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第1話 転職しよう

「注文入りました!ネギマと唐揚げ、店長の気まぐれ定食2つ、お願いします!」

「了解!」


揚げ始めたダンジョン鳥のモモ肉が、ジュワーッバチバチッと大きな音を立て始める。次第にカラカラパチパチと高い音へと変わっていき、こんがりときつね色に仕上がっていく。


隣では仕入れを担当してくれているリョースケが、ネギマを異世界ニホンから仕入れたタレに漬けて炭火で焼き始める。ジュッというタレが焦げる音と共に、香ばしい香りが漂い始めた。この匂いが店内に漂い始めると、他の客も調理場を気にしてソワソワし始める。追加注文がくるのは時間の問題だろう。


定食の準備もしなければ。今日はサーモンのホワイトシチューとタンドリーチキンの定食だ。これまた異世界ニホンの調味料があってこそ実現できるメニューだ。新鮮な魚もこのあたりでは入手は難しいし、異世界ニホン様様である。

給仕のエルメラが、ジョッキにビールとハイボールを注いで運んでいる。ドリンク類も好評だ。ミリアちゃんは客に呼び止められて注文を受けている。2人共、すっかり看板娘が板についてきているな。

賑やかな店内に耳を傾けつつ、タンドリーチキンを焼いていく。


店をオープンしてからそろそろ一月程経つか。

冒険者を辞めて飯屋をやると決めたのは俺自身だが、上手くやれるのか不安だった。それが開店してみれば連日来客は増えていっている。お客にも共に働く仲間にも感謝しかない。


俺の・・・いや俺達の店『キッチン・ビストロダンジョン』は、あの日、異世界の国ニホンに足を踏み入れたことで始まった。

--------------------------------------------------

「俺、冒険者を辞めようと思うんだ。」

「「「えっ!?」」」


現在、冒険者ギルド併設の酒場で、臨時で組んだパーティメンバーと飲んでいるところだ。護衛依頼から戻ってきて仕事終わりの一杯というやつだ。


「えぇ~。オーウェンさん、辞めちゃうんですか・・・」

「引退早くないですか?」

「もうすぐランクアップするって噂聞きましたけど・・・」


俺の名前はオーウェン。特に名前が売れているわけでもない、中堅クラスのどこにでもいる冒険者だ。このキリクスの街で冒険者稼業を始めて10年。今年で25歳になる。まだ体は動くし、引退する歳でもないのは分かってる。先日、駆け出しの頃からお世話になっている先輩冒険者の方が引退されて、俺も将来のことを考えるようになったのだ。体が動かなくなってから引退して、新しい仕事を始めようとしても難しいのではないか?それならば、早めに引退して新しい生活基盤を整えた方が良いのではないか?

高ランクの冒険者まで上り詰めた人は大金を稼いでいるから老後は安泰だろうし、名前も売れているから要職に就く人もいる。しかし、俺は中堅クラスで燻っていて、冒険者として明るい未来には恵まれそうにない。中堅クラスで燻っている理由は分かっている。俺は固定のメンバーとのパーティを組まずに基本はソロで活動しているからだ。


「ああ、体が十分に動くうちに転職しようと思ってな。貯金はあるし、適当な物件でも買って飯屋でもやろうかと思ってるんだ。」

「オーウェンさん、料理上手ですもんね~。」

「器用ですよね、今回の依頼でも随分助かりましたし。」

「オーウェンさんをパーティに引き込みたがってるところ結構あるんですよ~。うちも狙ってましたし。」


人付き合いが苦手というわけではないのだが、一蓮托生みたいな関係が続くのは疲れるのだ。

今回は護衛依頼の人数合わせで、知り合いのパーティから声をかけられて臨時で組んだが、基本はソロ活動なのだ。冒険者というのはソロだと受けられる仕事が限られる。余程の才能に恵まれていないとソロで大成はできないのだ。そう考えると俺は冒険者に向いていなかったと言えるかもしれない。


「まあ、今すぐ引退ってわけじゃないんだけどね。物件探しもこれからだからね。」

「うぅ~。物件探しが上手くいかないことを祈ってますぅ~。そしてうちのパーティにきてくださぃ~。」

「コラ!余計な事を言うんじゃない。」

「こいつの言う事は気にしないでくださいね。お店ができたら絶対に行きますよ。頑張ってくださいね。」

「ハハハ。そんなに良い物件が都合よくあるとは思ってないから、当分は冒険者を続けると思うよ。またパーティを組む機会があったら誘ってくれ。」



翌日、物件を紹介してもらうため、商業ギルドにやってきた。

今まで宿暮らしだったから、どうせなら住居兼店舗の物件をという条件で紹介してもらった。しかし、良さそうな物件はやはり金額が高い。10年冒険者をやってそれなりの貯金はあるのだが、予想していた以上にお金がかかりそうだ。改装費や設備費なんかも後でかかるわけだから、貯金をここで全額使うわけにはいかないしな。


「やっぱり物件を買うとなると結構かかるんですね。賃貸にするかな・・・」

「安くても悪くない物件もあるにはありますよ。ただ問題が・・・」

「どんな物件です?飲食店向きじゃないとかですか?」

「もともと魔導士の方が営んでいた魔道具店だった物件があります。飲食店への改装はそんなに難しくないと思いますよ。物件内容に対して破格の値段で、・・・これです。」


紹介してもらった物件の資料を見せてもらう。

確かにさっきまで紹介してもらっていた物件よりすごく安かった。それでいて間取りを見る限り非常に好条件だ。元魔道具店と聞いて店舗が小さいんじゃないかと思ったが、大型の魔道具なども扱っていたようで広さは申し分なかった。倉庫もあるし、2階に住居スペースもある。魔道具を製作していたと思われる『作業場』と書かれたスペースまである。なんで好条件の物件がこんなに安いのか?資料を読み進めていくとそれが分かった。


「・・・これは、事故物件というやつですか。」

「はい。店主だった魔導士の方が魔法事故で亡くなられています。更に様々な魔法実験をされていたようで、その痕跡が残っていまして。物件の内見に向かわれたお客様もいらっしゃったのですが、皆さん気味悪がっておりました。普通はリフォームしてから販売するのですが、この物件は敢えてそのままの状態にしています。これも値段が安い理由の一つですね。」

「リフォームしない理由は何故です?」

「魔道具店の開業を希望する方が現れた時のためですね。そういう方にとっては、魔法実験の痕跡も有用なものとなる可能性がありますので。」

「なるほど。物件自体はとても良いですし、魔法実験の痕跡というのも興味があるので、内見させてもらえますか?」



というわけでその物件にやってきた。


ふむ。大通り沿いというわけではないが、人通りはそれなりにある。確かこの先は宿屋街があった。冒険者がよく利用する宿もあったはずだ。立地は悪くなさそうだな。

早速、中に入ってみよう。

店舗、倉庫、住居スペースを見て回る。図面で見た通りで、調理場スペースを整えれば問題ないだろう。問題は気味が悪いと評判の作業部屋だ。

扉を開けると床や壁に魔法陣のようなものがたくさん描かれていた。以前、古代遺跡の調査依頼を受けた時に見た壁画みたいだ。確かに見る人によっては気味が悪く見えるのかもしれない。俺にとっては興味深いといった印象でしかないが。しかし、魔道具を作るのにこんな大掛かりな魔法陣が必要なんて話は聞いたことがない。一体、何の魔法実験をしていたんだか。


前店主が亡くなられた魔法事故が遭ったのもこの部屋で、死体は爆発四散したような状況だったらしい。その事故で破損した物などは撤去されており、魔法陣以外は壁際の棚と机が残されている程度だ。

人が亡くなられた物件であろうと俺は全く気にならない。そんなことを気にしていたら冒険者なんて務まらないからね。凄惨な現場なんて何度も見てきたし、ダンジョンではアンデッド系の魔物にも遭遇したこともある。


総評するとこの物件はとても良い物件だ。気に入った。この物件買おう。



商業ギルドに戻り、購入手続きを済ませた。

調理場スペースと店内の改装は知人の内装業者に依頼しておいた。魔法陣のあった部屋はそのまま残すつもりだ。何の魔法陣なのか気になるので、趣味として解析するのも面白いと思ったからだ。

それから3日かけて生活用品を買い込み、長く利用した宿を引き払って引っ越しを済ませた。


こうして夢のマイホームを手に入れたわけだが、問題が発生した。


例の魔法陣部屋の壁に穴が空いていたのだ。内見の時はこんな穴はなかった。どうやら壁面の魔法陣が起動しているようだ。何の魔法陣なのか分からなかったが、転移トラップ系の魔法陣か?


穴の先からは黒髪の男がこちらを見ていた。バッチリ目が合ってしまった。

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