第24話 ベルナルド様の秘密
(ベルナルド……様?)
「逃げたらだめだ。そんなことをしても解決しない。……というかそもそもシャルに対して、誠心誠意向き合ったか? ……結局、時戻りの話も俺とシャルとの関係も話してないで、いい奴ぶろうとして本当に俺ってクソすぎる。……でも嘘つきでも、最低でもシャルの笑顔を見たら……一周目のことを。ああ、でも今日の選択でシャルに茨の道を歩かせるなんて、同席して平静でいられる自信ない……」
(ベルナルド様!? いつもの涼しげな雰囲気はどこへ!?)
沈着冷静で、いつも表情が変わることのないツンドラのベルナルド様はいなかった。自己評価がマイナスで、ウジウジした言葉を呟く十五歳の男の子だった。
これがベルナルドの本心。思えば彼の本心はいつも悲観的で、独白のようなものだった。自分の死に場所についても独りであることが前提だったのを思い出す。
魔力暴走を抑えるため彼は感情を殺し、その感情が溜まらないように自己評価を下げることで感情の暴走を防いでいるのだろう。魔力暴走は大抵怒りや憎しみ、激高という爆発的な感情を指す。マイナスの感情は尾を引くが、どちらかというと慢性的に継続して感情の浮き沈みは抑えられる。そうやって魔力暴走から自分自身を守るために、編み出していったのだろう。
過去の私はこのベルナルド様に、気づけただろうか。
自分の心を押し殺して、無愛想な仮面を付けていないと不安で溺死しそうな彼の心を見つけて、支えてあげていたのだろうか。
私にはわからない。
私も自分一人で抱え込んでしまうところがあったから。
「ベルナルド様」
「――っ、しゃる」
声をかけたらようやく私の存在に気づいたのか、壊れた人形のようにギギギと顔を私に向ける。脂汗がでて目の隈が酷い。
震えて──いや泣いている。
「シャル、これは……」
あたふたとして涙を拭う彼は、ゲーム画面で自分の死に場所を嘆いていた彼そのものだ。
私が彼に惹かれたのも、ツンドラだからじゃない。
それを思い出した。私は彼と同じように座り込んで声をかける。
「ここに居たんですね。私はずっとベルナルド様に会いたかったんです。ずっと寂しそうで消えてしまいそうな貴方を見た時に、『そんなことない、私が居ます』っていつか伝えたかったんです」
「え……」
ポロポロを大粒の涙を流しながらベルナルド様は俯いた。
さらに縮こまっているようにも見える。
「こんな形でバレるなんて……。格好悪い姿を見せて幻滅しただろう……イメージも違うし、ショックで、またシャルを傷つけて……誤魔化して、いいところだけ見せて……これじゃあ、一周目と、何も変わらないのに……」
「ベルナルド様が豆腐メンタルなのは、ファンブックを見てなんとなくわかっていました。それを隠すためにツンドラキャラを演じていたのも」
「トゥフ? ツンドラ?」
「ベルナルド様は本来のシナリオ展開だと両親を失って独りで当主を継いで、裏社会のボスまで取り締まらなきゃならない立場でした。だから心を殺して弱い自分を隠していたのでしょう。でもこの世界ではご両親は健在ですし、私も居ますから無理に溜め込まず、ツンドラキャラを維持しなくてもいいと思います」
「でも次期当主となるなら……今のキャラは必要だろう……。格好悪い俺もでも、この国の為にできることを……したい。俺みたいな……クソゴミが言うのもあれだけど」
ごにょごにょと尻つぼみになっているが芯の強いところも、責任感があるところも、私の憧れて好きになったベルナルド様だ。
「じゃあ、私の前でならどうでしょう。ベルナルド様の愚痴なら私が聞きますし、応援もします! その分、私も《疑似種子》のことで、ベルナルド様のお力を借りできないでしょうか?」
「!」
手を差し出してみた。
こういう時は、もっと違う感じがよかったのかもしれないが、恋愛経験ゼロの私としてこれが精一杯だった。恐る恐るベルナルド様は私の手を掴んでくれ――たのだが、そのまま引っ張られて抱き寄せられてしまう。男の人の力ってすごいんだ、なんて暢気に思ってしまった。
(ひゃああああああああああああああああああああああ。抱きしめ、ええあああああああ!)
「シャルっ……」
「!」
抱きしめられた温もりが徐々に熱を帯びて、なんだか私もベルナルド様につられて涙が溢れた。
思えば私も闘病生活でずっと我慢していたことを思い出し、気づけばお互いに小さな子供のように泣きじゃくった。
***
「よし、スッキリした。……いくぞ、シャル」
「!???」
ひとしきり泣いた後でベルナルド様の顔はスッキリとしており、汗も吹き飛び目も腫れておらず肌つやもよい爽やかイケメンでいつもの無愛想な顔に戻った。
先ほどのボロ泣きしていた彼は何処へ、というか同一人物ですか。
「え。なんですか、その特殊技術……」
「ふっ、伊達に何年も素を隠していただけはあるだろう」
「目も腫れてないし、表情筋が全く動いてない」
ベルナルド様は私の泣きはらした顔を見て、目を細めた。
「俺は感情のオンオフの切り替えができるように幼い頃から仕込まれた。だから泣きたくても苦しくても、この顔の時は変わらない。……でもなんにも感じてないわけじゃない。無愛想な顔は早々変えられないけれど、シャルが代わりに笑って、泣いて、怒ってくれないか。俺の隣で。これからも、この先もずっと」
「あ、あの。私でいいんですか? 出会ってそんなに経ってないのに、過去の、私じゃない私と私は違うことをするかもしれないし、全く同じじゃないですよ?」
時戻りをしたとしても、ベルナルド様が出会った私と今の私は同じなのか正直わからない。同一人物ではあるだろうけれど、人はいろんなキッカケで変わっていく。良くも悪くも環境や状況や考えによって違う人間になる。
過去の私がどんな私だったか不明だし、同じことができるとは断言できない。
でもベルナルド様は私の不安を一蹴するように笑った。
「……ああ。そうだな。俺も前に出会ったシャルとは違う。あの時よりも沢山の後悔と失敗をしてここに居る。だけどシャルは、そのままでいいんだ。お前の根本は変わってないから」
「そ、そうなのでしょう……か」
「これからシャルのことを教えてほしい。何が嫌いで、何が好きで――これからどうしたいのか、俺がどう手伝えるのか。一緒に歩んでくれるんだろう?」
「もちろんです」
即答すると彼は満足そうに、口元が少しだけ綻んだ。
その姿に目眩を起こしそうになる。尊い。
それから部屋を出て廊下を歩く中、どちらからともなく手を繋いだ。私の歩幅に合わせてベルナルド様は歩く。たったそれだけのことがとても嬉しくて、愛おしくて、胸にぐっときた。
食卓のある部屋に戻ると、マクヴェイ公と夫人は嬉しそうに出迎えてくれた。
私たちの心境というか、雰囲気の変化に気付いているようだった。
「それで、シャーロット。君はどうしたい?」
マクヴェイ公の問いに私はベルナルド様に視線を向け、彼は小さく頷いた。怖いことがあるかもしれないけれど、ベルナルド様がいるなら何も怖いことなんてない。
「私は《疑似種子》を受け入れて、ベルナルド様と一緒にここで生きたいと思います」
「息子と、か。なるほど、なるほど」
「……父様、俺は」
「みなまで言うな。そこまでの覚悟があるのなら、我がマクヴェイ公爵家が全力で君を支援しよう」
「! ありがとうございます」
マクヴェイ公は私の言葉に満足そうに「合格だ」と笑い飛ばした。
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次回は19時以降に更新予定です。
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