第39話 波乱の社交界デビュー 後編
有無を言わさずベルナルド様はステップを踏み、それに合わせて私の体は従順に動く。特訓の賜物といえるだろう。
「ええっと、ベルナルド様。ダンスで同じ相手と二曲目を踊るのは確かマナー違反ですよね?」
「ああ、この国では婚約相手あるいは夫以外の場合はな」
「あ」
ベルナルド様の口元が僅かに緩んだ。
「そう、俺たちが踊るのには何ら問題ないと言うことだ(危なっ、シャルが可愛すぎて一曲目が終わったことにまったく気付いていなかった……。いやでもこれは僥倖。シャルを独占できるし、これで俺たちが婚約者だとわかるだろう。シャルにちょっかいを出す奴らがいたら――殺す。社会的に!)」
いつになくご機嫌なのは、なにか嬉しいことでもあったのだろうか。あとでこっそり聞いてみよう。
結局三曲目まで踊ったタイミングで国王陛下と王妃様が入場し、アルバート殿下とベアト様が一緒に会場に入った。すでにベアト様のデビューは終わっていて、今日は赤と黒のドレスに身を包んでいる。薔薇の装飾がとても綺麗だ。
(アルバート殿下とベアト様のツーショットはいつ見ても素敵だな。アイリスがアルバート殿下を選ばない場合、ベアト様との婚約破棄イベントは起きないから、二人がくっ付く結末は多いのよね。……どっちも生き残った場合だけど)
周りを見渡すが、聖女アイリス様の姿はない。
ベアト様とお会いしてから二、三回ほど教会に赴いて聖女アイリス様にも会ったのだが、とても気さくですぐに打ち解けた。時々口調が荒くなるのは素が出てしまうとか。
(まあ、元ヤンがヒロインに転生したのだから、時々素が出るのはしょうが無い……のかな)
「一周目で猫を被る術と、ヒロインらしい言動ができるように努力した」って言うのを聞いたときは「ヒロインは大変なんだな」と心から思ったものだ。
私、モブでよかった。
アイリス様は聖女候補から聖女になったため、教会内での雑務が多いらしい。数ヶ月後の魔法学院の入学時には確実に会えるのだけれど、それまでは教会に赴くか、手紙でのやりとりぐらいしかできない。
そう数ヶ月後には、ゲームシナリオと同じ展開が待っている。
(バッドエンドになんかさせない……!)
「シャル、面倒だが挨拶をさっさとしてしまおう」
「……! はい」
それから長い行列に並び、国王陛下に挨拶をしていく。それが終わったら一応今日のミッション終了となる。ベアト様と会話したいのはあるが、王太子の婚約者として次期王妃でもある彼女と挨拶するぐらいしか時間は無いだろう。少し寂しいが立場上、気軽に声をかける訳にはいかないのはもどかしい。
(あ、お義母様がパーティー会場の菓子は絶品って言っていたから、それだけは口にしたいかも。あとでベルナルド様にお願いしてみようかな……)
そんな暢気なことを考えつつ、私とベルナルド様は国王陛下への挨拶の順番が回ってきた。いくら壇上に用意された玉座に座っているとは言え、何十人の挨拶は大変だろう。しかし疲れた顔など見せずに毅然とした態度で私たちを迎えた。
膝折礼をしたのち、挨拶の言葉を述べる。
「王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」
「ああ、そうか。今日はそなたの社交界デビューだったか」
「さようでございます」
「ではこの場で正式にベルナルド・ラッセル・マクヴェイの婚約者と公表できるな。ふむ、結婚はシャーロット嬢が卒業後だったか?」
(……ん? そ、卒業と同時に、け、結婚!?)
固まる私に、ベルナルド様がにこやかに答えた。
「はい。陛下のお力添え感謝しております」
(けっこん……、およめさん……)
「シャーロット嬢、あなたの功績で魔力暴走の被害も減りました。今後もよろしくお願いします」
お義母様から教わった淑女の仮面を被って、にこやかに微笑む。
「はい。ベルナルド様と共に、国のため精進いたします(ああああああああー、結婚って実感がなさ過ぎるけれど、あと数年後には……ベルナルド様のお嫁さん!?)」
正直、結婚の二文字のパワーワードのせいで、まともに言葉を返せたかどうか正直怪しい。婚約したから順調に言えば結婚だが、急に現実を帯びて心臓が煩く騒ぎ立てる。なんとか陛下の前で失態をすることを回避したのは僥倖だったと思う。
(けっこんって……パワーワードだわ……!)
挨拶を終えた私のHPはすでにゼロに近い。でも挨拶の時に放った皇帝陛下の言葉に聞き耳を立てていた貴族たちは、あっという間に私とベルナルド様を取り囲んだ。獲物を狙うハイエナたちか、と思うほど嗅覚が鋭い。
「ベルナルド様、ご婚約おめでとうございます!」
「この方が婚約者の」
「まあまあ」
「ぜひ私の娘と友人に――」
羨望、敵意と、好奇――様々な視線と言葉に対して無難な言葉を返していく。
ここでの情報は貴族にとって大きな商談やチャンスとなる。それゆえ迂闊に約束などは厳禁であり、適当に受け流すなど交渉術が必須。
(……って、公爵夫人に言われたけれど、熱量と圧が半端ない! ベルナルド様の無表情が羨ましい!)
「その話はまた今度(あーーーーーーーー、早くシャルと二人きりになりたい。ヤニ臭い連中どもめ、シャルの傍に寄るな。殺してしまおうか……)」
(スイーツが食べたいけれど、どうすれば……)
「やあ、ベルナルド。シャーロット嬢」
挨拶に混じって聞き慣れた声に振り返ると、ルディー様とハイド公爵が立っていた。二人とも同じ紺色の正装に身を包んでいる。病弱な妹さんの姿はない。
「シャーロット嬢、社交界デビューおめでとう」
「仕事も順調で助かっている」
「父上、こういうときは『おめでとう』が先では?」
「む、そうだな。おめでとう」
「ハイド公爵、ルディー様、ありがとうございます」
以前よりも親子間の会話も増えたようで、今では軽口を叩けるほど関係は良好のようだ。ルディー様はふと私に手を翳した。
「私とも一曲、踊っていただけませんか?」
「!?」
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