第20話 元悪役令嬢ベアトリーチェの視点3
シャルはこの世界において、《赤い果実》と《魔法の種子》の二つを持ち合わせていない、ただ独りの存在だ。それ故、死の満開がどのような経緯で開花するか不明でもある。
万が一、シャルの持つ魔力吸収の力が暴走し、周囲から魔力全てを奪う現象が発生した場合、災害レベルと見なされ殺害するしかなくなってしまう。
それこそエウレカの語ったシナリオ展開とは異なるが、シャルがラスボスめいた立ち位置に仕立て上げられてしまう可能性は、一気に高まった。
(もし第三者が意図的に、シャルを追い詰めるよう動いていたとしたら? 魔力暴走を阻止する力を持つシャルを嫉んだ反抗? ううん、シャルがいなければ、ディフラのゲームと同じように死の満開による被害は数百を超える……)
「シャーロット様の奪還、ですか」
「「!?」」
唐突に第三の声が発せられ、私とアイリスはすぐさま臨戦態勢に入った。魔法学院でいろんな事件に関わっていたからこそ戦闘経験もそれなりにある。
身構えたものの、現れた白衣姿の男に私たちは警戒を解いた。
「ルディー様」
赤紫色の長いぼさぼさの髪に勿忘草の瞳。研究明けなのか黒のタートルネックに、黒のズボン、ヨレヨレの白衣を羽織った研究者が客間に入ってきた。いや正確には部屋に瞬間移動した――と言うのが正しいか。
恐らく術式か転送魔導具を使ったのだろう。「殿方をお呼びした記憶はないですが」とシャーロットは口調を切り替え、ルディーに尋ねた。さすがだわ。
「数日前にマクヴェイ公爵家から魔術師協会に正式な依頼がありましてね」
(シャルのことを調べるために、協会を頼るのは当然だけれど……」
「ただ私は研究もあり、王都を離れることができません。そのことを国王陛下に相談したところ、貴女がたのお茶会を教えて貰った次第です。私が診察するためにも、彼女を王都に連れてきてはいただけないでしょうか?」
「そうアルバート様が……」
「それと今回は転送魔導具を提供しに来たのです。これがあれば王都までの日数の短縮できますので、どうぞお使い下さい」
攻略キャラの一人でもっともヤンデレ率が低く、お人好し&相談役かつ天才魔術師だ。魔法以外にも術式を多様化させ、魔導具の研究にも熱心で、ヒロインの相談役などアドバイザー的な立ち位置でもある。攻略キャラやルート選択によって、ヤンデレ化する確率は最も低い。
ゲーム同様、早い段階で、仲間や情報提供やアドバイスをしてくれる。頼もしい味方だ。
「ありがとうございます」
「ルディー様、助かります」
「いえいえ。私も久し振りにシャーロット様に会いたいですし、心身共に疲弊しているようであれば、我が研究所に入院して静養するという手もありますよ」
「ああ、確か王都の外れに屋敷を構えていましたっけ?」
「はい。アイリス様の旦那様も何度か訪れておりますよ」
「そうでしたか」
ルディーはこの世界でシャルを一番気にかけている存在でもあり、結婚した後も彼女のことを密かに思っている。不貞行為を行おうなどという考えはなく、彼女の幸せを考えているのだろう。お人好しであり、貧乏くじを率先して引いている気すらあった。
ルディー様がシャルを大事にしてくれるのなら、あの冷血漢と離縁させて全力で応援するのだが。
(やっぱりベルナルドに、シャルを託したのは間違いだったわ!)
夫婦は信頼関係が大事だ。アルバート様はいつもニコニコして基本的に優しいが、腹黒い。
真っ黒で悪い顔もするし、二人きりの時は子供みたいな時もある。私もアルバート様も王族として、感情の切り替えオンオフが激しい。そういう素を見せ合えるだけでも精神に楽なのだが、ベルナルドは妻であるシャルに、裏の顔を見せないようにしている――いや完全に隠している。
大切だから隠し通そうとしているのか、それとも単に嫌われるのが怖くて臆病だからなのかしらないがそれは悪手で「直せ」と、何度もアルバート様が冷血漢に助言しているのを聞いていた。
結局、隠し続け、騙し続けた結果が《夫源病》というのだから笑えない。
***
辺境地のマクヴェイ公爵家に訪れて真っ先に目を疑ったのは、屋敷――いや要塞と思われる建造物を目の前にしたことだ。優美の欠片もない難攻不落完全武装状態の屋敷。
恐らく《王家の番犬》として、いろんなところから恨みを買っていることを警戒しての警備なのだろう。
(王都から辺境地を選んだのは、シャルを守るため? ハッ、だとしたらそれよりも、まずは夫婦との絆を深めるべきだったわね。こんな場所に軟禁して、守っているつもりなのかしら)
「殴り込みたくなる建物ね」
「アイリス」
談笑しつつ、ベルナルドとの関係性などを聞き出す。案の定、浮気だと勘違いしているシャルは、その日のことがトラウマになっているようだった。
数日あったのに、本当にあの男は何をやっているのよ!
「私、ここに来るまでに考えたんだけどシャルが氷の公爵のことを好きだからこそ、なんらかの裏切りや酷いことされて感情が大きく揺らいだんじゃない?」
「え」
そう問いかけた瞬間、彼女は固まり一気に顔色が悪くなった。身を固くして強張ったシャルは、限界が近かったのだろう。
ボロボロと泣き出した。それを見た瞬間、一にも二にもシャルを王都に連れ戻そうと決意する。このままシャルがここに居たら、心が先に壊れてしまう。
「ここはシャーロットの仕事が多くて気が休まらないだろうし、本当に静養させたいのならこの地を離れたほうがいい。離婚じゃなく手別居よ、別居。少しお互いに離れてみて気持ちの整理をつけるの」
このまま屋敷に置いていくなんてできない。色々な理由を付けて半ば強引にシャルを屋敷から出して王都に連れ帰った。その時はそれが最善だったと思っていたし、状況は少なくとも好転するとそう私もアイリスも思っていた。
だからできるだけ早くルディーに診察を頼んだ。
それが――あんな結末になるなんて、その時の私は知らなかった。
***
暗転。
もう何度目になるかわからない自分の死。ゲームならバッドエンドのテロップが流れるだろう。ただこの世界には、そんなものはない。
あるのはチェス盤に似た床に、一人がけのソファが三つ。
この世界で死ぬと、この場所に数分ほど滞在する。何度か体験して分かったことは、この世界もゲーム同様ヒロインが死亡すると、自動的に時間がまき戻るようになっていることだ。
「あー、ドジッたわ」
そう言って飄々とした顔でアイリスがチェス盤に姿を現した。
夕食を賭けて負けた程度のノリに、溜息が漏れる。
「アイリス。もう少し深刻に受け取ったらどうなの?」
「わかってる。……まさかルディールートのヤンデレ化バッドエンドになるなんて、予想外だったわ。というか迂闊だった。で、……シャーロットは?」
「ここには来ていないわ」
悪役令嬢とヒロインがあっさり死亡して、シャルに辛い役割を押しつけてしまった。私もアイリスも、この世界の袋小路を崩すシャルというイレギュラーの存在に、依存しすぎたのろう。その結果がこれだ。
自分たちの幸せにかまけて、シャルが無理をしていたのを知っていたのに、「シャルだから大丈夫」とどこか楽観視していたのだから笑えてしまう。
ようやくえた幸福に浸って、シャルのSOSに気づかず、追い詰めたのは私たちも同じだ。それでなにが親友だというのか。
ふと三人目の人影が生じた。
シャルではなく、それはベルナルドだった。しかし彼は私やアイリスの姿に気付いていないのか、そのまま私たちの間を突っ切って消えてしまった。
「あれは……時戻しの魔法」
「え」
アイリスは、ベルナルドが消えた先へと視線を向けた。金色の残滓が蝶の形となって、この空間を覆っていく。
「なに、その魔法は?」
「マクヴェイ公爵家当主が持つ、一度だけ時を戻すことができる魔法。私たちの祝福とは異なるけれど、これでこの世界におけるバッドエンドは保留となり、時間だけがまき戻る」
「それって……」
「シャーロットを救う唯一無二のチャンスが、もう一度だけ与えられる」
「!」
私とアイリスは祝福によってハッピーエンドを迎えない限り、何度もこの時間軸を繰り返す。しかし今回ばかりは偶然か、運命の巡り合わせか、シャルという不純物が現れたのだ。
そのチャンスが、もう一度だけ訪れる。
これが本当に、最初で最後のチャンスかもしれない。私たちは何度も繰り返すがシャルは分からないのだ。
「今回は、どの時間軸まで戻るかわからない」
「そうね。でも、やるべきことはシャルの安全確保」
「うん」
アイリスは深く頷いた。金色の光はこの空間を呑み込み、私たちは光の奔流に身を委ねる。
(シャル。……待っていて、今度は絶対に独りで戦わせないから!)
AND THE END BEGINS。
To Be Continued……。
お読みいただきありがとうございました(*´꒳`*)
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次回は19時以降に更新予定です。
次回から第2幕が始まります(◍´ꇴ`◍)
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