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第7話 店の名前は?

side:掛川亮介

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オーウェンが試作を始めた。

意外にもオーウェンはちゃんとした料理を作っていた。日本の製品なしでもこの腕前なら十分通用したのではないかと思ったほどだ。元冒険者が料理が得意なんて言っても、男飯の適当野外料理でしょと侮っていた。どうにもならないような腕前なら、冷凍食品やレトルト食品を融通しようかと算段していたが、杞憂だったようだ。渡しておいた料理のレシピ本も活用して、めきめきと腕を上げていっている。作るのを楽しんでいるようなので、調理済みの物を渡すのは今後はできるだけ控えようと思う。




今日は従業員の入居日ということで歓迎会をするらしい。

というわけで俺も参加するために店に行くことになった。ミリアちゃんに挨拶しておかないとな。


「俺はリョースケだ。この店の仕入れを担当している。その関係で日中はあまりいないかもしれないけど、夜営業の時間帯は調理場の手伝いに入るつもりだから。よろしくね。」


午前中は買い出しに行くことが多い。午後は荷物の受け取りとかあるから、自宅にいないといけないんだよね。


「今日からお世話になります。ミリアです。よろしくお願いします。」

「ねえ!早く食べようよ!オーウェン先輩の料理久しぶりだけど、前よりすごくなってるよね!」

「今日、作ったのはメニューに載せる料理だから感想も聞きたい。あと、これがメニューだから料理名も覚えておいてほしい。じゃあ、食べるか。」


エルメラちゃんは真っ先にローストオークに飛びついた。ミリアちゃんはメニューを見て一品ずつ名前を復唱しながら噛みしめるように食べている。二人共食べ始めると会話を失くしていた。


「また腕上げたなあ、オーウェン。特に唐揚げ。ジューシーさが増した気がするし、下味がしっかり付いてるから米がすすむな。でも意外だな。シンプルに塩唐揚げにしたんだな。」

「ああ。味変はランチメニューとか気まぐれ定食でやることにした。定番メニューの唐揚げは塩だ。でも専門店のあの味は再現できないんだよな。肉が違うから仕方がないんだけど。」

「あー、別にあれの再現はしなくていいだろう。しかし、改めてメニューを見ると、中華料理が結構並んでるよな。」


唐揚げに始まり、ホイコーロー、エビチリ、麻婆豆腐、カニ玉。メニューが中華料理で埋まってるページがある。


「この街では味の濃いものが求められてると思ってメニューを考えた結果だな。」

「でもなあ、これ作るの大変だぞ?夜メニューだから俺も手伝うけど、俺の細腕じゃ中華鍋は振れないからな?」

「いつかは料理人も雇わないといけないか。」

「作り置きして素早く提供できるメニューだけにした方がいいと思うけどね。」

「調理が大変なのはそのページの料理だけだし、何とかなるだろ。」

「店長がそう言うなら従うよ。そういえば、俺の方で問題・・・というか希望があってな。」

「ん?なんだ?」

「主食問題だ。できるだけ米を普及させて欲しいんだ。パンを仕入れるのが大変でな。」


こちらの世界の主食ということもあって大量に必要になるだろう。

近所のパン屋で予約して数種類買うつもりなのだが、大量買いは注目を集めそうだ。

キリクスの街のパン屋から仕入れろと言ったのだが、オーウェンは嫌だと言うのだ。一つ買ってきてもらって食べたけど、ちょっと酸っぱいし、ボソボソしていて確かに出来が良くなかった。ライ麦の全粒粉のパンなのかな?全粒粉なら健康には良いと思うよ、と言ったけどオーウェンは納得しなかった。ネットで大量買いできる店を探したが、オーウェンが希望するバゲットやロールパンは見つけられなかった。


「材料とレシピをくれたら俺が作るぞ?」

「パンを焼く設備を買う金はあるのか?魔導オーブン一台だけじゃ対応できないだろう。」

「ぬう・・・。分かった、出来るだけ米を推そう。米が合う中華料理があるわけだし、パンだけが注文されることはないはずだ。パンは無理のない範囲で仕入れてくれたらいい。でも金が貯まったらパン窯は設置しよう。」

「パン焼いてる余裕はないと思うけどね。パン焼き担当の人材がいないと過労で倒れるぞ。」

「でも米を大量に炊くにも限界があるからなあ。」

「大きな炊飯器を買って俺の自宅で炊いたのを持っていくよ。」

「大量に炊く方法があるのか?それなら最初からそうしてくれよ。土鍋で大量に炊くの大変なんだぞ。」

「悪かったよ。改善すべき点はまだまだありそうだな。」

「ところでさっきから2人は会話がないけど、何か気がついたこととか質問はないか?何でも良いんだ、奇譚のない意見が欲しい。」


エルメラちゃんとミリアちゃんは口をモグモグしながら顔を見合わせた。そして、まずミリアちゃんが口を開いた。


「えっと、料理はとても美味しいです。こんなに美味しいものは初めて食べました。でもお客さんはこのメニューを見ても、どういう料理か分かりにくいと思います。」

「確かに。簡単な説明書きは入れたけど、全く未知の料理だからなあ。」


俺が料理の写真を撮って自宅で印刷して、メニューに貼り付けるのも考えたが、写真が余計な注目を集めそうなんだよな。それにレイアウトとかそういうセンスないから格好悪いメニューになりそうでやめたのだ。


「なので、絵を描いたらいいと思うんです。私、孤児院で絵本とか描いてたので、多分描けると思いますよ。」

「分かった。明日道具を準備するから、メニュー一冊分だけ描いてみてくれ。複製は俺はやろう。」


どの程度の絵が描けるのか分からんが、自信がありそうなのでやらせてみるのもいいだろう。そしてそれをコピーしてメニューファイルに入れれば良しと。明日、紙と色鉛筆を買ってこよう。


「エルメラは何か感想はあるか?」

「メニューにケーキがないのが不満です!あと、この店の名前、まだ聞いてません!」


俺はオーウェンと顔を見合わせた。


「そういえば店の名前、俺も聞いてなかった。なんて名前なんだ?オーウェン。」

「・・・」

「どうしたんです?先輩?そんなに言うのが恥ずかしい名前なんですか?」

「・・・決めてなかった。まずいな。店名決まったらギルドに届け出に行かないといけないんだった。看板も作ってない・・・。」

「先輩ってよくそういうミスしますよね。順調に依頼を終えて報酬貰い忘れて帰ったりとか。すごい準備万端で依頼に臨んだのにそもそも依頼を受け忘れてたりとか。依頼そっちのけで料理してたりとか。」

「・・・言うな。それは忘れろ。店名ってどうやって決めたらいいんだ?全く思いつかないんだが。俺の料理に懸ける想いを店名にすればいいのか?」

「それは駄目だ。誰もお前の想いになんて興味ない。大事なのはインパクトだ。この店に入ってみたいと思うような名前がいい。ところで、俺はこの街の飲食店を知らないんだが、どんな名前の店があるんだ?エルメラちゃんのお勧めの店とかある?」

「ん~。冒険者に人気があるのは『ドラゴンの胃袋亭』、『料亭:大盛りゴリラ』とかかな。老舗の店とか高級店は創業者の名前が使われてるところが多いかな。あとは、居酒屋〇〇とかキッチン〇〇みたいに飲食店だと分かるような表記になってるね。」

「俺の店も酒は出すけど居酒屋ってのはイメージと違うから、キッチン何とかみたいな店名にするか。」

「ふむ。そのドラゴンとかゴリラは良い店名だと思う。行ってみたくなった。インパクトがあって入ってみたくなるような店名を考えよう。そこにこの店の特徴が含まれてれば尚良い。」

「この店の特徴か・・・異国料理?メニューがたくさん?」

「メニューの豊富さは売りにしたいな。この店に来れば何が出てくるか分からんけど間違いないみたいな感じで。」

「何が出てくるか分からない・・・入ってみたくなる・・・」

「・・・『ダンジョン』はどうでしょうか?孤児院の男の子たちはみんな入りたがってましたよ。」

「確かに冒険者は入ってみたくなるね。」

「新しいダンジョンとか見つかると入ってみたくなるな。」

「『ダンジョン』か・・・まさかここでそのパワーワードを聞くことになるとは。だが、悪くない。あとは、何ダンジョンにするかだが。」

「グルメダンジョン?」

「『キッチン:グルメダンジョン』か。」

「『キッチン』を入れるならそれで飲食店だと分かるわけだし、後半はパワーワードだけ盛り込んだらいいんじゃないか?」

「パワーワードと言えば、俺は異国の言葉を入れてみたい。リョースケの国の飲食店はどんな名前なんだ?」

「俺の国か?ん~、ダイニング〇〇とか・・・カフェとかバーはイメージと違うか。あとはビストロ・・・」

「ビストロ!何か響きが良い。それ、どんな意味の言葉?」

「確か小料理店とかそんな意味だった気がする。」

「小料理店か!俺のイメージにぴったりじゃないか!」

「まだ小料理店に拘ってるのか!もう諦めろよ!どう見ても小料理店じゃないから!」

「いや、どうせ客は異国語の意味なんて分からないからいいんだよ。決めた。今日からこの店は『キッチン:ビストロダンジョン』だ。」


割りと適当に店名が決まってしまった。店長が気に入ってるようなので良しとするか。


「じゃあ、店名が決まったお祝いにケーキでも食うか。」

「待ってましたあ~!冒険者を辞めた甲斐がありました。」

「うむ。改めて乾杯といこう。」


ミリアちゃんはメニューと睨めっこしてケーキという食べ物を探しているようだ。残念だがケーキはメニューには載っていない。仕入れるのが面倒だからね。エルメラちゃんと約束してしまったから、従業員の賄い用に時々買ってきてあげようとは思っている。


「では、新しい仲間の歓迎と『キッチン:ビストロダンジョン』の成功を祈って、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」


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翌朝、オーウェンと朝食の準備をしていると、真新しい店の制服に身を包んだエルメラちゃんとミリアちゃんが降りてきた。


「二人共、よく似合ってるじゃないか。」

「いや、やっぱり俺が選んだ可愛いやつの方が良かっt・・・」

「やっぱり私の選んだ服に間違いはなかったですね!魔法使いの威厳を残しつつも、このレストランに馴染んだ新しい戦闘服。ふっ、悪くない・・・。」

「汚さないように気をつけます・・・。」


エルメラちゃんは何故か魔法使いの杖を持ってポーズをとってる。

ミリアちゃんはまだ服に着せられている感があるが、最初はそういうものだろう。仕事着は仕事を経験していくことで着こなせるようになってくるものだ。


「二人を見てると、駆け出しの冒険者の頃、初めて防具を買った時のことを思い出すなあ。中々、馴染めなかったんだよ。調理着やエプロンは最初から違和感なかったんだけど。」

「お前はその時に転職を考えるべきだったな。どこかの店に弟子入りでもすれば良かったのに。」

「その頃は生きるのに必死で考える余裕もなかったんだよ。」


オーウェンは看板製作依頼に出かけるというので、俺が新人指導することになった。


「よし、時間もないし早速仕事を覚えてもらうぞ。」


まずは仕事の流れ、物の扱い方などを覚えてもらおう。

注文を聞いてからドリンク・料理の提供、支払いまでの流れを説明する。その後はドリンクの淹れ方やニホンの製品の使い方の説明で午前中は流れていった。


午後からは個々で練習してもらった。ミリアちゃんにはメニューのイラスト作成もしてもらわなければならないし、後は各々が開店までの準備をすることになりそうだ。


そして、開店までの5日間はあっという間に過ぎていった。


いよいよ、『キッチン:ビストロダンジョン』が始動する。

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