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UNDEAD HUNTER  作者: Navajo
最終章 後戻りできない世界
26/29

最終話 新世界の旅





 一眠りして休んだ二人が目覚めると、まもなく夕方になろうとしていた。

 

 この日は休んだ場所でそのまま夜を過ごすことに決め、ミノルはナイフで地面に穴を掘って焚き火の準備を始める。


 少しでも眠ったことで体力が回復して頭も働き、リコの好意が活力を与えてくれた。

 

 夜ならば煙は目立たない。穴も掘って石で囲めば明かりも漏れず、立ち昇る煙も木の枝が拡散してなお目立ちにくいだろうと考えたミノルは、リコに焚き木と石拾いをさせ、その間に穴を掘り続けた。

 

 スコップとしても使える山菜掘りナイフで土をザクザク掘り、焚き木を集めたリコも太い木の枝を削って作ったヘラのようなシャベルでミノルと一緒に地面の土を掻き出す。

 

 焚き火をして、もしも周辺の木に火が燃え移れば山火事になり、焼け死ぬのは自分たちだ。


 なのでミノルは少し深めに縦穴を二つ掘り、その二つの穴を一つの横穴を掘ってつなげた。ダコタ式の焚き火方法だ。

 

 穴を掘り終わると穴の周囲を反射板とカマド代わりの石で囲い、穴の中に焚き木を組み上げる。

 

 そして着火することになるのだが、面倒なので持っていたライターオイルを穴の中にかけて火を付けた。

 

 ライターオイルで勢いよく燃える炎。


 一つの穴で炎が上がり、繋がったもう一つの穴から空気が吹き抜け火力が増す。


 どんどん組み上げた焚き木は燃え上がり、追加の焚き木を継ぎ足しながら火力を上げ、それを崩して勢いを弱めながらミノルは火力を調整する。

 

 火力が強すぎれば隣の空気穴を小さくし、酸素の供給量を減らして火力を弱めた。


 手頃な火力で温まる地面と穴を囲む石。立ち上る暖気が体を温める。

 

 二人は焚き火の近くにシートを敷いて休み、一個しか無い小さなシェラカップでお湯を沸かして飲み、保存食を食べてまた眠った。


 寒い夜を眠るときは二人とも抱き合ってお互いの体を温め合いながら眠り、リコが求めるキスをした。

 

 夜中にミノルは時々覚醒し、周囲と火の状態、リコの様子を確認しながら浅い眠りを貪った。

 

 そしてまた新しい朝が来る。

 

 寝心地の良い場所ではなかったが、安心して眠れたリコはミノルの胸に顔を埋め、甘えるようにして朝を迎える。


 リコの顔色は良くなり、唇の色も健康的な色に戻っていた。ミノルは彼女のその様子を見て安心し、彼女を抱きしめる。


 二人は寝床から這い出ても抱き合ったまま過ごした。


寒さと心細さを二人で補い合いながら、残った火でお湯を沸かし、そのお湯の中にスティックのインスタントコーヒーを混ぜて二人で半分ずつ飲んだ。

 

 昨日と同じ保存食を二人で同じように食べ、安全のためにトイレもミノルが付き添う。

 

 荷物を片付け、穴を掘って作った焚き火の上に掘った土を被せ、穴を埋めて完全に鎮火させる。


 そして二人は出発した。


 12月の朝の空気は冷蔵庫のような寒さだった。その寒さを、山の風がより寒くさせる。


 吹き続ける風と、乾燥した空気が喉と鼻の奥をカラカラにしてしてしまう。


 それでも歩く以外に道はない。


 この地の名も知らぬ山々が幾重にも連なり、稜線という途方もない道筋を作り出している。


 その道は、さらなる高みの尾根へと続く道だが、舗装などされていない。ただの尾根筋であり、その稜線には露出した杉の根と落ち葉、石ころや朽ちた木しかない。


 そんな山頂伝いに続く道には、山肌を覆う、どこまでも続く無計画に植林された杉林だけが二人を見下ろしている。

 

 二人はただ山を尾根伝いに歩き、さらなる高い山の頂上に移動し、そこからさらに尾根伝いに歩いて次の山へと向かうことになる。


 ゴールなどない。


 二人の死が望まれない地を探すという、果てしない旅に出発しなければならない。


 その困難な旅路を思うと、ミノルは挫けそうだった。


 けれども、自分は一人じゃない。彼女だけは守らなければならない。


 なんの力もない彼女をここまで連れ回したのは自分だ。


 その責任を取る義務がある。


 命に変えても彼女を守るという執念だけが今のミノルを突き動かす原動力だった。


 二人は稜線を歩き続けた。


 遠くの山々を見渡しながら杉の木の間を縫うように起伏のある稜線を進み、ミノルは手持ちの地図とコンパスで方向を確認しながら先導した。

 

 まだまだこの山は標高の高い山とは言えない。林業に使うために舗装された道路があちこちに張り巡らされている山だ。


 人の住まわぬ地を見つけ出すためには、ここから脱出するという最初の関門であり、最難関を突破しなければならない。

 

 ミノルは先を歩き、人影が無いことを確認しながら後ろを歩くリコの様子にも気を配る。


 リコは病み上がりでまともな体力作りもできていなかったが、女性らしい気丈さと粘りで必死に付いてきていた。


 今目指す、次の連なる尾根伝いの山の頂上は、この地域で一番の標高の山である。


 その地を目指して進む。


 尾根はまるで馬の背のようだった。


 人は小さなアリのようで、タテガミのように生えた木々。


 アリが馬の背を渡り歩き、馬の首筋に沿うように上り、山頂という馬の頭の上に登る。そして今度は今いる馬から、次の向かい合う馬に乗り移り、今度は新しい馬の背筋に沿って渡り歩き、新たな馬の首筋に沿って下る。


 その繰り返しだ。


 稜線とは山の尾根が作り出した巨大な平均台。その道は平坦ではなく、巨大な波。


 山の波乗りは、自らの足を使う冒険。


ひたすらに歩き続けると、二人が進む稜線は徐々に下り坂になり、下り坂の稜線に沿って進むと今度は谷間に入った。


 山と山の境目。山の谷間。


 馬に例えるなら、馬の尻。もしくは新たな馬の背。


 上にいるのに下にいる。高い場所の低い所。

 

 その先に進むと現れる、上り坂。

 

 この稜線を登って山頂を越え、複数の稜線が重なる先に沿って進めば県を越えられる。

 

 幾度も繰り返した、後ろから必死に食らいついて歩くリコの無事を確認すると、目指す最初の目標となる山の頂上に向けて、ミノルは坂を登ろうとした。


 新たな馬の首筋。山が作り出した巨大な波。次の山の山頂へ続く尾根を。

 

 すると、木が弾けた。

 

 ミノルの顔の真横。


 坂を登るために横切ろうとした杉の木の幹にとてつもない衝撃が襲いかかった。

 

 続けざまに追いかけるかのような、パァーンとこだまする破裂音。

 

 ミノルは後ろを振り向き、リコに飛びつき、抱きしめ、稜線の谷間のわずかな平らな地面に倒れ込む。

 

 リコもミノルもヘルメットを被っていた。プロテクターも付けている。

 倒れ込んだときに地面の木の根や石ころに体を打ちつけたが、体にダメージはなく、衝撃もほとんどなかった。

 

 

 「な、なに、ミノルくん!? びっくりした」

 

 「撃たれた。そんなに遠くない。当たらなかったけど、危ないから伏せてろ」

 

 

 ミノルはリコを木の根本に潜り込ませ、腹ばいになってじっとしているようにと命令した。

 

 リコはその指示に従い、ミノルはリコと同じように腹ばいになったまま、背中に背負った自動銃を手繰り寄せる。

 

 ミノルは考えた。どこから撃たれたのか。

 

 自分の向かって右横の木に着弾した。

 ほぼ間違いなく正面からの発砲。

 

 左右に自分が今いる稜線の標高よりも高い山など無い。

 それがあるのは正面だけ。

 

 十中八九、自分が進もうとしていた稜線の上から撃たれたのだ。

 

 こんな山奥の、こんな早朝に。

 

 人間の処刑部隊はこんなところでも検問を行っているのか。

 

 そうなると問題は人数。

 二人か、三人か、四人かは分からない。どちらにしろチームだろう。

 

 想定できるのは、数人で銃を撃って動きを封じ、残りが間合いを詰めながら相手を狙撃できる位置に移動して撃つ。

 もしくは観測手が常に位置を正確に把握し、こちらの隙をうかがって脳天に撃ち込んでくる。

 

 相手が自衛隊などの軍人なら毎日毎日そんな訓練をしているのだ。

 武器の火力でも、人数でも技術力でも体力でも負けているだろう。

 

 勝ち目は無い。

 

 このままでは自分だけではなくリコも殺される。

 

 ミノルはため息をついてポケットをまさぐり、白いハンカチを引っ張り出す。

 

 そのハンカチを地面から拾い上げた木の枝の先に結ぶと、木の陰からこっそりと表に出して白いハンカチを振った。

 

 白旗だ。

 

 相手が見逃してくれるなら、この場を去って逃げるというわずかな希望にミノルはすがるしか無かった。

 

 しかしその白旗は音速を超える物体に即座に射抜かれ、ほんの少しの遅れとともに発砲音が山彦を轟かせながら聞こえた。

 

 

 _パァーン

 

 

 「……あぁ、そうかい。そうかい……そんなに殺して―のか」

 

 

 即席の白旗もあっという間に射抜かれた。

 

 どれだけ離れたところから狙撃したのかミノルにはさっぱりわからなかったが、ハンカチの白旗を朝飯前に狙撃できる腕前だ。

 

 初弾は外したようだが、きっと腕の良い狙撃手なのだろう。

 

 そいつは見逃してはくれない。

 

 だったら隙を作るしか無い。

 

 

 「……おい、リコちゃん」

 

 「な、なぁに、ミノルくん?」

 

 

 震える声が下から聞こえる。

 

 狙撃された発砲音が今度は聞こえたのだろう。

 

 

 「俺が囮になるから山から降りろ」

 

 「……へ?」

 

 「ごめんな。俺じゃ助けてやれなかったよ」

 

 「うそ? い、いかないでミノルくん!」

 

 「俺が弾幕張るからよ。山から降りて車まで戻ってどこかに隠れてくれ。……銃と弾はまだ車に残ってるけど、使い方を教えてもいないのに。ごめんな」

 

 「ミノルくん!?」

 

 

 ミノルは散弾銃に弾を装填すると狙撃してきたと思われる方向に散弾銃の銃口を向けて一発発砲した。

 

 白旗を射抜いた弾道の角度でなんとなくの位置しか分からないが、それでも体を半身だけ出して更に二発発砲する。

 

 発砲すると即座に体を隠したが、その間にも後方で動かないリコ。

 

 

 「おい、リコ。行け」

 

 「や、やだよぉ!」

 

 

 ミノルは自分が前進するしかないと決断した。

 

 散弾の有効射程距離は短い。

 

 それでもどこに居るのか分からない相手に弾を当てるのなら、散弾に頼る他は無い。

 

 その中でも使用制限がされている九粒の00バックショット。散弾の中でも最も飛距離があり、その弾の跳弾によるラッキーショットが頼みの綱だ。

 

 ミノルはバックショットを銃の中に三発装填すると、隠れていた木の陰から飛び出して稜線の坂を駆け上がりながら上に向けて発砲した。

 

 ドンドンドンと三連射すると稜線の坂に生えた杉の木に身を隠し、弾を装填し、木の陰から稜線の上にめがけて発砲してからまた飛び出し、銃を撃ちながら坂を駆け上がった。

 

 ただのバンザイ突撃だ。

 

 たった三発しか装填できない散弾銃に弾を三発装填し、発砲しながら駆け上がり、走り抜け、リコと離れ離れになっていく。

 

 銃身が熱く熱せられ、冷たい空気に冷やされて銃身から煙が立ち昇るが、ミノルは手と全身を動かして弾を装填して稜線の上にめがけて発砲して駆け登る。

 

 上に。上に。上に。

 

 殺される前に、相手を殺す以外に未来は無い。

 

 殺してやる。

 

 ミノルは執念と怨念だけを原動力にして体を動かし続けた。

 

 額から汗が吹き出る。

 

 全身から汗が滲み出る。

 

 弾を装填し、走りながら撃ち、たった一本分の木と木の間を駆け登っては木の陰に隠れて弾を装填し、また撃って坂を駆け登る。

 

 まるで終りが見えない。しかし相手は撃ってこない。


 撃ってくれば、相手の位置が分かる。


 命中しても即死でなければ、撃たれた方向に向けて撃ちまくり、時間稼ぎができる。

 

 撃ってこないのは、ラッキーショットが当たったのか、それとも弾幕から逃れるために隠れているのか、はたまた誘い込まれているのか。


 しかし、相手が撃てないでいるという可能性も十分にあることをミノルは信じていた。


 日本の地形は山と森林が多い。そしてここも山頂の山林。


 密集する木々が銃の射線を遮ってしまう。


 自分もそれで走り抜けるシカを撃てずに見逃すことが何度もあった。


 巻狩もそのためだ。犬に獲物を追わせ、タツマのいる場所まで誘導し、そこで待ち構えて仕留める。


 木々の生い茂る森の中で銃を撃って当てるという行為は、非効率で難易度の高い技術である。


 ベトナム戦争では一人を殺すのに約5万発の弾が消費されたという話をミノルは記憶していた。


 だから罠が好まれる。狩猟でも、戦争でも。

 

 ミノルは自分の無謀な戦法が功を奏しているのか、相手の術中にハマっているのかは分からない。


 悩み、迷う暇など無い。


 撃って撃って、時間を稼いでリコの逃げるチャンスを作るしか無い。

 

 坂を全力で駆け上がり、弾を装填するために木の陰に隠れると吹き出る汗が目に入る。

 

 目がしみる。滴る汗を上着の袖で拭い、邪魔なヘルメットを脱ごうとしたが、自分が被っているヘルメットはリコが被るようにと言ったものだ。脱げなかった。


 自分が生きて来た理由の証だ。彼女と出会ったことが、ここまで必死に生きる理由になっていた。

 

 側に居たほうが良かっただろうかと、自分の行動に後悔の念も生まれたが、それこそ相手の思うつぼだろうと邪念を振り払う。


 ヘルメットは被ったまま弾を装填しようとすると、ポケットに弾がない。


 尽きたバックショット。スラッグ弾が当たるとは思えない。バックパックから鳥撃ち用の5号弾とトラップ射撃用の弾を取り出してポケットに流し込み、それらを適当に装填する。

 

 

 _ダァンン!! ダンダン!!

 

 

 ミノルはまた駆け上がりながら銃を撃った。

 

 相手がいると思われるところにめがけて撃ちまくり、今一度山を登る。

 

 走りに走って、登りに登る。

 

 その坂道の先に生えた杉の木の密度も次第に薄くなっていく。

 

 隠れる木の幹の本数が減っていき、次第に坂道が無くなっていく。

 

 まもなく頂上だ。

 

 頂上の手前、残り数本の杉の木の幹に体を隠し、弾を装弾する。

 

 あと少しで頂上。しかし相手は出て来ない。

 

 そこでミノルは理解した。

 

 敵は山頂の先にいたのだ。斜面ではなく、山頂。

 

 ミノルが登る斜面のその先。山頂の奥で銃を構えて待ち構えていれば、坂の下から撃たれる弾など一発も当たらないし、当たるわけがない。

 

 相手からすれば撃ってくる相手を待ち構え、山頂に姿を現したそこを撃ち殺せばそれで終わりだ。

 

 全くもって無駄な行為をしていた自分。

 

 ミノルは途端にこみ上げてきた疲れに地面にへたり込んだ。

 

 爆発するように激しい鼓動をする心臓。まるで過呼吸にでもなったかのようなハァハァと止まらない呼吸。

 

 全身が熱く、止まらない汗。真冬の山ではなく、まるで熱帯雨林にいるようだった。

 

 けれども止まるわけにはいかない。

 

 ミノルは水筒を取り出して一口だけ水を飲むと弾を装填し、地面に腹ばいになった。

 

 腹ばいになったままの姿勢で匍匐前進を始め、山頂を目指した。

 

 山頂に敵が待ち構えているならば、低い姿勢で撃ち返して応戦し続け、時間を稼いでやる。

 

 上で双方の銃声が鳴り続けばリコも下山できるチャンスだと理解できるだろう。

 

 そして一人でも多く道連れにしてやる。

 

 ミノルは這う。


 両手で散弾銃を握りしめ、両肘と両膝で地面を上を移動する。

 

 木々の枝と枯れ葉と小石が転がる地面をジリジリと這って山頂を目指す。

 

 活路を切り開くために敵陣の奥深く、前線の最前線に切り込む決死隊。

 

 たった一人の決死隊だ。

 

 山頂まで残りわずか。


 上り坂の尾根から顔を出し、山頂を覗くと頭を撃たれるかもしれない。

 

 こんなバイク用の半帽のヘルメットが銃弾をそらしたり防ぐとは思えない。

 

 それでも信じるしかない。

 

 ミノルは恐る恐る、恐怖を踏み潰しながらゆっくりと顔を覗かせ、山の頂、坂の終わりのその先を覗き込んだ。

 

 見えるのは杉の木と、杉の木、杉の木。杉林と枯れた草。

 

 少しだけ広がる山頂の稜線の広場。ソロキャンプにはちょうど良さそうなポイントだ。

 

 しかし、誰もいない。

 

 

 「はい。ゴール。お疲れ様」

 

 

 ミノルの後頭部にゴリッと鉄の棒が押し付けられた。

 

 覗き込むために上体を起こして上げていた頭が上から押し付けられた勢いで地面に叩きつけられ、顔面が地面にうずくまる。

 

 ヘルメット越しに顔を地面に押し付けられ、顔を上にあげることができない。

 

 銃口を頭に突きつけられているのだとすぐに分かった。

 

 年長者の男の声。

 

 背後に回られていたのに全く気が付かなかった。


 しかしミノルは弾を装填する度に後ろを振り向き背後を確認していた。自分が来た道、後ろの稜線は誰も登って来ていないはずだった。


 けれども裏をかかれた。やはり、プロは違うのだ。

 

 

 「その手を銃から離して両手を頭の上に乗せろ」

 

 

 男が命令する。

 

 今すぐに殺すわけではなさそうだった。


 ミノルは言われたとおりにレミントンから両手を離し、そのまま両手をヘルメットの上に乗せた。

 

 ミノルの頭の上から銃口が外され、背後にいた男が前方に回り込む。

 

 ミノルが地面に置いた散弾銃を男は取り上げると、銃を操作してコッキングレバーを動かし、遊底を操る音が聞こえた。

 

 ミノルは顔を地面に押し付けながら目を動かし、男の足元を見た。

 

 男が履いていたのは靴ではなかった。林業用のスパイク地下足袋だ。

 

 ハンターで愛用している者も多く、山に入るなら山菜採りのお婆さんだって使っている。

 

 男はミノルから取り上げた散弾銃を持ってゆっくりと移動し、カチャカチャとなにか軽い金属の擦れ合う物音を立て始めた。


 何をしているのか分からないミノルは命令されたままの姿勢を貫き、腹ばいになって両手を頭の上に乗せ続けた。

 

 

 「おい起きろ。両手は頭の上に置いたままな」

 

 

 新しい命令にもミノルは素直に従った。

 

 頭の上に手を乗せたまま、足と膝で体勢を整えて起き上がり、足の力だけで立ち上がる。

 

 男は稜線の山頂にいる。

 

 さっき見た小さな広場。

 

 男は銃を構えていた。


 ミノルから3メートルほど離れた所に陣取って椅子に座っている。


 折りたたみ式のアウトドアチェアだ。

 そこに座り、ミノルの散弾銃を腰だめに構えて銃口をミノルに向けている。

 

 さっきの物音はアウトドアチェアを組み立てる音だったのだ。

 銃もライフルよりも、奪った散弾銃のほうが近距離では確実に当てられる。

 

 その男はガスマスクをしていた。フィルターの付いた突起物が口元を覆い、迷彩服を着ている。

 

 男の顔は分からないが、両目だけがミノルには見えた。

 

 引き締まった細い体つき。足元は靴ではなくスパイク地下足袋。

 

 腰には見覚えのある木製の鞘に収められた剣鉈。膝の上にライフル銃を乗せ、それを左手で支えている。

 

 男は頷くような素振りを見せ、ミノルの顔をジロジロと眺める。

 

 

 「お前は馬鹿だなミノル。無鉄砲に突っ込みやがって。本当になんの進歩もねー」

 

 

 そして叱られた。

 

 自分の名前を知っている謎の男。

 

 

 「お前ちょっとは考えろよ。

 バカ犬みて―に何でもかんでも追いかけてよぉ。だから忍び猟も成功しないんだよ。罠で獲物捕るなんざよ、数仕掛けりゃ誰だってできんだぞ!? その辺の農家の婆さんだって獲ってるべ? 足跡と痕跡を見て、想像する。そのために毎日山に入るんだよ。見切りだぞ? みーきーり!!

 罠だって何でもかかれば良いんじゃねーんだぞ? 狙った獲物、狙った相手、狙った足、狙ったタイミングでバッチリ合って初めて罠猟なんだよ。見切りができて、そのルートに相手が来ることを想定して待ち構えて、一発で仕留める。それが忍び猟。追いかけ回すなんざ勢子の役割だぞ? 無駄な動きも、無駄な痕跡も残さない。無駄な鉄砲もしない。無駄な傷も作らない。無駄な刃も入れない。なんでもきれいに仕事をする。何度も言ってんべ!?」

 

 

 めちゃくちゃ怒られた。

 

 

 「あ、あの……タカハシさんですか?」

 

 「あたりめ―だ。俺以外にこの山にタカハシはいねーだろ」

 

 

 いや、居る。


 高橋の名字を持つ人物はこの地域には珍しくない。だが、あえて言えば“あのタカハシ”は一人しかいない。

 

 ミノルの所属する猟友会の会員である狩人のタカハシだ。

 

 タカハシは自らのことを“かりうど”と名乗っており、狩人のタカハシといえば知る人ぞ知る存在だ。

 

 タカハシ専用の縄張りがいくつかあり、勝手にその縄張りを犯すと後が怖いことでも有名である。

 

 しかし、タカハシが開拓したその縄張りはどれも地道な個人活動で地主に許可を得て作った縄張りであり、タカハシ自身が地主に謝礼として肉や金を支払っている。

 

 自分が借りた猟場でマナーの悪い猟師が汚したり荒らしたりすると地主に迷惑がかかるし、タカハシの行為だと誤解される恐れもある。


 マナーの悪い猟師は多い。無許可、違法な罠も多く仕掛けられ、猟犬がその罠にかかる場合だってある。それがタカハシは大嫌いだった。そのためタカハシは自分の縄張りを無断で利用する奴を絶対に許さなかった。

 

 これをタカハシが猟場の一部を独占しているなどと陰口を叩く連中もいるが、知ってる仲間からは筋違いだとそれを否定する者も多い。


 なので、この山に自分以外のタカハシがいないというのは、この山は自分の縄張りであり、地主はタカハシという名字ではないという意味が込められている。

 

 

 「そうっすよね。あの、それでタカハシさん。ここで何してるんですか?」

 

 「バカ! そりゃ俺のセリフだよ! おめーここで何してんだよ!!」

 

 

 タカハシの声はでかい。いつだって怒鳴るように喋る。

 

 

 「いえ、町と世界でゾンビとグールの騒動が起きてるのご存知ですよね?」

 

 「あたりめーだバカ。知らねーわけねーだろ。そうじゃなくって、な~~んで山なんか登ってたんだよ!!」

 

 「町が爆撃されたじゃないですか、だから山を越えて逃げようと思ってたんです」

 

 「バカ!! そんなことしたらドタマぶち抜かれるだろ!! あぶねーだろ!!」

 

 「さっき撃ってきたのはタカハシさんですよね?」

 

 「バカ! 俺がお前の頭なんか狙うわけねーだろ!! 山を降りて引き返すように狙いをずらして撃ってただろ!! なのにバカスカ銃撃って登って来やがって! だいたいおめー、全然見当違いの方に撃ってどうすんだよ! ちゃんと目標見て撃ったのか!? 適当に撃ったとこに人がいたらどうすんだ!!」

 

 「撃たれたメッセージなんてわかんないっすよ。銃は撃ってきた奴に当たればいいなと思って撃ってたんですけど……」


 「だったらなおさらちゃんと相手を確認しろよ。できね―なら撃つな。なんべんも言ってるべ? 森の中で適当に散弾なんか撃ったらどこに行くか分かんねーべ? もしも跳ねてテメーに当たったらどうすんだよ。だいたいよ、ミノル。お前ちゃんと射撃してるのか?」


 「あ、はい。だいたい月に一、二回くらいは……」


 「アベレージは?」


 「調子が良ければ18とか」


 「本当か? 何ゲームで?」


 「……2か、3ゲームくらいですね。……まぁ、普段だと15、16くらいです」


 「お前に最初に言ったろ? 俺は弟子は取らねーけど、教えてやるし、猟場も使わせてやるって。その代わりに、トラップ射撃ならCクラスの成績残せる程度の技術は磨けって、な?

 俺はよ、適当な鉄砲撃って事故起こされるなんてまっぴらゴメンなんだよ。獲物が何かも分からねーで撃つ奴とかな。もしも事故起こしたら悲しむのは自分と相手だぞ? 他の猟師にも、地主にも迷惑かける。だから俺の猟場を借りたいなら、ちゃんと訓練しろ。

 射撃が役に立たないとか腑抜けたこと言うバカな他の連中に耳なんか貸すな。連中は獲物が取れてたって、クレーに当てることすらできねー。あいつらはその程度しか銃が使えねーんだよ。

 だから銃を使う以上はちゃんと練習しろ。わかったか?」


 「はい。すいませんでした。ちゃんと練習します」



 ミノルは両手を頭の上に乗せたままで頭を下げた。


 つい、いつもの習慣でタカハシといつも通りのやり取りをしてしまった。

 

 だが心の中で、何故こんなところで場違いな説教を受けているのかも理解できないでいた。


 

 「えと、てゆーかタカハシさん。話を戻すんですけど、俺が山を登ってたの知ってたんですか?」

 

 「あたりめーだ。お前のジムニーが山を登ってきて、路肩に停めてるのも全部見てたさ。連れと一緒にあっちの方で一晩過ごしたろ? お前がどこをどう通るかなんざ、すぐに分かったわ」


 

 タカハシはそう言いながら、ミノルたちが歩いて来た尾根の方向に向かって顎を振った。

 


 「マジかよ……」

 

 「おおよ。……ところでよ、ミノル。お前、かかったんだろ?」

 

 「……ええ。間違いなく」

 

 「そうかぁ。……この国も他の国も、感染したらどんな状態であれ、殺して焼くって方針だぞ」

 

 「らしいですね」

 

 「俺はよ、人里離れてて会う人も限られてたからよ? 感染しなかったみたいだし、真っ先に隔離されたおかげで今もこうして無事だ。

 予防接種も受けたけんどよ、限られた時と場所以外では常にこの防護マスクかぶらなきゃならねー。それが面倒でな」

 

 

 タカハシはうんざりしたような声でガスマスク型の防護マスクを指で小突きながら言った。


 すると今度は真面目な声のトーンで話し出す。

 

 

 「……それでな、ミノル。今の俺の仕事は何だと思う?」

 

 

 ミノルは自分に銃口を向ける、タカハシの手にした自分のレミントンと、膝の上のライフルを見ながら答える。

 

 

 「……有害駆除でライフル持ってるわけじゃないですよね」

 

 「いや、それが有害駆除の仕事だ。ただな、標的はシカやイノシシじゃない。……人間だ」

 

 「……人間ですか?」

 

 「いや、正確には人間として扱われなくなった人々さ。

 感染すると狂ってウィルスを媒介するか、狂わず無意識にウィルスを媒介するか……。非公式にはそれらは全部アンデッドって言われてる。異常に致死率の高い病気にかかって死ななかったからってな。んでよ、人を襲うのがグール。襲わないのがゾンビだとよ」

 

 「ええ。それも聞きました」

 

 「そうか。でな、ウィルスは一種類じゃないらしいんだ。人の遺伝子が変異することを受け入れる遺伝子に組み替えるウィルスがいて、さらに変異する設計図を持ち込んで変化させて覚醒させるウィルスがいる。それが今回の事件になったらしい。

 しかもよ、人工的に作られたものだ。どこの誰だか知らねーけどよ、ウィルスというものの正体を暴いた奴らが、ヒトのゲノムっていう遺伝子情報の全体もある程度把握してよ、人工的なウィルス作ったんだってよ」

 

 「へー。そんなことまで分かってるんですか」

 

 「タレコミがあったんだとよ。コーカソイドの抹殺計画があるってよ」

 

 「……コーカソイド?」

 

 「白人だよ。このウィルスは白人を殺し尽くすために作られたんだ」

 

 「は?」

 

 「俺が聞いたのがブロンドの髪。金髪になる遺伝子を持ってると、致死率が異常に高い。変異前に死に、死ななくてもグールにはなる。けんどゾンビ化はほとんどしない。その他のコーカソイドを特徴づけるような肌の色とかの遺伝子かなんかが関わってると、やっぱり致死率が高い。

 俺たち日本人と同じモンゴロイド系のモンゴル人や中国人、アラスカやアメリカ先住民なんかは、致死率はコーカソイドよりも低いらしいんだけどよ、グールやゾンビになりやすい。

 他の有色人種も今のところ半々くらいだがまだはっきりしてない。例外は、幼児と高齢者と病人。感染しても体が耐えられなかったら遺伝子の特徴を問わずにだいたい死ぬ」

 

 「なんでまた白人が?」

 

 「さあな。犯行声明は出ていないから分からんらしい。けどな、何かしらの特殊なウィルスを見つけ、それを利用するために人為的に作り変えて、段階的に世界中にばらまいた奴らがいるんだとよ。

 反キリスト教なのか、イデオロギーを嫌ってるのか、とにかくどっかの秘密結社だ。KKKの真逆だよな。っで、第一段階のウィルスはオウム真理教と同じように世界中の公共交通機関と、世界中へ輸出入されるコンテナとかを利用してばらまかれたらしい。何年もかけてよ。タレコミがあったのはその後だ」

 

 

 ミノルに銃口を向けたままタカハシは話し続ける。

 

 

 「タレコミを受けて秘密裏に世界中の研究機関が調査した。

 けどな、その頃には第一段階のウィルスが世界中にばらまかれてて、感染が広がってる真っ只中。白人社会の欧州、ロシア、アメリカは世界中から嫌われてる。

 もしもこのことを発表すればすぐに覚醒させるウィルスをばらまかれて、それに協力する有色人種の国家も生まれるだろう考えられた。

 だからよ、NATOを中心に秘密裏に覚醒を防ぐするワクチンが作られ、限られた量産体制の中で政府と軍関係者を中心にワクチンを接種。……を、したけどよ、間に合わなかったってわけだ。相手はなんと覚醒ウィルスを先に広めてた。それが10月31日に目覚めるように、時限爆弾みたいにしてな」

 

 

 「でも、ワクチンがあるなら治せるんじゃないですか?」

 

 

 「あくまで変異するのを妨げるだけだ。

 引き金を引いて撃針で叩いても、針が雷管に届かなければ火薬は爆発しない。爆発しなけりゃ弾は出ない。けど、爆発して弾が出たら止められない。

 だから変異したら治す薬は無い。変異した後の対応方法も無い。それで暫定的に国連で決めた対応方法はな、感染拡大が確認された規定区域の中の住人は人間でないとして扱うってことさ」

 

 「だから俺たちは人間ではなく有害生物ってことですか?」

 

 「ああ。感染を止めるためには人を止めるしか無い。俺の仕事はそのための有害駆除だよ。この山と、この地域は俺たちが知り尽くしてるからな。国連の軍と国からも要請があってな、生き残ってる猟師は防衛隊に協力する義務が決まった」

 

 

 タカハシはレミントンの銃口をミノルに向けたまま話し続けた。

 

 セミオートのレミントンでは、例え弾を外したとしてもすぐに次弾を発砲できる。

 撃ち下ろせる状況下で連射も効く散弾銃が相手では抗うことが無意味であることはミノルもよく理解している。



 「都心から離れた自営業の俺と家族や仲間は運良くすぐに隔離されたおかげで、こうやって感染せずにすんでる。

 感染しても重症にならなきゃ問題ないんだけどよ、死ぬかグールになるかの二択じゃあな。

 もしも運良くゾンビになっても、ず~っとウィルスを作り続けて感染源となって生き続けるんだぞ? 誰も感染なんざしたくねーだろさ」

 

 「それで有害駆除ですか?」

 

 「ああ。ほとんどグールばっかりさ。町の中の食べ物を漁ってる連中の中にはよ、タヌキやハクビシン、シカにイノシシとかを見付けてさ、それを食べようと追いかけて山中に迷い込んで別の町にまで行っちまう連中だっているのさ。

 だからよ、こうやって巡回してる。もっと山裾の方には解禁されたトラバサミや落とし穴の罠も設置してあるぞ。最初は地雷って言われたけどよ、こっちが分かんねーからやめてくれって言って止めたわ。

 まぁ、お前はみんなが使う道を使って来たから罠にかからなくて済んだんだろうな」

 

 「ほとんどってことは、何人かのゾンビは仕留めたんですよね?」

 

 「……ああ、そうだ。可愛そうだがな。なるべく一発で仕留めてやってる」

 

 「……俺ももちろん、やられますか?」

 

 「そこなんだよ。俺だって好き好んでやってる訳じゃねー。理由を説明して、グールの住む危険地帯で生活することに理解を示してくれる奴なら殺す必要はないと思ってる。もちろん、他の連中もな。これでも結構な人数を追い返してる」

 

 「なるほど。あの、水も電気も出ない町の中で、死体であふれかえった、同じように生き残った暴漢のゾンビ連中と戦い、徘徊するグールとも戦いながら、この爆撃された死んだ町の中でずっと生活しろってことですかい? え!? あんまりじゃねーかよ!!」

 

 

 ミノルは語気を荒らげながら言い返す。


 タカハシの表情はガスマスクで伺うことはできない。

 

 

 「お前が相手でなければ、そうだと言う。……でもよ、俺とお前の仲だ。俺もそこまで酷なことは言わねーさ。ほれ」

 

 

 タカハシはポケットの中から何かを取り出し、ミノルへと放り投げた。

 

 “何か”はガチャリと音を立ててミノルの足元の地面に落下した。


 それは日光に照らされて光を反射し、キラキラと光り輝く。

 

 ミノルは手を下ろすと、光り輝くそれを拾い上げた。


 それはいくつもの鍵がついた革のキーホルダーだった。

 

 

 「ミノル。お前が初めて“会”に入ったときにさ、山形県の俺の山小屋に遊びに行ってよ、一緒に猟をしたろ?」

 

 「しましたね。使ってる水は衛生検査もされた湧き水だって自慢されて飲んだの覚えてます。庭でその水で五右衛門風呂を沸かして入ってたら、とてつもなくでかい角を生やしたシカが出てきたのも覚えてますよ」

 

 「おめー、素っ裸でワーワー言ってさ、ビビってちんちんをガキみてーにちっちゃくさせてたから、ありゃー腹抱えて笑ったわ。

 山形県は三月まで猟できるし、腕の良い連中が多くて勉強にもなるから楽しかったよ。けどよ、あの辺には俺はもう行けねーんだ。

 だからさ、その鍵とあそこの山小屋、お前にくれてやるよ」

 

 「……くれるっつったって、山形県は遠いっすよ」

 

 「まぁな。無事にたどり着けるかどうかすら分からねー。主要な道路は封鎖されてるし、検問もできてる。隠れんぼと鬼ごっこを繰り返して突破するしかない。

 けどな、林道までは警備しきれてない。だから俺たちみたいのが駆り出されてる。

 ミノル。お前、俺たちの手伝いをするときに使う、車に貼り付ける有害駆除のプラカードだけは持ってるだろ?

 俺たちが決めたルールで、あれを貼った車にはなにもしない決まりがある。その鍵で封鎖したゲートを開けて林道を通って山を越えろ。ここなら県を跨げば検問も突破できる。その先はお前の力と運次第だけどよ、関東を越えて東北地方に入ればアンデッドを駆逐する防衛隊はいない」

 

 「……東北……」

 

 「高齢化で過疎ってるから人間は生き残らないとみなされて、東北地方と四国は見放された。

 けど、手も出さない隔離地域になる予定だ。防衛用の検問や防衛隊もこれから作られる。北上する分にはまだ防衛隊も見過ごしてくれる。今すぐ行けば十分間に合うはずだ」

 

 「でも本当に見過ごしてくれるんですか? 近づこうとしたら問答無用で撃ってくるって」

 

 「防衛隊員だって同じ日本人を殺したくなんかねーんだよ。有色人種のグールとゾンビを殺せって言って爆撃してるのも米軍とNATOだ。それとロシア。

 人間とゾンビは外見での区別なんかできねーから、実質の虐殺だ。ホロコーストだってまた始まってる。相手はユダヤ人じゃない、有色人種だ。日本は強く出れねーから隔離地域を作る政策でやっとなんだよ……だから残った連中だって好き好んで殺す訳じゃない。

 なぁ、ミノルよ。俺たちはよぉ、みんなからなんて呼ばれてるから知ってるか? 

 アンデッドハンターだぜ?

 ふざけんじゃねぇよな。俺は狩人だ。肉を食うために動物殺して、命を分けてもらってるんだ。

 好き好んで人間殺すわけねーだろうがよ……なぁ?」

 

 「アンデッドハンターね……バカな名前つけやがって」

 

 「そう思うだろ? まぁ、だからよ、人知れず静かにしていれば、今の事態も収束する可能性だってあるかもしれねぇ」

 

 「しない可能性も?」

 

 「ああ。だけど今ここで俺ができるのはお前を殺すか、見逃すかだけだ。見逃すなら少しでも生き残る可能性を与えてやりたいさ。……でよー、さっきの話だけどな、あの山小屋にはよ、実は秘密の部屋があるんだ」

 

 「秘密の部屋?」

 

 「四年前によ、隣町の猟友会で馬鹿な奴が銃を山に置き忘れて紛失した事件あったろ?」

 

 「ありましたね。同じレミントンだから覚えてます。盗難だろうって……まさか」

 

 「おう。盗ったのは俺だ」

 

 「タカハシさんだったんすか!?」

 

 「あの野郎はよ、勝手にこっちの縄張り無断で使ってた上に、俺の仕掛けを壊しながら猟をしてたんだ。しかもあの野郎、俺の罠にかかってたイノシシを横取りしやがったんだ。その現場を見つけてよ、ぶっ殺してやろうとしたらよ、あの野郎仕留めたイノシシを運ぶのに銃をその場に置いて行きやがった。

 俺はチャンスだと思ったね。あいつが去った後にコッソリその銃を拾って持って帰ってやったのよ。

 そしたらその夕方には警察がバンバン来てよ、翌日もそのへんパトカーだらけよ! 翌朝に俺は素知らぬ顔で現場の罠を巡回に行ってさ、マッポに質問されても知らねーって言ってやったし、逆に俺の壊された罠を見せてよ、俺も被害者だ~~って装って、一緒に犯人探ししてやったのよ」

 

 「うわー……。タカハシさん、それはやべーだろ」

 

 「おもしれーだろ? っでな、その銃はその山形の山小屋に運んだ。そんで俺は弾倉を改造をしたんだ」

 

 「え? もしかして詰め物取ったんですか?」

 

 「甘いな。もともとあそこは俺が第三次世界大戦が起きたときの疎開先に使おうとも思って用意したんだ。

 だから水にも困らない。備蓄食料もある。電気はソーラー。火だって薪を使えば良いようにと、自給自足の整った環境よ。衣食住があれば、残るはもしものときの武器だろ? 知り合いに古い銃の改造パーツ隠し持ってる人がいてさ、そいつと改造して、弾倉を延長チューブに交換したんだ。バレルもな。所持許可の更新をしなくていい、8発も弾倉に入るレミントン1100だぞ? 痺れるじゃねーか」

 

 「痺れるって、背筋が凍りますよ。クッソ犯罪じゃないですか」

 

 「ついでに使い道がなかった00バックとかの弾もみーんな使ったことにして、湿気無いようにして一緒に保管してる。普通じゃ絶対わからないようにした秘密の地下の部屋にだ。その地下室はよ、その鍵がなければ開かない。どうだよミノル? 面白いだろ?」

 

 「……まぁ、俺も大好きっすよ。そういうの」

 


 タカハシは笑って話した。

 

 ミノルは笑って応えた。

 

 いつもの二人らしいやり取り。

 

 

 「……じゃあな、ミノル」

 

 「タカハシさんも。お元気で」

 

 「ゲートはを通ったら閉じて鍵を閉めなおせよ。あと、猟友会の帽子とベストもあれば着けとけ。それがあれば防護マスクしてなくっても絶対に見逃してくれる。俺が無線でも言っとくから大丈夫だ。もしもお前を撃つ奴がいたら、俺がそいつを撃ち殺してやるよ」

 

 「わかりました」

 

 

 相変わらず過激で無茶苦茶なおっさんだ。

 

 こんな人なのに子供はたくさんいるし、娘さんは超絶美人でいい人だ。

 

 

 「お前、連れのガキがいたろ? あいつは大丈夫なのか?」

 

 「ああ、女の子なんですよ。たまたま助けた」

 

 「そうか。だったらちゃんと守ってやれ。お前が死んだら死ぬぞ。もっと考えろ」

 

 「はい。すいませんでした。気をつけます」


 「おう」

 

 

 タカハシはミノルのレミントンを地面に置いた。

 

 自分が座っていたアウトドアチェアを畳んで背負い、ライフルを手にして後ろを向いて歩き去っていく。

 

 ミノルはタカハシが杉林の中に姿をくらまし、その姿が完全に見えなくなるまで彼の背中を眺め続けた。

 

 タカハシの姿が完全に見えなくなると、ミノルは前進し、地面に置かれたレミントンを拾い上げる。

 

 そこには弾も一発置かれていた。

 

 コッキングレバーを引くと薬室は空だった。

 

 ミノルは弾の入っていない銃口を向けられ続けていたのだ。

 

 ミノルはレミントンを操作し、弾倉にだけ二発の弾が込めてあることを確認するとレミントンを背中に背負った。

 

 そしてもと来た道を引き返す。

 

 稜線の坂道を下って降りるだけ。登るよりもてんで楽だ。

 

 疲れた体に鞭を打つように歩いた。

 

 心の中は軽くなったが、体は重かった。

 

 両手のグローブを使って杉の木に掴まりながら急斜面を下り、坂を滑り下りるように歩く。

 

 その下り坂の坂道も終りを迎え、稜線の谷間の平地に到着した。

 

 ミノルは最後に別れた杉の木を探そうとした。

 

 

 「ミノルくん!!」

 

 

 すると名前を呼ばれた。少し離れた松の木の陰からリコが顔を出した。

 

 また泣いていた。何だか泣かせてばかりいるようでミノルは心苦しく感じた。

 

 

 「おう、ただいま。やっぱりまだいたか」

 

 「ミノルくん!!」

 

 

 リコが駆け寄り、ミノルの胸の中に飛び込む。

 

 彼女を抱きしめる。震えている体を。

 

 

 「なんで行っちゃったの!?」

 

 

 リコは胸の中で怒鳴った。

 

 

 「それしか無いと思ったんだよ」

 

 「そんなことないよ!! 死んだらどうするの!!」

 

 「そうだな、俺が悪かったよ。もうさっき、俺もさんざん怒られたからさ、勘弁してくんないか? もうしないからさ。

 ……でもよ、山の上に居たのは俺の知り合いだったのよ。見逃してくれるってさ。しかも逃げる先も教えてくれた。山を下りてよ、車に戻ろうぜ」

 

 

 ミノルは自分でそうは言ったが疲れて腰を下ろしてしまった。

 

 地面にへこたれてしゃがみ込むミノルと、彼を抱きしめ続けるリコ。

 

 リコは泣いていて、ミノルの話を聞いているのか聞いていないのか分からなかった。

 

 ミノルは一応の安全が確保され、この先は逃げるだけで良いのだと思うと、リコを抱きしめながら胸をなでおろした。

 

 すると涙がこぼれた。

 

 張り詰めた何かが解け、千切れたのだろう。

 

 ミノルはあの日から今日に至るまでで初めて泣いた。

 

 リコを抱きしめながら、ミノルは自分の涙が枯れるのを待った。

 




 静かな二人だけの時間を過ごすと二人は歩き出した。

 

 ミノルは銃を手にしていない。手にしているのはリコの手。

 

 二人は手をつないで歩いた。

 

 山を下る道では、ミノルが別の道を先導した。

 

 隠れて進む必要性が無くなったので、今いる稜線の谷間から山の谷間に作られた舗装道路まで、山の緩やかな下り坂を進むことにしたのだ。

 

 リコの手を引いて先導したミノルは倒木や木の根を避けながらジグザグと山を下る。

 

 眼下の遠くには、既に舗装された道路も見えている。二人はそこまで斜面をジグザグと蛇が這って進むように歩いた。

 

 すると途中からは林業で使われる木と土で作られた道に到着した。


 あれだけ苦労した山の斜面も人が作った道になった途端に楽に歩けるようになる。

 

 山を下り、舗装された道路に出るまでは一時間もかからなかった。

 

 二人はたどり着いたアスファルトで舗装された道路を歩き、乗り捨てたジムニーが残されたゲートを目指し、手をつないで歩く。

 

 何もトラブルは起こらず、ただただ長い道のりを二時間ほど歩いた。


 そしてとうとうゲートに戻ってきた。

 

 乗り捨てたボロボロのジムニーは残っている。銃もそのままの状態だった。


 ミノルは早速貰った鍵でゲートを開放した。

 

 荷物を乗せたジムニーを動かし、ゲートを通過させると言われたとおりにゲートを閉じる。

 

 ミノルが運転席に戻ると助手席にリコが座って待っている。

 

 ミノルは運転席の座席の下に隠していた“有害鳥獣駆除実施中”と書かれた、磁石のついた大きな黄色いプラカードを車のボンネットの上に貼り付ける。

 

 そして黄色とオレンジ色の帽子とベストを身に着け、運転席に座ると車を発進させた。

 

 

 「ねぇ、ミノルくん」

 

 「どうした?」

 

 「カセットテープ、聴いても良い?」

 

 「ああ、いいよ。好きなの入れてごらん」

 

 「これにしようかな。ミノルくんのおすすめ」

 

 「テープはよ、裏表があるんだ。A面が表だから、そっちを上にしてデッキの中に入れるんだ」

 

 「うん」

 

 

 リコがカセットを入れる。

 

 カチャリと音が鳴り、テープが回った。

 

 アルバムのA面の一曲目。流れる軽快で明るく、テンポの良い音楽。

 

 ミノルが車を運転し、二時間をかけて歩いた道を車で走ると、あの道のりがあっという間に過ぎ去っていく。

 

 あの日々の思い出と同じように。

 

 車は山を上っていく。道路を走り、山を突っ切って山の反対側へ向かって。

 

 邪魔するものは誰もいない。

 

 妨害もされず、障害となるものは何もない。

 

 誰もが拒絶し、受けいれてくれなかった二人をこの山だけが受け入れてくれた。

 

 車が一台、そのまま山の中へと走り去っていく。

 

 二人だけを受け入れて。

 

 



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