第40話 令嬢たちのひがみ
唐突の申し出に困惑しつつ、私はルディー様とベルナルド様を交互に見てしまう。
「え、えっと……」
「(コイツ、シャルへのアプローチが日に日に増してきたな)却下だ」
「私はシャーロット嬢に聞いているんだけれどな」
「フン……(やっぱ殺すか)」
ベルナルド様の眉間の皺が深まり、静かに怒っているのが分かった。そんな些細な機微に気づけていることが嬉しく思える。
「(ここは婚約者として、ベルナルド様だけと踊ったほうが良いはず。あと変に目立ちたくない)ルディー様、申し訳ありません。挨拶などで疲れてしまったのでご遠慮させて下さい」
「(しゃああああああああああああああああああ! よく言った)……だそうだ」
「それじゃあ、しょうがないね。でもいつかは相手をしてくれると嬉しいかな」
ルディー様はすんなりと手を引いてくれたので、ホッとした。
これでルディー様の誘いを受けたら、次々と「踊ってほしい」と声をかけられるかもしれない。それだけは避けたいし、ダンスとはいえあんなに密着して踊るのは正直無理。世のご令嬢はすごいと思ってしまう。
一部始終を見ていたベルナルド様は、私の変更に満足そうな顔をしている──が、見知らぬ人が見れば無表情だと受け取るだろう。目尻とか口元がミリ単位で動いただけなのだが、纏っている雰囲気が違うのだ。
「(あー、気分がいい。このままシャルにキスをしてしまおうか。俺がシャルに惚れているアピールをするのにもいい)挨拶も済んだし、帰るとしよう」
「はい(あ。パーティー会場の菓子が気になってたけど、今回は諦めましょう。人混み多いし)」
「(キスするタイミングを自分から消してどうする……今からでも……肝心な時にヘタレてどうする……)シャル」
「はい?」
「ベルナルド」
ベルナルド様が私との距離を詰めかけ時、王太子のアルバート殿下が声をかけてきた。アルバート殿下の雰囲気からして談笑という感じは無く、どこか切羽詰まった感じがあった。
「殿下、どうされましたか?」
「まだ帰っていなくてよかった。……すまないが少しいいかい?」
「急ぎでなければ帰りたいのですが」
「……例の件だ」
「そうですか。……シャル」
「私でしたら休憩スペースで休んでいますので大丈夫です」
何か言いたげな顔をしていたが「すぐ戻る」と口にした後で、ベルナルド様は少し屈んで私の頬にキスを落とした。
「ひゃっ」と心の声が漏れそうになったがなんとか耐えたと思う。
ベルナルド様は「俺が戻るまで何処にも行くなよ」と囁いたのち、アルバート殿下と奥の部屋に向かってしまった。王太子がわざわざ呼び止めるのだから、きっと火急の用なのだろう。
そう冷静に分析して平静を保とうとしているものの、公衆の面前でキスされたことに動揺して固まってしまった。
(ひゃああああああああああああああああああああああああああああ。ベルナルド様、今日はどうしたのでしょう! 嬉しすぎて今年のううん、ここ数年の運を全て使い切ってしまった気がする)
嬉しい気持ちでいっぱいだったが、手放しで喜んでいる場合では無いのかもしれない。遠ざかっていくベルナルド様の背中を見送りながら、火急の用件について考える。
(マクヴェイ公爵が手がけている魔獣の死体遺棄の件についてかしら。半年の間、頻繁に起きているとか……)
シナリオ展開とは異なる情報なので伝えるべきか悩んだが、この手の相談をするならヒロインの聖女アイリスに相談すべきだろう。
そんなことを悶々と考えている間に、休憩スペースへと辿り着いていた。空いているソファもあり、傍には一口で食べやすいサイズのケーキやムースなどが目に入る。
(せっかくですしベルナルド様が戻るまで、スイーツを堪能してみましょう!)
近くでみると切り分けられた菓子はどれも高級そうで、プチケーキのデコレーションなども見事だった。チョコレートタルト、ショートケーキ、抹茶モンブラン、レアチーズ、ティラミスと選びたい放題だ。見栄えもオシャレで食欲をそそられる。
(レアチーズは鉄板でしょう。ああ、イチゴムース、ティラミスも! しかも一口サイズだから色々楽しめるかも!)
もはや令嬢としての鍍金が剥がれそうだ。ひとまず食べられそうな分を白いお皿に盛り付けて、一口食べるとチーズの濃厚なコクとやや柑橘系の酸味が調和して口当たりがいい。食べ方はお義母様に教わった通りできているので問題ないだろう。
(あー、美味しい! 幸せ。ベルナルド様もこの味は好きそう)
次に口にしたのは、ほろ苦くも味わい部会抹茶モンブラン。クリームの甘さは絶妙でこれも美味しかった。甘いのを食べた後なので少し味を変えようと、フルーツタルトに挑戦しようとしたところで声がかかる。
「ちょっとよろしいかしら?」
「はい? 何でしょう?」
私の傍に五、六人の令嬢が佇んでいた。外見から察するに私より二、三歳年上のご令嬢のようで、ドレスや宝石はどれも一級品だが着こなしている。彼女たちからは明確な悪意、あるいは敵意が感じられた。残念なことに、私の憩いの場は瞬時に戦場に変わってしまったようだ。
中心人物は見事な縦巻きロールで、真っ赤なドレスを着こなした美女だった。
「あなたがベルナルド様の婚約者で合っているかしら?」
「(んんん! フルーツタルトのイチゴが甘酸っぱくて美味しい!)……はい。そうですけれど」
「どんな方法を使ったのか知らないけれど、今からでもいいから婚約を辞退してもらえるかしら?」
「それはできません(んんんー、ガトーショコラ濃厚で最高だわ!)」
「ちょっと、食べてないでちゃんと聞きなさい」
「そうよ。失礼じゃないの?」
ディフラの世界でもヒロインは他の貴族令嬢から嫌がらせやら因縁を付けられることがあったが、なぜモブである私にそんなフラグが発生しているのだろう。
(でもベルナルド様は公爵家だし、ルックスも性格もいい素敵な方だからモテるのはしかたないわ。こういう時、お義母様が対処方法を教えてくださっておいて良かった)
ここは華やかで煌びやかな舞台だけれど、強かさをもたなければ生きていけない。まして公爵家に嫁ぐのだからそれなりの対応をしなければ、今後も舐められる。
最初が肝心。
真っ直ぐに相手の目を見据え、顎を引いて堂々と声に力を入れる。
「失礼なのは名乗りもせず、脅迫めいたことをする貴女がたではないですか? それに今回の婚約は国王陛下がお認めになったもの。それを貴女がたが意を唱えるのなら、一族の名を出して抗議していただけますでしょうか」
「「「!?」」」
必殺・ザ正論。
声量を抑えつつも、一歩も引かない姿勢に彼女たちは僅かに怯む。恐らく引っ込み思案で、押しが弱く見えたのだろう。その見立ては間違っていないが、今の私は大好きなベルナルド様に孤軍奮闘する覚悟なのだ。
簡単に折れたりもしないし、負けない。
「な、なんて失礼な」
「元々、カトリーヌ様が婚約者だったのよ。それを急に白紙に戻して貴女のような令嬢と婚約して! なんて浅ましいの」
お読みいただきありがとうございました(о´∀`о)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は19時以降に更新予定です。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマ・イイネもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡嬉しいです!