第19話 元悪役令嬢ベアトリーチェの視点2
「はーーーー、ダーリン。今から即行で、辺境地に行ってもいいかしら?」
「マイハニー、落ち着いて。ヒーヒーフー、ほら深呼吸! それとも飲み物を用意しようか?」
「いやヒーヒーフーは違うでしょう」とツッコミを入れたかったが、私の気性の荒さを知っている幼なじみ兼夫は、気持ちを落ち着かせようと、背中をさすってくれた。二人きりの時は国王という顔から私のよく知る夫の顔になる。
もっともなだめ方が猛獣を落ち着かせるような「どうどう」と言う言い回しは、なんかイラついたが、夫の気遣いに少し気持ちが落ち着いた。
「異世界転生者でも転移者でも無いわね。そもそもディフラのことも理解していなかったようだし、誰かに入れ知恵されてルディーに接近したのでしょう」
「虚偽か。しかし、なぜわかったのかな? 僕にはあまりピンとこなかったけれど」
「まず一つに名字ですわ。私のいた日本において名字がないのは、法的に天皇家ぐらいです。貧しかろうと住民票に届け出を出している以上ありえないわ。日本以外の国では、モンゴル、インドネシア、ミャンマー、アイスランドなどは名字はないけれど、このゲームは日本限定配信……。他にもいろいろ理由はあるけれど、異世界転生者というのは真っ赤な嘘ね。次に危険視しなければならないのはローマン教頭の事件、あれを知っているのは身内でもそう多くないはず。本家のノア家が悪巧みを考える気配があるかもしれない。でも一番の問題は辺境地に引っ込んだ、あのベルナルドね。あそこにシャルがいるのよ、面倒ごとに巻き込まれる予感しかないじゃない! やっぱり私直々にシャルを保護しなきゃ!」
「お、落ち着いて。貴重な情報なのだから裏を取る必要もあるのに、君が真っ先に行く必要はないだろう。友人のことが気になるのはわかるが、君は僕の妻で、王妃だ。軽率な――」
「友人?」
ことの重大さを理解していないだけではなく、シャルを軽んじている態度にスッと冷めた目で夫を見返す。私の雰囲気が変わったことで、自分が地雷を踏んだと気付いたのだろう。みるみるうちに顔が真っ青になっていった。
そんな彼に、私は艶然とした笑みを浮かべる。
「国王陛下、私妊娠しているようなのです」
「え、は!?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔をしているアルバート様に、私は少しだけ溜飲が下がった。
「ですから、これを逃したらしばらくは王都から出られません。……言っていること、わかりますよね?」
「え、あ、僕とマイハニーの……おおおおおおおおおおおおおおぉおおおおっっっつ! ひゃふぅぅうううううううううううう!」
アルバート様は、子供のようにはしゃぎ喜びを全身で表しているようだった。コロコロと表情を変える彼の姿が、やっぱり好きだ。少し離れたところで警護をしている衛兵たちが困惑している姿が見える。「あ、ご乱心とかじゃないので、大丈夫よ」と目配せで伝えた。
「ダーリン、聞いていました?」
「あ、ああ! だがそれなら母子ともに安静に」
「友人ではなく親友の一大事に、静観していろと?」
静かに微笑むと、アルバート様は「ひゅっ」と声を上げて両肩を落とした。私がどれだけ本気か伝わったのだろう。私が一度口にしたことを曲げない面倒くさい女だということを、夫は十二分に理解している。
「…………だよな。辺境地に行くのなら、スケジュールの見直しも考えなければな。取り急ぎアイリスとの相談も必要だろう」
「ダーリン、ありがとう」
「いいさ。僕もシャーロットには、お世話になったからね。君の親友でもある彼女の危機というのなら、駆けつけない方が不義理だ」
そう言い切ってくれるアルバート様が、ますます好きになった。しかし彼としても、あの冷血漢とは私ほどではないが付き合いは長いはずだ。十歳からの腐れ縁に当たし、学生時代夫とベルナルド、ルディーの三人は、ゲーム内でもよく一緒に居るのを見かけていた。
「……ベルナルドの擁護はしないのね」
「友人として擁護はしたいけれど、今それを君に話しても火に油だろう?」
「よく分かっていらっしゃる」
アイリスは王都にいるので、数日内に会うことができた。教会の客間にて、私たちはシャルに会うためスケジュール調整とホテルの手配、そしてシリーズ2に関しての見解、それまでに集めた情報などの開示を行った。
お茶会のテーブルの上にはアフタヌーンティーの菓子、紅茶、そして様々な報告書や資料などが所狭しと並ぶ。
「どちらを調べても、シロっぽいわね。ローマン教頭は学院の事業に忙しいみたいだし、あの冷血漢は裏の仕事やら諜報活動の一環として、隣国の大使として任務をこなしている」
「ただ問題はシャーロットが一週間前に倒れたってことだな。ねえ、ベアト、これってタイミングがよすぎると思わない?」
「ええ、そうなのよね」
アイリスはいつもの聖女らしい口調ではなく、元の世界での素が出ている。素が出るのは感情的になっていることが多い。彼女は気付いてないらしいけれど。
「──にしても、ここまで詳細な資料を、この短期間に集めたな」
「私が毎回サロンやお茶会の招待状を送っていたのだけれど、あの子、領地運営で苦労しているでしょう。だから去年から情報屋に頼んで、定期的にシャルの環境を調べて貰っていたのよ。まあ、私も公務で報告書を流し読みしていたのは、悪かったのだけど……」
私のアイリスも王都で色々あった。だから、辺境地でのことに気を掛けることはあっても、どうにかしようと動く余裕はなかったのだ。
「この三年公爵は領地経営こそしてないが、《王家の番犬》としての仕事は、きっちりしている。隣国の大使としても、怪しいところはない。……にしてもマクヴェイ公を失脚させるための虚言か。あるいはそう仕向けるために、喧伝しているのか」
私もアイリスもベルナルドが《王家の番犬》というのは知っている。そして一部の貴族派閥にかなり恨まれていることも。
「耳ざとい貴族なら、この機に乗じてマクヴェイ公爵家を貶めるため、様々なことを画策するでしょうね。公爵家は、現在三家のみ。貴族派閥のノア家、王族派閥マクヴェイ公、中立のハイド家……この三竦みも、ここ数年で勢力も変わってきたのも鑑みると、シャルとマクヴェイ公は離婚すべきだと思うの」
「急だな。結婚前も、結婚後も『あの男はやめておけ』ってベアトが言っていたのはわかるけれど、シャーロットが不幸でないなら、余計なお世話じゃないか?」
「これを読んで」
それは最近の報告書でシャルが倒れた時の状況が書かれていた。隣国の女諜報員がベルナルドを引き抜こうと、屋敷に訪れたそうだ。《王家の番犬》と悪名名高い屋敷に潜入した段階で、相手は一流だったのだろう。
あるいは内通者がいたのか。とにもかくにも問題は、ベルナルドが女諜報員を殺そうとした瞬間の現場をシャルは目撃し、そのまま倒れたという。
その日を境に、彼女は自分の夫の姿を認識することが、できなくなってしまった。それにより《収穫祭》の準備やら領地経営にも、少しずつ遅れが出ているという。三年間、あの貧困報告の多かった領地が潤い始めた矢先だった。
「は? 自分の夫の姿を認識できない? ナニコレ。あの男、次に会ったら一発殴ってやる!」
「(それには同意だけれど)……元の世界で夫源病という病気があったわ。夫の言動、たとえば家事や育児に細かく口を挟んだり、妻に対して横柄な態度を取ったり、妻にストレスを与えるような言動や行動を無意識にしたのが原因で、妻側が強いストレスを受けて、ストレスの元凶である夫が認識できないようになる症状があるの」
「マクヴェイ公は、シャーロットのことを大切にしているように見えたんだけど、外面がよかっただけってことか。クソッ、こんなことなら圧力かけて、辺境地に行くのを止めるべきだった!」
「それは同感ね。シリーズ2のネタは完全にガセだけれど、ベルナルド公爵が仕事ばかりでシャルと時間を取らなかったことだけでも万死に当たるわ。見知らぬ土地で友人もいない、貧困に喘ぐ痩せ細った領地運営なんて、心労がかかるに決まっているじゃない! その上、報告にはこの女諜報員を公爵の浮気相手だって思っているし! なんで弁明しないよ!」
「弁明したら、自分が《王家の犬》だって明かさないといけないからでしょう」
「はあああああああああああああああ! そんなの知るか!」
私とアイリスの結論は、シャルを王都に連れ戻す。
そして静養と必要なら、別居もしくは離縁の手続きだ。
お読みいただきありがとうございました(*´꒳`*)
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は明日の8時以降に更新予定です。
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