第61話 緩やかに変わっていくもの
それからベルナルド様の傷を手当てしてもらい医務室を後にした。二人で廊下を歩きながら観覧席に戻る。
会場内は熱気に包まれており、勝敗はまだ着いていないようだった。歓声なども飛び交っている。そのせいか廊下には人の姿はなかった。
「シャル」
急にベルナルド様が立ち止まると、私を抱き寄せた。あっという間に彼の腕の中に収まってしまう。消毒と鉄と彼の匂いに心音が跳ね上がる。
「シャルが囮になると言い出してから、今まで気が気じゃなかった」
「はい。……私もすごく怖くて、お役目がしっかり果たせるか不安でした。でもベルナルド様やアイリス様、ベアト様がそれぞれ頑張るのに、私が何もせずにはいられなかったので頑張って良かったです」
「シャルらしい。……でも危ない真似は、あれが最初で最後にしてほしい」
「はい。ベルナルド様が危ないことをしなければ、最後にします」
体を離してベルナルド様の顔を覗こうとしたが、さらに腕に力が入って胸板に押しつけられてしまった。これはこれで私得だ。
「……善処する」
「はい(ベルナルド様の家業を考えれば、即答できないは仕方が無いもの。それでも私のことを考えて下さるのは嬉しい)」
「シャル、大会が終わったら──」
「わあぁ」という歓声によって、ベルナルド様の言葉は遮られてしまった。そのことに彼は少しだけイラッとしていたがすぐに無表情に戻──らない。
少しずつ感情が表に出てきたことに私は嬉しくて、まるますベルナルド様を好きになった。
勝敗はアルバート殿下が勝ったようだが試合が終わって握手を交わす際に、「勝った褒美がほしい」と言い出したらしい。
いつものベアト様なら「ご冗談を」と公爵令嬢らしい笑顔で拒否だったのだが、この日に限ってはその希望を叶えた。
「分かりましたわ」
「そうか、ではまたの機会に――ん? んん!」
両手を頬に当ててベアト様はアルバート殿下にキスを贈った。公衆の面前で情熱的なキスをしたのだ。この行動に普段なら王侯貴族の誰もが「はしたない」と醜聞になりかねない言動だったが、白熱した試合のあとでのキスは大いに盛り上がった。
どっと歓声が沸き、未来の国王、王妃に拍手喝采が贈られたのだ。
お互いに顔を真っ赤にしつつも、仲睦まじいその姿に見惚れた貴族も多かったとか。私とベルナルド様が戻ったときは仲良く会場から去っているアルバート殿下とベアト様が見えた。
「ふふっ、決勝戦はすごく盛り上がりそうですね」
「いや今ので、二人の許容限度が越えたので、棄権あるいは辞退するだろうな」
「?」
ベルナルド様の言葉通り、アルバート殿下はベアト様からキスに卒倒したらしくしばらくは目を覚まさないとのこと。
ベアト様はベアト様で自分の大胆な言動に顔を真っ赤にして発熱。どうやら試合中に、無理をしたのもあったらしい。
そんな感じで剣技大会は繰り上がりでベルナルド様が優勝、二位がアルバート殿下、ベアト様が棄権して、繰り上げ三位がルディー様となった。
これは余談。
表彰式にて、一位のベルナルド様に勇気を出して花束を渡しに行ったら、そのまま腕の中に囚われ、公衆の面前で唇を奪われてしまった。
これは殿下たちのキスシーンを見た後だったので、キスコールがあったからだと付け加えておく。
大勢の前という大胆な行動に私は卒倒しそうになるのをなんとか耐えたのだが、唇を離した次の瞬間、ベルナルド様の破顔した姿に私は「ひゃ」と変な声が漏れた。
「シャル、ありがとう。――ここまで来られたのはお前がいたからだ」
「!」
ずっと見たかった笑顔。
無表情が剥がれ落ちる。それと同時に私の耳に、バリトンの低い声が耳に届いた。
『目障りだ、俺の前から消えろ』『異世界転移者? ああ、ルディーが言っていた。それで俺に何の関係がある?』『言ったはずだ、近づくな、と。お前と俺とでは生きている世界が違う』
記憶と鮮明な映像が私の中に流れ込んでくる。
(これは……一周目の、記憶?)
お読みいただきありがとうございました(о´∀`о)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は19時以降の予定です。
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