第43話 聖女アイリスと物騒なお茶会
ベルナルド様が吹き飛んだ。
揶揄ではなく、華麗に宙に舞い重力に従って落下。放物線を描き、冷たい石畳の床に倒れた。
「ベルナルド様!」
「――っ」
「お前、ふざけんな。ぶっ殺すぞ」
教会の大聖堂にふさわしくない怒号が響いた。
ここには私とベルナルド様、そして久し振りに面会した聖女アイリス様の三人しかない。そしてベルナルド様を軽々と殴り飛ばしたのは、ディフラのヒロインであるアイリス様だ。
もう一度言うが、ヒロインのアイリス様である。
今までは私とベアト様の二人でアイリス様と会っていたのだが、今回はベルナルド様も同行したいということで案内した結果、今に至る。ヒロインである聖女アイリスは主に肉体強化が得意で、細腕でありながら大人一人を吹き飛ばす怪力があるのだ。
ゲームシステム上、レベルを上げるごとに特化する項目を選べるのだが肉体強化を選ぶと死亡リスクが多少低くなるという効果があった。そのため大半のプレイヤーは経験値を肉体強化に全振りするようになり、魔法が使えるのに殴った方が強いなんてことはザラだった。
途中からヒロイン育成ゲームに心血を注ぎ、魔獣が出て来る予定の学院内の森を周回しまくったのも今となってはいい思い出だ――と現実逃避をしている場合では無かった。
「立て! そしてもう一発」
「アイリス様!」
「フン。どけ、シャーロット」
黒髪に琥珀色の瞳、可愛いと言うよりは綺麗で美人という言葉が似合うだろう。白い修道服もゲームの原作通りでデザインが凝っていて素晴らしい。
そんな彼女はヒロインらしさが消え、元ヤンのガン飛ばした顔でベルナルド様を睨んでいた。親の仇と言わんばかりの敵意に、私はベルナルド様に駆け寄って追撃そうなアイリス様を止める。
「これ以上はやめてください!」
「シャーロットが死なせたのはコイツなんだ。お前も、ベアトも甘い。誰かがしっかりと落とし前を付けるべきなんだよ!」
「ですが」
「……ぐっ、その通りだ。ケジメは大事だし、それで気が済むのならいくらでもやってほしい」
「おー、分かってんじゃん」
(頭から血! しかも口からも出ているのですが!?)
結構な重傷なのだが、アイリス様は拳に肉体強化をさらにかけていく。
いや死んじゃうから。
「手加減はしねえ。ダチを守れなかったんだ、シャーロット」
「は、はい!」
「お前もコイツを殴れ、そして私も殴れ!」
沈黙。
意味を理解するのに、数十秒かかった。
「え。……ええええええ!? いやいや無理です。お気持ちだけで充分ですから!」
「いいや駄目だ!」
(即否定!?)
ぶっ飛んだ理論展開に私は困惑し無理だと告げるが、頑としてアイリス様は「さあ、殴れ」と引かない。熱血展開にベアト様が「今回は遠慮しますわ」と言っていたのがなんとなく分かった。ベアト様、そういうのは事前に教えていただきたかったです。
「信賞必罰は世の常! その行為に見合った罰を与える。ソイツが言ったようにケジメだ」
「わ、分かりました」
ここまで来たらたぶんアイリス様は折れない。それなら私なりにやり方でケジメを付けさせてもらうだけだ。
私は彼女の頬にペチッと触れた。
「私の分まで怒って下さってありがとうございます。きっと一周目の私もアイリス様がいてくれて何度も救われたと思います。だからケジメなら、死を選んでしまった……諦めてしまった……私も殴って下さい!」
「シャーロット、お前って子はぁああああああああ!」
私の言葉にアイリス様は号泣し私を抱き寄せた。彼女もまた一周目の記憶を持ち私の死を嘆いてくれた一人だ。
私には一周目の記憶はないがそれでも、アイリス様は情熱的で情に厚い方だったのだろう。それが痛いほど伝わってくる。こんなに素敵な友人がいても、私は弱音を上手く吐き出せてなかったのだろうか。
(ううん。きっと大切だったから、余計な心配かけまいとしたのかもしれないわ……)
素の元ヤン状態でも口は悪いが、彼女は情に厚く懐が広い。彼女なりに私とベルナルド様の関係について色々気遣ってくれたのだろう。その後アイリス様に平手打ちという名の頬撫でをされ、ベルナルド様の治癒もしてもらえた。最初から治癒はするつもりだったらしい。
順番はいろいろおかしかったが、それでも落ち着いて三人でお茶をすることになった。
教会の庭園に案内され白薔薇が咲き誇る中、私とベルナルド様、アイリス様でテーブルを囲むのだが――なんというか距離が可笑しい。私の席傍に二人がいる。
ベアト様のときも同じだったのを思い出す。
「そう。……やっぱり無理してでもパーティーに出席するべきだったわ」
ふう、と溜息を漏らす彼女は淑女らしい所作で、元ヤンの雰囲気は欠片もない。「もういっそ二重人格なのでは?」と思うほどの切り替わりようだ。
ベルナルド様も「本当に先ほどの人間と同一人物なのか?」と眉をひそめている。うん、気持ちは分からなくはない。
「(気持ちはすごく嬉しいけれど、出席していたら血の雨になっていたと思う……)あははっ、でもベルナルド様が助けて下さって、すごく格好良かったのですよ!」
「シャル……」
「ふふふっ、本当に今も昔もそういう所は何一つ変わらないのね。ベルナルド様、シャーロットは私やベアトと居るときですら、貴方の話ばかりなのよ。ご存じでした?」
(うう……。ベルナルド様の前で言われるのはなんだか恥ずかしいような……)
ベルナルド様もどう言葉を返すべきか困惑しつつ「そうか」と口元を緩めた。
嬉しそうに目を細める姿も愛おしい。いや尊い。
「……さて、私が聖女になっているまでにいろいろ動いてくれていたみたいだけれど、シャーロットの精神負担はベルナルド様が傍にいることで軽減されているようですし、一周目のような暴走する確率も低いでしょう。ふふっ、これに関してだけは『ベルナルド様よくやった』と褒めてあげましょう」
「はい。ベルナルド様はとても優しくて素敵なのです」
「……シャル(いちいち可愛い反応をするとは……。愛されている? いやいや、平静になれ……いや、チャンスがあるなら抱き寄せたい――)」
ベルナルド様は俯いているが耳が赤い。そんな些細な反応もとても嬉しいものだ。私とベルナルド様と交互に見ながらアイリス様は微笑みカップに口を付ける。
「そういえばアイリス様はローマン教頭と接触は済ませているのですか?」
「ん、ああ」
不意にアイリス様の空気が凍り付いた。
ティーカップの取っ手がピシッ、と罅が入る。
「ローマン教頭、ここ最近教会にもよく来てくれて話をしてくださるのよ。それでいつも賭をするの。今のところ百二十五戦中六十二勝六十二敗一引き分け、手強いでしょう」
「もしかして、ローマン教頭ルートでの頭脳戦ですか!? スチルにもなった!」
「………(スチルゥ? またよくわからない単語が出てきたな)」
「ふふふっ、最初はチェスやカードだったけれど、最近は実践形式の戦闘が多いかしら」
「せ、戦闘!?(時系列が色々可笑しいけれど、ローマン教頭ルートのイベントは進んでいる?)」
なんか一気に恋愛要素が消えて、熱血スポ根展開を想像してしまった。このゲームって乙女芸だったわよね。一応兆鬱展開だけれど。恋愛がメインだったはず。
隣にいるベルナルド様は「これ突っ込んだ方が良いのか?」と神妙な顔をしている。ベルナルド様にそんな顔をさせるとは、流石ヒロインクオリティ。
しかし『戦闘』という言葉が引っかかった。ゲームシナリオ展開とは別に、攻略キャラの好感度を上げる要素として《お使い》や《戦闘》がある。特に戦闘はそのルートによって黒幕になるキャラによって異なるが、終盤で多くなっていくのは魔獣だ。
これは《赤い果実》を魔物に植え付けて作り出された合成獣で、知性も無く本能的に暴れ回る獣だ。ヒロインと攻略キャラのレベルが育ってないと普通に死ぬ。特に属性の弱点を突かないと全く効果がないので、全属性をまんべんなく強化が必要という鬼仕様だった。そのため何度周回したかわからない。そのあたりのゲーム仕様まで盛り込まれているのだろうか。
「……もしかしてシナリオに出てくる魔獣との戦いが、すでに勃発しているってことですか?」
「そうよ。衛兵や騎士団、黒犬だと被害が出るから私が一人で現場に行ってなんとかしているわ」
「なっ、まさかここ半年に起こった魔獣の死体遺棄は、お前が関係しているのか!?」
お読みいただきありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は明日の12時過ぎを予定してます。
2025年5月25日微調整しました
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマ・イイネもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡嬉しい。
来年もどうぞよろしくお願いします。