第41話 ベルナルド様の元婚約者様
ベルナルド様から元婚約者がいたという話は聞いたことがないし、ゲーム設定にも記載は無い。ただ貴族同士の政略結婚で、幼い頃に結んだ可能性はあるだろう。
もっともだから現状どうこうなることはないはずだ。
「(んんー、フランボワーズのムース最高。香りと酸味が絶妙でさっぱりしている。あー、最高。屋敷のみんなにも食べてほしい)そんなことを言われましても、過去の話ではないですか」
「――っ!」
(もしベルナルド様と一緒に暮らして、お義母様の言葉を聞いていなかったら不安になったかもしれない)
私は異世界人で「貴族の血を引いているわけではない」、以前お義母様に話したら「あら私も孤児だったわよ」とあっけらかんと言ってのけた。今ではどの貴婦人よりも美しく慎みのある淑女の模範と言える方が、だ。
少なくともベルナルド様やご両親が「婚約破棄する」と言い出さない限り、私が折れる気はまったくない。それぐらいベルナルド様が大好きで、一緒に居たいのだから。
セルフ用の温かい紅茶を自分でカップに注ぎ、口にしてホッコリする。彼女たちのペースを乱すには成功したようだ。
(ここのセルフ紅茶、茶葉もいいのを使っているのね。流石王族)
「貴女、見かけないけれど何処の家の出なの?」
「もしかしたら貴族ではないのかしら?」
「私はシャーロット・ラッセル・カルーヤ。伯爵家であり、《《マクヴェイ公の遠縁ですわ》》」
貴族であり公爵家と関わりがあるという言葉に令嬢たちの口元が引きつる。貴族階級では身分が重要視されるのだが、少しずつ状況が劣勢だと言うことに気付き始めたようだ。
ここで手を緩める気は無い。これもお義母様の教えだ。
「私はベルナルド様が大好きで、一緒に居たいからこそ婚約を受け入れました。ですから私を取り囲んで何を言おうと、この意志を曲げるつもりはありません。ここで話を終わりにして今後関わらないと約束してくださるのなら、今日のことは誰にも言いませんわ」
「なっ!」
私は言いたいことは言えたので、皿に残していたティラミスを口にする。
チーズムースに苦みのあるチョコレートパウダーがアクセントになっておりコーヒー風味のスポンジもまた美味しい。
(紅茶お代わりしようかしら)
そう暢気に思っていた瞬間、カトリーヌ嬢が傍にあった水入りのグラスを私に投げつけた。
水はかかってしまったがワイングラスはなんとか避けて、空のワイングラスは床に落ちる。硝子の砕ける音が響き渡り、賑やかだった会場の空気を変えた。
(ああ!)
「冷たい」と感じたと同時に「熱いお茶じゃなくてよかった」と思うほどには落ち着いていた。自分の心がすーっと冷めていくというか冷静になれる。
(最後に食べようとしていたショートケーキが!!)
「勝ち誇った顔をして、どうせ貴女も政治の役に立たなければいずれ捨てられるわ! 私がそうだったように!」
「!」
《《捨てられる》》。
たしかに私はこの国の人たちに乞われてここに居るし、ベルナルド様と婚約をしたのもそういった政治的背景がないわけじゃない。キッカケはそうだったとしても、ベルナルド様の思いは『仕事』や『義務』だけではない『愛情』もちゃんとあるから――平気だ。
そう思えるだけの言葉や思いをベルナルド様から頂いた。だから私は胸を張って堂々と婚約者だと言い切れる。
例えその愛情が私とは違う思いだったとしても、いつか振り向いてもらえればいい。最初は画面越しで次元だって違う存在だったのだ。
その程度で諦めるほど私の思いは軽いものじゃない。
「それでも私はベルナルド様が好きですから、傍にいられるだけで幸せですわ」
「――っ、負け惜しみを」
今ここにいる奇跡の数を並べたら些末なことだ。
本来ゲームシナリオ展開通りならベルナルド様の両親は亡くなっていている。若いうちに家業を継いで、大人たちに交じって、常に気を張って感情や心を凍らせてしまっていた。私のゲーム画面で見た彼とは違う人生を歩いている。今の平穏な日常をベルナルド様には過ごしてほしい。
(そのために私は《疑似種子》を受け入れると決めたのだから)
「俺はシャルが傍にいるだけでは嫌なんだが」
(この声は――)
聞き覚えのあるバリトンの声。
振り返る前に私の双肩に大きなジャケットが掛けられ、そのままベルナルド様に抱き上げられてしまう。しかもこれは、お姫様抱っこ!
(人がいる前でお姫様だっこはしないっていったのに!?)
「ベルナルド様! これは……違うのです。彼女が――」
「俺とシャルの婚約は恋愛によるもので婚約破棄をするつもりも、結婚を取りやめるつもりもない。それとデマール公爵家には、こちらから抗議文を送らせてもらおう」
「そ、そんな……。私はただ!」
悲劇のヒロインめいた口調でベルナルド様に縋ろうとするが、睨み一つで黙った。
真っ赤なドレスを着た令嬢は、真っ青な顔のまま崩れ落ちる。大勢の前で私に恥をかかせようとしようとしたのだろうが、逆に自分たちの首を絞める形になったようだ。傍にいた数名の令嬢たちは口々に「私たちは彼女に言われて」と弁明を始める。しかしその言葉にベルナルド様の睨みで黙った。
「取り巻きのお前たちも止めなかった時点で同罪だ。覚悟しておけ」
「殿下、私たちはカトリーヌ様に言われただけで……」
「そうです」
「ベルナルド様っ、お待ちください。私は本当に貴方様を――」
「本当に俺を思うのなら俺に直接直談判するなり、真っ向勝負から何度もアプローチをかけてくることもできたはずだ。……それをシャルに脅迫まがいなことをして、許せるとでも?」
(きゃああああ! すごく、すごくベルナルド様がかっこいい!)
これはベアト様から聞いたのだが、一周目の私はずっとベルナルド様を追いかけて、気持ちを伝え続けていたらしい。めげずに何度も、彼の心を少しずつ溶かしたのは私だと聞いたときは嬉しかった。
ベルナルド様は私を抱きかかえたまま足早に会場から出て、用意してあった馬車に乗り込んだ。御者はすぐに馬車を走らせるのだが、私はベルナルド様に横抱きされたままで身動きがとれなかった。
彼は私をきつく抱きしめて、離そうとしなかった。
「水がドレスにかかって濡れているので、あんまり密着されると」
「構わない」
ベルナルド様の服にまで染みてしまうのだが、それを言っても聞いてくれなかった。離したら私が消えてしまうとでも思い込んでいるのかもしれない。
(そんなことないのに……)
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最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
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