第6話 試作開始
side:オーウェン
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リョースケは今、焼き鳥用の立派な炭火焼きコンロを設置して、煙を外に出すための細工をしてくれている。換気扇というものを渡されて、これを魔道具にして常に回り続けるようにして欲しいと言われた。それくらいならとエルメラに頼んだらすぐにやってくれた。しかし、焼き鳥だけでこんなに専用設備が必要になるとは思ってなかった。
リョースケにばかり頼っていられない。俺も頑張らねば。ニホンの調理法も学ばないといけないし、調理器具にも慣れる必要がある。そろそろ試作もしないとな。リョースケに頼んでいた食材を受け取って試作を開始することにした。
まずは作り慣れたものから試作だ。
昨日、肉屋に行って挨拶をしてきた。その時に買ったフォレストディアーとオークの肉がある。魔導オーブンの試運転も兼ねてローストディアーとローストオークを作ろうと思う。これは以前、俺が利用していた宿屋で調理場を借りてよく作っていたものだ。
ブロック肉のままの肉塊に切れ目を入れて、ニホンから仕入れたハーブソルトとニンニクを揉み込む。ローストディアーはオリーブオイルも加える。フライパンで焼いて表面に焼き目をつけていく。肉汁が出てくるので、肉に回しかけながら焼き上げていく。魔導オーブンに入れたらじっくり火を通す。フライパンに残った肉汁はソースに使う。ソースはニホンの調味料を使おう。リョースケにもらったレシピ本を参考に、ローストオークはマスタードソースに。ローストディアーは醤油ソースにしてみた。
ニホンの調味料を使ったソースは味に複雑さが生まれる。飽きることなく食べ進めることができそうだ。焼く前に揉み込んだハーブソルトも良い物だったのだろう。肉の臭みも感じない。過去に作った物より格段に出来が良い。
リョースケも匂いに釣られてやって来た。
「おお~。美味そうじゃないか。完成か?」
「ああ、宿屋でよく作っていた料理だ。本当なら肉は焼く前に一晩寝かせるんだが、これでも十分美味い。」
「どれどれ。俺も味見を・・・。おお!これは美味い!肉の旨味っていうのか?舌にガツンとくる感じがいいね。この世界、肉は美味いんだよな。これ、看板メニューでいけるよ。日本の調味料いらないんじゃないか?」
「いやいや、ニホンの調味料はやはり優秀だよ。過去に作った物より数段出来が良い。」
「それにしてもオーウェンは本当に料理出来たんだな。てっきり野営飯の延長みたいなもんだと思ってたよ。」
「宿屋の調理場は頻繁に出入りしてたからな。宿屋の従業員と間違われたこともあるくらいだ。」
「冒険者が何でそんなに料理に入れ込んでるんだよ・・・。でもこれは良いメニューだ。冷めても美味いし、作り置きしておけるから注文を受けてからの提供も速い。」
リョースケから合格がもらえたからこれはメニュー入りだな。冒険者時代はこれをパンに挟んで昼飯として携帯したものだ。そうだ、ローストサンドはランチメニューにしよう。よし、この調子でメニューを完成させていくぞ。
次はリョースケにもらった料理の本を見て気になっていた料理の実践だ。
野菜をふんだんに使ったテリーヌという料理だ。作り方が簡単そうだったのと、見た目が綺麗だったので惹かれたのだ。
パウンドケーキの型に具材を並べていく。
ヤングコーン・アスパラ・パプリカ・海老のテリーヌ。
アボガド・オクラ・人参・アサリのテリーヌ。
スモークサーモンとクリームチーズのテリーヌ。
魔導冷蔵庫で冷やして固めたら出来上がりだ。切り分けていくと、色鮮やかな断面が視覚を楽しませてくれる。
一切れずつ3種類を皿に取り分け、テリーヌ3種盛りの完成だ。
「おお~。綺麗に出来てるじゃないか。でもテリーヌがこんな盛られ方されてるのは初めて見た。」
「一切れじゃ足りないだろ。絶対、客からクレームが出るぞ。」
「この世界の人はたくさん食べるんだな。うん、美味い。アサリの水煮缶の出汁がいい仕事してるね。この缶詰便利だよな。あとは、そうだな。野菜の方はキャベツで包むともっと彩りがよくなると思うぞ。確かそんなテリーヌを見たことがある。」
「なるほど。緑で縁取りするわけか。それはいいね。」
これだけの種類の野菜が使える店なんて他にないだろう。間違いなく注目されるはずだ。特に女性客は喜ぶんじゃないかな。この街は魚介も手に入りにくいからそれも取り入れてみた。まあ、俺が食べてみたかっただけなんだけどね。
その後も試作を重ねてレシピを完成させていく。
「なあ、オーウェン。あんまりメニューを増やすと仕込みが大変になるぞ。程々にな?」
「いや、こんな料理本を渡されたら、作ってみたくなるのが料理人というものだろう。」
「まあ、実力を向上させるのは良いことだが、ほとんどは日替わりの限定メニューにしてくれよ?最初は4人で店を回さなきゃならないんだからな。メニューが増えると給仕も覚えるのが大変になる。」
「ああ、分かってるさ。定番メニュー以外はその日の俺の気まぐれで数品作るだけにするよ。おっ!『店長の気まぐれ定食』って名前でメニューに載せるか!おもしろくなってきたな。」
「楽しそうで何よりだな。俺は食器やカトラリーの発注をしてくるよ。大体、必要な物は分かったから。」
「ああ、細かい準備は任せた。ニホンの物は種類が多すぎて俺じゃ選べないからな。」
レパートリーを増やすのは悪いことではないはずだ。客を飽きさせないためにも必要なことだ。
ただ、残念なのはこの料理本のレシピ全てを試すことができないことだ。智慧の冠の翻訳でもよく分からない単語が結構出てくるのだ。リョースケに尋ねて解決できることもあるが、こちらの世界では使用できないという家電製品が必要なものは諦めるしかない。他にも分量や温度の数字がやたら細かく書かれているレシピも避けている。今は開店まで時間がないし、再現に時間がかかりそうなもの、店のメニューに相応しくなさそうなものは後回しだ。そう、あくまでも後回しだ。いつかは全部試してみたい。折角、豊富な食材が手に入る環境にあるのだ。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。異世界の料理の解析はまだ始まったばかりだ。
雇った従業員の入居の日がやって来た。
孤児院出身のミリアちゃんは、一度面接で話したが真面目そうな子だった。場所が分からないかもしれないので、エルメラに頼んで孤児院に迎えに行ってもらった。エルメラも今日が引っ越し日だ。2人揃っての入居となる。
今日の夜は歓迎会兼メニューのお披露目だ。仕込みをしていると、店の扉が開いた。どうやら到着したようだな。
「先輩、連れてきましたよー。今日からお世話になりまっす!」
「し、失礼します。改めてミリアと申します。お世話になります。」
「いらっしゃい。そんなに緊張しなくていいよ。エルメラもご苦労さん。」
「こんなに大きなお店だとは思っていなくて。雇って頂いて有難うございます。」
「うん。早速、二階が居住スペースになってるから案内しよう。」
「はい。住み込みの件も助かりました。宿代、結構かかりそうだなと思ってたので。」
「うちの事情のこともあるから気にしなくていいよ。さあ、こっちだよ。」
二階に移動して用意していた個室を見てもらう。リョースケが持ち込んでくれた家具類も組み立て終わって設置済みだ。
「すっごい良い部屋!ベッドもふかふか!もっと早く引っ越せばよかった。」
「うわあ、ここに住んで良いんですか?」
「ああ。最低限の家具は準備したけど、何か足りないものがあったらその都度相談してくれ。隣の部屋も同じ内容だから。」
「先輩!私、本棚が欲しいです!魔導書用の!」
「本棚か。それくらいなら問題ないと思う。後日手配しよう。」
「私はこれで十分です。孤児院は大部屋だったので、個室って憧れてたんですよ~♪」
「気に入ってもらえて何よりだ。荷解きもあるだろうけど、先に確認しておいてほしいことがある。クローゼットを開けてみてくれ。」
「あっ!これ、この前私が選んだ服!あのカタログっていう精巧な絵にも驚きましたけど、本当にあの絵の通りの服なんですねえ。」
「うわあ、高そうな服・・・。」
「それが仕事着になるから、サイズが合うものを選んでおいてくれ。洗い替えも含めて3着持っておいて欲しい。残りは返却してくれ。じゃあ、俺はこれで失礼するよ。夕食の時間になったら降りてきてくれ。」
部屋はお気に召して頂けたようだ。まあ、ニホンの家具を設置したから当然か。ベッドのスプリングマットレスの寝心地は最高だからな。俺の分も用意してもらって正解だった。でも良い物を用意しすぎた感もあるな。ミリアちゃんはずっと「うわあ・・・、うわあ・・・」って言語が欠落してたしな。大丈夫かな。
だが、この店で働くならニホンの製品に慣れて貰う必要がある。開店まで時間がないのだ。一々、驚かれては仕事にならないだろう。この店の仕事は特殊だ。今の彼女たちは缶ビールの開け方さえ分からないのだ。私生活からニホンの製品に慣れてもらうことが、仕事を覚える近道・・・のはずだ。俺の方針は間違ってはいない・・・はずだ。
さあ、俺もやるべきことをやらねば。歓迎会の仕込みの続きだ。最低でも定番メニューは全部食べて覚えてもらうぞ。