第21話 幸福になる方法
『今度はちゃんと、お前の思いに応えてみせる。だから──、どうか、待っていてくれ』
愛しい声。
とても懐かしくてそれ以上に、いろんな思いがぐちゃぐちゃになって消える。深く沈んでいた意識が浮上して、「ああ、これは夢だった」と結論づけた。
重たい瞼を開けることができず、何度か寝返りを打つ。
(あー、もうちょっと寝たいですが、鈴木さんが起こしにくるので起きなければ……。あの人声が大きいから苦手なのだけれど……)
「シャーロット」
(ん?)
「眠いのはわかるが、そろそろ起きてくれないか」
(なんていい声なのだろう。私キャラボイスの目覚ましなんて、セットした記憶は無い……はず?)
薄らと瞼を開いた瞬間、青色の髪に整った顔立ちの青年が顔を覗き込んできた。しかもこのイケメンぶりは見覚えがある。もっとも画面越しだが。
たしか乙女ゲームの……。
「シャル」
「べ、ベ、ベルナルド様?」
「ああ、そうだ。シャル、おはよう」
「シャル!?」
思わず飛び起きてしまった。夢の中?
カーテンが開かれた部屋は広々として、何処かのスイートルームかと思うほど、調度品などが豪華だ。
ここはどこ。病院じゃない?
私は誰状態に陥る。
「もしかして、昨日のことを覚えていないのか?」
(あのベルナルド様が、め、目の前に!?)
これは都合のいい夢だろうか。
頬を思い切り引っ張ったがただ痛いだけだった。ヒリヒリと痛む頬に、生のベルナルド様は手を当てる。
(手が触れ……!)
「爪を立てると、顔に痕が残るかもしれないだろう」
「触れ、本物?」
「ん? ああ」
(きゃああああああああああああああ!)
微苦笑する彼の姿に、私の心臓は一瞬で貫かれた。これは不意打ちすぎる。なんというご褒美だろうか、なんて思っていたのに彼は私の手を両手で優しく包み込む。
(え? ええええええええええええ!?)
「少しだけ……お前が生きていると実感させてほしい」
(幸せすぎるけど話が見えない……。あ、これは夢ですね、うん。余命僅かな私に神様がくれた、ご褒美)
数分後。
夢にしては長いし、妙にリアルだわ。現実逃避を仕掛けたが、寝ぼけた思考回路が徐々に稼働していく。
ベルナルド様が言っていた『昨日』という単語で、ぼんやりと記憶が蘇る。
***
昨日。
私は病院に入院していたのに見たことのない場所におり、患者衣の恰好のまま、光り輝く円状の魔法陣の上に座り込んでいた。心なしか衣服がぶかぶかで、自分自身が縮んだような錯覚を覚える。
白亜の光が幻想的に消えていくのを見て「夢?」と思ったほどだ。
私を取り巻く大人たちの服装が《DEMISE OF FLOWERS》、通称ディフラの世界、ルフス聖王国専用軍服なことに気づく。
コスプレにしても出来栄えが完璧すぎるし、着こなしているのは、前国王陛下の配下であり有能な魔法使いであるルディーのお父様ハイド卿、そしてベルナルド様と同じ蒼黒の髪の巨漢が、私を凝視していた。あと数名は薄暗いのと、距離があるので、顔までは確認できなかった。
(……ええっと、どういう状況?)
「異世界の娘よ、どうか我が国を救ってほしい」
(異世界……ってことは召喚されたってこと?)
白髪の前国王が頭を下げ、その行動に臣下たちが酷く動揺しているのがヒシヒシと伝わってきた。しかも鋭い視線が私に集まる。いきなり「救ってほしい」と言われても、私にはなにもない。
むしろ二十歳まで生きられるか分からない、病気の娘に何を望むのだろうか。生贄ぐらいしか役に立たないのだけれど、このディフラにそんな儀式はなかったはずだ。
いや夢だったらなんでもありだわ。そもそも文化圏が違うのに日本語が通じるのだから、都合のいい夢だと思ったほうがいいのかもしれない。
とりあえずこの世界がゲームの世界と同じ名前なのか、確認してみよう。
「ええっと……ここは、ルフス聖王国で合っていますか?」
「いかにも」
即答!
しかも至極真面目な返答が返ってきた。ドッキリにしては悪質すぎるし、夢にしてはいよいよ現実味がないのだけれど、体の感覚として夢にしてはリアル過ぎる。
まあ、今回の夢がゲーム設定通りだとして、困っているとしたら──。
少し思案しつつ、質問を続ける。
「では困っているというのは感情の激高で魔力暴走の末、死の満開が起こる呪いにかかっている関係のことだったりしますか?」
「その通りだ」
(その通りなのですね……。うーん。夢にしては設定が凝っている)
しかし私の発言に対して、周囲がどよめいた。なにか変なこと言っただろうか。
「王家と一部しか知らない伝承を知っているとなると……やはり神々が使わした巫女?」
(いや違います。単にゲームのファンなだけです──とはさすがに言えない。あと『これ夢ですよね』?って気軽に聞ける雰囲気でもないし、どうしよう)
困っていると、前国王が質問してきた。
「この国の事情を知っているのなら、我らには生まれた時より《魔法の種子》があることは、存じているかな?」
「は、はい。私の知っているゲームの設定通りなら、《魔法の種子》によって魔法が使えるようになっているので、この世界で魔法が使えない人はいないはずです」
「さよう。そなたを除いてはな」
「あ。……私は異世界転移だから《魔法の種子》がない。《魔法の種子》を持たない者を召喚することが今回の目的だった……」
前国王は頷き、重厚な箱に収まった一粒の宝石を私に見せた。ガーネットのような煌めきを放っており、反射する光は美しい。宝石を持っていたのは、ルディー様のお父様──ハイド卿だ。片眼鏡に、長い髪を無造作に結っている姿は、親子揃って似てイケメンである。眼福。
「これは我が国で開発した、魔法を吸収する《疑似種子》です。これを体内に取り込むことで魔力吸収という特殊な魔法を使って、我々の体内に蓄積されている《赤い果実》の欠片を取り出すことができるのです」
前国王に代わってハイド卿が説明をする。淡々と話しているが、内容は分かりやすい。
「今、『取り出す』と言いましたが、私の体内に《赤い果実》が蓄積するのではなく?」
「はい。異世界転移者の場合、花女神の呪いとは無関係となるそれゆえ体内に取り込まず、吸収した欠片が宝石のように手の中に(理論上は)残ります。それにこの魔法は、君の延命にも(おそらく)繋がるでしょう」
「(心なしか不穏当なワードを敢えて伏せているような……)延命……ですか。つまり二十歳を超えても生きられる可能性が高いというのですね?」
「そうです。可能性は82、いえ89.524パーセントでしょうか」
(細かい。……きっちりしている方なのでしょうね。きっと)
なんでも私の体は魔力がない以前に、生きる為に必要な精気が失いかけているという。しかし《疑似種子》を取り込むことで、周囲に漂う魔力を精気に変換し、結果延命に繋がるという。
「──とまあ、簡単に言ってしまえば《疑似種子》の恩恵によって、肉体を持続する。それと今はそなたと話すために治癒魔法をかけているので、健常者と変わらずに生活がしばらくはできるだろう」
「そう……ですか」
最後に話をまとめたのは、ベルナルド様と同じ蒼黒の髪の巨漢だった。渋い良い声だ。説明が終わり、私は三日の間に結論を出すように言われた。今後の生き方が変わること、見知らぬ世界に来たことを考慮しての判断だったのだろう。
ハイド卿は「すぐにでも結論を出させるべきだ」と豪語していたが、それをベルナルド様のご親戚(?)が「まあ、そう急かすことでもないだろう」と張り詰めた場の空気を和らげる。
ふと部屋の隅に控えていた青年が、私に駆け寄る。
近づくにつれ、その人物に「え」と声が漏れた。
蒼黒い髪、黒檀の瞳に整った顔立ちは美しく、氷のような表情をした青年。画面越しに何度も見てきた私の推し、ベルナルド様だ。
(え、え、え!? 推し! 夢、最高すぎなのですけれど!?)
氷の貴公子と呼ばれるほど表情がない彼が、なぜか焦っているような顔をしている。自分の着ていたコートを私にかけて「大丈夫か」と声をかけてくれたのだ。
なんて優しい。紳士の鑑とも呼べる対応に見惚れてしまう。でもベルナルド様ってこんなキャラだっただろうか。ツンドラはどこに?
「あ、えっと……(推しと会話が実現するなんて……至福!)」
「本当に平気か?」
「は、はい」
あー、声も素敵だし、キラキラエフェクトも掛かっていてこのスチルは、どうすれば保存できるのだろう。是非とも携帯の待ち受け画面にしたいわ。
「マクヴェイ公、その娘は我が家で管理する」
(マクヴェイ公……?)
「管理? ふざけるな。この子は我が家の遠縁に養子にして、ベルナルドと婚姻を結ぶ――予定の我が娘だ。貴様なんぞの実験台にされてたまるか」
(ん。んんんんんんん!? マクヴェイ公って……、ベルナルド様の名字。も、もしかしてベルナルド様のお父様!?)
***
(──って感じで言い合いになっていたけれど、最終的にマクヴェイ公爵の屋敷に付いていくことにしたんだっけ?)
今思い返しても、不穏なパワーワードが飛び交っていたと他人事のように考えていた。もともと夢だと思っていたので、深く考えていなかったのもある。
でも目が覚めても、夢は覚めずに続いていた。夢の続きというにはあまりにもリアルで、未だにベルナルド様の温もりが感じられる。
(うーん)
「……信じてもらえるかわからないが、この世界は二周目でシャルと、俺は会っている。今は時を戻して──」
(ふぁい!?)
絞り出すような声は終始震えていて、無愛そうで表情が凍っていたゲームのベルナルド様と違う。目を合わせると瞳は大きく揺らいでいた。
その瞳からは後悔と不安と形容しがたい熱量があった。
(二周目? この世界で生きていた? 時を戻してやり直しをしているってこと? え、ちょ、情報量が多すぎる)
「その時に──今度はお前を一人にしないと決めた。絶対にお前を守ってみせる」
(ちょ。ちょっとまったぁあああああああああああああ! 過去の私、ベルナルド様に何をしたの!?)
お読みいただきありがとうございました(*´꒳`*)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は明日の8時以降に更新予定です。
シャルとベルナルドの関係構築をお楽しみ下さいませ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )!
ここからは甘々の展開しかないです(たぶん)
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