第13話 私を殺すのは君、君を殺すのは。
昨日食べたものをそらんじるような気軽さで、彼は自分の家族を殺した話をする。だからかディフラのルディールート設定を思い出した。
ルディールートは、ヒロインとの好感度がシナリオ中盤で一定以上満たさなかった場合、ストレス負荷により魔力暴走を起こし、死の満開を発動させて自滅。あるいは人格を歪めることでストレスを軽減し、魔力に変換する方法がある。
この人格の歪みというのは、ある特定の人物に見せる異常な執着、つまり過度狂重愛化の発症を意味し、緩やかな破滅に向かうことと同義語だ。
(過度狂重愛化が一度発症した場合、止める方法はなかったはず……。ううん、ゲーム上はバッドエンドとポップアップが出て終わるから、その後どうなるかは不明だった)
そしてルディールートでのバッドエンド回避必須条件は、彼の家族の生存。もしバッドエンドルートの場合、家族を殺害したあと邪魔者を全て排除しようと画策、様々な事件を起こしてヒロインに迫り、監禁あるいは殺害しバッドエンドとなる。
それを防ぐため私は攻略キャラ全員に魔力吸収を行い、魔力暴走の原因となる《赤い果実》の欠片を取り除いた。
それに当時ルディー様のご家族が亡くなったという訃報は、聞いていない。噂一つ起こっていないことに違和感を覚えた刹那、自分が記憶を上書きされたと話していたことを思い出す。
自分自身すら記憶改竄すら認識していなかった──ならば。
「まさか……」
その結論に今更ながらに、背筋がぞぞぞっと寒気がした。
「そう。記憶の上書きをしたのさ。君たちの認識では、私の家族は生きている、とね。もっとも私が家督を継ぐまでは『妹も父も病に伏せっており養生する』と周囲に根回しもしておいたので、案外誰も気付きませんでしたよ。ベルナルドとアルバートは勘づいていたけれど、私を追い詰めるよりも君と婚約するため、方々を駆け回っていたみたいだったかな。私は家族の死の偽装に奔走して、ベルナルドは君を手に入れるため奮闘した。それが計画の大きな歪みであったけれどね」
「──っ!」
ゆっくりと近づくルディー様の勿忘草色の瞳は、酷く濁っていた。顔を背けようとするが、その前に片手で顎を掴まれ強引に唇を奪われる。
「んんっ!」
抵抗しようと彼の舌を噛みつこうとした瞬間、彼は私の下唇を噛んだ。鉄の味が口に中に広がり吐き気がしたが、身じろぎすることしかできない。
濃厚なキスが気持ち悪くて嫌なのに、唇を離したルディー様は満足げに微笑んでいた。
恍惚とした表情は、どこか夢うつつといった感じだ。
「あははははっ、やっぱり起きていた方がいい反応をしてくれるね」
(ベルナルド様以外の人とキスを……ううっ)
ただただ唇を重ねたことが悔しくて、悲しくて、胸が引き裂かれるように辛い。今すぐにでも唇を拭って感触を忘れたいのに、それすらできなかった。
「ねえ、シャーロット。……今からでも私を選んでくれないかな?」
「お断りします」
被せるように私は答え、それに対して彼は大きく溜息を吐いた。
「……もし私を選んだのなら生かしてあげてもよかったんだけど、しょうがないですね。このままベルナルドへの復讐に、君を最大限使わせてもらうとしよう」
「ベルナルド様に、何をするつもりなの?」
「私は何もしないよ。君がベルナルドを殺すか、彼が君を殺すか。それがあの男を苦しめるのに一番いい方法だからね」
「私が、ベルナルド様を殺す?」
ふとルディー様の口元に黒紫色の蔦のような紋様が生じていた。口だけではない。両手にも広がって──唐突に彼の指先は炭化して崩れていった。
「え、なっ……肉体が炭化するなんて」
「ベルナルドだけじゃない。私を殺すのは君だよ、愛しい人。君の魔力吸収によって世界樹の根は既に屋敷の外に広がり、ありとあらゆる生命体の魔力を吸い尽くす。その根は地中を潜って王都まで伸びているだろう」
「そ、そんな。私は魔力吸収なんて使ってないのに」
「君の意志ではね」
すでに取り返しの付かないところまで来ているとはいえ、最小限の犠牲で済むかと思っていた考えが甘かった。ルディーの言葉通り、今も王都に世界樹の根が広がっているのなら、その被害は想像も付かない。
「すでに君の中にある《世界樹の種》は、芽吹いて成長という名の暴走を始めた。もう君の制御下にない。君が死ぬまで魔力を持つ全てのものから魔力吸収を繰り返す。こんな風に、ね」
そう言ってルディー様は、自身が崩れていく体をうっとりとしながら眺めている。痛覚が感じられないのか彼は崩れていくことが本望だという感じで、それはディフラのルディールートにもない結末だった。ルディー様は、もう片方の手で私の頬を撫でる。
「ああ、貴女に殺されるというのも案外悪くない」
「──っ、《ベル・モナムール》! お願い止まって!」
必死で魔力吸収を止めようとするが、私の言葉に《疑似種子》は一切反応せずに、ルディー様から根こそぎ魔力を奪っていく。
「どうして……!」
「《世界樹の種》は確かに魔力吸収を発動するための核でもあったけれど、その種を開花させるのは、君の負の感情の蓄積によるものだ。怒り、憎しみ、悲しみ、苦しみ、そういったものを餌として与え、一定量を超えると発芽するように改良しておいたのさ。花女神が人を憎み悲しみ、絶望したように──芽吹いたことで、さらなる精神負荷を与えて不安と悲しみを増長させた結果、君はベルナルドを認識できなくなった」
「──なっ」
あまりにも衝撃的すぎて、脳天を思い切り殴られたようだ。全ての原因が分かったというのに、それはあまりにも酷い真実だった。
「じゃあ、旦那様の姿が見えなくなって、声も聞こえなくなったのは……」
「そう、芽吹き急成長するため君の負の感情を食らい、さらに負荷をかけるためにベルナルドの姿を見えなくして声も届かないようにした。普通なら発狂して壊れるのに、君は意外と頑丈で鈍かったね。結果的にベルナルドをもっと苦しめることができたのだから、見ていて楽しかったよ」
「──っ」
ルディー様は口元を歪めて笑った。狂気じみていたが、それとは別に推し量れない悲しみを抱えているようで、ゲームシナリオでルディー様が壊れていくのと酷似していた。
ルディー様を狂わせてしまった存在。
復讐。
その相手はアルバート様と、ベルナルド様と私──?
「……どうして、そこまでベルナルド様とアルバート殿下を憎むのですか?」
「そうだね……。昔から、恵まれていたベルナルドとアルバートが憎かった。両親に愛情を注がれるのが当たり前で、人望もあり、何より思い人と結ばれる。それを当然だと勘違いして、いつまでも愛情が自分にあると余裕を見せて、信じて、蔑ろにして愚かだろう。大切な者を失う失望、奪われる絶望を存分に味わって、後悔して壊れて、死んでもらわなければ、気が済まない」
(二人を憎んでいた理由は、家族や配偶者に愛されたいという感情が出発点だった……?)
お読みいただきありがとうございました(ノ*>∀<)ノ♡
最終話まで毎日更新していきます。お楽しみいただけると幸いです。
次回は明日のお昼に更新予定です。
引き続きルディーのヤンデレ化をお楽しみください。
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