第56話 絶望からの一手
大会の開催挨拶は本来なら校長あるいは理事長なのだが、強い希望があり教頭のローマンが代理で全生徒の前に姿を見せた。灰色のスーツ姿に、白髪混じりの髪に顎髭、鳶色の瞳に時を刻んだ皺が大人の色香を放つ。長身かつその佇まいは紳士の中の紳士といえるだろう。
観覧席には保護者たちが詰めかけており、会場内の広場には参加者の生徒が一同に並んでいる。誰もが楽しみにしていた開会式。
私は観覧席の場所から大会を見守り応援することしかできない。歯がゆい気持ちはあったが、私にできるのはベルナルド様の雄志を見守ることだと自分に言い聞かせる。
「お隣いいかしら?」
「え?」
そう言って私の前に立っていたのは 茶髪の長い髪に、黒を基調としたドレスを纏った美女だ。首から花女神のペンダントを下げている。年齢は二十代前半だろうか。初めて見る人だったが親しげに声をかけてきた。
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう。貴女は今回の大会に参加しなかったの?」
学院服を着ていたいので、疑問に思ったのだろう。殆どの生徒は剣術か魔法の大会に出て成績を残そうとするのは当然だ。けれど私にはどちらの才能も無い。
「はい。私はどちらも苦手でして……。だから大好きな人の応援をすることにしたのです」
「そう。……貴女は知らないかもしれないけれど、私も何度かこの世界をループしているのよ。ずっとずっと自分の思うような未来に辿り着かない。でも貴女という特異点によって状況は大きく変わろうとしている。貴女はこの世界にとって一滴の波紋だったけれど、それは因果律を狂わせていろんな人物の指針を変えた。ありがとう、私たちの目的を達成させてくれて」
「あの……それはどういう?」
「あら、鈍いわね。この大会は全て仕組まれている。直に教頭の挨拶で会場にいる生徒たちを供物に天界の門が開く。ああ……ようやく私の宿願が叶う!」
艶然と笑う美女に寒気を覚えつつ、両拳を握りしめて会場へと視線を向けた。今まさに教頭が大会の挨拶を終えようとしている。
『さて、最後に。私からみなに特別な贈り物を一つ』
ローマン教頭が指を鳴らした瞬間、会場内に金色の光が迸り円状の魔方陣が展開される。その熱量は凄まじく、また花火に似た煌めきを放つ。
生徒は勿論、観覧席にもどよめきと混乱の声が入り交じる。私の隣に座った女性はそれを見て嬉々として笑っていた。
「さあ、天界の門が開く。貴女の大切な親友も、恋人もみんな贄にされて消えるのよ。ねえ、世界を変えた特異性。因果律を変えて、全てが上手くいっていると思っていたでしょう」
「……っ」
「全てがひっくり返る。ねえ、シャーロット・ラッセル・カルーヤ。ねえ、今どんな気持ち? どんな気分?」
嬉々として私の顔を覗き込む彼女だったが、その表情が凍り付いた。
絶望も、悲観もしない。
指先が、声が震えそうになるが堪える。
先に喧嘩をふっかけてきたのは彼女だ。だからこそ私も負けずと劣らず笑って応える。
「……確かに私は小さな波紋を広げただけかもしれません。それが暗く閉ざされた未来を切り開ける一手だったのなら私は嬉しい」
「なっ」
「絶望なんかしません。だって私の知る登場人物たちは、みんなすごい人たちですから!」
連続的な轟音が鳴り響き、会場内が白亜色に染まる。
驚愕の声を上げたのは美女の方だった。
頭上に展開された魔方陣は砕かれ、空に白亜の花火が打ち上がる。
その光景に教頭も驚き目を見開いていた。
美女は席を立ち、最前列へと慌てて駆け寄った。
会場内にいる生徒たちの殆どは余興だと思い、花火を楽しそうに眺めている。
「なんで、《花女神堕とし》が発動しないの!?」
「簡単なことです。今日の早朝に回収しましたから」
「!?」
美女は眉をつり上げて私を睨んだ。殺意のこもった視線に対して私は怯まずに言葉を続ける。この役割は、私がアイリス様やベアト様たちと話し合って自分できめたのだ。
***
時は数日前に戻る。
そこにはアイリス様やベアト様、ベルナルド様、アルバート殿下様を含め、皇帝陛下、マクヴェイ公爵家、枢機卿数名が立ち会った。
表向きは教会本部の視察という名目で王家が訪問し、その護衛としてお義父様が同行している。
「さて時間も惜しいので本題に入ろう。魔法学院で行われる魔法対戦及び剣術大会中に《花女神堕とし》の儀式が行われるというのは真か? 聖女アイリス」
蒼々たる面子の中で発言権を得たアイリス様は、毅然とした態度で現状を淡々と説明する。
その姿はまさにゲーム内で何度も見てきたヒロインの姿だ。
何度も憧れ、勇気をもらった。
「残念ながらそのようです。当初魔獣事件によって血の惨劇を意図的に作り出し、魔方陣を完成させる予定だったのですが、教会側のご助力により計画を頓挫させることができました。しかし途中から魔獣事件を起こすことで私たちの目を引き、その間に魔法学院の大会会場に魔法陣を仕込み始めたのです」
「その証拠に魔獣を呼び寄せる術式と、紛失した『赤い果実』の欠片を確認しました」
「黒犬の報告でも主犯はノア家筆頭ジョルジュ、ローマン教頭、隣国ラスティマも関与している証拠を押さえた」
お義父様の報告書により敵勢力と計画の全容が明らかになったが、アイリス様とベアト様、そして私はこの結果に少し引っかかりを覚える。
それはあまりにも本命となる剣術大会の計画立案から行動までの早さだ。準備なども含めてあまりにも短期間かつ最短ルートで乙女ゲームでの最終決戦を再現しようとしている。
「ディフラのシナリオ展開を知っている人間、あるいはこの世界を繰り返していることに気付いている第三者がいなければ、ここまで完璧に準備は難しいわ」
「だとすると同じ異世界転生者あるいは人外の存在かしら」
だとしても主犯がもう一人いるのなら抑えなければ同じことが繰り返される。いろいろ考えたが結論は出なかった。そこにルディー様がハイド卿と共に姿を見せる。
「ルディー様?」
「……今回の集会を希望したのはルディーらしい」
お読みいただきありがとうございました(о´∀`о)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は明日8時以降の予定です。
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