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最悪の出会い

 王太子時代の側近から武功を上げて諸侯に成り上がり、家臣の出世頭と見做されているサーブ子爵家。

その当主であるフランクと世子のキャスパーとの間で口論が起こっていた。


「今年でお前は16歳、アレクシス姫は18歳になる。これまで待っていたが、もう限界だ。先方のプジョー家からも強く催促されている。今年のうちにアレクシス姫と結婚するように。」


「前から言っていますが、彼女と結婚することはお断りです。無理にと言うなら廃嫡してください。」


「バカを言え!プジョー伯爵と約束し、王家にも届け出ているのだ。」

「そうですよ。アレクシスさんはとても美人だし、気立てもいい。昔のことは凄く後悔して改心しているわ。水に流して、結婚してみたら。」


母の子爵夫人も横から口を出した。


「あの時のことは生涯忘れられないよ。兎に角、彼女の顔も見たくない。

領内の視察に行ってきます。」

と言うと、キャスパーは出ていった。


子爵夫妻は顔を見合わせ、溜め息をついた。

「やれやれ。こんなことなら、あの時キャスパーを手元においておけばよかったな。」

「あの時は敵が攻めてきてどうなるかわからなかったから仕方がないですよ。」

「あんな馬鹿な家臣がいたとは運が悪かったとしか言いようがないが、どうしようか?」


プジョー伯爵家は王国創設の功臣を祖とする名誉ある家柄で宮廷でも高い地位を占めていたが、先王と対立した王弟に与してからは勢力を削がれている。


プジョー家の居城では伯爵夫妻が頭を抱えていた。

「サーブ子爵から、この縁談を考え直したらどうかと内々相談が来た。

やはりキャスパー君がアレクシスを嫌っているそうだ」


伯爵の言葉に夫人が啜り泣く。

「キャスパー君を預かった時、私がしっかり見ていれば・・」


「今更言っても仕方がない。戦争の対応で手一杯だったし、まさか客人にあんなことをするとは思うまい。

 しかし、王からあまり芳しく思われていない我が家にとって、王の寵臣のサーブ家との縁組は願ってもないことであり、先方も譜代名家の我が家と結べば成り上がりと誹られなくなる。サーブ子爵もまだ未練がある書きぶりだ。キャスパー君さえ承諾してくれればなあ」


そこへ娘のアレクシスが現れるが、縁談を断られたことを陰で聞いていたのか、目が赤く腫れぼったい。


「お父様、お母様、全ては私の責任ですが、諦める前に一つ試してみたいことがあります。サーブ家の協力が必要ですが」


それからのアレクシスの考えを聞いた伯爵夫妻は難色を示す。

「そこまでしてキャスパー君が結婚を承諾しなければ、お前の嫁ぎ先は無くなるぞ!」


「キャスパー様に嫁げなければ修道院に参る所存です。どうせこのままでは他に嫁ぐと言っても悪評の立っている私は後妻くらいしかないでしょう。

是非お認めください!」


「うーん・・」


両家を悩ませる事件が起こったのは、今より10年前である。


隣国が突如として、両家を含む地方一帯に侵略を開始し、その防衛のため近隣の諸侯の軍が召集され、戦いが始まった。


王命で、総指揮官は軍務に慣れたサーブ子爵となったが、そのことは名門を誇るプジョー伯爵家にとってプライドを傷つけられることであった。

プジョー伯爵自身は、戦い慣れた人が指揮を執るのは当然と気にしてなかったが、家臣の不満は大きかった。


隣国との戦争は激化し、最前線のサーブ子爵の城も危うくなってきていた。

後方にあるプジョー家の居城は守りも堅固である。

プジョー伯爵夫妻は善意から、サーブ子爵に家族の避難を提案した。


サーブ子爵は妻と相談し、嫡男のキャスパーをプジョー伯爵に預けることとした。

戦時の際、万が一の時の家の存続のため、嫡男を預けるのはしばしば見られることであるが、預り手の責任は重大である。


プジョー伯爵夫妻は、居城の家臣にくれぐれもキャスパーを大切に扱うように指示した。やって来たキャスパーは6歳にしてはしっかりとして、伯爵夫妻とアレクシスに丁寧に挨拶をし、家臣団にも世話になることに礼を述べる。


「なかなかしっかりしたいい子ですな。将来はアレクシスと結婚させて、我らも縁を結べばどうでしょう」

キャスパーを連れてきた子爵に伯爵が提案すると、それもいいですなと同意される。

もっともアレクシスは目を三角にして怒っていたが。

「アタシは王子様のお嫁さまになるの。あんな太った子なんか相手にしないわ」


サーブ子爵の方針は、子供にはいっぱい食べさせろであり、キャスパーは年齢の割りには体格は縦にも横にも大きかった。


伯爵夫妻はキャスパーを歓迎し、家族の一員として待遇するが、戦況の激化に伴い、伯爵は出陣し、夫人は後方支援のため各地を奔走し、アレクシスとキャスパーの世話は執事とアレクシス付きの侍女長に任される。


しかし、彼らは名門プジョー家の誇りに強いこだわりを持っており、成り上がりのサーブ子爵家を蔑み、その台頭を失墜させたいと考えていた。

また、伯爵がキャスパーとアレクシスの婚姻を口にしたことで、成り上がりの小僧が姫様と結婚など許せないとキャスパーに憎しみを持つ。

そこに、そのキャスパーの世話を命じられることとなり、ほくそ笑む。


伯爵夫妻が不在となった後のキャスパーの扱いは過酷を極めた。

鍛錬だと称し、プジョー家臣に小突き回され、棒で打たれる。

作法を勉強するためとして、居城の雑用をさせ、ミスがあれば叱責、体罰を行い、しばしば屋外で夜を明かさせる。

食事も戦陣にならい粗食に耐えるべきと言って、残飯しか出されない。


キャスパー付きの護衛や侍女が抗議すると、預かりの分際で名門プジョー伯爵家のやり方に不満があるのかと恫喝し、黙らせた。


アレクシス自身は、キャスパーを弟のように思い、良かれと思って、痩せさせるためご飯を抜かせたり、剣術の稽古で叩きのめしたり、家庭教師を真似て礼儀作法を教え、間違えると鞭で打つなど、自分なりに可愛がっているつもりでいた。


キャスパーが日に日に窶れ、弱っていくのを見て、プジョー家臣の中でも伯爵が戻ってくれば処罰されることを心配する者もいたが、執事と侍女長は、「ご主君が戻られる前に事故死してもらいましょう。そうすれば姫様の夫など馬鹿げた話もなくなる。護衛と侍女には後を追って貰えばいい」と言い放つ。


戦争も終結し、伯爵夫妻からまもなく戻るとの連絡を受けた執事と侍女長は、急ぎ、ピクニックに行くと称して、アレクシスとキャスパーと数人の部下を連れて、森に向かうが、着いた先は急峻な崖であった。


「さあキャスパー殿、立派な騎士になる訓練だ。ここから飛び降りてみるが良い」

キャスパーを崖の先に追い込み、執事は剣を向けながら猫撫で声で話しかける。

遥か下に森が見える。到底生きられると思えない高さだ。

周囲のプジョー家の家臣はニヤニヤしながら眺めている。


アレクシスはその後ろにいて、侍女長が「キャスパー殿が訓練でここから飛び降りるので見てあげてください」と話すと、「こんなところから降りるなんてキャスパーは凄いわね」とニコニコしている。


キャスパーはいずれ帰れると虐めも我慢していた。

しかし、ついに自分をさんざん嬲った挙げ句に殺そうとしていることに激しい憤りを感じていたが、逃げる手段が見つからない。頼みの護衛と侍女は怪しい気配を感じキャスパーの側から離れなかったが、無理やり離され、城で縛り付けられていた。


ここで死ぬのならと、アレクシスに向かって大声で罵倒する。

「この洟垂れ、出べそ女!

お前みたいなブスが王子様のお嫁さまとか笑わせるな。

チビ、おねしょタレ!」


貧弱な語彙だが、これまで罵られたことのないアレクシスは激怒した。

「このー、チビはそちらでしょう!バカ、アホ、野蛮人!」

アレクシスは、キャスパーを打つために走り寄る。

突然のことで侍女長も執事も止められない。


「どうせなら道連れにしてやる!」

キャスパーは近づいてきたアレクシスの腕を掴むと崖から飛び出し宙を舞った。


ただ見送るだけだった家臣は呆然とするが、直ぐに大騒ぎして捜索に掛かろうとするが、既に日は落ちかかっており、暗い中、森に入るのは危険と明朝から探すこととする。


森に落ちた二人は、幸いにも柔らかな木の枝や藪がクッションとなり、大きなケガはなく無事だった。


アレクシスは突然のことに衝撃を受け、泣き喚いていたが、キャスパーは身に付けていた短刀を取り出し、警戒しながら周囲を探索する。


キャスパーは城を追い出されたり食事を抜かれたときに、護衛の騎士と野外で狩りと自炊をしており、野外で生きる術を身に付けていたので慌てることはない。


(まずは寝床と食べるものだ)

そう決めると行動に移す。

もはやプジョー家臣が殺そうとしている以上、ここにはいられない。

なんとしてもサーブ領に生きて帰り、両親の顔を見る!と決意する。


アレクシスはグズグズと泣きながら、キャスパーの後をついてくる。 

(こんなことなら道連れにするんじゃなかった)

足手まといのアレクシスを見捨てるほど子供のキャスパーは冷酷になれない。


なんとか安全そうな洞穴を見つけアレクシスを放り込むと、ウサギと蛇や蛙を捉えて焼いて食べる。

「こんなもの食べられないわ!」

と喚くアレクシスは放っておき、キャスパーは黙々と食べきった。

そして、いくつかの木の実を投げて渡し、「食べないと倒れるぞ」と一言言って寝る。


アレクシスは意地でも食べずにそのまま泣き寝入りした。


次の早朝、キャスパーは、太陽の位置から故郷の方角に当たりをつけ、川沿いに歩くが、アレクシスが付いてくる。


ここにいろと何度か言うが、一人が怖いのか言うことを聞かない。

キャスパーは、プジョー家が探しに来ることを考え、草叢が生い茂り人が入りにくい獣道を進む。


アレクシスの足取りではろくに進まないが、キャスパーは彼女の足取りに合わせて歩く。


そして二日目の晩、流石にお腹が空いたアレクシスはキャスパーが焼いた肉を食べる。眠くなったところで、キャスパーに起こされる。

「起きろ、オオカミだ」

見ると、寝ようとしていた洞窟の前に光る目がいくつか動いている。


「ここから動くな」

キャスパーは炎を大きくするとともに、携帯用の弓で矢を放つ。

オオカミは警戒しながらも離れずに徘徊する。


やがて焚き火を飛び越え、襲いかかるオオカミが出てくるが、キャスパーは冷静に短剣で戦う。一匹は喉を切り裂き仕留めるが、その間にアレクシスに向かうオオカミがいる。

アレクシスは大岩の上に這い登るが、それを追うオオカミとキャスパーは死闘を繰り広げる。オオカミを倒したとき、キャスパーは傷だらけだった。


アレクシスはこのときキャスパーに恋をした。

(私を守ってくれるこの人しか生涯の伴侶はいないわ)


次の日、血まみれのキャスパーを介護するため、川で水を汲むアレクシスは、プジョー家の捜索隊の呼びかける声を聞く。


「こっちよ!」

アレクシスの返答に大喜びする執事や侍女長に、アレクシスは、キャスパーを助けてくれるよう頼む。


「勿論です」

ニヤリとする執事と侍女長はアレクシスの後を追い、洞窟に辿り着くが、そこはもぬけの殻。捜索隊の声を聞きつけ、キャスパーは逃げ出していた。


「追え。遠くには行っておらん」

執事に、アレクシスは頼む。

「キャスパーは、私を助けるためにケガをしているの。早く助けてあげて」


「それは、あの小僧も最後に善行をしましたな。

その礼に早く逝かせてやりましょう」

執事は独り言のように小さく言う。


血の跡を辿ると、草原を歩くキャスパーが見つかった。

「囲んで矢を放て。いきは良くないが、犬追物より面白いわ。

姫様のお為だ。情けは無用」


執事の言葉にアレクシスは驚く。

そしてキャスパーはアレクシスを憎しみを込めて見つめ、「あのままオオカミに喰わせておけば良かった」と言う。


アレクシスが何か言おうとする前に、大きな声が響く。

「私の大事な息子を犬呼ばわりするとは、伯爵家の家臣への教育はどうなっておられるのか!」


サーブ子爵が息子を迎えにやってきて、縛られた護衛達から事情を聞き、急スピードで駆けつけたのだ。

子爵夫人は、傷だらけでやせ衰え、従僕用のボロボロの服を着た息子を見て涙を流し駆け寄る。


その横には蒼白になった伯爵夫妻もいた。

主君を見た執事たちは無抵抗で捕縛され、キャスパーは父母に抱かれ、気を失う。


直ぐに伯爵家の居城で手当をと提案する伯爵に、「無用に願いたい」と厳しい表情で息子を連れて引き上げる子爵夫妻を、伯爵夫妻とアレクシスは黙って見ているしかなかった。











一話完結のつもりが長くなりました。

次で終わると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで婚約話があがるとか気が触れてるとしか、、w
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