第14話 バッドエンド
確かにゲーム上でルディー様が狂気に走ったのは、ベルナルド様とアルバート殿下の家族仲を見てきたからに起因する。ルディー様のお母様は妹さんを産んでからすぐに亡くなっていて、仕事ばかりにかまけているルディー様のお父様との交流は殆どなかった。
家族愛に飢えていたからこそ、私の定期検診の際に仕事が忙しいルディー様のお父様を引っ張り出して、接点を作ろうと働きかけた。その時はぎこちないながらも親子の会話が増えていたし「私の検診」という名目で、ルディー様はお父様の仕事に関わっていった。
私がベルナルド様のことでルディー様に相談する際に、彼は父親との関係修復が実を結んでいると喜んでいたのを覚えている。それにルディー様の体内にあった《赤い果実》は既に取り除いているのだから、ヤンデレ化するなんて思っていなかった。
(ルディー様はゲーム内で、最もヤンデレ率が低かったから安心していたわ)
幼なじみとして両親に愛されていた二人が眩しくて、羨ましいと──その感情がここまで歪んでしまったのだろうか。
「ああ、そういえばアルバートの最期は面白かったですよ。ベアトリーチェの死体をプレゼントとして贈ってやったら、五分と持たずに精神崩壊したらしく、死の満開を発動して死んだようです」
「なっ、殿下の《赤い果実》は取り除いたのに、どうして……」
「《赤い果実》を取り除こうが、魔力そのものが失ったわけではないですし、仮にも王族。理性が振り切れるようなことが起これば、魔力暴走だってしますよ。もっと後悔して、悔やんで、苦しんで、この国をボロボロにしてから殺そうとしたのに、あっさり退場するなんて根性が無いと思わないかい?」
「──っ」
口調が勢いを増したかと思うと、残念だと言わんばかりに溜息を漏らす。同意を求められたが、私にはベアトが死んだことのほうがショックだった。彼女に相談しなければ、と後悔ばかりが募る。
「ベアトを殺したの……」
「ああ。ベアトリーチェの死は、必要だったからね。彼女は元々私の婚約者になるはずだったのに、横からアルバートが掻っ攫っていったんだ」
「え」
「最初に好きになったのは私なのに、声をかけて仲良くなったのも私のほうだったのに……」
(幼少の頃から両親に愛される二人と見てきて劣等感が、初恋の人を奪われた形になってさらに心を歪めてしまった?)
「あの男の子供までもうけていて、思わず殺してしまったよ」
(え、子供? ……ベアト、妊娠していたの? それなのに……)
自分自身も妊婦でこれから出産まで大変なのに、私のことを心配して辺境地に来てくれたのだ。それなのに巻き込んでしまった。
(私が……倒れなければ……ううん、もっと早く旦那様と向き合っていれば……)
「何よりアルバートとベアトリーチェの婚約を裏で手を回していたのが、マルクヴェイ公爵家だ。だから君とベルナルドが上手くいかないよう手を回していたのに、結婚を許してしまった。仕方ないから、できるだけベルナルドが領地を離れるように画策して、君が情緒不安定になるように飲み物も細工をして――ああ、本当に長かった!」
(ずっと……本当にずっと前から……!)
ベルナルド様と王家を徹底的に潰すための執念に、ゾッとしてしまった。結婚して三年、ベルナルド様は屋敷に戻ろうとしなかったのではなく、戻りたくても、戻れなかったのだ。
私のことを嫌っていたわけでも、疎んでいたわけでもなかった。バラバラだったパズルのピースが埋まって全体像が浮かび、その事実に私は脱力してしまう。
(一緒に居る時間が少なかったのは、旦那様の意志じゃなかった……?)
「今頃、教頭のところにも贈り物が届いているはず。ローマン教頭は途中まで協力関係だったのに、あっさり裏切って、聖女アイリスと結ばれて幸せになった。だから次は喪失と絶望に打ちひしがれて、心が壊れてしまえばいい。どちらでも私にとっては最高の結末だ」
(アイリスまでも……!)
ルディー様はもう自分が壊れていると自覚して、私がルディー様と同じ場所に周りが落ちてくるように仕向けたのだ。遅滞性の毒で周囲を道連れにすることだけしか考えていない。
彼にとって心が壊れたこの世界は、地獄そのものなのだろう。それを終わらせるため周囲を巻き込んで、国を滅茶苦茶にした。
(バッドエンドを回避したと思い込んで私は、ルディー様のヤンデレ化にも、ベルナルド様の真意にも気付かずに……アイリスとベアトを巻き込んで死なせてしまった)
後悔が今さら押し寄せてくる。
どう足掻いても、時間は巻き戻らない。
私がこの世界に呼ばれたのは、この世界の悲しみを止めるためだったのなら、転移されてよかったと思えた。大好きなキャラたちが死なないで済むのなら、こんなに嬉しいことはない。
ベルナルド様。
恋い焦がれるほど慕っていた思いも全て奪われて、彼をなぜ好きになったの記憶も──奪われつつある。
(姿、声、思い、最後には記憶まで奪うっていうの?)
ふと私の胸に、血よりも真っ赤な薔薇が咲き誇っているのが見えた。その花は、硝子ように硬化していく。
「(この色、《赤い果実》にそっくり……)これ……」
「かつて花女神が奪われた《赤い果実》に最も近い結晶ですよ。この国は新たな花女神の化身となった世界樹に抱かれて、遅かれ早かれ滅ぶだろうね」
想像するだけでゾッとしてしまった。
ルディー様は滅びゆく国を想像し喉を鳴らして笑っている。
「この屋敷から王都まで、かなりの距離があるはずなのに……」
「王都までの道中で質のいい魔力を得たからだろう。何十、何百という人の魔力を吸い尽くしてできた一級品の《赤い果実》は、伝承と同じく美しい。……王都へ謎の樹木が魔力を吸い尽くそうとする、国を脅かす存在を排除する汚れ役は、《王家の犬》と相場が決まっている」
「!?」
だからルディー様は、ベルナルド様が私を殺しい来ると言ったのだ。最後の最後まで彼に屈辱と絶望を与えるために、この舞台を用意した。
「ベルナルドがどんな顔をして君を殺すのか、あるいはここに辿り着く前に殺されるのか。……ああ、どちらに転んでも素晴らしい終わりだ」
ベルナルド様が私を殺すように仕向けることこそ、ルディー様にとっての復讐の一つなのだろう。
今こうやって私を生かしているのも、ベルナルド様が自ら赴き殺すため。そこでふと思ったのだが、彼はなぜこの蠢く棘の中で平気なのだろう。
私に触れたことで体が炭化して崩れているとはいえ、本来なら真っ先に魔力吸収の餌食になるはずなのに――どうして?
「……ルディー様の体では、ベルナルド様が辿り着くまでに生きていられるか分からないですよ」
「通常ならそうですね。特殊な魔術式を編み込んでいましたので、あと数分は持つでしょう。まあ、でも、私が死んだとしても君たちの最期を見届けるために憑依魔法の術式は完成しているので、結末だけは見ることができるけれどね」
(そこまで準備をして……)
「私を殺すのは君だという事実は、変わらない」
「──っ」
ルディー様は光のない濁った眼差しで、私を見て穏やかに微笑んだ。私たちが話している間に至るところで連続的な爆発が始まった。この国の終焉を知らせるファンファーレのように耳に残る。
私はルディー様の人生を終わらせた。
私が彼を壊して、狂わせて、殺したのだ。
じゃあ、今度は私の番?
誰か。
誰か。
誰か。誰か。
誰か。誰か。誰か。
誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か。誰か――――――私を早く止めて。
(…………けて、………ベルナルド……様)
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次回は今日の19時過ぎに更新予定です。
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