第35話 ベアトリーチェの来襲
ベアトリーチェ様はツカツカとヒールの高い靴にも関わらず凄い速度で、屋敷の玄関ホールまでやって来て、ベルナルド様から私を引き離して抱き寄せた。
「ひゃ?」
「──、おい」
ベルナルド様のご尊顔は無表情ではあるものの、その双眸は怒りに変わる。
(ベアトリーチェ様が抱きしめ、え、私をなんで? 初対面なのに!?)
「シャルを離せ」
「そうはさせないわ! 死に戻りをした以上、今度こそ絶対にシャルをアナタから守ってみせる! 冷徹男じゃ、この子を幸せになんてできないでしょうし!」
(死に戻り?)
ベルナルド様も「死に戻り」という言葉で何かを察したのか、眉をつり上げた。
「死に戻り、……お前も一周目の記憶があるのか?」
「アナタも一周目の記憶があるっていうの? じゃあ、シャルも?」
期待の眼差しを向けられるものの、私は頭を振った。
「ええっと、すみません。私には記憶はないです。あのベアトリーチェ様ですよね」
「――ッ!」
ベアトリーチェ様はなぜか酷く傷ついた顔で、今にも泣きそうな顔をしていた。私と彼女はこれが初対面なのだけれど、たぶん彼女はベルナルド様と同じく一周目の記憶があるのだろう。
「シャル……」
ベアトリーチェ様とは元々同郷で仲良くしたいと思っていたのだが、予想以上に一周目の私は彼女と仲がよかったのかもしれない。逆にベルナルド様に対しては、邪険というか目の敵にしている。いや、ベアトリーチェ様がベルナルド様に惚れられていたら、それはそれで嫌だけれど。
「そう。貴女は――覚えていないのね」
「はい」
「だから、またこの男を追いかけて……」
膠着状態をなんとかしたくてベアトリーチェ様に遠慮がちに提案をしてみた。初対面で失礼がないように、できるだけ笑顔で。
「あの、ええっと、とりあえずお茶をしませんか?」
「そうね。できればシャルを連れてここから出たいけれど……そうもいかないようね」
ベアトリーチェ様の背後に、使用人数名と侍女のエリナーとサリーが佇んでいた。
(いつの間に……)
一見客人をもてなそうとしているように見えるが、みなベアトリーチェ様を見る目は鋭く冷たい。それをベアトリーチェ様も感じ取っているのか「はあ」と溜息を漏らす。
「とりあえずシャルが大切にされているのは分かったから、それだけでも単身で乗り込んだ甲斐があったわ」
「私を心配して下さったのですか? その、私は一周目の記憶がなくて……赤の他人のようなものですが」
「それがなによ。私の記憶にある以上、貴女とアイリスは私の大事な親友だったんだから心配するのも当然でしょう」
「ベアトリーチェ様……!」
高圧的な態度が先行してしまうが、その本質は私のことを心配してくれていたのがわかる。一周目の私とは違うと言っても「シャルはシャルよ」とベルナルド様と同じ言葉をかけてくれて、胸がじんわりと温かくなった。
「ふふっ、憧れだったベアトリーチェ様にそう言われるとなんだか嬉しいです」
「もう、その脳天気なところは全く変わってないわね! それと私のことはベアトと呼んでちょうだい」
頼もしい言葉に私は「はい」と頷いた。そこで「ごほん」とベルナルド様がわざとらしい咳払いをした。
「いい加減シャルを離してもらえるか」
「嫌よ。久し振りにシャルに会えたんだから、存分に癒し成分を補充しないと!」
「ぐっ、シャル。こっちに来い」
(ベルナルド様に呼ばれるなんて嬉しい!)
「シャル、行かなくていいわよ。二周目は思いのほかシャルを大事にしているみたいだけれど、それで一周目のことがすべてチャラになると思わないでほしいわ」
(ええっと……)
火花を散らす二人に、私はどうすればいいのか分からず困惑してしまう。本当に一周目で何があったのだろう。ある程度話は聞いているが、ベアトとベルナルド様の間の溝はとてつもなく深い。バチバチと視線だけでもやり合っている感じがヒシヒシと伝わってくる。
「はいはい! お茶をするのだから、さっさと中に入ってちょうだい」
「客人である以上、最高級のおもてなしをするのがマクヴェイ流であろう」
「お義母様、お義父様!」
埒が明かない状態をなんとかしてくれたのは、お義母様とお義父様だった。さくさくっと客間に案内して私たちを着席させる。その手際に私は感動した。
しかしここで問題というか、違和感を覚える。
(ええっと……)
なぜかベルナルド様とベアト様が、私を挟んで座ったのだ。大人が四人座れるソファなのだが、お二人とも私に密着しており離れない。完全にお気に入りのヌイグルミを取り合う構図で、なんか昔読んだ大岡裁きを思い出した。
(一周目の私、どんな人間関係を構築していたのかしら?)
「ははは、人気者だな。……さて、お茶でも飲んで落ち着いたらどうだ」
ちなみに向かいにマクヴェイ公と婦人が座っている。お二人はいつも仲良しで微笑ましい。そして的確な助け船を出してくれる。
(お義父様はまさに大岡越前様です、ありがとうございます!)
「あら、いい香り」
ベアト様は赤紫色の長い髪を巻いており赤ワインのような瞳、白い肌に整った目鼻立ちに公爵令嬢としての佇まいはまさに淑女の鑑といえる。近くで見るとやっぱりとてもお美しいし、紅茶を飲む仕草一つでも見惚れてしまうほどだ。
(わあ……。ゲーム画面で見ていたベアト様よりも神々しい。同じ空間にいるなんて……眼福)
「さて、ベルナルドから話は聞いていたが、まさか一周目の記憶保持者が他にいるとは驚いた」
「恐らくは私が異世界転生者だからでしょう。この世界に転生する際に、いくつか祝福がありましたから」
(そうなの!?)
「聖女アイリスとも連絡を取りましたが彼女も記憶を保持していますわ」
(アイリス様も……!)
「ふむ。それで王家からの打診から日を待たずに、我が家に押しかけた――と」
「ええ」
カップを置きながら、ベアト様は淑女らしい笑顔で肯定する。お義父様やお義母様を前にしても堂々としていて素敵だわ。
「私の知っている世界線では、公爵ご夫妻は亡くなっておりましたから。そこの突慳貪の男あるいは、シャルが何かを変えたのかもしれないと推察して駆けつけたのです。……シャルにどこまでお話になったかわかりませんが、ハッキリ言って一周目のこの男はシャルを追い詰めた張本人でした」
(ベルナルド様の話を聞く限り、私も悪かった部分はあると思っているのだけれど……)
一周目の私はたぶん、我慢し続けていたのだ。
闘病生活で培われた「大丈夫」と言い続けた。誰かを悲しませたくなくて、不安にさせたくなくて、私が「大丈夫」と言えば丸く収まると――知っていたから。
(だから、たぶん、私も悪かったのだ。一周目の私は――助けてくれる人がたくさんいたのに、声を出さなかったんじゃないかな……)
「時が巻き戻ろうと許してもいませんし、信用しておりません」
ベアト様の手厳しい言葉にベルナルド様は反論せず「ああ」と小さく呟き、
「……それは当然だな」
「あら、てっきり開き直るかと思いましたけれど、……そう一応アナタはアナタなりにあの末路に思うところがあったのね」
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