第42話 ちゃんと守ってくださいましたよ
「ベルナルドさ」
「すまない。すまないシャル。……また、やってしまった。偉そうなことを言っておきながら、肝心なときにシャルの傍にいられず……こんな姿に」
最近あまり見なくなっていた凹みモード全開だった。家ではなく馬車の中でスイッチが変わるほど、ベルナルド様にとってはショックだったのだろう。
彼には私が今にも死にそうな状態に見えているのか、目尻に涙を溜めながらギュッと抱きしめる。少しというかとても大げさだ。
「水がかかっただけなので、大丈夫ですよ。お茶じゃなくてよかったですし。ほら、熱湯だったら火傷して痕が残ってしまったでしょう」
「シャル……」
不安がる彼を安心させるためできる限り微笑むが、凹みモードに突入したベルナルド様は、私の肩に顔を埋めて後悔を口にする。これはしばらく止まらなさそうだ。
「ぐ……浮かれていた俺のせいだ。シャルと一緒に居ることが増えて、少しはマシになったと思っていたのに……全然成長できてないッ。むしろ退化している……ああ……格好悪い。クソッ。なんでいつも……間に合わない……役立たずのゴミクソ野郎なんて……シャルも……今回ので、失望しただろう……うう」
「間に合っていますよ。それにもっと酷いことになる前に、私を助けに来てくれたじゃないですか。セーフです、それにとっても格好よかったですよ!」
「………………………ぐすっ……………………………本当に?」
「はい。ベルナルド様が、もっともっと大好きになりました! 惚れ直しましたよ!」
彼の涙を拭い、全力で応える。
あの場にずっと居続けていたら、いろんな噂が飛び交っていただろう。けれどベルナルド様が来て私を連れ出したおかげで、少なくとも私とベルナルド様の仲は良好で、単なる政略結婚という印象も薄れただろう。
私の言動一つで、マクヴェイ公爵家に泥を塗るのは嫌だったし、水をかけられてしまったが、殴られるあるいは平手打ちが来る前で本当によかった。
もし今日でなかったとしても、きっとあのご令嬢は、お茶会やサロンで似たようなことをしたはずだ。『だから今日というタイミングで牽制できたのは、よい傾向だ』と思うことを噛んで含めるように、ベルナルド様に伝えた。それはもう全力で。
「シャル……褒めすぎだ……。俺は最低のクソ野郎で、クソゴミ……産業廃棄物レベルのことをしたというのに……」
「正直、あの場でベルナルド様が来てくれて、私の味方になってくださったのが、すごく嬉しかったです。よくヒロインが危機に陥ると、攻略キャラがタイミングよく助けに来る。なんてありふれた展開かもしれませんが、当事者になると本当に救われた気持ちになりますっ……だから、そのご自身のことを責めないで……」
気付けば視界が歪んでいて、頬から涙がこぼれ落ちていた。自分が泣いているということに、今さらながら気付く。
気丈に振る舞っていたけれど、思いのほかショックだったのか涙が止めどなく溢れて止まらない。
「シャル……」
「あれ……どうして……」
ベルナルド様は私を抱き寄せて、ピッタリと密着させた。涙が止まらない今彼の服を涙で汚してしまうのに、彼は私を離そうとしなかった。
無言のまま抱きしめられ、彼の温もりと香りに包まれる。
「……一周目の俺はお前が陰で泣いているとき、助け出すことも守ってあげることも……直接的にしてやれなかった。……あの時の俺は……全ての感情が凍りついて、ただ自分の責務と、家業を滞りなく進めることで頭がいっぱいだった。……お前の温かな言葉や、行動に惹かれていたのに……俺はお前に甘えて、お前がつらくて苦しんでいたとき、……こうして抱きしめて味方になってやれなかった……」
「──っ」
後悔してきたのだろう。
過去を省みて、自分の言動を振り返りベルナルド様は気付いたのだ。自らの行いを振り返るのは、しんどい。自分は悪くないと逃げずに、ベルナルド様は凹み、ウジウジしながらも、過去の自分を省みて繰り返さないように、進もうとしているのだ。そんな彼が愛おしい。
「ベルナルド……様」
「だから……さっき、お前の言った言葉は……本当に嬉しかった。……それは言葉が足りなくて、鈍くて、ヘタレだけれど……それでもシャルが辛くなったら……何でもいいから俺に話してくれ。頼って……もらいたい。甘えてほしい」
私はどうなのだろう。
苦しくてつらい時、ただ耐えていただけで、周りを頼ったのだろうか。
一周目の自分のことを何度も何度も考えた。
何でも一人で解決しようとしたのではないか。一人で耐えて、我慢して、「大丈夫」だと笑って──それは病気で、自分の心が死んでいく中で見いだした処世術だった。
いつも申し訳なさそうにする両親、泣き崩れる母を慰める父。二人が謝って泣いてしまうので、私は「大丈夫」とか「そんなことないよ」という言葉ばかりを口にしていた。
そうやって自分の心を曝け出す方法を、忘れてしまった。ゲームシナリオ通りのベルナルド様と私が出会っていたのなら、きっと私は彼に自分の重い感情を、気持ちを吐露できずに溜め込んでいただろう。
楽観的で痛みに鈍い私を演じて、演じ続けて、その結果、無理をしすぎた。
この《疑似種子》は負の感情を溜め込むことで発芽、あるいは暴走する可能性があると言う。ストレスによる精神的負荷は、魔力暴走を引き起こすキッカケでもあるのだから、私の中にある《疑似種子》も同じなのだろう。
私が意地を張らずに助けを求めれば、一周目のバッドエンドは回避できたのかもしれない。ベルナルド様が傷つくこともなかったはずだ。
だからこの世界に来て、お義母様にも指摘されて「大丈夫」という言葉は、なるべく使わないように気をつけている。時々、反射的に出てしまうことはあるけれど。
「ベルナルド様だけのせいじゃないです。私も誰かに頼って、弱音を吐くのが苦手で、私が耐えていれば上手くいくのなら、きっと私は限界まで耐え続けていたでしょうから」
そう一周目の私は自業自得だと、自分自身だからこそ口にできる。
空回りして、我慢して、耐えなくてもいい。
「今の私が弱音を吐いて、ベルナルド様に甘えられるのは、ベルナルド様が私のことを大事にしてくれて、毎日好きだと伝え続けてくれたからです」
「それは俺も同じだ。……シャルは絶対に俺から離れていかない過信して、いろんなことを先送りして、その時にかける言葉も、触れることも、共に過ごす時間も、仕事が片付いたらと……ああ、本当にクズ人間だ」
「それでも、あのゲームの時に見た誰も近づけさせなかったベルナルド様に結婚まで押し切って、好きだと思わせることができたのなら一周目の私は幸せだったと思──」
「違う……」
「え」
「一周目のお前は俺に『ユルサナイ』と『もう愛さない』と言ったんだ。……俺は《疑似種子》を暴走させたお前を殺したときにそう言われたのに、《時戻しの魔法》でやり直しを望んで……ずっと黙って……お前に好かれようとした最低な奴なんだ……」
ずっと怖くて口にしなかった思い。
一周目から時を戻した理由。
大まかな内容をベルナルド様は話してくれていたが肝心の部分は大分誤魔化していたのは、このことだったのだろう。
「……私には一周目の記憶はありません」
「ああ」
「だから完璧に、その時の気持ちが分かるわけではないのですが……」
「……ああ」
「たぶん、その『ユルサナイ』と言ったのは、私自身に対してだと思いますよ」
「は?」
「《疑似種子》が暴走したら止めるのは《王家の番犬》として当然ですし、一周目の私もゲーム知識はあったでしょうから、ベルナルド様が何者なのかもご存じだったと思います。だから彼にそうさせてしまった『自分が許せない』と呟いたのかもしれません。憶測なので……断言はできませんが」
「そ……んな(シャルは……あの時ですら……俺を……怨んでなかった? 憎んですら……)」
そこからは私もベルナルド様も泣いて、泣いて、泣き続けた。私たちは小さな子供のように感情のまま心を解放する。
ずっと押しつけられた思いが洗い流されて、気付けばベルナルド様の腕の中で眠ってしまった。
これは後で聞いた話だが、屋敷に戻って湯浴みやら着替えやらの時ですら、私はベルナルド様に引っ付いて離れなかったという。
結果、彼は目隠しをして湯浴みと着替えに付き合わされ、最終的にベッドで寝かせようとしても、離れなかったというので添い寝することになったと。
翌日、目を覚ました私が隣に眠っているベルナルド様を見て卒倒したのは──また別の話。
お読みいただきありがとうございました(о´∀`о)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は19時以降に更新予定です。
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