……私との約束を、……全部守ってくださった……のですね」
もう涙が止まらなくなった。
公衆の面前で、噎び泣く私にベルナルド様は困惑しつつも私を抱き寄せて「泣かないでくれ」とキスの嵐を注いだ。氷の貴公子と呼ばれたベルナルド様の変貌ぶりに、全校生徒並びに王侯貴族たちに衝撃が走った。
もちろんあの後マクヴェイ公爵夫婦に公爵家としてマナーがなっていないと軽く窘められたが、お二人の口元は緩んでいた。
しばらくは社交界で純愛あるいは恋人、婚約者、夫婦中の円満さを自慢する話題が流行しどこもかしこも和やかな雰囲気に包まれていたという。
***
事件から二ヶカ月が経った頃、色々と落ち着いて私とベアトとアイリスでお茶会を開いた。アイリスに聞きたいことがあり、私もベアトも世間話をすっ飛ばして本題を切り出す。
「それで、どうやってローマン教頭を無罪放免にしたんです?」
「たしかに気になります」
「ふふっ、そんなの簡単よ。弟のジョルジュに罪をなすりつけたわ」
(あれ。この情報、聞いてよかったのかな)
「うわあ。……エグいわね」
「もっともローマン教頭は唆されて利用されていたのは事実だし、ノア家は大分前から隣国との癒着やら後ろ暗いことをかなりやっていたみたい。それによってノア家は没落。ローマンも地位や名誉、財も全部没収されたし、しばらくは貴族用牢獄塔に入ってもらっているから無罪放免と言うわけではないわ」
「教頭も辞職したのですよね。……アイリスはそれでもいいの?」
「確かに。罪人と付き合うことになるのって聖女としても立場的にまずいんじゃない? 今までの世界線ではここまで大事になっていないから教頭を退職して領地に戻る程度だったし……」
私とベアトの心配を余所に彼女は頭を振った。
「刑期が終わって出てきたら、私が稼いでいるからローマン一人を養うのなんて問題ないわ。聖女だし」
「つまりヒモになったのね」
「主夫ってことでしょうか」
「まあ、そんなところよ。まあ、彼も今は新しい生活環境に慣れるまで大変だし、これからのこともゆっくり二人で話し合うつもり」
アイリスはローマンをどうやって説得したのかは明かさなかった。
ゲームシナリオ通りなのか、それとも別の切り札があったのかは不明だ。ただアイリスが幸せなら口を挟むものでもないだろう。
諸々の手続きが終わってようやくアイリスとベアトとお茶ができたのは、大会から二カ月が経った頃だ。あれから政治的にも色々と動きがあったらしく、アルバート殿下を含めてベルナルド様も忙しかった。
今日のお茶会は神殿の中庭で私たち三人だけ。白薔薇が咲き乱れて薔薇の独特な花の香りが充満している。
「それでシャーロットはどうなの? 一周目の記憶が戻ったのでしょう?」
「うん。アイリスとベアトとどんな風に出会ったのかも思い出せて嬉しい」
記憶が戻ってからは彼女のことを、以前のように様無しでの呼び方に戻った。それに一番喜んでいたのはベアトだった。
「もう違うわよ、シャル。ベルナルドのこと。ちゃんと話し合ったの?」
「はい、もちろんです。今までできたなったことを一つ一つしていくって話し合って、まずは旅行とデートをたくさんすることにしました。ベルナルド様の笑顔が拝謁できるなんて最高です!」
「あー、うん。……この子、記憶があろうがなかろうがなんらブレないわね」
「そこがシャーロットの良いところでしょう」
「まあ、問題がなさそうならいいわ」
思えばベアトやアイリスは辺境の地に行ってからも何かと手紙や贈り物を続けてくれたし、聖女や王妃という立場がありながらも辺境の地まで来てくれたのだ。
二人にはいつも支えてもらって感謝しかない。
「アイリスとベアトが居なかったら一周目でもベルナルド様と結ばれることはなかったと思う。二人にはいつもよくしてもらっていて、本当にありが」
「それ私のセリフよ」
「私のセリフを取らないで」
息ぴったりにアイリスとベアトは私の言葉を遮った。二人は「絶対に分かってないわ」という顔で私を見返す。
「本当に無自覚なんだから。シャルらしいけれど」
「私たちの運命を変えてくれたのはシャーロットなのにね」
「そう……ですか?」
もしかしたら魔力吸収のことを言っているのかもしれない。たしかにあの能力のおかげで魔力暴走を未然に防いだことで、死亡率は格段に下がったのだ。
「言っておくけれど能力のことだけじゃないからね」
「え!?」
「やっぱり」
「シャーロットの何気ない言葉や言動にいつも励まされたのよ」
「私が……?」
「無自覚はやっぱり最強だわ」
「そうね」
お読みいただきありがとうございました(о´∀`о)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
明日で完結します(*'ω'*)!!
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