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UNDEAD HUNTER  作者: Navajo
第二章 新世界の幕開け
21/29

第二十話 悲しかった思い出




 

 ホームセンターの内部に脅威がないことが判明すると三人は行動した。

 

 ホームセンターで扱っている商品を使って明かりを灯し、その明かりとショッピングカートを使って必要なものを入手した。

 

 ミノルはガソリンの携行缶、エンジンオイル、ラジエーター液、バッテリー。

 さらに銃と車の整備に使える備品を一通り、さらにスネや肘などを守るプロテクター。

 

 リコは生理用品と下着、冬服と靴。そして気持ちばかりの化粧道具とそれらを入れるポーチを。

 

 マキノも下着と靴下。冬服に、プロテクター入りの上着と安全靴を選び、その場で着用した。

 これでやっとスウェットだけの生活から逃れられる。

 

 それぞれが自分にあった身の回りの物を選んで用意すると、今度は皆が共通して必要な物をピックアップトラックに載せた。

 

 トイレットペーパーに、カセットコンロとカセットボンベ。水、保存食。そして不足していた寝具など。必要そうなものを載せられるだけ載せ、そして落下しないようにブルーシートで覆った。

 

 

 「ミノルくん、終わったよ」 リコはピックアップトラックの荷台に乗ってブルーシートを覆うヒモを縛った。

 

 

 彼女たちの作業を護衛するミノルは作業の終わりを確認するとリコの全身を見る。

 

 リコは靴がなかったのでこれまでミノルのサンダルを履いていた。

 服も適当に持ってきた服ばかりで、まともな冬服も靴もなかった。


 なので彼女はホームセンターの中から体型に見合った女性向けの可愛らしい柄の服を選んだつもりだった。


 白い生地のダウンジャケット。その下にはピンク色のカーディガンが見えている。ズボンはスキニーの青いデニムをはき、靴は黒と白のデッキシューズ。


 女子が丸出しで、これからショッピングセンターに買い物にでも行くような格好だった。

 

 

 「リコちゃん、それなんだ?」

 

 「え? ……服のこと?」

 

 「ああ」

 

 「変かな? 知らないブランドばっかりだったけど、なるべく可愛いの選んだんだけど」

 

 「ちげーよ。なんでそんなピンクだ白だのの色にしたんだよ。ただでさえちっちぇーんだ。派手派手して女だとバレたら犯されるぞ」

 

 「お、おか!?」

 

 「ちょっとこっち来い。先生、ちょっと車に乗って待っててください。着替えさせてきます」

 

 「いいけど、ほどほどにしてあげなよ」

 

 

 ミノルに手を引っ張られ、リコは作業着売り場に向かった。

 

 作業着とは言え昨今の流行りから女性も着れるサイズの服も増えている。

 女性用のエリアと男性用のエリアをLEDの懐中電灯で照らしながらミノルが服をセレクトし、ミノルプロデュースのファッションショーが始まった。

 

 「上着は黒か灰色。CORDURA素材で決まりだ。その上から羽織れる撥水素材でできた耐火性の綿のフルジップパーカー、柄は迷彩でいいだろう。ズボンもCORDURAで良いだろうが、こっちのニーパッド入れられるやつにしろ。これで転んでも安心。っで、靴はアウトドアシューズ。安全靴でもいいけど、歩くのに邪魔だからお前はこっちのほうが良い。っで、最後はヘルメット。頭守んないと死ぬぞ」

 

 

 リコはミノルプロデュースの服を次々と選ばれて着せられた。

 

 黒いヘルメットを被り、迷彩柄のパーカーの下には黒くて厚手のジャケット。ゴワゴワした灰色のニーパット付きのズボン。ごついアウトドア用のウンコ色のトレッキングシューズ。


 ほぼ全てSSサイズが選ばれ、まるでこれからサバイバルゲームに行く男子のような格好になった。

 

 

 「……可愛くない」

 

 

 リコは鏡を見ながらしみじみ言う。

 

 

 「その服が嫌いなら安心して汚せるだろ? 服ってのは安くて丈夫で汚せるのが良いんだよ。さっきの服は余所行き用に持って帰るだけにしろ」

 

 「もう! だったらミノルくんもヘルメット被りなよ」

 

 「おう、俺もそのつもりだ」

 

 

 ミノルも棚からサイズの合うヘルメットを選び出す。頬付けの邪魔にならないような半帽型のハーフヘルメットを選択し、それを頭に乗せるとリコを連れて車に戻った。


 運転席に座って待っていたマキノは、不満そうな表情のリコと、ニヤニヤした表情のミノルを出迎えて車を発進させた。

 

 ホームセンターを出発し、一路アパートへと向かうこととなる。

 

 ミノルはリコがグールとの一戦を見て泣いたりすることを心配していたが、そうはならなかった。


 彼がホームセンターの安全確認をする間にマキノがなにか伝えたのかもしれないし、彼女自身がこれまでの経験で耐えきったのかもしれない。彼女の気持ちは分からないが、今晩にでも自分たちの存在を説明するべきかとミノルは考える。

 

 マキノは車の運転を続け、今晩の食事をどうするかミノルと話し、リコに作れる料理はあるかと話題を振った。


 それは広い二車線の道路を走り、しばらく経った頃だった。

 

 

 「……なぁ、ミノルくん。あれ、パトカーじゃないか?」

 

 「なに!?」

 

 

 自分たちが走る二車線の道路の対向車線、その先から見覚えのある黒と白のツートンカラーのパトランプを付けた乗用車が走ってくる。間違いなくパトロールカーだ。

 

 

 「やべーぞ! 先生、警察署は暴漢ゾンビの連中だ!」

 

 「相手は対向車線だ。中央分離帯があるからこっちには来れないよ。やり過ごそう」

 

 

 対向車とはコンクリートで作られた中央分離帯を挟んでいるので、そのまますれ違い、走り去ろうとマキノはアクセルを踏み込んだ。


 すれ違う間際に対向車線のパトカーが拡声器で《止まれ!!》と叫んだが、無視して突っ切る。

 

 するとパトカーは対向車線で急ブレーキをかけ、方向転換を始めた。車線上で強引なUターンをしたパトカーは対向車線を逆走し、ドンドン加速させて追いかけてくる。

 

 

 「先生! 追ってきてるぞ!」

 

 「やばいな」

 

 

 対向車線を逆走するパトカーは、その性能を活かして猛追する。

 あっという間に追いつかれ、拡声器から怒声が叫ばれる。

 

 

 《オラぁ!! てめーら止まれ! 逮捕されたくなかったら止まれ! 止まらねーと撃つぞ!!》

 

 

 止まる訳にはいかない。マキノはピックアップトラックのアクセルを踏み込み、なおも加速を試みるがパトカーを引き離すことはできなかった。

 

 

 《止まれっつてんだろ!! え!? 止まれぃ!!》

 

 

 その拡声器の声が最終警告だった。

 

 中央分離帯を隔てた対向車線からパトカーの助手席と後部座席に乗った男がパンパンっと発砲した。

 拳銃の発砲音はドップラー効果で遠ざかっていくが、車体の側面にガスガスと弾が当たり衝撃が伝わる。

 

 マキノはすぐに車を相手から離すために隣の車線へ移る。

 リコはその衝撃に顔を真っ青にし、引きつった悲鳴を漏らして凍りついた。

 

 

 「おい! リコ! 伏せてろ! 窓から頭もケツも隠せ!!」 

 

 

 ミノルが叫ぶ。

 ミノルは即座に座っていた助手席のシートを倒し、後部座席に転がり込むと、リコを床に押し込み、倒したシートの背もたれの下に潜り込ませた。

 

 

 「先生! 応戦するぜ!」 ミノルは叫びながら自動銃に弾を装填する。

 

 

 マキノは叫んだ。それが返事だったのか悲鳴だったのかはミノルは聞いていない。

 

 三発の弾が込められた自動銃。この間にも次々と拳銃から弾が発砲され、ピックアップトラックに弾が当たる。

 

 その内の一発はピックアップトラックの窓ガラスに当たった。ミノルのいる後部座席の右のサイドガラス。弾はガラスを突き破り、天井に当たってめり込む。

 

 弾が車に当たって窓が割れた直後、マキノは減速した。急ブレーキでは無かったが、急激な減速にミノルは体が浮かび上がるようだったが、運転席の座席を蹴って踏ん張り持ちこたえた。


 逆に運転席を蹴られたマキノは、減速した勢いと合わせてシートベルトで体をつんのめる

 

 対向車線を走るパトカーは加速していたため、減速したピックアップトラックを追い越してしまった。

 その追い越したパトカーも減速し、ピックアップトラックの速度に合わせて並走しようとした。

 

 ミノルが動いた。

 穴の開いた窓ガラスをパワーウィンドウで開け、全開にした窓から銃身を出してパトカーに向けて構えた。

 

 前を向きながら減速し、バック走行するように近づいてくるパトカーの後部座席。

 そこに向けてミノルは発砲した。

 

 

 _ダン、ダン、ダワァァン!!

 

 

 散弾の雨あられが警察を装うならず者たちに降り注ぐ。

 トラップ用の散弾がパトカーの後部座席、リアガラスと左サイドガラスを粉砕する。

 

 撃たれた衝撃でパトカーは蛇行した。しかし横転するようなことにはならず、持ち直すと逃げるように対向車線で加速して離れていった。

 

 

 「まずは一人だぜ」

 

 

 後部座席の左側に座った男に間違いなく当たった手応えがあった。

 ミノルはもう一度弾を三発装填し、次の襲撃に備える。

 

 

 「ミノルくん!! あれ!!」 マキノが叫ぶ。

 

 

 対向車線を走るパトカーは加速し、前方で先を行きながら並走しはじめる。

 そして後部座席で、砕けて割れたリアガラス越しに何かを構えている男がいる。

 

 拳銃以外の銃だとすぐにミノルは理解した。


 相手が撃つ前にミノルはパトカーに向けて散弾を三連射した。


 相手も同時に発砲した。弾は一発。

 

 ミノルの弾はパトカーのリアバンパーとトランクに散弾の大半が吸い込まれた。

 散った散弾の粒が後部座席から室内に入ったかもしれないが、ダメージを与えたかは分からない。

 

 問題は相手の銃だった。ミノルは散弾銃とは異なる射撃音だと直感で感じた。


 撃ったのは一発。幸いにも外れたようで、散弾では無い。ならばサボスラッグのハーフライフルか、ライフルだと予想できる。

 

 

 「くっそ、なんでマッポ装備なのにライフル持ってるんだよ」

 

 

 ミノルは急いで三発装填した。弾幕を張り、近づけないようにしなければならない。

 

 

 _ドォーーン!

 

 

 助手席が撃ち抜かれた。穴の開いたフロントガラス。弾はミノルの左横を貫通し、左のサイドガラスを突き抜けていった。

 

 

 ボルトアクションのライフルだ。

 

 ミノルはそう判断した。


 車から動く車の乗員をピンポイントで狙撃できる素人など居るわけない。

 連射できるセミオートなら、今のタイミングで全弾乱れ撃ちして乗員により深刻なダメージを狙う方が無難だし、可能性も高まる。


 それをしないのは単発射撃しかできないボルトクションだからだ。窓ガラスを貫通した弾痕もスラッグ弾の口径よりも明らかに小さく、弾も鋭くて速い。高威力のライフル弾に間違いない。

 

 ミノルが道路の行く先を見ると、中央分離帯が終わっている。

 

 対向車線との合流車線。パトカーに接近される。

 

 

 「先生ブレーキ!! んでUターン!!」

 

 

 急激な減速。車のサスペンションが前方に沈み込む。

 つんのめるミノルとマキノ。リコもシートの背もたれの下で体が浮き上がった。

 

 急激な制動運動をした後に、車は強引にUターンをする。

 

 その後方でも、とうとうパトカーが同じ車線に侵入してくる。こちらと同じように対向車線で減速し、Uターンで同じ車線に切り替えて一気に加速して追い上げてくる。

 

 

 「先生、アクセル全開!!」

 

 

 マキノは言われるがままにアクセルをベタ踏みした。

 急加速するピックアップトラック。唸るエンジン。

 

 ミノルはその直前に後部座席の右のドアを開けた。

 

 転げ落ちるように銃を抱えて外に飛び出す。

 道路に落下し、体を打ちつけながら転がる人影。

 

 マキノは驚愕した。けれどもスピードを落とすわけにもいかない。

 対する後方のパトカーはピックアップトラックを追うために加速を続けた。

 

 道路に飛び出したミノルは道路上に仰向けに倒れていた。

 加速するパトカーはミノルの倒れている車線に車体を向ける。

 パトカーで轢き潰すつもりなのだ。

 

 倒れて動かないミノル。彼に向かうパトカー。

 するとモソモソと姿勢を変えるように動き出すミノル。

 

 倒れていたミノルは起き上がり、手にしていた銃を構えてパトカーに向けた。

 

 

 _ダワン! ダン、ダワァァン!!

 

 

 放たれた三発の00バックショット。

 

 九粒の鉛の塊がパトカーの運転席のフロントガラスに三度にわたって襲いかかる。

 

 パトカーは不可思議な動きする。

 ミノルは車道から走って逃げたが、それよりも先にパトカーは蛇行し、横転した。

 

 トップスピードを維持したまま蛇行し、運転とハンドル操作のされなくなったパトカーは制御できなくなり、空中を飛ぶように横転してアスファルトに転がり叩きつけられる。

 

 横転の果に、ひっくり返ったパトカー。

 クラッシュして大破したパトカーは煙を吹き出し、異音を発している。

 

 静寂が訪れ、遠くでは走り去ったピックアップトラックがゆっくりとスピードを落として方向転換をし始めた。

 

 右の肩を抑え、右足も少し引きずるようにしながらミノルは歩き出す。

 銃を抱えて車から飛び出して転がった際に、抱えた銃で足と肩を強打したのだ。

 

 顔にもアスファルトで削った怪我ができ、大根おろしで削ったような傷跡が左頬に付いている。

 

 それでもミノルはレミントンを抱え、弾倉のキャリアに散弾を押し込み、レバーを引いて弾を薬室に送り、ラッチを押して弾を装填する。


 そしてもう一発、弾倉に12ゲージの散弾を詰め込むと銃を構えて大破したパトカーに向かって歩き出した。

 

 そのまま引き金を引いた。

 

 _ダワァン!!


 一発。

 

 _ダワァン!!


 二発。

 

 _ダワァン!!


 三発。

 

 ミノルは疲れたような散漫な動きではあるが、先程とまた同じ動作で銃に弾を装弾する。

 

 _ダワァン!!


 四発目。

 

 そこまで撃ったときにはミノルはもうパトカーの目の前に立っていた。

 

 ちょうどピックアップトラックも到着し、マキノが運転席から降り、リコも後部座席のドアを開けて降りようとした。

 

 

 「くんな!! まだ確認してねー!!」



 ミノルが叫ぶと二人は硬直する。

 二人とも、開けたドアに手を乗せてミノルの一挙手一投足を見続ける。

 

 パトカーは穴だらけの蜂の巣になっている。

 ミノルは逆さまになった、横転したパトカーの後部座席の方向に銃口を向けると、ダン! っと一発発砲した。


 中を覗いた瞬間に撃たれることをミノルはとにかく恐れている。

 

 横転した後のパトカーに合計五発もの散弾を撃ち込むと、ミノルはゆっくりとかがみ込んでパトカーの中を覗き込んだ。

 

 中には四人の男。

 全員死んでいる。

 

 全員若そうに見えるが、クラッシュと銃撃の影響で血まみれのグチャグチャ。

 人相など全くわからない。

 

 パトカーの中には拳銃と弾薬、そしてライフルが落ちている。

 その上で男たち全員は防弾チョッキも着用していた。

 

 生半可な銃撃では防弾チョッキで防がれていたかもしれない。

 過剰ではないかとミノル自身も思っていたが、それでも撃たれることへの恐怖からやりすぎとも言える発砲を繰り返した。

 それが功を奏した可能性はある。

 

 ミノルは脅威を全て排除したことを確認すると二人の待つピックアップトラックに向かった。

 

 ミノルの帰還。

 リコはミノルに走り寄り、マキノも運転席に乗って車を動かしミノルの近くまで車を走らせる。

 

 

 「ミノルくん! ミノルくん!」

 

 「リコちゃん、とっととずらかろうぜ……もしも無線で連絡してたらあいつらの仲間が来るかもしれねー」

 

 「どっか痛いとこは!? ケガは!?」

 

 「……よく見てみろ。お前に見えるとこにしかケガなんかできてねーよ。ヘルメットとかプロテクターってすごいんだぜ? 今度から俺のことは不死身のコミネマンって呼べよ?」

 

 「ふざけてる場合じゃないよ! 痛いとこは!?」

 

 「まぁ、ちょっとだけだな……。そのへんは後回しだ、とにかく逃げるぞ」

 

 

 そこへマキノの運転する弾痕だらけのピックアップトラックが到着する。

 リコとマキノはミノルを後部座席に乗せて寝かせ、ミノルの言う通りにその場を全速力で走り去った。

 

 ほうほうの体でアパートに到着するとミノルがまた銃を抱えて警備に立った。

 

 物資を搬入しなければミノルも休めないことを二人は理解し、ピックアップトラックの荷台から放り込むようにアパートの室内に搬入した。

 その搬入作業を終わらせるとミノルは言う。

 

 

 「ピックアップトラックをここから離れたところに捨てましょう。もしも連絡を取り合ってたらトラックを探すはずです」

 

 

 ミノルの不安をマキノは理解できた。

 なのでマキノは自分が車をどこかへ捨て、別の車で帰ってくると提案し、アパートから出ていった。

 

 マキノが出ていくと、当然ミノルとリコの二人がアパートに残る。

 

 ミノルは全身が汗とホコリと硝煙にまみれている。

 車から飛び降りたときに体を守ってくれた肘、膝、スネのプロテクターとヘルメットを外し、ベストとジャケットも全て脱ぎ、ベタつく肌着も脱ぎ捨てるとパンツ一枚の格好になって台所に向かった。

 

 リコはミノルが脱ぎ捨てた衣類とプロテクターを拾う。

 プロテクターは傷だらけで、表面は削れている。

 そして彼が被っていたヘルメットもアスファルトとの摩擦で削れ、えぐれている。

 むき出しの頭部であれば死んでいたかもしれない。

 

 リコは彼を守ったヘルメットとプロテクターを大切に寝室に運び入れ、同時に自分が身につけているミノルの選んだジャケットとヘルメットも同じ場所に保管した。

 

 ミノルが台所で水と保存食を食べている間にリコはミノルの洗濯物を風呂場に運び、救急箱を持ってミノルのいる台所にやって来る。

 

 

 「おう。リコちゃんありがとな。なぁ、俺の顔ってなんか傷ある?」

 

 「あるよ! 大根おろしで削ったみたいなケガ! 消毒するからこっち向いて!」

 

 「へーへー。女の子はこういうときうるさいよな」

 

 「ミノルくんが無鉄砲なだけでしょ? ミノルくん、顔は洗った?」

 

 「洗ってない」

 

 「傷口にゴミがいっぱいついてるから先に洗って!」

 

 

 プンプン怒る少女に促されるまま、ミノルは洗面所に行くと洗面器にペットボトルの水を入れて顔を洗った。

 洗面所の鏡を見ると、たしかに左の頬に大きな擦過傷ができており、アスファルトの破片のようなゴミが付着している。

 ミノルは痛いのを我慢して顔を洗い、血とゴミを洗い流して再び台所に戻る。

 

 台所のあるリビングで待ち構えていたリコはミノルが来ると椅子に座るように指示をした。

 ミノルは素直に言うことを聞き、リコが患部を消毒すると痛いと文句を言い、リコは文句を言うミノルに我慢しなさいと怒った。

 

 リコは消毒を終えた患部に抗生物質の軟膏を塗布し、ガーゼで覆ってテープで固定する。

 

 

 「あ~~。痛かった。ドンパチして来た連中の攻撃よりも痛かったわ」

 

 「もともと自分で作った傷でしょ」

 

 「リコちゃん、飯なんか食う?」

 

 「…………はぁ……。…………ねぇ、ミノルくん」

 

 「どうした?」

 

 「暴漢ゾンビってどういう人たち?」

 

 

 リコの質問にミノルはドキッとした。

 パトカーで追われたときにミノル自身が言ったのだ。

 人は病気に感染すると死ぬか、変異してグールになると。

 

 ゾンビとは表現していないし、暴漢についても何も説明していない。

 

 

 「……あいつらは警察署を占拠した生存者で、生き残った悪者連中だ。けど、人間じゃない。グールにならなかった連中で、ゾンビっていう。……俺もお前もな」

 

 「……え?」

 

 「説明した話の中で言ってないことがある。病気にかかると変異する。死ぬか、生き残るって言ったろ?

 生き残ったらゾンビかグールになる。二つはそろってアンデッドだ。

 ゾンビの見た目は人間と変わらないが、病気を媒介する宿主になる。

 グールは今まで見てきたように人を襲う。そして病気を媒介する宿主になる。

 俺もお前もマキノ先生もよ、感染して生き残った。だからゾンビって言われるらしい。

 ゾンビとグールは人類の敵だ。疫病神なんだとよ。助けを求めに行っても殺されて燃やされる」

 

 

 リコは無言のままミノルを見る。

 

 

 「先生は最初、助けを求めに行ったら人間の処刑部隊に撃たれた。

 俺は警察署に助けを求めに行ったらそこを占拠したゾンビになった連中に撃たれた。

 お前を襲ってた男もおそらくはゾンビになった男だ。

 そんで、絶体絶命の環境下で生き残った俺もお前も先生もゾンビだ。

 そんな俺たちゾンビを助けることを、病気にならなかった人間のままの連中は諦めた。

 ゾンビはグールともども、アンデッドとして殺すつもりらしい。

 ……俺たちは俺たちだけで助け合わないと生き残れない世界で生きることになっちまった」

 

 

 「…………ゾンビ?」

 

 「ああ。俺はゾンビだ。たぶんお前も。

 俺たちは病気のウィルスを作ってて、それを撒き散らしてるらしい。

 ゾンビになる確率は低くて人間との見た目の違いは分からない。

 死ぬはずだったのに死ななかったアンデッドのゾンビ。

 疫病をばらまく疫病神で、グールと一緒の人類の敵だとさ」

 

 

 リコは黙っていた。

 ミノルのケガを保護するのに使った救急箱を持って立ったまま動かない。

 

 けれども小さな口からポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。

 

 

 「ミノルくんたちがさ、全然どこかに避難しようとしないし……助けを呼びに行こうといこうともしないし、逆に籠城するような備蓄品ばっかり揃えるから、どうしてだろうとは思ってたの……」

 

 「不審に思ってるのは俺も分かってたよ」

 

 「でも……助けてくれた人たちにあんまり問い詰めるのもって……」

 

 「俺がそうなるようにしてたからな」

 

 「……キミコちゃんもゾンビになってたってことかな?」

 

 「お前が看病して治った子だろ? たぶんそうだな。けど帰ってこないってことは、助けを呼びに行ってグールか人間か、はたまたさっきの連中みたいなゾンビになった連中に捕まったんだろうな」

 

 「私たち……どうなっちゃうの?」

 

 「それを考えるんだよ。

 俺の出した結論は時間稼ぎだ。時間が経てば殺す以外の別の方法を生き残った連中も考えるだろう。薬もできるかもしれない。

 殺される道しかないなら、生き残るためには戦うしか道はねー。仲間を増やして徒党を組み、人間とグールを追い払う」

 

 

 ミノルは淡々と言った。

 

 助けは期待できない。

 誰も助けてくれない。

 むしろ死を望まれている。

 逆境の中で活路を探す。

 そのために戦う。

 それがミノルの出した答えだ。

 

 リコは下をうつむきながらシクシクと泣き始めた。

 

 ただ何も言わずに泣くだけ。

 

 ミノルは椅子から立ち上がるとリコの背中を押し、寝室に連れて行く。

 

 元はミノルの寝室でありベッドだが、今はリコ専用のベッド。

 そこにリコを座らせるとミノルは部屋から出ていった。

 

 リコはどうすれば良いのか分からず泣き続けた。

 

 悲嘆、憤怒、憎悪、未練、嫉妬、恐怖、後悔。

 

 突然世界に混沌が訪れた。

 

 知らない病気に罹り、知らない世界に孤絶し、知らない狂気な者たちに追われ襲われ、見知らぬ男に助けられ、知らない物を与えられ、知らないことを協力し、知らない者たちにまた襲われ、知らぬ間に、知っている世界から追放されて死を望まれていることを知った。

 

 希望など無い、パンドラの箱が彼女の中で開かれた。

 

 リコは涙が枯れるまで泣き、疲れ果てて眠った。

 

 

 


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