第55話 氷の貴公子ベルナルドの視点4
マクヴェイ公爵家の次期後継者として父様から仕事を教わっていたが、思いのほか過激なことはしてなく諜報活動など証拠集めが多く、暗殺などは本当に最後の手段というもので、こちらが拍子抜けするほどだった。
一周目の自分の方がよほど過激な行動をしていたと思う。少しでも危険分子は排除しようとしていたし、政敵も多かった。
「お前が生まれてから、過激な粛清や暗殺などは減らしていった。むろん王政の統治も落ち着いていたからこそできたが。殺し闇に消し去るのは処理としては楽だ。だがそれでは悲劇と怨嗟の呼び水ともなりかねん。必要悪を否定はしないが、お前に受け継ぐ頃にはもう少し楽になるよう努力しよう」
「……ああ、その方がいい(でなければ殺意の刃は、俺では無くシャルに向いてしまう)」
「お、珍しいな。ぬるいとか、甘いなんて言い出すと思っていたぞ」
以前の自分なら言っていただろう。
少なくとも一周目の俺なら間違いなく喰ってかかったはずだ。だがそうやって苛烈な体制にして敵を作り粛清や暗殺をした結果、自分にとって一番大切な人を守れなかった。
俺に向けられた諜報員かつ暗殺者を愛人だと勘違いして、シャルは心を壊してしまった。元々俺が傍にいて愛情を注ぐことを後回しにして、大切だと言葉一つかけることを惜しんだ当然の結末。
シャルが魔法学院に入学して、学校生活が色鮮やかなものに変わっていた。
今まではくだらないと思っていた時間の使い方や、寄り道に、買い物。些細な会話、登校までの馬車の時間、全てが違って映る。今さらながら日常の一つ一つを自分が蔑ろにして、改めて自分の愚かさに腹が立った。一周目の自分はあまりにも視野が狭かったのだ。
ガキで頑なで、愚かだった。
それを後悔したけれど、シャルは違う。
「私だってできなかったことがあったのですから、今からできることを一つずつベルナルド様とできるようになったら嬉しいです」
過去ではなく、少し先の未来への希望と期待。
過去を後ろ暗いものでも、悲観でもなく懐かしむことができるように今を積み重ねようと言ったのだ。どちらが大人なのか。
「……そう、だな。ああ、その通りだ」
今この隣にいるシャルとの時間を大事にする。甘やかすのではなく、一緒に歩いて行けるように。
そしていつか形だけの夫婦でも、本音を言い合うことができない夫婦でもなく、心から寄り添い、支え合い、同じ方向を向いて歩けような――夫婦になりたい。
それが今の自分の目標となった。
あまりにも簡単に見えて、難しい。
(そろそろ無表情の仮面も不要になってきたかもしれないな)
***
シャルが魔法学院に入学してから半年。
魔法学院では毎年恒例、魔法対戦と剣術大会が行われる。
ドーム型の会場にはすでに大会参加生徒が軍服を着こなし整列していた。ざっと見ても全学年で百人は居るだろうか。ことは思いのほか参加者が多い。
毎年面倒だと思っていたのだが、今年は違う。
そもそも来賓席の気合いの入れ具合も別格で、一家総出で応援しに来るというなんとも前代未聞なことが起こった。
それも王家、三大貴族、教会本部が同じように垂れ幕まで用意したのだから、どうかしていると思うのが普通だろう。しかしながら我が国は馬鹿ばかりが多いのか、今までと異なる大規模なイベントにノリノリだった。
生徒も、保護者も、教員も。
一瞬この国の未来が心配になったが、よく考えれば今までは魔力暴走によって大々的なお祭りやらは禁止とまでは行かなくとも自粛する風潮だった。しかしシャルの魔力吸収によって状況は改善し、新たな試みとして今回の企画が大々的なお祭り騒ぎと繋がった。
(シャルがこの国を大きく変えた。……だというのに、彼女は相変わらず自分の手柄だと思っていないだからな)
ふと観客席から聞き覚えのある声が耳に入る。
「我が息子が優勝するに決まっている!」
「なにを、余の息子も負けておらん」
「この勝負は敬愛する聖女が総取りします」
「いいや、今回は私の息子が勝ちをつかみ取るでしょう」
「そうです。お兄様が勝ちますわ!」
観覧席で、親同士の言い合いが勃発。
しかも国王陛下と両親あるいは大貴族と枢機卿という異色の組み合わせだ。戦う俺たち生徒はプレッシャーやら恥ずかしさやらで、それぞれ顔を赤くしていたり、真っ青だったりと様々だ。
「なんだか大変なことになってしまったな」と声をかけてきたのはアルバート殿下だ。
「殿下。……とりあえずチアガールでの応援を全力で阻止してよかったと思っています」
「あー、アレを止めたのはお前だったのか。くっ……私はベアトの衣装を楽しみにしていたのに!」
「やっぱり真犯人は殿下でしたか(なにシャルを巻き込んでくれているんだ)」
「いつもツンとしているベアトが応援してくれるというので、以前聞きかじったチアガールの衣装を頼み、いや拝み倒したと言うのに!」
本気でこの国の未来を心配した。こんなのが王で本当に大丈夫だろうか。
一応、使える主人のため諫言すべきだろうと口を開く。
「……あんな露出の多い服姿を公衆に晒せとおっしゃるのですか?」
「ふっ、そんなわけないだろう! 衣装を作らせて、実際は私の前でしか着させないつもりだった! が、デザイン画で頓挫したのはお前のせいだ!!」
「人のせいにしないでください(シャルを巻き込んだからだろうが。……いや、俺が止めると分かっていたからシャルは話してくれた??)」
昔からこの王子は公爵令嬢に対して慕っているにもかかわらず、変に拗らせたまま改善していないようだ。だまし討ちのような真似をしたら火に油を注ぐようなものなのだが、当の本人は理解していない。普段は王太子として完璧人間なものの恋人に関して途端に駄目人間となる。
(いや恋人に関して拗らせたのは俺も人のことは言えない)
「まあいい。今回優勝したらベアトに『何でも一つだけ願いを叶える』と約束している。私は本気だ」
「そうですか頑張ってください。俺はそんなことしなくてもシャルから褒美をもらうので。あとチアガールの姿も二人きりなら見せても良いと了解も得ています」
「ぐはっ……」
「殿下!? 殿下が吐血したぞ!」
護衛騎士が慌てているが興奮、あるいは感情的になると軽い魔力暴走が起こり吐血しやすい。
シャルの魔力吸収で緩和したが、たまにこうなる。特に王子の仮面を外していてなおかつベアトの話に限るが。
「くっ、ベルナルドのくせに。恋愛に関しては私よりも初級なくせに……」
「いえ。すでにシャルとは婚約も済ませて一緒に暮らしているので、この一年で恋愛初心者から上級レベルにはなったかと」
「ぐぬぬっ……絶対に負かす」
「ご冗談を」
「相変わらず仲が良いですね。アルバート殿下、ベルナルド殿」
「ルディーか、お前も参加するとは珍しい。魔法対戦には参加しないのか?」
「いえ。今回は剣術のみ参加です。どうしても勝ちたい人がいますので」
相変わらずにこにことアルバート殿下並の笑顔を貼り付けているが、双眸はむき出しの敵意を向けている。どうにかして俺に勝ってシャルの気を惹きたい、あるいは別の何かを企んでいるのかもしれない。
いや企んでいる可能性が高いだろう。
この男は一周目の記憶がなくても同じようにシャルをほしがっている。あるいは利用しようと考えているのだから。
「今日は楽しみましょう」
正直大会の優勝に関してはどうでもよかったが、不気味なほど三日月のような笑みを向けたルディーにだけは負けたくないと思った。
お読みいただきありがとうございました(о´∀`о)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は19時以降の予定です
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