第23話 自分にできることを
「シャル?」
「あ、ごめんなさい。闘病生活が長かったから、いろんなことが新鮮で……」
「ハハハッ、そうか。ならばこれからは、この世界でいろんなことが、できるようになる。自由に。だから自分の未来のことも、もっと真剣に考えた上で、答えを決めてほしい」
「そうよ。貴女ぐらいの年頃なら、色々やりたかったことがあるでしょう」
親身になってくれる夫婦に、胸が温かい気持ちになる。でもこの乙女ゲームのディフラでは、そういったいい人達から真っ先に死んでいく。
そんなことはさせない。
こうなったら今後の起こりうる最悪のシナリオ展開を話して、協力して貰えるよう交渉に持っていく。とはいえ、まだこの世界の状況などが分かっていないので、時間を貰えるのならしっかりと準備をして説得に挑むべきだろう。
「お気遣いありがとうございます。ゆっくり考えて決めようと思います」
そう私は元気よく答え、こうしてマクヴェイ公爵家での生活が始まった。
専属侍女が付くまでの間、ベルナルド様が私に付き添うという。それは、なんというご褒美ですか。ご子息にそんなことして貰っていいのだろうか。そうマクヴェイ夫妻に視線を送ると、ニマニマと口元を緩めて「デートね」「デートだな」となぜか楽しそうにしている。
「父様、母様。……シャル、二人は放っておいて、行こう」
「え、あ、はい?」
ベルナルド様が手を差し出すので、「素晴らしいご褒美だわ!」とばかりに手を繋いだ。ベルナルド様は「まずは屋敷の中の案内だ」と言いだし、ずんずんと歩き出す。
(あー、幸せすぎる。一周目の私もこんな感じで、幸せだったのかな?)
「……困ったことや、したいことがあったら俺に言え」
「え」
ちょうど中庭が見える廊下で、ベルナルド様は立ち止まる。ぶっきらぼうだが、気にかけてくれることが嬉しくて「本がたくさんある場所はありますか?」と聞いてみた。
ディフラでは、屋敷によって様々な専門書などの書物がある。
よく攻略キャラの屋敷に出入りした時に、ヒントを書庫から得ていたので、ゲーム知識を元に聞いてみた。私に頼み事をされるのが嬉しかったのか、ベルナルド様は口元を綻ばせた。
(尊いッッッッツ!)
心の中で叫びながら、ベルナルド様の表情の機微に一喜一憂する。
ベルナルド様はそっぽを向いて「こっちだ」と屋敷の書庫に案内してくれた。広々とした部屋は本棚が並べられて、学校の図書館を思い出した。
本を最高の状態に保つため少し室内の気温が少し肌寒いが、それよりも本の質と量に、テンションが上がった。特にディフラでの資料なら、どんなものでも読んでおきたい。
「わぁ……すごい」
「好きに使って構わない。もし高いところの本を取るなら、声をかけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
有り難いことに、私にはこの世界の文字は日本語に見えている。これは本当に有り難い。今から言語を一から覚えるのは大変だったし、そこまで時間に余裕もないだろう。
沢山の本棚を見て回りながら私は歴史と地理関係、それと花女神の伝承などを探した。私の知っている知識は、乙女ゲームディフラによるものだが、この世界が完全に同じゲームとは限らないし、ゲーム設定にない情報も出てくるかもしれないのだ。
(現にゲームの中で、私のようなイレギュラーの存在はないし……)
ぐるぐると色々探し回った結果、欲しい本の殆どが本棚の一番上という試練が待っていた。
ゴゴゴゴゴッ、と私の前に立ちはだかる高さに思わず睨みつつ、周りを見回すと脚立があり、登ってみたのだが高さがほんの少し足りない。
ベルナルド様を呼ぶべきか逡巡したが、彼は彼で本を読んでいるのが見えた。集中して本を読んでいるのに声をかけるのが申し訳なく、もう少し自分で頑張ってみることにした。つま先立ちをすれば、届くだろう。
(んんっ……、あと少し! 頑張れ私!)
隙間なく詰め込まれた本を引っ張った結果、その両隣の本も一緒に私の頭上に降り落ちてくる。
(しまっ──)
それは結構な厚さの書物で、痛みに目を瞑った。しかし痛みはいつまで経ってもやってこないので、恐る恐る瞼を開く。
「何やっているんだ」
「あ」
目を開けるとすぐ傍で本が浮遊しており、接触まで本当に数センチの差だった。
浮遊していた本は、ベルナルド様が回収し私に差し出した。彼は少しふてくされた顔で、私を睨む。
「危ないから俺に頼るように言っただろう」
「ご、ごめんなさい」
「……それとも俺には頼りたくないのか?」
「ち、違います。本を読んでいたので声をかけるのは、その申し訳ないかなって……」
ベルナルド様は私の頬に恭しく手を添えた。その指先は少し震えている。
「俺はお前に頼られたい。……だから申し訳ないとか思うな、独りで何でもやろうとしないで声をかけろ」
「は、はい。すみま……ありがとうございます」
反射的に謝りそうになったので、感謝の言葉に切り替える。するとベルナルド様は大きく目を見開いて、なぜか泣きそうな顔を浮かべていた。
それを見て『一周目の私とベルナルド様は、どういう関係だったのだろう?』と胸にモヤモヤした気持ちが芽生えたのだが、口にする勇気はなかった。
***
マクヴェイ公爵家での生活が始まり、基本的に食事は朝昼晩共にベルナルド様と一緒で、お茶の時間も顔を見せる。
ゲームの本編が始まるのは来年の春で、ヒロインのアイリスと悪役令嬢のベアトリーチェ、攻略キャラの何人かが入学してくる。時間としてはまだ余裕はあるものの、悠長なことはいっていられない。
今後のシナリオ展開を時系列に書き出し、この国の歴史的背景や地形も頭に叩き込んだ。今日はその成果をマクヴェイ公に見て貰う──つまり決戦の日だ。
しかし食卓に向かうと、いつも座っているはずのベルナルド様がいない。よく考えれば、彼は魔法学院の在学中だ。いつまでも学院を休んでは居られないだろう。
そう思ったのだが、マクヴェイ公は食前の紅茶を口にしたのち、溜息を漏らした。
「ふう、まったく。大事な日にはいつもこうだ」
(ん?)
「本当に手のかかる子なんだから。……シャーロット、申し訳ないのだけれどベルナルドを呼んできてくれないかしら?」
「え。私が……ですか?」
「ええ、お願い」
美人で優しい婦人にお願いされては「ノー」とは言えない。私は役に立てると暢気にベルナルド様の部屋を訊ねた。
(自室には絶対近寄るなって言ったけれど、ベルナルド様のご両親からのお願いだからしょうがないですよね)
大義名分を掲げて、推しの部屋に足を踏み入れる喜びと興奮に浮かれていた。しかし何度かノックをしても返事がない。
「(部屋の中で倒れているかもしれません!)ベルナルド様、入りますよ!」
ドアノブを回して、部屋に足を踏み入れる。
黒の分厚いカーテンは、陽射しを拒絶して薄暗い。簡素というか、生活感があまり感じられない整いすぎた部屋。寝室のベッドを見るがベルナルド様の姿は見えない。
ふと部屋の角に黒い何かを発見し近づくと、黒いコートにフードをすっぽりと被って体育座りをして縮こまっているベルナルド様がいた。
一瞬見間違いかと思った間違いない。私の存在に気付いていないらしく、カタカタと震えていた。
(え?)
お読みいただきありがとうございました(*´꒳`*)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は明日の8時以降に更新予定です。
明日はついにベルナルド様の本性が……??
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